I am.


Remember. Ⅱ_04

旧校舎の調査が終わってから正式にバイトとして雇うことになったは、夏の森下家の調査の時はミニーに大層怯えていた。
首が取れた映像を見ていると、そのモニタを見ないように僕の背中に頭をおしつけて何か色々嘆いている。
鬱陶しいので注意するが、は他に縋り付く人が居なくて困っていた。ぼーさんかジョンがいれば多分べったりくっついていたに違いない。
思えば、は意外と怖がりだった。危ない所には行きたくないと素直に言う。そのくせよく襲われているし、自分から浄霊に行くなど、行動に伴っていないことも多くあった。

多少のやり取りが違う気がするが、が礼美ちゃんに懐かれていることや、諭して情報を得てくることは変わりなく、僕はあらかじめ調べておいた情報と照らし合わせ、元々呼ぶ筈だったジョンと原さんに連絡を取った。
案の定原さんは具合が悪そうにしていて、どのような霊が居るかを語ったあとはほとんど眠るようにして身体を休めていた。
くんも行こう?」
礼美ちゃんと典子さんをホテルに避難させる為の見送りでは、やはり礼美ちゃんに同行を期待されていた。そして自身も凄く行きたそうにしている。だがが行っても礼美ちゃんを守れはしないし、モニタの監視要員としてのほうがまだ使えるので行かせる気はさらさらない。女なのに『お兄ちゃんがいい』と言われて皆に笑われることは無く、比較的穏便に別れた。
「ドナドナドーナドーナー」
気合いを入れ直したぼーさんの横で、は歌を口ずさんだ。イディッシュの歌で、牧場から子牛が売られて行く歌だった。
『前』は旧校舎の調査を手伝わせる時に歌っていたことを思いだす。どうやら今この時にそういう気持ちになったらしい。
は『前』との違いが目立つ。そもそも女装していないことが大きく違う。おそらく、育ち方も少し違うのだろう。
『前』のは、麻衣を覚えていて欲しいと言って、事件が全て終われば消えるつもりで居た……。
「歌うな」
───こいつはなのか、じゃないのか、どちらなんだ。
いや、で間違いは無い筈だった。
顔も身体も人柄ものままだ。育ちが違えば多少違うのも当たり前だ。なぜ、だけが違うのかと考えたが、思えばジーンも違う筈だ。『生きている』のだから。つまり、死んだ二人には何かしらの誤差が生じるのかもしれない。
に至ってはまだその死を回避していないのだが、現状その程度の検討しかつけられずに胸に蟠りが生じた。
やはり今の所は様子を見るしかなさそうだ。




湯浅高校の調査はかつて、ジーンが居てくれればと心の中で嘆いた事件だった。
結果的には解決したため不都合はなく、今回わざわざ呼び出そうなどとは考えていない。ただ、ちょっとだけジーンが見たらどういう意見を言うか気になるというのは余談だ。
それに、多すぎる相談内容や、ジョンと松崎さんと原さんを呼んで除霊を試みて行く方法に辟易した。
無意味と分かっていても、こなさなければならないのが馬鹿らしく思えて来た。
を問いただして何か吐かせてさっさと事件を終わらせられないかと考えていた所で、インカムでに呼び出された。
やっとかと呟いてベースに行くと、案の定、高橋さんの口から笠井さんの名前が出た。

「助手の谷山です!」
笠井さんのいる生物準備室に行くと、はあっさりと名乗った。しかしそれ以降は全く口を開かず、時には変な顔もしている。どうやら産砂先生に何かを感じているのは変わらないらしい。本能的な、些細なひっかかりだけのようだったが。

