I am.


Remember. Ⅱ_02

僕は暗闇の中に立っていた。
ここはどこだと思いかけて、きっとどこでもないと認識した。
少し離れた所でが何かによりかかるように腰掛けているのが見えて、僕が近づくと顔を上げて、ゆっくりと立ち上がる。
───最後の夜に一人でいた姿ととてもよく似ていた。
「……ジーン?」
自信が無さそうに呼ばれたが、眉を顰める。
と会うジーンは、僕と同じ年頃の姿をとっているのだろうかと。
首を振れば、「じゃあナルだ」と目を細めて笑った。
「ナルに会えるとは思ってなかった」
「そうだな」
なぜ僕とこうして現実ではないところで会っているのか、まったく見当がつかず周囲を見渡す。
だけどどこまでも暗い闇があるだけ。
「これは、ジーンのしわざか?」
「違うと思う」
目をそらしながら頬を掻く
言い難い事がある時にこういう分かりやすい動作をするのは、社会に出てもなおらないようだ。
「もう、一年経つ?」
「そうだな」
問いただす前に、が遮るように問うので頷いた。
僕がイギリスに帰ってきてから、もう一年は経っている。それから一度も日本には行っていないので、を始めとする、かつて日本で一緒に仕事をしていた彼らにも会っていない。
続いてには「元気?」と聞かれたので「それなりに」と答える。すると、は満足そうにして肩を上下させた。
「会えてよかった、ホントに……よかった」
はしきりに頷く。
「俺、家族とかいないし、付き合いが一番長いのってナルな気がする」
「それで?」
事情を聞くためにも、の言葉に耳を傾ける。
「だから、さいごに思い浮かんだのがナルだったんだ……あ、ジーンもか?」
「は、」
「俺はナルのことが…………───心配で」
「お前に心配されるほど落ちぶれていない」
いつだったかジーンに対しても、僕のことを心配しているのではと推測されたが、同じように思ったものだ。
どいつもこいつも、勝手な親切心ばかりを抱く。
「言うと思った。でも、ナルに一人ぼっちになってほしくなくて。俺じゃあもう、そっちへは行けないしさ」
「意味がわからない」
「あはは、ごめん。───俺はそろそろいくね」
「いく?どこへ」
なんてことない言葉に、違和感があった。
「う~ん、ジーンのところ?」
背を向けてのびをしたは、くるりと振り向いた。
「いつまでも迷ってるっぽいし。ついでに連れていってやるから」
振り向いたくせに、僕から離れて一歩踏み出した。の姿が、一段と暗くなる。
「待───」
「あ。間違っても、サイコメトリなんかすんなよ」
!」
こちらを見ずには笑った声でそう言う。
もう後ろ姿がぼやけて、形を失いつつあった。
「元気で……、ナル」
見えないほど遠くなった筈のの声が、耳元で聞こえた。

そして、はっと目を覚ます。
僕は研究室のソファで仮眠をとっていた所だった。ただの夢にしては嫌な内容で、リアルすぎた。ちょうどリンが入って来て僕の顔色が悪い事を指摘し、思いのほか動揺していたことを自覚する。
「……日本でした調査の資料は今どこにおいてある?」
僕は口を滑らせたことに後悔したが、質問を取り下げることはなかった。
が僕に物を寄越すことは滅多にないし、間違って私物を持って来たりもしていない。だからもしのものがあるとしたら、提出書類くらいだろう。清書してSPRに提出するのは僕たちの仕事だったが、が僕たちに出した書類もある筈だ。
リンが資料室にあるはずだというので足早に向かい、の文字が綴られた紙を見た。湯浅高校に行ったときの依頼人からの相談内容がメモされている。
「……、」
これで読めるかは賭けだった。もう、繋がりは薄れているだろうし。
夢の中のがサイコメトリをするな、と言った気持ちはよくわかる。
本当に死んでいたとしたら、僕は見たくない物を見る事になるだろう。仕事でも研究でもないのに。
これはいわば、興味と、確認だ。それにの言う事を聞いてやる義理は無い。
「ナル?」
僕の様子に何か異変を感じたらしいリンが追って部屋に入って来たのを感じながら、の書いた文字を見つめて”読む”。

