Remember. Ⅴ_02
とナルの関係はずっと変わらなかった。年々僕はのことを知っていき、その付き合いやすさと真面目な仕事ぶりから、ナルとが長く続く所以を身をもって感じた。
ただその様子があまりにも当然で、フラットで───少しも、やナルの心が見えてこない。
僕がそう思う以上に二人自身もきっとそうで、だから特別な気持ちをずっと見逃して来たんだと思う。
そんな二人がある日突然、目の前で薬指に指輪を嵌めだした。
といっても、が一方的に自分がしてた指輪をナルの指にはめただけなんだけど。それが左手の薬指という事に僕やリンは少なからず動揺した。
だけど当の本人たちは二人とも静かで。そもそも人前でこういう事をする二人ではないはずで。
話を聞いてみれば、依頼人から好意を寄せられた記憶があった故の牽制のようだった。僕は少しだけがっかりしつつも、納得した。
───ただし依頼を終えてもナルが指輪を嵌めたままだったのが少しだけ嬉しかった。
双子の弟ながら感情の読み取り辛い性格をしていたけど、このときばかりはちょっとだけナルの気持ちが見えた。ただ、そう言う時に限っては全然気づいてない。もどかしくて、わかりにくいんだから……この二人。
それから暫く経ったある日、ナルの部屋に用があって入った。
少しだけ机の周りをいじっていたら、指先に布が触れた。文具や書類のあるそこに慣れない感触だ。濃紺のベルベットの小さな巾着があり、思わず手に取った拍子に中から何かが落ちてきた。
カタン、と机の上にぶつかって少し走る───指輪だ。
咄嗟に床に落ちないようにつかまえた。よく見てみると普段とナルが嵌めているものと同じだった。僕には貸してくれたことがないので、詳しくわかるわけじゃないけど。
基本的にナルは調査の時にしか指輪を嵌めないし持ち帰ることもない。それには裸のまま指輪を渡したのだからナルが店のロゴが入った袋を持ってるわけがなくて、もしやと思いながら事務所に行くとの指にはもう指輪が嵌っている。つまり、ナルは、と同じ指輪を持っているってことだ。
なんだか、初めて二人がちゃんと思い合ってるような証拠を見つけた気がして嬉しくて、気恥ずかしくて、もやもやした。すぐにでもに言いたいし、二人で同じ指輪を付けたらいいのに。
「あの指輪のこと、は知らないの?」
相変わらず一つの指輪を二人で使っているナルにこっそりと問いかけると、ナルが固まった。その後凄く不機嫌そうに「余計なことは言うな」と言って僕と暫く口をきいてくれなかった。つまり、は知らないからに言うなってことなんだと思う。
僕はめげずにしつこくナルに付き纏って理由を聞く。
「……わざわざ言う意味はないだろう」
と、ナルは言うけれど。
「でも、だってそれを知ったら……」
「必要ない」
ナルはまるで僕の言葉には耳を貸さない。
このまま二人が離れてしまうのを見ているなんて嫌だ、と、思ったけれど───違う方法でに手を伸ばすことにしたようだ。
今のナルはの背中を、の死を、見て来たから。
ナルは正式に日本支部をおいて、半永久的に日本で研究することを決めた。
ところがは就職活動に意気込んでいる。
僕はてっきり、ナルはにそのことを話しているものだと思っていたし、秘書や助手としてこれからも一緒にいると───ナルのそばにいてくれるのだと思っていた。
知らなかったのは仕方がないこととはいえ、秘書の道があると知ったは僕の勧めにあまり良い返事をくれない。
ナルにそんなものは必要ないだろう、というのだ。
僕はこの時の方が変われていないことを理解した。
就きたい仕事があるとか、死を恐れて違う未来にしたくないと思っているからかもしれないけど、ナルのことまで同じように、離れる必要はない。
ナルのいじらしさを、僕は知ってほしい。
そして孤独なを、一人にはしたくない───それは、僕には出来ないことだから。
「僕はには幸せになってほしいから良いこと教えてあげる」
が面白いくらい顔を赤くしてるのを見て、達成感を感じて席を立った。ちょうどナルが来てくれたし、逃げるように、そして気をきかせたつもりで事務所を出る。
ぱたん、とドアを閉めると中にある鐘の余韻がほんの少し聞こえた。
僕の知らない時間を二人に。
next.(Ⅴ章)
なんかすごく、独白っぽいお話になっちゃいました。
Nov.2015
加筆修正前は4章は3話あったんですけど、他視点で充分だったシーンとかを削ったらこんな感じに……。
その代わり5章増えます……なにとぞ。
Aug.2023加筆修正