Remember. Ⅱ_03
目が覚めたら全てが無かった事になっていた。顔を洗いに行った僕は、自分の顔が幼くなっていることに驚愕した。
そんな僕を心配して声を掛けて来たのは、十六歳で死んだはずの双子の兄のジーンだった。
「どうしたの?ナル」
「……どうもしない」
すぐに部屋に戻って、自分の部屋を確認する。 部屋は僕の記憶にある、かつての自室だった。齢をとっても大して代わり映えは無かったが、無いはずのものがあるし、あるはずのものが無い。
またなにか『夢』を見ているのかと思ったが、時間の経過や生活の感覚的におかしな部分は見受けられない。
そして次第に、今までの記憶が全て夢で、未来を捏造していた可能性のほうが高くなり始める。
ジーンが依頼を受けて日本に行く事になったときは、興味本位で僕も行く事にした。確証はないが、嫌な予感しかしなかったし、もしこれで夢の内容に近い───ジーンが事故に遭いそうになるのであれば、信憑性が増す。
結果的に行ったのは正解で、ジーンは危うく車に轢かれる所だった。
かつて遺体を探す為に何度も記憶を巡らせて見た道路に、背筋が凍った。この後車が来ると思っていたら本当にそのままのことが起こり、僕は咄嗟にジーンの腕を引いて避けた。車はスピードを落とす事なく道路を駆け抜けて行き、僕とジーンは安堵の息を吐いた。
「あ、ぶなかった」
「余所見しながら歩くな馬鹿」
「うん、ごめん」
危うく死にかけたと理解していたジーンは、それなりに気をつけて道を歩くようになった。間抜けだから時々その注意力は失われるが。
原さんが実在する事は知っているが、ぼーさんと松崎さんとジョン、それから安原さんのことは調べなかった。
は確か都外に住んでいて、高校進学を機に上京して来たと言っていたから、おそらく来年にならないとぼーさんたちよりも会うのが難しい。
そもそも、今会ってもただ実在することしか確認できない為に探しても意味が無いような気がした。実在するだけで十分な可能性になるのだが、あえて前の通りにして、同じようになるのか調べた方が確認がしやすい。
そこで僕はジーンの遺体を探すときと同様に、日本で心霊現象の研究をすることにした。理由は人探しと、純粋に日本の事件に興味があるからだ。
最初は渋られたが、人探しという理由は逆にまどかの興味を引いて、もし見つけたらちゃんと説明する事を条件に許可を得た。ジーンを連れて行かないことには反対されたし、ジーン本人も行きたがっていたが、それも人探しの為にやむを得ないことだと説明した。出来るだけ前と同じ状態で臨みたいからだ。
春になっての通っている筈の高校から依頼が来た時、また一つ確信を得た。僕の知っている夢に近づけば近づく程、胸が逸る。何故こんな事になっているのかは分からないが、興味深い現象である事には変わりない。
ところが放課後怪談をしている人の中にはいなかった。
女子生徒たちの顔を一人一人確認していっても、興味が無さそうな顔は一つもない。谷山麻衣という名前も出て来ない。まさかが居ないとは思わなかったが、様子を見る事にして怪談に混ぜてもらえるように取り計らった。
翌日の朝、鐘がなる少し前の時間帯に旧校舎の玄関から中をのぞいている一人の生徒を見つけた。学ラン姿だが、色素の薄い茶髪と、細い体型には覚えがある。無言で肩に手を置けば、少年は面白いくらいに驚いて、おまけにガラス部分に頭をぶつけた。
「!!!ぃて、……びっくりしたぁ」
「そんなに驚くとは思わなかった、ごめん」
「い、イエ……覗いててごめんなさい」
力なく笑みを浮かべたのは、間違いなくだった。谷山麻衣として過ごしていたとは違うが、それでも僕の知っているの顔だ。未発達で中性的などこか甘い声も、かつての記憶を呼び起こす。
僕をじっと見ているに、何をしていたのかと聞けば、求人情報誌を手にぼんやり歩いていた事を吐いた。相変わらず馬鹿でドジだ。
本当だったら僕が来る頃にはリンが怪我をしてカメラが壊れているのだが、そうはなっていない。しまいには「も、もう戻りますんで」と戻ろうとしたに、僕は心の中で落胆しかけたが、最終的にはリンを怪我させてカメラを壊し、多少流れが違うが前と同じ結末に終わった。
カメラを壊したことを引き合いに出しても、はがめつい所があるので保険をかけていることを知っていそうだから、僕はまっすぐにリンの事を引き合いに出そうと思っていた。
