I am.


01.姉が俺の部屋で乙女ゲームを始めた

双子の姉が突如俺の部屋に入って来てジャジャンと掲げたソフト、それはポップなタイトル、ハッピーなカラー、キュートな絵柄が特徴的なまさに女性向けゲームのソフト。
友達から借りて来たらしい。
にんまり笑った顔と、その横にあるソフトを見比べ、言いたいことはわかった。
「貸せと」
姉はゲーム機を何一つ持ってない。テレビだってリビングか俺の部屋にしかない。
「話が早いなあ、よろしくお願いしまーす」
びしっと敬礼しつつ、ソフトを渡してくる姉。

「電源、電源、切り替え、うーうーうー」
作業工程を口にしながら、だんだん自分の語彙力がなくなっていくのを感じる。
姉は俺のゲーム用クッションにおすわり。
パアっと立ち上がる音がして、ゲーム製作会社のロゴが踊っては消える。
「ほい、コントローラー。イヤホン持って来た?」
「持って来てない」
「持って来いよ」
ええーと嫌がりながら姉は一度席を立つ。
おそらく恋愛シミュレーションゲームなわけで、横で聴いてるのはいたたまれない。
そもそも俺の部屋でプレーするのもどうかと思う。かといって、リビングでやるやつの気が知れない。
まあ、無難な選択か……姉という生き物はこういうものだと俺は学習しているのである。
「学校にイヤホン置いて来ちゃったみたい」
「今日から春休みでは?え、教室?変わるだろ?」
「教室ではないと思う、えーと、帰りに恵子たちと寄った図書室かなあ」
えへっと笑う姉に呆れた。
「俺の使う?」
「うん、かして」
「あやっべ、俺も学校に置いて来ちゃったみたい」
「……双子だね、あたしたち」
「やだあ……」
「やだとはなんだあ!やだとは!」
姉は諦めクッションに座り、俺も諦め音声は小さめをお願いすることにした。
コントローラーを掴んでスタートボタンを選択すると、タイトル画面がまた変わる。
そして設定画面に行ったところで、俺は画面から視線を外した。
「なんか名前を教えてくださいって言われた!!」
あとはもうごゆっくり、俺は雑誌読んでるから……と思っていたのに雑誌を開く暇もなくシャツをひっぱられて揺さぶられる。
「……ゲームの中で名前呼ばれるんだよ良かったネ」
「どうやって設定するの?」
御歳を召したおばあちゃんかなってくらいゲーム慣れしてない。
こういう奴は画面をよく見ないし試しに矢印を押してもみないし、すぐ人に聞く。
「今黄色い線で囲われてるとこあんだろ、右右下左〜」
「あっ動いた!」
「それでマとイに……ちょっとちょっと麻衣」
テレビから離れた机の前で、椅子に座った状態のまま口で指示をしていたからだろうか、姉には俺の指示が半分ほどしか聞こえてないらしい。
姉がぴっこぴっこぴっこと矢印を連打して入力きめたのは麻衣ではなく、
「俺の名前やないかい」
思わず関西弁でツッコミを入れると姉こと麻衣はけらけらと笑った末に転げた。
ゲームの名前設定で弟の名前入れてそこまで笑うかふつー。

俺の名前の一文字目を入力した時点で椅子から立ち上がって麻衣のところへいき、コントローラーを取り上げようとしたけど決定ボタンは押された。とてもスムーズな操作だった。……さすが現代の若者だ飲み込みが早い。
瞬く間にプロローグが始まり、春を彷彿とさせる桜が舞う青空から一軒家が映る。
ああなんか朗らかで幸せなおうち……。
ピチチと雀が鳴く音、日当たりの良い部屋の窓。カーテンがかかっていて外からは見えない。
朝にお似合いの柔らかくゆったりしたBGMがかかり、画面は切り替わるとシンプルな一室が映し出された。
どうやら、これが主人公の朝の始まりらしい。
「はー、これで進めんの?」
「まあまあ見てなさいって」
横でブツブツいう俺に、麻衣は笑う。

