I am.


Remember. Ⅲ_01

死ぬんだ───、また。
そう思って横たわる硬くてどこか熱い、アスファルトの上で俺が吐き出した最期の息には、「ナル」という音が混じった。


そのせいか、俺は死んだあとに霊みたいになって、ナルに逢いに行っていた。
最初はジーンかと思った。死んだら迷ってるジーンをつれてってやるって話をしていたし。ただ、あまりに表情が乏しくて、恐る恐るジーンと呼び掛けると眉を顰めた。これは、明らかに違う顔だった。
「じゃあナルだ」
すごい、俺、ナルに会いにこられたのかあ。
俺が就職してしばらくして、ナルはイギリスに帰国した。その時からもう二度と会わないんだろうなって思って別れたし、本当に二度と会えなくなったのに、顔が見れて嬉しかった。
だからずっと言わなかったことを言おうとして───結局やめた。言ったってどうにもならないからだ。
それでも本当にうれしかった。
ただ、顔が見られただけでよかった。



そんな俺はあろうことか、生まれ変わっていた。
ナルと出逢い、バイトして、調査をして、一年が経ってからようやく前も同じ人生を生きた記憶を思い出した。
一番最初に死んだ事は覚えてたのに、二度目の人生はすっぽり抜けていて、急激に押し寄せて来た記憶と今までの記憶が混じり合っていく。
───「ナルは、人を捜す為に今の事務所を開いたんだ」
脳裏にジーンの言葉が響いた。
ジーンに会ってからずっと不思議だった───なぜナルが黒い服を着ていたのか。
もともと普通の服を持っていたはずだし、ジーンの為の喪服として着ていたそれを、楽だからって何年も着続けていたのは知っている。だからつまり、今回はきっかけがなかったはずだった。

今回は、俺か。

濁流みたいな感情に崩れ落ちてしまわないように、俺の手を引くナルをたよりに歩いた。
タクシーに乗って連れてこられたのは誰かの───多分、ナルの部屋。促されるままに隣り合ってソファに座って、ようやく本当に落ち着けた。


俺が死んだ後、ナルはどんな風に生きたんだろう。まあ、教えてくれなさそうだなって思いながら尋ねれば、俺の死後一週間くらいでこちらで目を覚ましたそうで、そんな話は聞けなかった。ちょっとがっかり。
───でも。
俺はナルの肩に頭をすりつけて、今はこの再会を喜ぶべきだと噛みしめる。
ナルは静かになった俺を引きはがしたりはしなかった。……そういえばいつの間にか、俺に触られても硬直しないようになったな、なんて考える。
の死を知ってから葬儀にいったんだ。お前はとても冷たくなっていた」
ふいにナルが、俺の葬儀にいったと話し出す。え、と思って顔を上げるとナルの手が伸びてきて顔に触れる。
黒目がちな瞳がじっと俺の顔を見ていた。そんなに見られると照れるんですけど。
ナルのひんやりした指先が俺の唇を撫でた。そのままゆっくりと端正な顔が近づいてきて、俺たちを纏う空気の温度がぐっと上昇する。

昔みたいに、キスをしてしまいそうだった。

あの頃の俺は今思えば、向こう見ずで、それでいて素直だった。
酔って気持ちが大きくなっていたとしても、何とも思っていない相手、何とも思われていない相手にキスなんてしないから、当時自覚していた以上に俺たちの距離は近かったと思う。
───だからこそ俺は、最後にキスするのを我慢したんだし。
そんなナルと再びこうして出逢えて、今度はナルが俺に近づいてくるというのは、思ってもみなかったことで。
今は俺が、昔のナルみたいに動けないでいる。
だけどその唇が本当に触れてしまう前に、電話が来たことによって遮られた。
い、命拾いした……。とか考えながら、その場から逃げ出すのに精いっぱいで、それ以上のことを考えられなかった。

だって今の俺は、あの時みたいに向こう見ずにもなれないし、素直にも物事を考えられない。



思いだした記憶はそのままに、俺とナルの曖昧な関係に封をすべきだと思った。
調査はその記憶を時には利用し、時には踊らされることがないよう注意をして。ナルは雇い主で、俺はアルバイトという立場は明白に。
なのに、その封を破るかのようにナルが動いたのは、小学校の子供たちがジーンによって浄霊されて、気が抜けた後。
体調を崩した俺を部屋に送り届けてくれたナルが、朝まで傍に居てくれた。
熱が下がったとはいえ力の入らない寝ぼけた俺を見下ろすナルが、頭や髪を手でかき混ぜてくるのに、最初のうちは犬みたいに喜んでた俺だが、次第にナルの静かでいて強い意志を感じる眼差しに呑まれていく。
近づいてくる顔に、ぎゅっと力を入れて強張った。だが唇に触れた温もりがわかって、身体から力が抜けていく。

端正な顔がゆっくり離れて、だけどけして遠くへは離れていかずに俺を見下ろした。
目を白黒させている俺に、ナルの口がゆっくりと開かれた。
そこからもう、目が離せない。
「あたたかい」
なにが?と、頭では考えているが、その言葉が出てこない。
俺の唇にナルの指が沈むので、下手に声を出すこともできなかった。
の───くちびる」
そう言ったきり、ナルは身体を起こしてベッドから立ち上がる。
そしてゆっくり休めと言って、部屋を出て行く。
バタンっとドアが閉まる音がして、足音が遠ざかった。

……え?俺は、なんか、寝ぼけてたのかな。

next.

主人公はナルのすることは大体許容しているんだけど、それが理解できているとはいわない。
Oct.2015
Aug.2023加筆修正

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