I am.


Remember. Ⅱ_06

緑陵高校の調査が始まったが、の様子は変わらない。
『前』は少し嫌そうで、時々疲れたようにぐったりしていたのだが今回はそうでもないようだ。
ただ、一人でカメラの様子を見に行かせた夜、が襲われることを思いだした。
霊を見なくなったと言っても、トラブルに見舞われ、霊に襲われる可能性はおおいにあったのだった。それに、退魔法は誰も教えていない。きっと、できないだろうし。
「リン、来てくれ」
「はい」
が取り替えに行った筈のカメラからの映像が途切れた。遅かったか、と思ったが仕方が無い。気化したホルマリンを吸って気絶しているに声をかけると、すぐに気を戻す。
「立てるか?」
「ん」
廊下に来れば多少空気が良くなったのか、はほっとしたように息を吐く。
「むかえにきてくれたのかあ」
「ああ……」
へらりと笑ったはやはり立てそうになく、リンにおぶらせた。余程廊下が冷たかったのか、擦付くようにリンの背中に頭を預けたは気持ち良さそうに目を瞑る。おおかた、温かいとかのんきなことを思っているに違いない。
保健室に連れて行きの様子を見たが、外傷はなく体調を崩しているだけだった。この後床と天井が崩れるから手早く話を終わらせて避難したいところだが、が何かを言い出すか土壇場になるまでは僕も口を出さないつもりで居た。
しかし僕が指示をしなければ皆いつまでたってもの様子を見ているだろうと思い、作業に戻るように言いかけたところで、が僕を引き留める。
「いかないで……危ない」
やはり、は何かを知っていることは確かなようだ。
未来を知っているのか、『前』を知っているのか。十中八九、未来である可能性が高い。だが、にESP能力はないと結果が出ている。もちろんあのテストだけですべてが測れるわけではないが……。
は僕に掴まりながらベッドから出ようとした。
おそらく、ここが危ないことは分かっているのだろう。僕もそれを知っているから、を支える。
「おちる、かも」
気の抜けた変な笑みで僕に報告をした。早すぎないか、と思ったがの言葉を信じて撤退を指示した。
僕はを引き摺るようにしてドアの所まで行ったが、間に合わず二人で地面に叩き付けられた。床が、抜け落ちたのだ。
「ん"、たぁ……」
「……っ」
隣で呻く声を聞き、自分も衝撃に耐えながらもなんとか起き上がる。松崎さんが廊下からこちらに手を伸ばしている。
頭上でみしりと軋む音がした時、は咄嗟に鋭い声で「戻れ!」と叫んだ。


の足りない部分を補うかのように、僕以外も少しずつ真実の近くにいて、蟲毒とヲリキリ様の正体は判明した。
そして呪詛返しと確認作業を終えたは、『前』と同じように僕の所に報告に来た。
だがその様子は何の含みも見えない。ただ、しずかだ。
「落ち込んでいるのか」
「へ?」
は一瞬訳が分からないとばかりに首を傾げた。やがて、落ち込んでいるように見えるか、と聞き返されて、首を振る。
もっと坂内くんのことで傷ついているかと思っていたが───そうだ、今のは坂内くんに会っていないし、消えたということもよくわかっていないのかもしれない。
「ああ、でも坂内くんは」
僕がそう考えていた矢先にはぽつりと言いかけ、言葉を止める。
「真砂子みたいに坂内くんの姿を見ていたなら、うんと辛かったのかもしれないね───死んだ人に会うって、辛い事なんだろう」
その口ぶりはやはり、ジーンに会っていないことを示唆している気がしてならない。


はやはり未来を知っている。───ならば、僕と同じことを知っているのではないか、そう考えたけれどどうやら違うようだ。
春に美山邸の調査に行くために所長代理を頼んだときの驚き具合はとても演技とは思えなかった。

ジーンの登場に対して驚いていたのは、生きていたからか、双子だったからか。判断がつかないのでそれは後回しにしてには所長のふりをしてくれるように頼んだ。
といっても、特別手当を出すと言えばすぐに両手をあげて頷いていたが。

の様子を見る為に同じ部屋にしたが、はやはり夢を見ている様子もない。ジーンが繋がないのだから当たり前で、僕がサイコメトリをしたビジョンを見ることもない。ただし、降霊会の時に背中を触られたことは変わっていないようで、僕は自己申告をしてきたのシャツを捲って背中を確認した。
以前あったはずの手形を思い出しながら、に触れられた箇所を聞いたが背中に痕はない。しかし手形があったとしてもなかったとしても、触れられたことには変わりなく、僕はなるべくから目を離さないようにした。
その日の晩には鈴木さんが失踪し、『前』と違う状況に瞠目した。彼女は『前』は、失踪しなかったはずだ。
───何故。
は同情して肩を落とし、午前中いっぱい彼女の捜索にあたっていた。
だが更に、厚木さんや福田さんが続いて失踪し、壁の向こうから遺体が出て来ると事態は一変する。
殆どの霊能者達は血相を変えて帰る準備をはじめ、偽物のオリヴァー・デイヴィスを連れている南さんもいそいそと帰ろうとした。
様子を見ていると、ではなくて五十嵐先生が鈴木さんを探してほしいと偽物に縋る。
その結果、自分から偽物だと白状して逃げ帰って行った。
鈴木さんが失踪したからこそ起こったこの出来事を、はしらけた目で眺めていた。

