I am.


Rose. 02

両親を失い天涯孤独となったを引き取ったのは遠縁の親戚でもなんでもない、アンナという女性だった。母の友人だそうで、後見人となることを頼まれていたと後になって聞き知った。
アンナは元歌手で、と出会った時にはすでに現場を退き、講師や援助などをしてその道に携わる仕事をしていた。
最初のうちはただ育ててもらう子供の立場に甘えていたが、次第にアンナの手伝いをしたいと思うようになった。なによりは、家にあるアンナの歌ったCDをたくさん聴いて、アンナの歌声が大好きになっていた。
真似をして歌うと、アンナはとても褒めてくれたし、楽譜の読み方もピアノの弾き方も教えてくれた。
優しく、とは言わないが。

アンナから音楽について教わったはそのまま、アンナの仕事を手伝うようになった。
音楽学校やプロダクションだけでなく、普通の学校から教会など様々なところへアンナは行く。時には短い間だけの講師もあったし、長い間続けることもある。
十五歳になった時、オーストラリアにある教会へ行くことになったのも、その一環だった。
アメリカで過ごしていたは急な引越しに戸惑った。一応学校にも通っていたのだし、他の仕事はどうするのかと。向かう先の教会は特別大きくも有名でもなければ、歌い手の数だって少ない。
「アンナ、マフィアの愛人のやばい現場とかみちゃったの?」
「ちがうわよ、神様のお告げかしら」
とある映画を思い出して問いかけると、アンナは大笑いをして、ウインクまじりに答えた。はますます意味がわからず首を傾げ、アンナに言われるがまま身支度を超特急で整えた。
転校が決まったことを一番仲の良いユージンに伝えに行くことすらできなくて、はオーストラリアに行く時ぐずぐずと泣き言をたれた。アンナはその様子を見てまた笑っていた。いつか帰ってくるとはいうけれど、アンナのいういつかはにとってだいぶ先である事の方が多い。
アンナにお告げをした神様をちょっとだけ恨みもした。

はあまり宗教や信仰について熱心ではない。正直聖歌の歌詞もよくわかっていない。
ただ歌うことはできる。
───神様。
心の中で問いかけながら、小さな声で歌う。
はただ祈るよりは歌う方が好きだ。歌えばきっと自分の声も聞きやすいのではないかと思っている。アンナがとびきり良いと褒めて、天使の歌声と言ってくれたものだからだ。
大好きなアンナがいて、今までもいろいろな仕事に連れ回されたとはいえ、誰一人友達のいない国に来てしまったことに感じる小さな不安。
アンナ以外で唯一この地で知っているのは神様だけ。遠くはなされた地にいても神様が神様であるなら、たしかに偉大なものだと思わされた。
こんなすがり方ってあるだろうか、と思いながらも声が届くように、自分を慰めるように歌った。

ふいに、、と名前を呼ばれたような気がして思わず歌うのをやめた。
祭壇の方ではなくて、どうしてだか後ろを振り向いた。
金色の髪の毛をした青い目の小さな子供と目が合う。
知ってる人のいない地で呼びかけられるわけもなく、もしかしたらアンナみたいに『神様のお告げ』なのかもしれない、とよく知りもしない頭で考えながらは子供の方へ歩み寄った。
たどたどしい音の発し方で、礼儀正しい口調の謝罪が子供から発せられる。
「歌の先生のお連れ様ですか」
「ああ、そうだよ。俺は、日本人なんだ。……君は?」
「ジョン……ジョン・ブラウン」
ジョンと名乗った子供は、の顔をじっと見つめ続けた。
けれどよろしくという以外になくて、は微笑みを返すしかない。


は前に生きた時の記憶の中に、この小さな子供がもっと大きくなった姿がある。
名前も姿も一致する、奇跡のような出会い。
けれどそれ以前の奇跡は、生きて、死んだ記憶があるということ。にとってそれは二度あったことで、三回生きていることになる。
前も生涯そのことを言わなかった。今回も誰かに言うことはなく、自分の心の中にだけある記憶として割り切ることにしていた。つまり、記憶にあるだけで事実でも経験でもないということになる。
ただその記憶は己を形成する大事なもので、忘れようもないことだった。

