I am.


Remember. Ⅲ_04

俺が二十歳になった時、皆が誕生日パーティーと称して飲み会を開いてくれた。
ジーンは当然のことながらナルもまた引き連れられてお店に来ている。今回は俺が引っ張ってきたんじゃない、ジーンだ。
「間違って酒飲まないように」
「お前と一緒にするな」
前にナルが俺の酒を間違って飲んだ結果、寝こけて部屋に連れて帰ったことを思いだし、ひっそり忠告する。
だけどにべもなく返された。
「俺は間違って飲んだことないし」
「風邪ひいてる時」
「……あ〜」
「あんたたち、何突っ立ってんのよ」
俺とナルが足を止めてやりあってたのを、振り向いた綾子が気づいて呼び寄せた。


ナルが同じ過ちを繰り返す筈もなく、俺もそこそこ普通にお酒を楽しんで、困ったことが起こることなく飲み会は終わろうとしていた。
ところが、酒に弱くはない筈だったジーンがウトウトと眠り始めている。
しかも俺に寄りかかってしがみ付いて。
「おい、連れて帰れよこれ」
「僕は肉体労働はしない主義なんだ」
ナルは兄の介抱を放棄し、俺から引きはがしてくれる様子はない。せめてもの救いは、帰る場所が分かるナルがいることか……。
タクシーをおりて、ほとんど寝ているジーンをおんぶしながら部屋に入る。
ベッドに投げ落としたら後は勝手にするだろう。
お情けで掛け布団をぺっとかけておく。
「うへ~、疲れた」
「ご苦労さん」
部屋を開けたり靴を脱がしたりベッドの準備してくれたのはナルだったけど、殆どの労働を俺に任せたナルは涼しい顔して労った。
文句を言いたいけど、悪いのはジーンのような気がするし……いやでも、もう少し俺の味方してくれてもよくない?
ちょっとだけ不満を抱きつつ、ジーンの部屋を出た。そしてエレベーターの方へ歩くと、すぐ隣がナルの部屋だったのでついでに送り届ける形となった。
鍵を開けてドアを開けて入っていくナルは、ゆっくりと振り向く。
俺はそのドアに手をかけて、部屋の中に少しだけ身体を入れた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「……おやすみ」
ナルは前みたいに俺に「さけくさい」と文句を言ったけど、顔を押し退けることはなかった。



次のバイトに行った時、ジーンには滅茶苦茶謝られてしまった。
本人が失敗だと理解して反省しているから、いいよいいよ、と断っていた背後でドアが開いた。
ベルが鳴り、遠慮がちなお客さんの顔がそこから覗く。

俺は見覚えのある顔ににっこり笑って対応した。
その人は、前もナルと俺とリンさんの三人で調査に行った家の人である。
心霊現象や因果関係のデータ収集においては、おそらくナルは乗り気なんだろう。でも、依頼人の家族がちょっと問題で、調査とは全く関係ないところで精神が摩耗した事件だった。
ナルはどうするのかなと口を挟まずに見守っていると、やっぱりデータは欲しいみたいで依頼は受けることになった。
「今回はジーンもいるから……どうなるんだろう?」
「ああ……」
「なにかあるの?」
俺とナルは顔を見合わせる。
ジーンは戸惑いながら俺とナルを交互に見比べた。
そして俺とナルはジーンの顔をじっと見て、そっとため息を吐く。
「ジーンは行かない方がいいんじゃない?」
「僕はどうなる」
「一応、大丈夫だったじゃん」
「もうあんなのはごめんだ」
ナルはそっと頭を抱えた。
そして、いい加減わからないまま待っているジーンが可哀想に思えて来たので、ナルを示しながら説明した。
「依頼人の娘さんがナルに惚れる」
「えっ」
ちょっと嬉しそうに反応したジーン。
普通に考えれば喜ばしいことだろうけど、そんなでもないんだよな、今回に限っては。
なにせベースに入り浸り、ナルに付き纏い、挙げ句の果てには仕事を故意に邪魔したんだから。
とうとうナルがブチ切れて泣かし、彼女はやっと諦めたってわけ。
「ジーンも行くなら覚悟していったほうがいいよ」