ふと、部屋の一室を背景にゲーム特有のセリフ枠が現れる。本来登場人物の名前がかかる部分はハテナマークとなっていて、姿もない。けれどセリフはあらわれ、遅れて音声がテレビから出てくる。
溌剌な女の子の声で、どこか麻衣に似た声色。
『お〜い、起〜きろ〜!』
なんか言い方も麻衣そっくし。
主人公はなあにぃ、と寝ぼけた返事を返しているが、やがて今日から春休みが明けて新学期が始まることを思い出すと慌てて起き出した。
すると、画面にはショートカットで活発そうな見た目をした女の子が登場する。
名前欄は『麻衣』セリフは『お、やっと起きた。7時だよ』と時間を告げるものだった。
「ね、見て見て、あたしとおんなじ名前なの。しかも主人公の双子の姉なんだよーそっくりでしょ」
「うちの麻衣は俺を起こしに来た試しがないけどな」
まさかそれが俺の名前を主人公につけたっていう理由じゃないだろうな。どうせセリフの文字上でしか呼ばれないんだから好きに名前つけたら良いのに。
「うっ、新学期初日はのこと起こしてみせるからな、見とけよーっ」
「遠慮しとく」
ふんすっと意気込む姉を受け流す。
ゲームの中でもそうだが、7時といっても別に慌てるような時間ではない。
姉になぜ起こされたのかわらからないゲームの中の主人公は、うろたえつつもベッドから出るのであった。

さて、ゲームの中で元気な姉の麻衣ちゃんと朝食をとったかと思えば、なんと双子の通う学校が違うことが判明した。
麻衣ちゃんはなんだか慌ただしく、先に学校へ行ってしまったのだ。
「えー、学校一緒じゃないんだー」
「そだねー、一緒の学校行けば良いのに」
俺たちは普通に一緒の高校に進んだのでそう思ってしまったふしぎ。
「頭足りないのでは?あちらの麻衣ちゃん」
「あ〜ら、のレベルが足りなかったんじゃない?」
あ?あ?としょうもない妄想でマウントを取り合うが全く生産性はない。
もちろん現実の俺たちは学力どっこいどっこいっていうか、得意分野が違う。
そんな中、ゲームは進んでいき学校に行くルートを選ぶことになった。
ああ、これで一番最初に出会うキャラが決まるわけだ。
「誰狙いなのよあんた」
「どうしよっかな、あたし……メガネの彼いいかもー」
「メガネ?誰?」
さっきまでしていたしょうもない言い合いを忘れ、自室を女子トイレに変えたようなやり取りをする。
俺は麻衣のいうメガネがわからなくて、ゲームの説明書を開いた。パッケージに攻略対象がいるはずだけどメガネはなかったような。
登場人物の紹介ページを開いて指で一人一人さしながら確認をする。
「待ってメガネキャラいなくない……?」
「そんなことってある?……あ、この人メガネ!」
「このメガネ攻略対象じゃねーよ、バ先の店長」
ここへきて、姉が全くこのゲームに興味がないということが判明した。
誰一人攻略したいと思ってないぞ、こいつ。メガネも適当に言っただけだ。
「どうしよう、このままじゃ学校にも行けない……」
「えー……適当に選べば」
コントローラーを手に愕然とした姉に、まず何目当てでこのゲームを始めたのかと聞きたい。
まさか麻衣は麻衣目当てだったとでもいうのか。あ、ありえる。
「あたしがいっぱい出てくるキャラのルートがいい」
「どこに感情移入してんだよー」
コントローラーを俺に渡して、スマホで検索を始めた。
最初からしとけって思った。



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乙女ゲーム風学園パロが、ゲームとしてあって、主人公と麻衣ちゃんがそれをわちゃわちゃプレーしていくゆるいゲーム実況的な感じになります。
Sep 2020

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