視界は緑がかった色をしていた。
───ああ、死んだのか、。ほんとうに。

日本は相変わらず狭苦しく圧迫感のある街並をしていた。明るいとしかわからない時間。都内であろうそこは、ビルや店が立ち並ぶ普通の道が続いている。カラオケや飲み屋の看板があちこちに見えた。歩道は老若男女、様々な人が行き交っている。
青になった横断歩道を渡ろうとして身体が動き、不意に立ち止まる。横を見ると信号が赤にも関わらず突っ込んでくる車が見えた。他にも渡ろうとしていた人たちが狼狽える様、誰かの驚く顔、追い抜いて行こうとしていた学生の後頭部など、様々な情報が目に入る。
───そして、視界がものすごい勢いで回ったと思えば、ぶつりと途切れたように暗転した。
気づけば、地面に横たわって、アスファルトを見ていた。
腕が投げ出されていて、そこへ血が流れていく。
周りに居た人々が、確認にやってくるのが見える。意識を問うように身体の一部を叩いたり、顔を覗き込んだり、声を掛けてきた。本人の声や吐息などは無かったが、喧噪は頭痛がするくらいダイレクトに響いてくる。

「ナル!?……大丈夫ですか」

リンの叱咤するような声が僕を呼び覚ました。
先ほどの衝撃で僕も地面に崩れ落ちていたようで、リンも焦ったのだろう。痛みはないが、やはり気持ちのいいものではない。

が死んだ」
音を確かめるように言葉を紡いだ。
僕の身体を支えながら、リンがはっとしてこちらを見る。
「見たんですか」
「さっき、が僕の所に来た。さいごの挨拶に。……律儀な奴だ」
「そう、ですか」
僕は握りつぶしかけていたのメモを開いてしわを伸ばし、元あった所に戻して部屋を出た。

ジーンとは、気が合いそうな所があって、互いに似ていた。
ジーンほどの底抜けなお人好しという訳ではなかったが、すぐに同情したり人の間を取り持とうところはそっくりだった。それが、若くして事故死する所まで似ることはないだろう。
まどかもそれを聞いてショックをうけて泣いていたし、一度もに会った事がないというのにの死を知った両親は日本に行って来いとせっついた。誰かが余計な話を両親にしていたに違いない。
内定後に聞いていたの勤め先に連絡をとればの死も葬儀の日もわかって、リンと共に日本に行った。会場にはの会社の同僚や大学の元同級生らしき姿と、ぼーさんたちの姿があった。
「よう、お前さん達も来てたのか」
ぼーさんが静かに僕たちに声をかけてきた。
今までも泣いていたはずの原さんと松崎さんは、何故か僕の顔を見るなり、くしゃりと顔を歪めて嗚咽を漏らす。
「ナルって、あの子、さいごにナルって!呼ん、……、っ」
松崎さんが泣きじゃくりながら言った。
「事故を見てたお人が、さんのさいごの言葉、聞いてはったらしいです……」
「『なる』って呼んでたから、恋人じゃないかって。連絡しようにも、携帯にそんな名前は無いし、同僚や同窓生も知らんってんで俺たちも聞かれたんだわ」
「そうか」
はさいごまで、ナルが一番だったわけだ」
ぼーさんは寂しげに呟き、リンは沈痛な面持ちで僕を見たが、僕はが逢いに来た事を言わなかった。

僕とリンはの顔を見に行った。外傷は後頭部や身体の打撲で、死因は頭部の傷による失血死だったらしく、の顔のまま、目を瞑って眠るように横たわっている。
肌は触れるのを躊躇うほどに冷たくて、指先でなぞった頬も唇も驚く程硬かった。命のない死体の感触。
「教えてさしあげなくてよかったんですか」
帰り道でリンはぽつりと呟く。
「……恨まれるのはごめんだ」
「それは……そうですね」
納得したように苦笑したリンに僕は口を閉ざして、の事を思い出す。
情があるのかないのか、分からない奴だ。せめて皆にもよろしく、くらい言っていけばいいものを。『はさいごまで、ナルが一番だったわけだ』という言葉に、納得してしまう自分がいた。
生活が大変な時に雇ったということもあったし、未来を知っていたからか僕を信用していたようだ。本人の言う通りきっと、僕とは付き合いも長かったんだろう。だから、一番という言葉は否定しない。

でも、は僕を残して一人で逝った。

本当に───勝手なやつ。



next.

ナルは思考のなかでも素直に言わない気がしてストレートに感情を書けない……。
Sep.2015
Aug.2023加筆修正

PAGE TOP