I am.


Remember. Ⅱ_07

石川からの帰り道、前を走るぼーさんの車が道を逸れた。リンは戸惑いの声を上げながらも後ろを走る。
ジーンは近道でもあるのかと不思議がっていた。運転中の車内で馬鹿をやっているという事は僕とだけが知っていたが、ぼーさんの車が停まるまで、僕たちはしばらく知らないふりをした。

!気づいてたなら電話してくれたらいいじゃない!」
「ごめん、寝てた」
細い山道に入ってしまった車がとうとう停まり、ぼーさんたちは道を間違えたことに気づいたらしい。責任転嫁しようとしてくる松崎さんには堂々嘘を言い放っている。
その横でジーンとリンが安原さんたちと帰り道の打ち合わせをしていて、僕は車内からその光景を眺めた。
「ね、どうしようか」
「なにが」
車に戻るなりは問う。
「俺、今回はさすがに説得とか無理だよね」
「───ジーンにやらせれば良いだろう」
「でも、どうやって行く?学校は帰り道じゃないし」
内密な話をしているからか随分近い距離に居る。しかしが視線だけをジーン達の方にやった瞬間、僕から離れた。同じ方を見ると、ジーンがこちらを見て手を振っていた。は笑って暢気に振り返す。
「あはは、……えーと、じゃあ、俺行方不明にでもなろうか?」
「馬鹿。本来なら町長が依頼に来るんだったな?」
「……でもあれは、湖で遺体を探すんでキャンプ場に滞在してたからだ」
「そうか……」
結局『前』と同じように、が車に酔ったといってぼーさんたちを先に帰らせ、リンとジーンだけをつれて学校に行ってみることにした。
僕との間に言えない事情があることは二人ともわかっていた為、この件が終わったらきちんと話をすることを条件にだされる。
の記憶が戻り本当の再会を果たした今、本来の約束でもある日本へ来た理由から話すべき時が来たのだろう。



小学校ではやはりでは何も感じられず、代わりにジーンには子供や教師の霊が見えたため説得にとりかかり浄霊に至った。
そして東京に着いたのは日付が変わる少し前。
をアパートの前に降ろしてドアを閉めると座席に携帯電話が落ちている事に気がついた。
追いかけてアパートの階段を上がって行くと、丁度が家に入る所だった。
「忘れ物」
「わ、ありがとう」
ドアを開けていた手を離し、が僕の方にやって来る。それから携帯電話を受け取ったと思えば、触れた手が異常に熱い。
「熱があるのか?」
「え……?そうかも。明日は一日休みだからなんとか───」
言いかけたは次第に目の焦点が合わなくなる。
「だめだ、眠い」
「は?」
突如、は僕にしがみついてきた。おそらく疲労が溜まっているんだろう。
僕に掴まることでなんとか立っていられるみたいだが、手を離したら床に倒れてそのまま寝かねない。
玄関を開けて家に入って、ベッドにたどり着くとそのまま寝ようとする。
せめて服を着替えるように言えばチェストを指さしてシャツを脱ぎ始めた。
服を取って来いという意味だろう。仕方なく適当にTシャツをやれば大人しくそれを着て、あとは下着のままタオルケットにくるまる。
夏だからそれでも良いと思うが、大丈夫なのかと顔を覗き込む。
「ごめんナル、鍵、ポストにいれといてくれればいいから」
はそう言い残し、電池が切れるように眠りについた。もう一度顔に触れればやはりその肌は熱く、息も少し苦しそうにしている。

流石にこのまま帰るのは気が引けた。


「ナル、───ナル?」
聞き慣れた声がして目を覚ます。
僕はのベッドに寄りかかったまま眠って、そのまま朝を迎えたらしい。
リンとジーンにはの体調不良を告げて先に帰るように連絡を入れてあったが、それの返事を見ていなかったことを思い出す。
それはあとで確認することにして、ベッドに腰掛けてを見下ろした。
「具合は?」
「一晩で大分よくなった。ごめん、あの後ついててくれたんだね」
凝り固まっていた身体と、ベッドのスプリングが軋み低い音を身体に響かせた。
顔に触ってみると、普通の体温が掌に伝わってくる。
「ふ、平気だってば」
くすぐったいと身を捩るはもうはっきりと喋れるようにはなっているが、顔色が悪いのは一目瞭然だ。唇もいつもより色が薄い気がしてじっと見つめる。
「なんだよ……あんまり、見るな」
親指で唇に触れて血色を確認すると、少し抵抗を見せたが力が弱い。
「……近いって。風邪うつる」
「ただの寝不足と疲労だろう」
背けた顔を、元の位置に戻して見下ろす。の息と僕の息は互いにぶつかり合う距離にいた。
覆い被さるようにして額をすりあわせれば、その顔は紅潮しだす。
汗ばみ吸いついてくる肌を指先でなぞった。
「じっとしていろ、ずれる」
「え、なに、ごめ」
落ち着きのないを叱ると、反射的に身を縮こまらせて謝り、強く目を瞑って耐えてやり過ごそうとした。この距離で何をしようとしているのかわかっていないとしたら馬鹿だけど、そういえば馬鹿だったか。
こわばり余計な力の入った硬い唇に口をつけた。

強く絞られた目や抑えられていた吐息が、触れた途端にびくりと震え、間抜け面を晒したは、茫然と僕を見上げる。
何をされたのか、どうしてこうなったのか、理解の追いついていないだろうを見下ろした。

「あたたかい」
「……、」
の───くちびる」



next.(Ⅲ章)

調査は省略しまくっております。
Sep.2015
Aug.2023加筆修正

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