Remember. I_10
手を引かれて、広い庭を歩く。もうすぐ日が暮れて、これから屋敷の中は危ないのに。真砂子のことが心配でそっと振り返る。
そんなことをしても中が見えるわけもなく、黙ってジーンと一緒にタクシーに乗った。
「ナルは、人を捜す為に今の事務所を開いたんだ」
「え」
「その探し人って、?」
タクシーの中で急にジーンが話し出す。
人を捜すためって、……ジーンの遺体以外、俺に思い当たるものはない。だってジーンは生きてるし、ここは小説じゃない。小説であったことが全て事実とは限らなくなったし、小説には書かれていない事実はたくさんある。
「よくわかんないけど、ナルに初めて会ったのは、事務所が出来た後だと思います」
「そうなの?」
ジーンは首を傾げた。
うーんと考えた末に結局よくわからなかったらしいジーンは話題をさらっと変えた。
「そうだ、僕にもナルと同じように話して良い」
「え?」
「敬語は要らない」
「あ、うん、わかった……」
ほどなくしてタクシーは市内について、ジーンは適当なところでタクシーを降りた。
「そういえば、これから、どうしたらいいの?」
「僕がナルに言われたのは、をあの屋敷から連れ出すことなんだけど」
「ふうん?なんで俺だけ」
「さあ。どこかに入って待ってようか」
「そうだね」
店の並ぶ通りを指さして苦笑するジーンに俺も頷いた。
左右を目で確認して道路を渡ろうとした俺をジーンは引き止めて、自分で左右首を振って確認してから渡る。目に見えて用心している様子がわかって、俺はつい「慎重だね」と零す。
「……数年前にぼうっとしていて。ナルに腕を引っ張られなければ車に撥ねられてた……ってことがあった」
「へえ。それは、よかったねえ」
「うん、時々うっかりして忘れてしまうんだけど」
「それは本当に気を付けて??」
カランコロンと鐘を鳴らすドアを開けて、コーヒーの香りがする店に入った。
しばらくすると、もうみんな車に機材を積み終えたとのメールがきた。ナルは俺の事をなんと説明したのか知らないけど、皆からメールでちゃんと生きてるんだろうな?って確認されてて笑う。攫われてない攫われてない。
ちなみにジーンがナルのところまで俺を送り届けた際には、そっくりすぎる双子に皆が目をかっぴらいていた。
あ~!これが見たかったんだよ……。
知ってる通りの未来なんて何も起こらなくていい。
この光景が見れたから、もう、なんでもいいって思えた。
だけど───この時初めて、ナルの持つ謎を、俺は何一つ知らないんだと気が付く。
しいて言うなら、本当の名前くらいは小説通りなんだろう。でも、俺が小説で読んで知っていたつもりの兄の死とか、遺体を探しに日本へ来た事とかはなくて、俺の知らない誰かを探している。
───もしかして麻衣ちゃん?麻衣ちゃんを探してるとか?だとしたら俺……どうしたらいいんだ。
調査を終えた数日後、森さんは今日帰るからって挨拶に来ておまけにジーンを置いて帰るって言い出した。
えってなったのは俺だけじゃなくナルとリンさんもで、二人とも聞いてなかったらしい。
ジーンと森さんは相変わらずにこにこしてる。
「仲間はずれなんて可哀相でしょ」
森さんはお母さんみたいなこと言ってるけど、ナルにはジーンが必要だと思うし、ナルだってそれを知っている筈だ。まあそんなの抜きにして森さんの決定をナルが覆せる訳も無く、ジーンは渋谷サイキックリサーチという名の日本支部に配属決定となった。
「ひとまず親睦会と送別会ということで、食事に行きましょ!谷山くんも」
「え、俺も?」
「だってここの一員でしょ」
きゅ……きゅん……。
「もちろん私のオゴリよ!」
「どこまでもついて行きますう~!」
「あら、じゃあ連れて帰っちゃおうかしら」
しゅぱっと立ち上がって敬礼してると、ナルが呆れた目でこっちをみていた。
なんだよ、ナルはそうやって散々俺を操ってきたじゃないか。そして今回のお給料も弾んでくれたじゃないか。感謝してるんだぞ!