「こんにちは」
教会へ熱心にお祈りにやってくる小さな子供は、年の近いにとてもよく懐いた。近い、といっても教会にいる人の中ではというだけで、実際の所の方が6歳年上で、お互いに学校にも通っているので友達がいないわけではない。
ジョンは受付や事務所に挨拶をしてから礼拝堂へ行くのがいつものルーチンだったが、練習日にはやアンナ、シスターたちが練習している部屋へも顔を出す。
誰も彼の来訪に嫌な顔をしない。
けして練習の邪魔にならないよう、終わり際に顔を出すようにしていたのは、皆が気づいていた。
ジョンはその幼い年齢以上の思慮深さを持ち、丁寧な物腰と落ち着いた態度をしている。
「こんにちは、ジョン」
「あれ?……ええとみなさんは」
その日もおずおずと、練習予定である木曜日の終わる頃の時間を見計らって練習室へ顔を出したジョンは、しかいない部屋に入りきょろきょろと周囲を見た。いつもならこの時間、まだ練習をしたり、シスターたちが話をしているくらいだった。
しかし今日はアンナに急な用事が入ってしまい、練習は中止となった。もくる必要はなかったのだが、ジョンが今日も顔を出す気がしていたので、一人で特に用がなくとも教会に立ち寄ったというわけである。
「今日は練習ないんだよー」
「そうだったんですか」
いつも少ししか聴けないが歌の練習を楽しみにしていたジョンは、少し肩を落とした。
「残念だったね、ジョンが練習してく?」
「そ、そんな……僕はあまり上手ではないので」
「え〜?」
軽くピアノを鳴らすと、ジョンは慌てて静止した。
真っ赤な顔をして手を振る様子が可愛くて、はピアノに肘をついて頭を支えながらその様子を眺める。
きっと学校でも音楽の授業はあるだろうに、とも思ったが一人で歌うのは確かに恥ずかしいかもしれない。は気分で歌を口ずさむが、歌ってと言われて歌うのは恥ずかしいと思うのだ。
「ジョンのお歌聴きたかったなあ」
「すみません」
「まあいいや、礼拝堂いこうか」
「へ?」
よいしょ、と椅子から立ち上がったはきょとんとするジョンに首をかしげる。
練習室でいくらか話した後は、礼拝堂へ行き、その後家に送るのがいつものことだったからだ。
「どうした?」
「あの、ご用は終わったんですか?」
「用?……ああ、今日はジョンが来るかなーと思って待ってたんだ」
さらりと恥ずかしげもなく、自信満々には答えた。
ジョンはまたしても驚いた顔をし、やがて花が綻ぶように微笑んだ。

柔らかい手がの指を優しく握り、隣を歩いている。
礼拝堂への道を行きながらそっと下の方にある金色の頭を見下ろした。
「熱心だよね、ジョンは」
不思議そうに見上げた顔は、ああと思い出すように口を開いた。
が来るよりもずっと前から礼拝に通っていたジョンを、敬虔と言わずしてなんと言おう。
「僕は、そんなでもないですけど」
「え〜?」
「洗礼も受けてないですし、誓いも立ててないです」
「え〜!?」
は同じ言葉しか出なかったが二段階で態度が急変した。
神父だったジョン・ブラウンを知っている所為で、もうとっくにクリスチャンになっているものだと思っていたのだ。しかしジョンはまだ小さい。まじまじ、と見下ろしてそうかと頷く。
「いつかはするのかな?」
「……どうしようかな」
ぽつりと呟いた、あどけなく、何気無い言葉を聞いては顔を覗きこむ。
礼拝堂の扉の前で、手をかけるのをためらった。
「───より、近づくことができるのかもしれないけど……僕は僕のこころで、この世を過ごしてみたいと思うんです」
「は、はあ」
およそ十歳の口から出てる言葉だろうか。は脳裏でかつてのジョン・ブラウンを思い出す。
彼が乗りうつってるのかと思うくらいには考え方が似ていた。かつてのジョンはもちろんどちらもこなし、神父という立場になっていたのだが、規律や信仰を重んじるというよりも慈愛や豊かな心を大切にしていた覚えがある。
しかし揺るぎない信仰があってこその自信のようにも感じられた。
この世でも、この年でも、ジョンはジョンであったのだ。
「ジョンがそう思うなら、それが良いよ」
うれしくて、少しだけ寂しくて、それ以上に愛しい思いが胸に湧く。感情の濁流をこぼさないようにつとめて、緩んでいた手を繋ぎ直した。


next.

天使にラブソングをって映画がすきです。
主人公は相変わらず信仰心ってよくわかってないけど、アンナに連れられて一応キリスト教徒を名乗っていそう……ではあるんですよね。知識としては前よりもあると思います。
たぶん主人公が一番信仰してるのはジョン・ブラウンなので天使にラブソングを歌うつもりで聖歌うたってるんだろうし、まああながち信仰のしかたも間違ってないんじゃないか(?)
アメリカにいた時のお友達のユージンはそうですジーンです。まあ今後出る予定はないのですけど、GHもっかいしたら再会するんかなあ……という無駄な伏線です。まあ今後出る予定はないのですけど。(二回言う)
じゃあ伏線じゃないやんな。

Dec 2018

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