I am.


Remember. Ⅱ_06

は明るく息を吐いて、僕を見て何か言いたげに笑った。
何だと思いながら視線を返すと笑みを濃くして口を開く。
「探しにきてくれて嬉しいよ」
「探してはいないが」
「あはは、たしかに」
ゆったりと身体の力を抜いて、僕の肩に軽くぶつかってきた。
ソファの背もたれに頭を乗せて天井を見たが、やがて僕の方に顔を向ける。
「俺が死んだ後どのくらいの記憶あんの?」
「一週間くらいかな」
「え、みじか〜っ」
身体を起こして、それから落胆するように肩をすくめる。
「なにが言いたい」
「ナルの未来の話が聞きたかったんだよ」
「ご期待に添えなかったようで」
じたばたと暴れるのでやめろというと、すぐに静かになる。
そしてふいに、僕の肩に頭を乗せて俯いた。
「でも期待すらしてなかった───また会えること」
「ああ……」
死を思い出したばかりのを無理に引きはがす気は起こらなかった。
僕も今触れているのあたたかさと、かつてのの冷たさを思い出す。
の死を知ってから葬儀にいったんだ。お前はとても冷たくなっていた」
自然と手が動いて、顔をあげたの頬をすべる。生きた人間の肌の感触と、温度。それから開かれた目と動く眼球や表情。
「え」
呆けて少し開かれた唇を目にとめた。
指で触れればやはりそこも暖かい。
───もっと、ちゃんと確かめるつもりで顔を近づけた。
鼻の頭がぶつかり、の吐息が僕の唇にかかる。

ヴーッ、ヴーッ
「!!」

突如、静寂の中にノイズが走る。
電話がかかって来たバイブ音に驚き、弾かれるようには離れた。
相手はジーンで、おそらくオフィスに戻ってこない僕とにしびれを切らしたんだと思う。
「俺、今日は帰る、ね。いっといて!お疲れ様」
は早口でそう言うなり、部屋から出て行った。





夏になると吉見家からの調査依頼が入り、ジーンも連れて石川まで行く事にした。
あらかじめ安原さんにはバイトを頼んでいたのでこちらに参加してもらう。
初日から外に調べに行ってもらっていて、主な連絡係はに一任しているが昼過ぎには何か連絡があったらしく部屋の隅で電話に出ているのを見かけた。
「安原さんが、暇そうな学生をバイトに誘って調べもの手伝わせるから、バイト代出せるかって。金沢とこっち行き来するの大変で」
「ああ、いいだろう」
「はーい。オッケーだって〜よろしくねえ」
遠くから僕に問いかけて、または携帯に向かい少し話してから切った。
鼻歌まじりに携帯電話をしまうを見て、正解だったのかと察する。『前』も本来なら安原さんがいたのだろう。調査に行く前に安原さんの名前を出したり、バイトに雇った時に喜んでいたのはこの所為だ。

夕食を食べている最中は、当然だけは酒を飲むかとは聞かれず、羨ましそうにぼーさんと松崎さんを見ていた。は日本酒が好きで、強くはないくせに飲んでにこにこしていたのを思い出す。
、お前は飲むなよ」
「わかってらい!」
ここで酔われたら困ると思ったのだが、さすがに未成年であることを自覚しているだろうし、仕事中に飲酒するほど馬鹿ではなく、は心外とばかりに顔を顰めた。
「あら〜おこちゃまはダメよ」
「もう酒に興味があるのかぁ?。ハタチになったらおじさんが飲みにつれてっちゃるから我慢しな〜」
松崎さんとぼーさんが揶揄するように笑うが、は気にした様子も無く二人をあしらっていた。


夕食後に暴れ出した栄次郎さんを捕まえたが、憑依霊を落としてみるかと松崎さんに話を振るのはやめた。朝一番にジョンに来てもらうよう取り計らっていたのでそれを待つ。『前』のように僕に憑かれたら厄介だし
「松崎さんは僕たちと葉月ちゃん以外にも家族の人数分の護符を用意してください」
「オッケー」
ジーンはここに居る霊は酷く空虚だと言っていた。栄次郎さんを始めとする何人かにはすでに霊が憑いているという。本当ならすぐに松崎さんに全て一掃してもらいおこぶ様を祀る準備に取りかかりたいところだが、証拠やデータが少ない。
夜になって帰って来た安原さんは一日でも十分な量を調べてきてくれたが、まだこちらのデータが足りずに当てはめることはできなかった。被害は少なくて済んでるだろうが、厄介なことだとため息を吐く。

