Remember. Ⅴ_04
ぼーさんがお帰りご飯会しようって言い出したのは、俺たちが日本に帰ってきてから既に四ヶ月が過ぎた頃だった。何故ならナルとリンさんと俺は一緒に来日していたけど、ジーンだけは遅れてきたから。
俺はその約束の日、イギリスに書類だの荷物だのを送る手配をするので大きい郵便局へ行ったり、注文した本をとりに本屋へ行き、一度ナルの部屋に置きに帰ったりと外に出る仕事をしていた。
後から一人で店に直接顔を出すと、ぼーさんをはじめとする霊能者たち、そしてナルやオフィスの面々が既に到着して揃っていた。
だけどそこには、予想外の顔もいる。目があって、一瞬言葉を失った。
「や───、安原修だ……!本物!?」
「本物ですよ~」
「きゃあ、ファンですっ」
なにいってんの、と綾子やぼーさんから白い目を向けられつつ、皆の輪に入って座った。
安原さんはイギリス行くときに見送りに来てくれてたけど、仕事では関わることが無くなってしまったので、今回の飲み会に来ることは知らされていなかった。
仕事どうーとか、イギリスどうだったーとか、そういうとりとめない話を一番気軽にしあえるのはこの人だ。久々に会えば積もる話もあるわけで、俺は安原さんを中心に話し込む。
「そういえば僕、意外だったんですよね、谷山さんがまさか渋谷さんの秘書になるって」
「そーか?」
周囲も話が飛び交う中で、俺と安原さんの話を聞いてたぼーさんが首をかしげる。ぼーさんは俺がナルの秘書になると言った時、驚かなかった人の一人だ。
「谷山さんって結構根が真面目でしょ?だから大学選びからして一般企業への就職は視野に入れてたと思うんですよ」
全くもって、安原さんの言うとおりである。
ぼーさんやほかの皆は特殊な職業なので、その辺は疎いかも。
「渋谷さんのところで仕事するつもりでいたなら、もっと違う勉強をしてたと思うし」
「英語とかね」
他人事のように揶揄をする。いや自虐か。
「だから、結構急に進路を変えたのかと思って」
「就活イヤになったんでしょ、どうせ」
「オフィスが残るって決まったんが、その頃やったんとちゃいますか?」
「はその辺シビアだから、どうせナルに言われるまで辞める気満々だったんだろ」
うーん、全員正解!
好き勝手論じている皆にオカワリのアルコールを注文した。
「真砂子、飲み物たりてる?」
「ええ、大丈夫」
ついでに隣に座っていた真砂子を窺うと、小さく微笑み返事がある。
奥の席はリンさんやナル、ジーンがいてあっちは酒を飲まない側。真砂子もそうなので静かな方の席にいる。で、酒を飲む側との境目に俺がいるのだ。
「さん、今日はお酒を飲みませんのね」
「あ、うん。コンディション的に」
テーブルに肘をつき、真砂子に身体を向けて、後頭部に酔っぱらいの笑い声を聞きながら、目の前の静かな声に耳を傾ける。
「体調がよろしくないの?」
「いや、単に明日に酒を残したくなくて」
「調査でも入ってるの?」
テーブルを挟んだ向こうに座る綾子が、頬杖をついてグラスを揺らすと赤いワインが形を変えた。
「そういうんじゃないけど」
「普通に平日ですからねえ。僕もほどほどにしないとだ」
安原さんはうんうん、と頷いていて、ぼーさんやジョンは確かにと笑った。
結局深く聞かれることはなかったが、本当は明日休みにしてもらったので、今夜浴びるほど飲んで明日はダラダラ過ごす……というのも考えた。
だけどなんか、そういうのに身を任せるのは勿体なくて、いつものメンバーの、だけどいつもより貴重な時間を目に焼き付けるように眺めた。
21時を回ったあたりで、会計を終えて店を出た。
駅に向かう人やタクシーを見つけに行く人、二軒目に繰り出す人達が散らばり始める光景に、なんだか自然と笑みがこぼれる。
───今日、皆に会えてよかった。
安堵に胸をなでおろした後、視線を感じて隣を見ると、ナルが横に立っていた。
肩が触れるか触れないかの距離で、目が合う。俺が感傷的になっていたのがバレたのかも、と目をそらした。
「二人とも、タクシーそろそろ来るって」
「ああ」
「……はーい」
背後からジーンの声がして、隣でナルが返事をして俺の肘を軽く引く。俺は後ろ髪ひかれる思いで、遠くで手を振る人たちに手を振り返した。
「ナル、明日休むんだっけ。と?」
「うん」
タクシーは助手席にリンさんが乗り、ナルとジーンと俺で後部座席に三人で並ぶ。
ジーンがナルの奥からひょいっとこっちを覗き込んでくるので、ナルの代わりに俺が答えた。
「いいね、どこか行くの?」
俺は明日を休む事しか考えていなかったのでナルに問う。
「いく?どこか」
「どこにもいかない」
背もたれに後頭部を預け、天井を仰ぐナルの横顔を見た。
そしてその先にいるジーンが、なんだ、と一瞬つまらなそうな顔をするので苦笑する。
ところがジーンは、手持無沙汰に下をみて、はたりと動きを止めて、ものすごい早さで俺たちに視線を戻した。
「───もしかして、明日……なの?」
目を見開いて、身を乗り出してくる。
挟まれたナルはちょっとだけ鬱陶しそう。
助手席ではリンさんも俺たちの話が聞こえたらしく振り返り、車内は緊迫した雰囲気になった。
タクシードライバーはさぞ居心地が悪かっただろうが、丁度目的地に着いたところだったのでキュッと車を停めて俺たちを下ろした。