そんな経緯でみんなで揃って食事に出かけた。ナルがご飯食べてる所はこの間の美山邸で見たけど、相変わらず野菜とか軽いものばっかりだった。
それなのにコーヒーとか飲んでるのを見ると、お腹大丈夫なんかな……って心配になる。
しかもサラダのプチトマトころんって俺の皿に入れて来るし。なんだよ、お前トマト嫌いなのか。
転がって来たトマトを無言でもこもこ食べてると、ジーンが珍しそうな顔をしてこっちを見ていた。ああ、ナルって嫌いな場合誰かにあげるっていうより残してそうだよね。
マジでなんで俺に寄越したんだろう。
俺、トマト好きだから良いけどさ。
「ってトマト好きなの?」
「好きだけど?」
ジーンが俺に聞いて来たのは、もしかして二人そろってトマトが嫌いだから、とか?
食べて欲しいなら食べてあげるけど……、今ジーンの皿にトマトはなさそうだ。
「じゃ、ナルはそれを知っててあげてる?」
「知らない」
ナルはいつも通りにつんとして、またサラダを黙々と食べていた。
どーせ邪魔だったから俺の皿に避けておいたんだろ。
ご飯を食べ終えて店の外にでると、森さんは「じゃあ元気でね」って別れを切り出した。
え、ここでお別れなの?リンさんは送るって言ったけど森さんはばいばーいと手を振って人混みの中に紛れてしまった。
なので俺は、ごちそうさまとお元気でを早口で言うしかなかった。
急に来て急に去ったなあ……。
「……まったく。帰るにしてももう少し落ち着いて帰ればいいものを」
「なんのための送別会だったんだろう」
茫然としている俺の横でナルもジーンも呆れていて、リンさんも無言でうなずいているので森さんの行動は三人にしてみても突然だったようだ。
とはいえ俺がいたら落ち着いて見送りもできなかっただろうけど……。
結局俺たちはただ三人でオフィスに帰るってことになり、つかず離れずの距離感で歩き出す。
こういう時ジーンは結構話したがりなのか、それとも渋谷に慣れていないからなのか、会話が結構弾んだように思う。
「ねえ、あの建物」
「ん?ああ」
途中の横断歩道の前でぼうっと待っていて、頭上にある信号が音を鳴らした。
話しかけられながらも、青だって思ったから進もうと足を踏み出しかけて、ものすごいスピードで車が目の前を横切った。
俺は思わず隣にいたジーンを引っ張ったし、余りの風圧と、音によろめく。
「───っ、……え……」
「うわ、危な……礼、大丈夫?」
ジーンの声が遠くで聞こえる。ざわめきや、リンさんやナルの声も、どこか遠い。
ぶつかってはいない、だけど、当たる所だった。危なかった。
交通事故で死んだ憶えのある俺にはそれだけで十分、心臓が逸る案件だけれど、それだけじゃない。
なぜか今、俺はとても『死』を間近に感じている。
かつて、感じたことのある、体温が足元に向かって流れ出ていくような、冷たさ。
「?」
ナルが名前を呼んだ瞬間にぱちんと何かが弾ける音がした。
これは幼い頃に経験した事がある、前世を急激に思い出した時と同じ。
死んだことがショックで、俺はあのときぺたりと尻餅をついてお父さんとお母さんに驚かれたんだった。今はなんとか立ってるけど、吐き気と目眩が酷い。
「どうした、……?」
「怖かった?」
怖かったどころじゃない……死んだんだ。
まさか俺、『二回』も死んでたとは思わなかった。
『二回』も麻衣ちゃんやってるとは、思わなかった。
だから今の俺は、『三回目』で。
きっと、ナルは。
「ナル───俺と出逢うのは、二回目なのか?」
声が震えて、顔が歪んで、視界が滲む。
ナルがはっと驚いた顔をしたのに、たちまち見えなくなった。
ああ、なんでこんな渋谷の往来で唐突に泣かされなきゃなんないんだ……。悲しいとか辛いとかじゃなくて、生理的な涙だから嗚咽は出ないんだけど、涙が止まらない。
目が、胸が、口の中が、熱くてたまらないんだ。
「探してたのは、俺のこと……?」
ナルがやけに俺に意見を聞いて来たのも、調べ物の用意が良いのも、ESPのテストをして『全部当てるかと思った』って言ったのも、俺の忠告を素直に聞いたのも、美山邸からすぐに逃がしたのも、俺がトマトを好きって知ってたのも、ジーンが生きてるのも───ぜんぶ、そうなんだろ?
next.(Ⅱ章)
読んでる人にはどのあたりでバレるかな〜とドキドキしながら書いてました。
最後の方までバレてないと良いんですけど。
ナル視点はいつか書きたいです。
誕生日全然関係ないけど、ナルとジーンおめでとう!
19 Sep.2015
Aug.2023加筆修正