松崎さんとぼーさんと安原さんは休むために寝室へ、リンがシャワーへいき、ジーンが少し席を外した時にベースに残っていたがふいに声をかけてきた。
「そういえば、真砂子も呼んだんだ?」
「ああ」
「ジーンだけでも大丈夫だろうけど、仲間はずれはよくないもんね」
なるべく前の状態と一緒にしておいた方が良いだろうと思い、原さんにも来てもらえるように約束をとりつけてあったが……問題ないなら呼ぶんじゃ無かったと後悔した。
しかしジーンに発言させないで済むから良いかと考える事にして、見ていたファイルを閉じる。
「明日彰文さんにこの辺を案内してもらえば、神社とか祠とか行けるから少しは進みそうだね」
「そうだな」
程なくしてジーンが戻ってきたので、僕たちはまた『前』の話をするのはやめた。


「おはようー……って、あらら」
朝起きて来たはうたた寝しかけているジーンを見下ろして苦笑する。遠慮のない手つきで頭を掻き混ぜて、「おきろー」と声をかければジーンもはっとして顔を上げる。
「僕、今寝てた……?」
「寝てたねえ」
からかうような笑みを浮かべて、ジーンの背中を叩く。
「ほら、顔洗うか、いっそのこと寝てきたら?」
「うん」
ゆっくり立ち上がったジーンを見送り、今度は僕を見る。
「なんかあった?」
「なにも。護符を貰ってくれなかったのは、陽子さんだけだったか?」
「和泰さんと克己くんと和歌子ちゃんも。丁度見当たらなかっただけかもしれないけど」
「彰文さんの言ってる通り……いや、靖高さんは護符を受け取ったのか」
「そうだね、これで不安がおさまるといんだけど」
護符の有無により誰に霊が憑いているのかはあらかたわかった。浄霊は保留になるが、人に憑いたままというのは危険だからなるべく早くジョンに落としてもらって、今後その身体を乗っ取られないように護りを強化すべきだろう。
安原さんが調べ物に出掛けたあとに原さんとジョンはやってきて、ジョンには栄次郎さんについた憑依霊を落としてもらう。
抵抗は見せたが、松崎さんのときのように暴走して飛びかかって来ることはなかった。

僕とリンとジーンが仮眠を取っている間に達は彰文さんに案内されて店の周りや神社の方を見て来たらしく、夜になれば安原さんが十八塚や雄瘤と雌瘤岩についても調べ上げてきていた。が連絡を入れて指示をしておいたのだろう。
「どう?」
「───良いだろう」
僕は安原さんの報告を聞きながら眺めていた資料を床に置いて、言葉少なく対応を投げてきたに返事をする。
「原因は、おこぶ様だな」
「おこぶ様ぁ!?」
「あの洞窟の祠の!?」
ぼーさんと松崎さんは大きく口をあけて驚く。
「この資料の中からよく見当がついたな」
「頭のデキが違う。───おこぶ様の祀る手配をしなければならない。それから一度使役されている霊をどうにかしたい、……松崎さんどうです」
「わ、わかったわ」
戸惑いながらも、松崎さんは頷いた。僕の人選に疑問を抱いたぼーさんが止めてくるが、松崎さん本人はやる気にがあるので浄霊は行われた。
夜は霊が活性化するが、聞いた話では浄化してもらうために近寄って来るばかりで襲うことはないというので問題は無いだろう。
霊を一掃し終えた次の日には祀るの手配をし、依頼人に説明をして調査は終了となった。



next.

車のブレーキはちゃんと主人公が調べてるので事故は回避です。
ナルは本当はもう少しギリギリまでデータ収集をしていそうですが、カットさせてもらいます。
やっとナル落ちっぽくなってきたかな……(?)
Sep.2015
Aug.2023加筆修正

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