調査へ行く当日、朝早くから事務所に集合して依頼人の家に向かう前にナルに声をかけた。
「ナル、手ぇだして。左が良いな」
「なんだ」
掌を上にして出したのでくるっと向きを変えて、自分の右手に嵌めていたリングを外してナルの左手の薬指に嵌める。
「よかったあ、サイズ平気そうで」
「え、なにそれ!?」
リンさんは無言で目を見開き、ジーンは俺の肩越しにナルの手を覗き込みにきた。ナルは静かに首を傾げている。
「急拵えだけど、牽制にはなるでしょ」
「私物か?」
「うんまあ、でも新品だよ昨日思い立って買ったんだ」
シルバーのシンプルな指輪をじっと見下ろすナル。
アクセサリーとか煩わしいって言いそうだけど、彼女の方が煩わしいだろうから我慢してくれるはず。

───結果、俺の指輪はそれなりの効力を発揮したが、一番効果があったのはジーンだった。



それから数日後。
いつもの皆が遊びに来たとき、ナルの左手を見てえっと固まった。
バイトに来てた安原さんは完全にスルーだったし、俺なんか普通に忘れてたから、ぼーさんがぎこちなく「ナルちゃん、その指輪、どうしたんだい」って言い出すまで気づかなかった。
「あれ?まだしてたんだ?」
「お前が嵌めたんだろう」
どよっと皆がざわめいた。いや、違うんだよ……!?違くはないけど!
俺が指輪を嵌めてからずっと外してないワケないじゃん。
置く場所がないから律義にそこに嵌めなおしてたのかもしれないけど。
ナルの手を取り、指輪を抜いて自分の指に嵌め直す。
「経費で落とすから、領収書」
「え、俺のにするからいいよ」
「終わったものをどう使おうと構わない」
「……まあ、今後も使うかもしれないしな。レシートでいい?」
「ああ」
ポケットから財布を出してその場でレシートを渡していると、綾子が首をかしげる。
「指輪なんか仕事に使うことある?」
「依頼人の家に若い女の子がいたから」
「なるほどね」
なんだ〜と皆ほっとしたように笑う。
確かにナルが一番乗りとか恐ろしいよな。
「渋谷さんと二人で買いに行ったんですか?」
「んーん独断で、サイズわからなかったから俺の指で買った。ナルに合わなかったらどうしようかと」
安原さんが尋ねてきたが、急だったし、ナルと買いにいくなんて発想はなかった。
「せめてジーン連れてきゃ良かったかなって」
「言ってくれれば付き合うのに」
「お前が行ってどうする」
ぼやくように言うと、ジーンも面白そうだから見たかったと肩をすくめる。そこに、ナルのごもっともな突っ込みが入った。



指輪はその後の調査のたびにナルの指に移動した。
きっかけになった調査ほど大変なことは起きないが、ジーンが傍に居ることと指輪をはめていることで周囲が静かになると分かったナルは味をしめたんだと思う。
「そんなに使うんなら、もうナルがずっと嵌めとく?」
「……いい」
ある日そうやって聞いてみたけど、それはそれで面倒くさいと言いたげに、手を振る。
なのでおとなしく指輪を回収して自分ではめて、仄かに体温が移った指輪が自分の肌に馴染むのを待つ。
一つの指輪を二人で使うなんて、なんだか変な感じだけど───これはこれで、いいか。
こっそり笑って、自分の手を眺めた。



next.

元になった話と同じ時間(初めてキスをした日)になったという感慨深さがある……。
寝てるジーンの隣でキスも考えたのですが、さりげない方が似合うなって思ってドアの隙間からにしました。
そして指輪ネタ!ずっとやりたかったんです~。
ペアリングも萌えるけど、同じ指輪を二人で使い回してるのもかわいい……。
Oct.2015
Aug.2023加筆修正

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