Remember. Ⅴ_01
「それで、ジーンと何の話をしていた?」「え。だから秘書の……」
二回目の質問に、さっきまでしていた話で誤魔化そうとしたが、まったく誤魔化されてくれない。
あー……と暫く言いよどみ、しどろもどろに言葉を紡いだ。
「指輪……ナルも、同じのを買ってくれて、……持ってる、とか?」
目線をうろうろとさせて逃げていたが、しばらくナルの返答がない。
痺れを切らしてとうとうナルを見ると、ナルは思いのほか無表情だった。
「僕がわざわざ同じものを買って、ただ持っていると思うか?」
「あ……違うの?」
「違う」
え……、ジーンに騙された??
「僕が買ったのはにやった」
「はぇ」
あまりにも間抜けな声が出た。
一瞬どういう意味なのかわからなかった。
ナルが拗ねたように眉を顰めて、視線を外し、居心地が悪そうに腕を組む。
肘に爪を立てるその指先に、緊張のようなものが感じられて、俺はもう一度ナルの顔を見る。
「へ、へりくつ~~!!俺、すっごい恥ずかしい事言ったのかと思った!」
「の言い方だと意味が全然違う」
「ちがうかなあ???結局ナルが二つ支払ってるわけじゃん……ていうかいつ指輪すり替えてた?ただ、新しい指輪をくれたら良かったのに、それならお金返さなくてよかったし……そもそも、もう一つの指輪は、どうすんの?」
言いたいことがまとまらないが、息が続かなくて最後は途切れ途切れに言葉を吐く。
そして言い切ってから、自分の手を見て一呼吸。
「───俺が、いつもナルの指にこれを嵌めるとき、ドキドキしてたの、知っていた?」
その右手にあるリングを苦笑しながら引き抜く。
目の前のテーブルにことん、と置く。
「ナルも俺に指輪、ちゃんとちょうだい」
ナルを見ると、おもむろにポケットから何かを取り出した。
小さな巾着袋がその手にあった。見覚えのあるそれは、リングを買った時の入れ物だ。
中から出てきたのは、ジーンが言っていた指輪で、ナル曰く俺があげた方だ。
「え、なんで今持ってるわけ」
「部屋に勝手に出入りされるから」
「あ、そう……」
よほど人に見られたくなくて、ジーンに見つかったことを根に持っているんだろうな、ということはわかった。
同じようにことん、と音を立てて指輪は目の前に置かれた。
二つが並んでいるところを見て、それだけでドキドキしてしまった。
やがてナルは、俺が置いたほうの指輪を手に取る。
「今更なんだけど、ここでやるの?」
「やめるか?」
「う……それは、いやだ……待ちきれない」
凄く嬉しい……のだけど、ここはオフィスの応接ソファであって。
いつお客さんが訪ねてきたり、仲のいい霊能者が遊びに来たり、リンさんが資料室から出てきたりするかは、本当にわからない。
「隣に行っていい?」
「ああ」
立ち上がり、近くに行くのをナルがじっと見ている。そして隣に座るのを、身体を向けて待つ。
おずおずと柔らかいソファに浅く斜めに腰掛けて、俺もナルに身体を向けた。
改めて左手を差し出すと、ナルの左手がそっと下から支える。
「……、」
薬指の先端に指輪が引っかかったとき、俺の小指がぴくりと外に開いた。
第二関節のところで少し戸惑う手つきが、いじらしい。
「?はいらない……」
「すこし、指輪を回して滑らせて……大丈夫」
ナルは素直に俺のアドバイスに従い、最後はぐっと付け根まで指輪を通した。
ほう、と息を吐いたナルを見て、俺は小さく笑った。
多分、人に指輪を嵌めたことがないんだろうなって。
「ナルにも、させて」
「……」
俺はまた小さな声で、ひっそりと伝えた。
まだ誰も来ないでと、心のどこかで祈りながら。
指輪を嵌めるとき、今までの比じゃないほどに嬉しかった。
ナルの手にも俺の手にも、同じ指輪がある光景をしばらく眺めていたくて、指先を絡める。
「人が来る前に外さないと」
「……ああ」
俺たちはそのタイムリミットを静かに惜しんでいた。
「チェーンを買ったらネックレスに出来るんだけど」
ナルの薬指の先端を、人差し指で突いて揺らした。
そしてじゃれつく指を捕まえられて、楽しくなって笑う。
「ナルもつける?俺が買ってくるから」
ほとんど声のない吐息だけの会話を繰り返し、離れがたく頭をぶつけあう。
「隠し場所には最適だな」
ナルの返事を聞きながらも俺は今その唇が早く動かなくならないかと待つ。
そして言い終えた時、手をナルの足について腰を少し上げた。やっぱ、我慢できなそ。
───その時、オフィスのドアの外から足音や話し声がし始める。
誰かが来たことがわかって、身体をはなした。
気兼ねしない音はきっと、知り合いだ。そう思っていたら、やっぱりドアが開く。
「こんちゃ~っす。って、おう、二人揃ってる」
「こんにちは」
「来たわよー」
おなじみのぼーさん、ジョン、綾子がいて───俺は咄嗟に服の袖を引っ張り左手を隠す。
ナルが相変わらず文句をたっぷり返しているのを聞きながら、俺は取り繕った笑顔でお茶を入れるためにその場から離れた。
next.
以前あとがきで言った、ナルに指輪嵌めてもらう話が読みたい、と要望が多かったので書きました。前の話八年前て……。
この後の話を先に番外編で書いてしまっているのですけど、時系列的にこちらが先なので順番入れ替えます。
Aug.2023