僕の知っている通りにが笠井さんや高橋さんと仲良くなったようだが、何を話しているのか僕は知らない。一度笠井さんがベースに来てと喋っていた後に聞いてみたが、笠井さんと産砂先生がESPに詳しいという情報だけしか得られず、僕は仕方なく正面から意見を聞くことにした。
「笠井さんが呪いをかけてると思うか?」
「え、俺に聞くない」
言い辛そうに、人差し指同士を突き合う。本当に動作が子供っぽい奴だ。
判断材料の有用性は僕が決めることで、大してあてにはしていないことを告げれば、はようやく自分の意見をこぼした。やはり笠井さんの事を疑ってはいない。
「そもそも呪いなのかなあ?だって、霊が出るんだろ?」
「霊が出没する呪いは───ある」
やっとここまで来たか、と安堵しそうになって堪えて頷いた。
を起点にするわけではないが、これは僕が夢を確かめるための大事なプロセスでもあるのだ。
そして、今回は呪われている様子は無いようだし、ヒトガタを探してくるように言いつけてやぼーさんたちをベースの外に出した。
依頼が来てから産砂先生の情報は揃えてあったので、僕は検討がついている方のヒトガタを探しに行く事にした。
を連れて行かなかったのは、大量のヒトガタを見つけるのはが一番早いかもしれないからだ。
リンと共に、席に貼り付けられたヒトガタと、陸上部の部室のヒトガタを回収してから、高橋さんに事情を聞く。やはり笠井さんと関係があったが、わざわざ特定の席にヒトガタを忍ばせる理由が笠井さんには無い事を高橋さんの口から聞き出せたので問題も無いだろう。
更に調べ物をしてくると言いリンと別行動をとり、フェンスの向こうのマンホールがある場所へ向かった。案の定が見つけていたらしく、穴から顔を出して、間延びした喋り方で僕を呼んだ。
「おぁ、なるぅー」
「───っ?」
だが、近づくにつれての様子がおかしい事に気がついた。
薄い灰色をしたパーカーに、赤い模様はなかった筈だ。這い上がって来たから視線を外さないまま走りよれば、首がべったりと血に濡れている。
頭がぼさぼさで、パーカーも煤汚れていたのでおそらく自分がただ汚れているだけだと思っているのだろう。
汗を拭くような手つきで首の血を拭ったは、驚いて掌の赤を見ている。
拭った首筋にはまた血に垂れて来て、何故気づかなかったのかと叱り飛ばすのを抑えて、しゃがみ込む。この怒りは、に対しても、僕自身に対してもだ。
───の死因は頭部の傷による失血死だった。
僕が落ちたのかと指摘すれば、頷きながら自分の異変を自覚していく。しだいに、意識が混濁しつつあることに気づいて動かないように言いつけた。
僕はパーカーのフードを丸めて頭に当てる。圧迫する為にの顔を抱いていたが、小さな声で「ナル……ヒトガタいっぱいみつけたよ」と呟いたのを聞いて腕に力を込める。
携帯で救急車を呼びながら、の馬鹿さ加減を痛感していた。
ヒトガタなんて見れば分かる。まるで僕に褒められたいみたいに成果を報告して来るな。血を流している事くらい気付け。

こんな時にまで、僕の名前を呼ぶな。



が貧血になってふらふらしていたのは梯子が壊れたにもかかわらず自力で登って来たかららしい。
「お前は本当に、どうしようもない馬鹿だな」
「あ、はい……馬鹿デス」
血は止まり、検査の結果一日で退院する事が決まったの旋毛を見下ろす。
今は見え辛いが、首と耳に近い部分だった為、包帯は首に巻かれている。
僕に頭を抱えられてぐったりしているを見て、半泣きになっていた松崎さんは一番怒っていて、昨日からに対するあたりがキツいらしいが僕の知った事ではない。
だが笠井さんと高橋さんが僕たちのお説教の後に優しく見舞った所為ですぐににこにこ笑った顔に戻ったのが腹立たしい。
調子に乗ってはいけないので睨みつけると、目をきつく瞑って分かりやすく視線をそらして身を縮こまらせたので満足した。

とりあえず、僕の目論見通りにヒトガタを見つけてきたに、サイ能力のテストをすることにした。しかし結果は普通と変わらないものに終わった。
これが、の一番の違いなのだろうか。
ジーンが夢を繋ぐこと以外に、には多少才能があった筈だった。思い返してみると、森下家で子供の霊を見る筈だったがそれは典子さんが見ている。井戸に落ちなかった為に過去視はしていないが、今回も厭魅の気配を感じるような夢も見ていない。ジーンの補助が無い所為だけではないのだろう。
おそらく、は退魔法も使えない。
「単に動物的なだけなのか……」
「……う~、わん!」
は僕のつぶやきに、嫌そうに吠える。抗議したいのか認めているのかさっぱり分からない。
勢い良く身体がぶつけられたので視界が揺れ、鬱陶しくなって顔を押しかえす。
そんな僕たちを、ぼーさんたちが間抜け面で見ていたので、はようやく僕にじゃれつくのをやめた。


next.

こっこが売られていく歌を歌ったら本編で「うるさい」だったのは単純にうるさいから、今回はうるさいでもなく、歌っている暇があったら仕事しろっていう嫌味でもなく、「歌うな」という直接的な言い方だったのはちょっと考え事をしててむしゃくしゃしたから素で歌うなって言った感じです。
そして主人公はなんか、ぶぶチャチャみたいに見えて来たな……って。(やはり犬)
ちょっぴりトラウマ刺激っていうか、思い出してアンニュイな感じにさせられたナルでした。しかし心配して損してるので暫く機嫌悪いです。
Sep.2015
Aug.2023加筆修正

PAGE TOP