Remember. Ⅲ_05
安原さんが就職によりバイトを辞めて、事務員が一人になったので仕事が増えた。人が減れば当たり前のことだけど、事情を隠さなくなった所為もあって郵便の仕分けとか書類とか処理するし、しまいには電話も出るからだ。
まあ、ナルに主に電話をかけて来る人たちはは日本語が出来る研究室の人ばかりなので渋谷サイキックリサーチでーすって出れば日本語で喋ってくれるから大変なことではない。時には森さんが「あらぁ、谷山くんお元気?」って雑談を繰り広げてくれたりもする。
うんうんって頷いて答えてるとナルが途中で電話を奪い取って森さんに遊ばないようにって苦言を呈し、言い返されて苦い顔をしている。大変見物です。
「って就職するの?」
「そりゃするって」
「ナルの秘書になるんじゃないの?」
そんなところに、ジーンがこの発言をして来た。俺の就職活動がいよいよ始まろうとしているからだ。
知らなかったんだけど、『学者秘書』ってのがあって、まあ研究の助手とかサポートとか書類整理とか電話対応をする仕事が存在するらしい。
なんか今の俺と似てる気がする。雇用形態が非正規か正規か、みたいな差かな。
確かにナルはその分野に於いて大変優秀な研究者であり博士だだから、秘書の存在はあっても変じゃないけど、それが普通の大学に通う英語力皆無の俺でどうする……。
「別に英語は僕たちが出来るから良いんだよ。ナルの生活のサポートがメインだから、今までと仕事は変わらないかな。しいていうなら、拘束時間が増えることと、イギリスへの調査にも同行することになるかもしれないくらいだろう」
英語ができないと渋った俺にジーンは問題ないというが、俺は突然提案された進路に戸惑う。
調査の助手ならやれるだろうが、依頼人とのコミュニケーションとれないのはネックじゃないかな。本当に映像の監視とか荷物運びとかデータ纏めとか計測とかしかできな……あ、やることはいっぱいあるう。
「秘書なんている?ナルって」
とはいえ本人がこの場にいないので、よくわからない。
仕事中の俺のところに休憩しようって来たジーンが唐突に話し始めたことだから。
「それにいずれ、みんなイギリスに帰ることになるわけだし」
「、前とは違うよ」
そういわれて、はっとする。
「絶対イギリスに来てって言いたいわけでも、ここで働いてほしいわけでもないんだ。どこにいてもいい。だけどナルや……僕たちのことを思い出だけで終わりにしないで」
死ぬつもりはなかったけど、俺はいろんなことに終わりが来ると思っていた。
ナルのことだって、前みたいにいつか、って。
───……馬鹿だったなあ、俺。今はもちろんのこと、前だって会いに行けばよかったんだ。
ナルが自由に、幸せに、って思いながら結局何もしなかった。それでは駄目だったって、わかっていたはずなのに。
「僕はには幸せになってほしいから良いこと教えてあげる」
ジーンがふふっと笑って俺の耳に顔を寄せて来た。
「その指輪」
ちょっと俯いて膝の上においた手の右側を見ると、薬指はそこに嵌っている。
その時丁度所長室のドアが開いた音がして、それに掻き消されないように、けれど俺以外には聞こえないように、ジーンが囁いた。
「ナルも持ってる」
俺は勢い良く崩れ落ちた。座ってなかったら転んでいたところだ。
腕で顔を覆ってぶるぶる震えて、悶える。
「ンわぁ……」
「、お茶───どうした」
俺の頭上からナルの声が降って来て、横ではジーンの笑い声が聞こえる。
「何か言ったのか?」
「え?別に」
ナルとジーンが喋ってるが、俺は顔を見られないまま、ふらふら立ち上がって給湯室に向かい、お茶の準備をする。
あぁ、顔が熱い。どうしよう。笑い出しそう。
「僕ちょっと出てくるね。ごゆっくり」
ジーンが爽やかに逃げた音がした。
お茶を入れてもどると、ナルは不機嫌そうにひとり掛けのソファに座っている。
「ここで飲むの?」
「ジーンと何の話をしていたんだ」
噴き出して笑っちゃった。あ、機嫌悪くなりそう。
「ごめんごめん、いや、なんというか……」
お茶をこぼしそうなのでそうっとナルの前において、俺もソファに座る。
ナル絡みのことだってバレてるな、これは。
「ジーンに、ナルの秘書になればって言われた」
「───ああ」
ナルは納得したように小さく頷いてからぽつりと呟いた。
「これから忙しくなる」
「ん?え、そうなの?」
「頻繁に日本とイギリスを行き来することになるだろうからな」
意外なことに驚いた。
「どっちも?」
「ここの所長は僕だから」
「それって、いつまで?」
短いやりとりを繰り返す間にちょっと落ち着いて来た。……いや、思い出さないようにしてるのが正しい。
秘書の必要性についての答えがないんですけど、所長。
「半永久的に、日本とイギリスで心霊現象を調査するつもりでいる」
「え!」
身を乗り出して驚くと、ナルは「だから忙しくなるんだ」と言った。
「じゃあ秘書とか要らないねぇ」
「馬鹿、逆だ。忙しいから秘書が必要なんだろうが」
「へ?」
「当面英語は良いが、───出来るようになっておいた方が損はないと思うけど」
「ん?」
「実際にイギリスに同行するのは大学を出てからでも良い。……どうする?」
なんだ、ナルは前と同じにするつもりはなかったらしい。
それもそうか、ジーンと俺を助けてくれたし、調査だって二度目のところは効率よく済ませた。
ナルが俺に、手をのばしているのが分かる。
「───やりたい」
next.(Ⅳ章)
本編と似たセリフだけど違う感じで終わらせてみました。ちょっと成長したというか、意欲的というか。
一つの指輪を一緒に使うBL萌えるんだけど、それ以上にナルが主人公と同じ指輪持ってて絶対つけないけど大事にしてたらハー??むりすき(言語化放棄)
秘書落ちとかどこのBL小説なんだよ?これはBL小説だよ!!
Oct.2015
Aug.2023加筆修正