Remember. Ⅲ_03
皿に乗ったドーナツを手に取って、半分に割る。片方を皿に戻して、もう片方の端にかぶりついた。
「がそう願ったから───こうしてナルとがまた逢えたんじゃないかな」
もぐもぐしながら首を傾げた。言ってることがちょっと分かりませんね。
「だから、ナルを幸せにする人はだ」
ほっぺを膨らましたまま固まった俺を、ジーンはくすくす笑って見ている。
いや、ナルを幸せにする人は、ジーンかもしれないよ……??
……その、死後の解剖についてはよく話し合ってほしいけれども。と、複雑な顔に変わった俺を、ジーンは「信じてないな?」と覗き込んでくる。
いや、俺いま違うこと考えてた……。
「ナルには、がいないと駄目だ」
事務所に戻るなり、ナルはソファでファイルを読みながら「、お茶」と言いつけてきた。
う~ん、確かに俺がいないと駄目かも。
はいはいと返事をしながら給湯室に向かいながら、ジーンに顔だけを向ける。
「ジーン、ごめん机の上置いといてくれたらいいから」
事務用品とか必要なものを買ってきたので、その荷物の片づけをしなければならなかった。
でも所長様の喉を潤す方が優先順位が高いので、自分が持ってた荷物は置き去りに、ジーンに任せた荷物は置いといてと指示をした。
「いいよ仕舞っておく」
「たすかるう」
片づけてくれるって言葉に甘えて、ひらひら手を振って衝立の向こうへ行く。
そうして、片付けの音を聞きながらお茶の準備をして、さほど時間もかからずに顔を出すとジーンしかいなかった。
「あれ?ナルは?お茶」
きょろきょろしてる俺にジーンは所長室を指さす。待っていてはくれないわけね。
ノックをして返事があった後に入ると、ナルは椅子に座ってさっきと同じようにファイルを読んでる。
移動しなくてもよくない……?
いや、多分俺とジーンが戻って来てあっちで仕事をするから、うるさくなると思ったんだろうな。うるさくした覚えないけど。
「ここおくよ」
「ああ」
そっとデスクの隅に置いたら、ちらっと目線を寄越したナル。
ありがとうを言えなんて今更思わないので、仕事を終えてそそくさと部屋を出て行こうとしたら呼び止められた。
「……ジーンを───」
長い沈黙が続き、身体ごと振り向いて暫く待つ。
「……呼ぶ?」
「違う」
いや、ため息吐いたのなんで?それは俺の方なんですけど?
だってそこで言葉を切ったら、そう思うよね?
「じゃあどうした」
顔を見るが目は合わない。何か思い倦ねているような感じで、言葉を探しているみたい。
「用ないなら戻りますけどー?」
「───は、前と同じような進路に進むのか?」
「は?……ああ。どうしようかね」
なんか明らかに話題が違いそうだけど、ナルがやっと口を開いたので応じとく。
「そんな事で受験は大丈夫なのか」
「別に前もそんなたいして苦労してないし」
「就職先も同じ予定か」
「出来ればその方がいいよね?事故を回避するのだって、ギリギリまで同じ生活していた方が安心だし」
「たしかにそうだが……」
視線を落としたナルを見下ろして、俺は顎を撫でる。
もしかして、ナルはナルなりに心配してたのか?いや、そうだよな、死ぬことがわかってて放っておく人じゃないもんな。
「ナルはさ、あの時イギリスに帰っていたけど、今回は日本にいる?」
「そのつもりだ」
「じゃあ、その日は一緒にいよう」
「……うん」
ナルは俺をじっと見てから小さく頷いた。俺もナルが一緒に居るなら安心だ。
……そもそも、提案しなくてもジーンとかは心配して来そうだけどな。
今から五年以上先のことだから、俺もあんまり深く考えていない。
ぶっちゃけ、これを知っているだけでもう既に死は回避したような気がしなくもないが。
───で。とうとうナルは本題を言わないみたいなので、俺は諦めて仕事に戻るべく背を向けてドアに手をかけた。
「」
「んなに!」
「いつのまに、ジーンと呼ぶようになったんだ?」
結局呼び止めんのかよって顔だけ振り向いたら、ナルがカップを眺めながらそう言って、誤摩化すように口を付けた。
「ッッッ!」
俺はよろめき米神をドアにごちんっとぶつけ、頭を抱えてしゃがんだ。
……うわー!うわー!
そもそもナルの前では、前からジーンのことジーンって呼んでたのに……!
「おい、すごい音がしたが」
「ぇん……」
俺が身悶えてるのは打撃のせいじゃない……。
ナルは鈍感なのか、寄って来て俺を見下ろす。
俺の顔が赤いのは頭をぶつけたこととか、ドジの羞恥とかではなく。
立ち上がってナルを見て、俺はこみ上げて来た、笑いを零してしまった。
「ふっ、ふふ」
そしたらナルはちょっと拗ねた顔をした。……その顔もズルいと思うんだけど。
だめだ、笑うっていうか、にやけてしまって。
そんな俺の態度が目に余ったナルは、ドアに俺を押し付けた。
あ、怒んないで───そう言おうとしたがナルの顔が近づいてきて、ほんの少し開かれた唇が目に入る。
俺もつられて同じように口を開いてしまって、ゆっくりと唇が重なり合うまでをじっと見つめた。
深く隙間なく合わさると、唇の裏の濡れたところが皮膚に張り付いたり、滑ったりする。
俺を閉じ込めるナルのうなじに手をかけると、思いのほかあたたかい。
生え際に軽く爪を立てて、襟足を掻き上げた。
息継ぎをしながら顔の角度を変えると、ドアに押し付けられた俺の後頭部がずりっと音を立てて頭に響く。
一瞬離れた唇を追い求めて甘噛みをしたら、仕返しとばかりに噛まれた。痛くはなかったけど、ぺろりとその部分を舐めると、ナルがあとからそこをはむ。
しばらく、そんなキスにうっとり酔いしれていた俺の後頭部に、今度は違う音が響いた。
コンコン、コンコン───
ノック音にびくっと身体が跳ねて、ナルの腕を掴んだ。
「!」
「なんだ?……今、取り込み中なんだが」
「後にします」
リンさんの声がすぐ近くでする。
ドアがあるとはいえ、息づかいが聞こえそうだから俺はナルの肩に顔をうずめて、息を殺した。
なんだよ取り込み中って……。
next.
取り込み中(意味深)
Oct.2015
Aug.2023加筆修正