放課後教室に赴きひと悶着あった後、廊下に連れてくれば、しょげた様子でリンの具合を聞いて来る。
リンが動けないと説明すれば、ばつが悪そうにこちらを見た。
「あのーえーと、俺は何をしたらいーんですかね」
「話が早いな」
自分から手伝いを申し出つつあるに、少し感心した。
あまり細かく記憶しているわけではないが、『前』───とあらわす事にしよう───は意味の分からない駄々の捏ね方をしていた。
の話が早いついでに、僕も手っ取り早く手懐けておくべきかと考え、バイトとして誘うことにした。僕の読み通り報酬があるとわかったは現金に喜ぶ。
業種がゴーストハントだと聞くと多少様子がおかしくなったが、初めて聞く職業だと驚いたようだ。
思えば『前』のは僕たちと出会う事を知っていたと言っていた。そしてこれからの未来を知っているとも。『今』のはどうなのか、そして、これからの未来はどうなのか、分からない事が増えて、面白くなって来た。
ナルと呼ばれた時は、やはりは覚えているか、何かを知っているのではないかと思ったが、『前』と同じ理由を答えられた。
松崎さんが黒田さんに閉じ込められて悲鳴を上げた時は、冷静にモニターの確認をしてから僕に何も写っていないことを報告した。これは『前』もそうだったが、やっぱり知っているのではないかと思う。
この事態に焦る様子が一つも見えない。原さんは着物である特性や、ジョンやぼーさんが慌てて駆け付けているためにゆっくりと後から現場に向かってきたが、も暢気に一緒になって歩いて来た。
そして部屋の中を検めていた僕が、ドアに仕掛けられた細工を見つけるのを横で見ていて呟く。
「雉も鳴かずば撃たれまい、だね」
「雉、」
ことわざは相変わらず苦手で、意味は理解できなかったが松崎さんを雉と称しているのは分かった。
───「ジョンが犬、綾子は雉」
随分前、全く関係ない事件だったが、は松崎さんを雉と称していた事があったことを、ふいに思い出す。
「余計な事いわなきゃよかったのにって」
僕がことわざの意味を理解していないのに気づいたのか言葉を変えて言い直した。
今思えばまさに松崎さんに似合う言葉ではあったが、あの時雉と称したのに深い意味はなかっただろう。
きっとこれも、ただの、偶然だ。
は松崎さんの除霊は見学しないと言い、モニターの監視を自ら申し出た。帰って来た後に様子を聞けば、地震が無かったと言うのは人と感覚がただズレているのか、何かの示唆なのか。
とはいえの言動にばかりかまけてはいられず、地盤沈下していることを突き止めるためにを引き止めて夜に計測を行った。
明け方まで作業して、日が昇った頃にひと段落がついた。そして車内で二人ともとしていたところに、機材が大分減った実験室を見たらしいぼーさん達がなだれ込んで来て、僕とは殆ど仮眠もとらないうちに目を開けた。
「校舎内が危険だと判断したので荷物を片付けています」
地盤沈下とだけ言い切って後で文句を言われるのはごめんなので、撤収とは言わない事にした。これでも十分霊が居ない可能性を示唆しているし、言い方によっては黒田さんがポルターガイストを起こす可能性はあるので、問題は無いだろう。
本当なら何も起こらず撤収が出来たらいいのだが。
結局黒田さんは現場に顔を出したし、地盤沈下の話やこの旧校舎内が危険であることを受け入れられず、霊がいることを主張した。
何の根拠も無くそう言ってるだろう彼女に、僕は試しに無理を言うことにした。
視線をやった先にはが居て、微妙な顔をしていたのでおそらくそんな無茶な、とでも思っている。
しかしすぐにポルターガイストが起こり、窓ガラスが割れた。
がするより先に窓のガラスを割って安全を確保して外に出れば、手が切れたのを見つけられてすぐに保健室に連れて行かれた。
馬鹿、と言われたが『前』にその馬鹿をやったのはお前だ。
next.
ナルがガラスを割ったシーンは私の中では一応重要で、主人公からしたら原作通りなんだけど、ナルからしたら主人公が割って怪我をしてたからナルが先にやりました。
雉のたとえはナルを混乱させたかっただけです。
あと、主人公視点ではここで撤収するって言ってない時点でナルに何かあるってバレてたらどうしよう~ってびくびくしてました。
ぼーさんと綾子に文句言われたくないナルだったんです。まあ言われてるけどね!
Sep.2015
Aug.2023加筆修正