これから先は、がいつ攫われて行くか分からないため、僕は先に屋敷から出す事に決めていた。
ジーンは安原さんと会わないようにする為にまどかと別行動をしており、の迎えの為に呼べば素直にやってきて窓から顔をのぞかせている。
、おまえは荷物をまとめ終わったら屋敷を出て街で待機していろ」
「は?」
「僕はを迎えにきたんだ」
「なに?なに?」
荷物を整えていたに声をかければ、状況が飲み込めておらず、僕とジーンを交互に見比べた。
自分が襲われる可能性に、気づいていないらしい。先の事を知っているといっても、自分の事は全く分かっていないのか。

に『前』の記憶が無いことは、確定でよさそうだ。



まどかとジーンが帰る日、急にジーンがこちらのオフィスに異動になったと言われた。上司であるまどかの決定は覆すことができず、僕は反論を飲み込む。
ジーンが居た方が順調に仕事が進むのは事実で、邪魔になることはおそらく無い。のことも折り合いがついたし、僕の見た『前』は少し違う未来のことで間違いはないだろう。
最初のうちは、記憶がない上に育ちが少し違う所為で僕の記憶と違う行動をするに違和感を感じていたが、今はさほど感じなくなった。
バイトをして一年も経てば僕もも互いに慣れて来る。
いつかまた、僕の知っている通りのになるのだろうと思った。───だから長い目で見ようと思った矢先。

「ナル───俺と出逢うのは、二回目なのか?」

突然言い出したその言葉を、僕は一瞬理解できなかった。
どうやら、信号無視での前を駆け抜けて行った車の勢いと、ショックによって何かがフラッシュバックしたらしい。茫然と立ち竦むの顔を覗き込めば、色素の薄い瞳が僕を見上げた。
眼球が溺れそうなくらい涙を目に貯めている。そして唇がわななく。
「探してたのは、俺のこと……?」
僕が人を捜しにやってきたことはおそらくジーンにでも聞いてたのだろう。
そして気づいて、泣いた。のままだったのだ。
リンもジーンも他のメンバーも、記憶が無くとも『前』とさほど変わりないのに、だけはどこか違って、僕は心のどこかでが『前』を覚えていることを期待していた。行動が違うからこそ、覚えていないからこそ、にだけはそう感じていた。


はすぐに泣いている顔を手で隠して俯く。ジーンとリンも急に泣き出したを心配そうに見つめていたが、二人には先に帰るように言っての手を引いてその場を離れた。
暫くして泣き止んだだったが、鼻の頭や目尻が赤くて、睫毛が濡れているせいで涙の名残は存分に残っていた。
「ナル、死んだの?」
「勝手に殺すな」
反射的に否定したが、の言いたい事は分かっている。
は自分が死んだ記憶があってそう思ったのだろう。
そのことを落ち着いて話す必要があったので、タクシーを呼んで滞在している部屋に連れて行った。

にとっても、『前』のことでいいんだな?」
備え付けのソファに腰掛けて腕を組むと、隣に遠慮がちに座ったは頷いて肯定した。
「今まで記憶はなかった。それでも未来を知っていた」
確認するように問えば、また頷く。
「その未来は、どんな?」
「───麻衣がいて、俺がいなくて、ジーンが死んだ未来」
それはおそらく『前』のも知っていた未来だった。
器用にその記憶だけ引き継いでいたということだろう。
「夢を見ないのも、ジーンと会えないのも、俺がちゃんと麻衣じゃないからだと思ってた」
「そうか」
「ナルに会うまでは俺がその麻衣だなんて思わなかったし、同じ事が出来なくても全然気にならなかった。むしろ当然だろーって思ってて」
は同じ立ち位置に居る程度にしか認識していなかったのだろう。
前のはその性別を偽るほどに、麻衣の存在に拘っていた。
「……まあいい、今後の話だが、僕の素性を知っていることは内密に」
「いうわけないじゃん」
どうせいつかは知られることだろうが、それまではリンやジーンに言わなくても良いだろう。そもそもが未来を知っていると説明するのも面倒だ。
「それから、もう交通事故になんか遭うな」
「俺だって好きで遭うわけじゃないんですケド……??」



next.

トマトの件は伏線かと思いきやただの余談で、トマトのシーンは過去に描写してません。本当にただナルが主人公の好物を知ってて、それを食べたいと思わなかったからってあげちゃう図が可愛いなって思って差し込みました。
主人公は前に一度死んでることまで言うかと思ったけど、いや言わないだろうな、言ってもややこしくなるし言わんどこって思いなおしてやめました。
リンさんは主人公に情がわいてくれるって信じてます。あとナルがやけに主人公に気を許しているように見えたのでリンさんもほっこり()して見守ってるんじゃないかなって。
旧校舎の後から人形編とか洋館編とかでちょいちょい主人公の危機回避を目論むナルの優しさ、プライスレス。
とくに予期せぬ鈴木さんの失踪は結構びっくりしてピリピリしたんじゃないかなって。だからジーンに回収させました。
でも他に犠牲者が出ているのでそこんとこ、どういうスタンスで行こうかなあとか思ったり思わなかったりです。触れないでもろて。
Sep.2015
Aug.2023加筆修正

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