Remember. Ⅲ_02
何日か休んでからバイトに復帰すると、ナルはいつも通りだった。俺にお茶をいれさせたり、仕事を任せて来たりする。そもそも、就業中にそんな話はしないんだけど。だからわざわざ時間を作って、二人で話そうとも思わなかった。だって前も、俺とナルが触れた時、その理由を言葉にしたことはないわけで。
曖昧で刹那的なそれを───今生にも持ち込んでしまった。
そうならないようにしなくては、と思っていたのに、ナルが自分からあんなことするって思わなくて……。
俺が死んだこと、そして時間が戻ってきたことが、ナルの中でも蟠りになっているんだと思う。
表面上冷静にしているが、そのせいで余計に精神疲労が溜まっているというのはよくある話だ。
特にナルは我儘なくせに、諦めたり達観している部分が多すぎる。
「───」
「んわ」
考え込みながら資料を整理していたせいで、ぽんっと肩に手をおかれて驚き書類をバサバサと落としながら我に返る。
「あ、ご、ごめん。ぼうっとしてた」
「大丈夫?病み上がりだったろう」
「それはもう平気だから!」
後から、そういえば何度か呼ばれていた気がする、と自覚して慌ててジーンに謝る。
俺が数日休んでいたこととで心配をかけてしまっていたようだ。
「前に約束した、話してくれるって」
「ああ……」
ジーンは落とした書類を俺より素早く拾ってから、まとめて手渡した。
受け取りながら、そういえばと記憶を辿る。
小学校の浄霊に取り掛かるにあたって、俺とナルは調査の依頼を受けられない以上、勝手に学校に行ってみるほかなかった。だから寄りたい所があるのだと我儘をいい、最終的にジーンに霊視と説得をしてもらった。
その時ジーンとリンさんに、俺とナルの間にある秘密について、話をすると約束したのだ。元々、ナルが日本に来る理由もいつか話す約束だったらしいけど。
「手が空いたら、いい?」
「うん。ナルは?」
「出てきてるよ」
応接間にはすでにリンさんとナルがソファに座っていたので、俺は持っていた資料をその場に置き去りにしてジーンと共にそこに集まった。
手が空いたら、というお伺いはこの場合クッション言葉みたいなものである。
さて、何から話したものか───と、意気込んだ矢先にドアが開く。
「よう、元気になったかあ、」
そこにはいつもの霊能者の面々が揃っており、ぼーさんを筆頭にしてドヤドヤと入って来た。
「話すのは少しだけ延期だ」
「飲み物入れてきまあす」
ナルはわかっていた、とばかりに俺に目くばせをした。なので俺はいよいよか、といつもの皆に飲み物の準備をする。
元々よくここをたまり場にするし、依頼の後はあーだこーだと感想を言い合ったり、お疲れさま会をしているので、珍しい光景ではない。
リンさんもジーンも大勢の来客を無下にはせず、ぼーさんが全員に確認したいことがあると言い出したことで推理は始まった。
前回同様に事務所ですることになるのは変わらず、またしてもリンさんが、そしてジーンが肯定してナルの正体は周知のこととなった。───ナルが返答せずに所長室に引っ込むのは前回と同じようにしなくて良いと思うんだが……多分面倒くさかったんだろう。
「んで?はいつから、なんで知ってたんだよ?」
「え???」
急に話題に自分の名前が浮上したことで、口を付けようとしていたグラスを離す。
俺がナルをそう呼んでいるのは『ナルシストのナル』だと言ったからだし、正体を知っているそぶりなんて見せたつもりはなかったが。
「ナルと、前に会ったことがあったんだよ。その時渋谷一也じゃなくてオリヴァー・デイヴィスだった」
「へえ、そりゃまた、いつどこで?」
「うんと昔。最近まで忘れていたくらいの」
ぼーさんは興味深そうに話を深堀してこようとしたけど、俺はそれ以上は説明できなかった。
後日改めて、ジーンとリンさん、そしてナルと俺は向かい合うことになる。
ナルは、ある日夢をみたことから語った。
職業柄馬鹿にする二人でもなく、とりあえずじっと話を聞いている。
ジーンが事故にあって日本で死に、遺体を探しにやってきて俺と出会ったこと。それから何年も日本にいて心霊現象を研究していたこと。イギリスに帰った後に俺が死んで───突然、時間が戻ってしまったこと。
ジーンとリンさんがはっとして俺を見る。いや、ジーンだってそうなんだってば。
「だから、ナルはを探しに来たんだね……」
事故を回避したこともあって、ジーンは信じたみたいだ。そもそもナルがくだらない嘘をつく訳がないのは皆分かってるけど。
ただしナルにはサイコメトリする力はあっても、何かを感知したりする才能はないらしいから本人は半信半疑だったようだが、俺が同じように記憶を思いだしたことでいよいよ確信に至ったというわけだ。
「───谷山さんが、事故に遭われたのは?」
「就職してからだね、通勤中に」
「じゃあまだ……」
まだ回避できてませんね、ハイ。
「大丈夫、なんとかなるなる」
暢気に意気込みを発表したら、全員からお前そんなんで大丈夫なのかって言いたげな眼差しが向けられた。
だって今はナルがいるもん。ジーンがナルによって救助されているのだから、俺の生存だって希望が持てるというもの。
「とナルって、付き合ってるの?」
買い出しに行こうとジーンに連れ出された後カフェに居た俺は、唐突にそんな話題をだされてコーヒーを噴き出しそうになった。
零しはしなかったけど、変な飲み込み方しちゃって喉がいがいがする。
ジーンがちょっと子供っぽく笑っていた。なに面白がってんだよ……。
「んな風に見える?俺達って」
「全然見えない」
じゃあなんで聞いたのかな?
……多少そんな雰囲気にもなりかけたけど、俺達は手を取り合う関係にはならなかった。
「そうなる必要はないって互いに思ってたんじゃないかな」
渋谷の喧噪を眺めて、ぽつりと呟いた。
「それは想い合ってはいたってこと?」
「わからない」
「少なくともは、」
「───好き」
ジーンを見て言葉にした。驚く顔からそっと目を反らす。
同じ顔の違う人に言うなんて、とんだ意気地なし野郎になってしまった。
「だから、幸せになってほしい」
「それは……」
ジーンは口ごもる。
ただ、ナルの生き方を尊重したいのだ。俺は一方通行で構わないと思った。
別に誰かに必要とされたいとか、傍に居て欲しいとか思わないんだもん。
誰かを好きでいられたら、それだけで一人じゃないって思えるから。
「ジーンもさ、幸せになってね」
「───え?」
笑って、ジーンの愛称を呼んだ。やっと呼べたな、と思いながら。
next.
BIGLOVEのつもり……。
Oct.2015
Aug.2023加筆修正