支払いをしてくれて最後に車を降りたリンさんを待ち、「ありがとー」と言いながら領収書を受け取る。この後、経費精算をします。
一方でナルとジーンは「なんで言わないんだ」「言って意味があるのか?」と言い合っていて、けんかの仲裁に入るべきかと考えた。
「どうして黙っていたんです」
「え、ああ……いや、事故にはもう遭わないだろうから」
ところが俺にはリンさんから言及があり、居心地が悪くなって肩をすくめる。
本来なら俺は一般企業で働いていて、明日の通勤時に事故に遭って死ぬはずだった。でも今はSPRに雇われていて、明日は休みをとって、おそらく外には出ないので死んだりはしない。
ジーンがナルに腕を引かれて回避したように、俺はナルに手を引かれてこの道を選んだ。
「───だからきっと、大丈夫」
自分にもみんなにも言い聞かせるようにして、マンションの中へ入ろうとリンさんの背中を押した。
二人は最後まで、明日はくれぐれも外に出ない事と言い含める。ジーンなんて今晩は泊まろうかと提案したが、痺れを切らしたナルが引っ張って回収していった。
俺たちは同じマンションに住んでいるが、ジーンとリンさんは違う階、ナルは隣の部屋である。
なので俺は自分の部屋に早々に戻ってシャワーをあびた。
だけど一人になると急にソワソワしだしてしまって落ち着かない。
かくなる上は───。
「どこへ行っていた」
「あれ、ナル?なんで?」
コンビニにアイスを買いに行って部屋に戻ってきたら、ナルが居た。
緊急事態に備えて鍵を渡しているし、ナルと俺は仕事やプライベートにおいて部屋を行き来することが多いので驚くことではない。
ただ、リビングにいたナルが俺の帰宅に気が付き振り向いた時の顔は、久々に滅茶苦茶怖くて驚いた。
「あ、アイスをたべたいな~……って……」
「こんな時間に?一人で?馬鹿なのか?シャワーも浴びたのに、風邪を引くだろう」
怒涛の小言を、エヘエヘと躱す。
ナルはうんざりとした顔で、リビングのソファに座った。
そして足を組み、俺が買ってきたアイスの袋をじろじろと睨みつけている。
「そ、そんで、ナルはなんか用だった?」
「───誰かさんが馬鹿なことをしでかさないよう、見張りに来たが遅かった。……アイス、食べるんじゃないのか?」
わ~~~って思いながら冷凍庫にアイスを仕舞おうとして、手を止める。
「え、だってナルの分ないよ」
「どうしても食べたいから買ってきたんじゃないのか」
もちろんナルは、自分の分のアイスがないといって拗ねる奴じゃない。ただ俺がナルの目の前で一人でアイスを食べるというのは気が引けただけだ。
駄目だ何しても怒るから、すべてを受け入れよう……。
「うまー。ちょっと高い奴なんだ、普段は食べない」
「よかったな」
俺はナルの隣に座ってアイスを食べはじめる。
徐々に怒りは落ち着いて来たのか、刺々しさは若干あるが、嫌味までは飛んでこない。
「ナルもシャワー浴びてきた?」
「ああ」
「先に寝てても……」
「まだ眠くない」
格好からしてこっちに泊まっていくんだろうな、と先に休むことを勧めたが、ナルは俺がアイスを食べているのも付き合うつもりらしい。
まだ半分以上残っているし、歯を磨き直さないとだし、そもそも俺は今晩眠れるのかが怪しいので、何とも言えない顔でナルを見る。
「なんだ?」
「いや、明日の朝来るんだと思ってたからさ」
「目に見えて落ち着いてなかった」
「あは、バレてたか」
手の体温で柔らかくなったアイスを、ぐにぐにと混ぜる。クリーミーさが増して、少し食べやすくなった。
そして最終的に容器に口をつけて掻きこみ、唇をぺろりと舐める。
「あーおいしかったー……アイスって食べたら舌が麻痺してる感じするんだよな」
暢気に完食を宣言していたその時、ナルが俺の顔を引き寄せる。至近距離にいたナルの顔がぶつかると思って、一瞬目を瞑ったら、俺の唇をふさがれた。
「───冷たい」
なんだその感想。
今までアイスを食べていた唇の温度とナルの体温とでは、差があるだろう。
「あと、甘い」
「そりゃ……ふ、」
笑いそうになって、もう一度唇がひっつく。
会話の隙間にするキスは儘ならなくて、次第に言葉の方が無くなった。
シャワーを浴びてきたと言ってた通り、ナルの髪の毛はほんのり水気を含んでいて、シャンプーやボディーソープの香りもする。それに、ナルの身体はいつもより温かい。
ゆっくり顔が離れた後、こてん、と肩に頭を預けてしみじみする。
「───いつもは俺が温めてたのに、今日は逆だ」
「こんな時間にアイスなんて買いに行くからだ」
「だって、落ち着かなくて……きっと一人じゃ眠れないだろうと思ってた」
顔を上げて、ナルの顔を見る。
表情は薄いが、その瞳が俺を映している時点で、俺への関心はわかった。
「だからナルが来てくれてよかった。これなら一晩中、退屈しないな」
え、とナルが微妙な顔をしたところで、俺はソファからすくっと立ち上がる。
アイスのごみをすてて、あとは歯磨きをし直さないとだ。
「ベッドで待ってて。あ、もしくはナルももっぺん歯磨きしとく?」
振り向いて、色気があるんだかないんだかわからないセリフをいつものテンションで言いきると、ナルはひとつため息を吐いて、しっしっと俺を追い払った。
next.
安原さんとのやり取りが地味に楽しい。
Aug.2023