I am.


Remember. Ⅴ_03

(研究員視点)


研究所の廊下の窓から何気なく外を見ていると、すぐそばを歩く人物が目に入った。
だ───)
知っている人物だったので、しばらく目で追いかける。
一人で外に出ているのが珍しいとか、かつてイギリスに来たばかりの頃はもっと心配されていたとか、色々なことが思い浮かんだ。

はナルが日本の心霊現象を研究したいと言って突如日本へ行って、出会った人らしい。
専門的に勉強してきたわけでも、研究職を志してたわけでもなく、専らラボとナルのつなぎという役目に徹しているけれど、その有用性は高い。
なぜならナルが言うことを聞く、ナルと近く長く付き合える、という人物は稀だからだ。
がナルにイギリスに連れてこられた時は、皆驚いた。
あのナルが、わざわざ人を連れて来て、傍に置くなんて、と。
来る前はどんな人物なのかが分からなくて不安に思う面々も居たが、まどかとリン、そしてジーンのお墨付きである彼はニコニコと人懐っこい顔をしてやってきた。

英語があまり話せないと言いながら、空き時間に勉強しているところはかわいい。
ナルへ依頼する仕事は一手に引き受けて、なんとかするって答えてくれるところは頼もしい。
ジーンとふざけているところも、人付き合いが下手で不器用なリンと談笑しているところも、ナルと何をするでもなく静かに一緒にいるところも、微笑ましい光景だった。
そんなふうにして、彼はすぐに人柄込みでこの場所に馴染んだ。
ナルの秘書だというけれど、ナルが研究室に籠って動かない時などはよくラボで雑用を引き受けてくれるし、フィールドワークの現場でも慣れた様子で手を貸してくれる。だから、ずっとここにいればいいのに───と、いつだったか誰かが口にしていた。

「あ、ナル」
ふいに近くを通り過ぎようとしたナルに声をかけると、彼はこちらに目線をよこした。
そして窓の向こうの景色を見ると、立ち止まって歩いてくる。
「また日本へ行くんだって?」
「再来週には」
「つぎはいつイギリスに?」
「どうだろう、一年くらいは向こうにいようと思っているけど」
も?」
思わず聞けば、何を当然のことを、と眉を顰める。
「なんだ~、はイギリスにおいてけよ」
半ば冗談で言ったことだが、ナルはますます不機嫌そうな顔をした。だがその視線を外し、一瞬目を見開き首を傾げた。
「あれは……誰?」
「ん?」
ナルの視線を追うと窓の向こうに、立ち止まったと彼に話しかける若い女性の姿がある。
女性はおそらくここの関係者ではないはずだ。ただ、近くにカレッジが複数あることや、が時折資料の貸し出しの使いでそこへ行くことと、他の人たちから噂によれば、きっと。
にもこっちで恋人くらい出来てるんじゃない?」
「……」
「ナルのお使いとかで大学内も出歩くだろ。一部では見慣れない東洋人がいるって噂になっていたらしい」
「それが?」
「だから、噂になるくらい目を引いてるってことさ」
ナルは淡々と聞き返してくる。
「エイミーが付き添いで行った後、こっそりの名前を聞かれたって。もたまに学生に話しかけられて仲良くなった人がいるって言ってたし」
視線の先のと女性は、談笑しているように見える。
はまだ英語がたどたどしいが、一生懸命話してくれるのがわかるから、相手も悪い気がしないだろう。
って黙って無表情で立ってると、少し雰囲気あるよな。でも、話しかけるとニコニコしながら近づいてくるだろ?だから最近モテだしてるんだよ」
それに比べてナルは、その端正な顔立ちや、人種も相まって目を引く存在ではあるが、話しかけにくい雰囲気に加え、実際話しかけたときの対応の悪さを思うと、親しみはまるで持てない。
「だから日本に行っちゃうのは勿体ないよな」
「関係ない」
「おいナル───」
もう興味はない、とばかりにナルは歩き出した。
その背中を見送りながら、まったく……と肩をすくめる。
ナルにとってはの個人的な事情など関係なくて、自分についてくるのが当然とでも言いたいのだろう。

ああ、なんて可哀想な───きっと当分、まともに恋人はできないだろう。ナルのせいで。









(主人公視点)
買い出しに行くんで外に出たら、最近知り合った人と出くわして暫く談笑をしてしまった。
イギリスへ来て、もうすぐ半年───。よく行くマーケットの店員のおじさんとか、犬の散歩をしてる親子とか近くの大学に通っている生徒の一部だとか、職場以外の知り合いも増えたので。
大学生に声をかけられるのは俺が見慣れない東洋人だからなのかもしれないが、多分一番はナルとジーンとたびたび行動を共にしているからだろう。
あいつら目立つもん。

帰りが予定より遅くなってしまったな、と思いながら河を跨ぐ橋の真ん中まで来たところで、向こうから歩いてくる人に気が付いた。
「ナル!」
俺が思わず小走りに駆け寄ると、ナルは足を止めた。
「遅かったな」
「途中で知り合いに会って話してた。ナルは?」
「目が疲れたから、歩いているだけ」
「いま裸眼?」
「コンタクト」
文字を追っていたり映像を眺めることが多いので、こうして外に出てくるというのはおかしなことじゃない。
そのついでに俺のこと迎えに来たのかも。
は───イギリスに残りたいか?」
「なんで?」
案の定ナルは俺とすれ違ってどこかへ行こうとはしなかった。
それにしたって、なんだその急な質問は。
半年イギリスに行くという期間が終わり、俺たちは再来週には日本へ戻ることになっているはずだ。
来るときも急だったけど、帰るのも急になるのか……?
「もしかしてナル、イギリスに残る?それなら俺も滞在延ばしたい……」
「そういうわけじゃない」
真意がわからなくて、正面からその顔を覗き込む。
「じゃ、なんで?」
「なんでもない。───寒いから、もう帰ろう」
聞いても何も言わない上に、ナルはとうとう来た道を戻り始めた。
白い息が上がっているので、確かに寒いと思い直してその背中を追いかける。

帰ったら早くあったまろう。
そんなことしか、もう頭になかった。




next.



ずっと他者視点書きたかってゃん……。
ナルは主人公に恋人がいるって噂を信じているわけではないが、モテてるところを見るとモヤっとしてしまった。でも恋愛偏差値低すぎて上手い事昇華できずに主人公に妙なことを聞いちゃう。(ジーンの名前呼んだ時と一緒だね───☆)
でも主人公のナル一筋全開犬ぴっぴなところみて、安心です。
「寒い」「帰ろう」はナルの愛情表現みたいなとこある。

ナルと主人公は、主にナルに(恋愛が出来るという)信用がないせいで恋人同士だということを他者に知られなさそうだなって思っています。
主人公が「恋人はナル」って言ったら「仕事が恋人」という意味のウィットに富んだジョークだと思われて爆笑されるんだと。
でも大丈~夫、指輪を嵌めればひとめで分かるようになるって信じてる。
Aug.2023

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