02.攻略対象:ジーン
姉が突如持って来た恋愛趣味レーションゲームになぜか付き合わされる流れとなり、主人公に俺の名前をつけられ、コントローラーをいつの間にか握っていた俺は、初登校のルート選択にて無難にクラスメイトを選択することになった。姉曰く、ゲーム内の姉、麻衣ちゃんも出てくるんだそうだ。ジーンという名前のセリフ枠のもと、『おはよ、』と親しげに名前を呼んでくる少年。
「ジーンってユージンの愛称?」
「らしいな。こいつも双子で、弟はオリヴァーだけど愛称がナルだってよ」
「アメリカ人?」
「イギリス???ウン?知らん……調べたんじゃないの?」
「覚えてない」
麻衣は自分と同じ名前の双子の姉が登場してくるルートがいいと言って調べたくせに、キャラクター情報には疎かった。
ゲーム内ではジーンがクラス発表を見て、今年も俺と同じクラスだとはしゃいでいる。
おまけに双子の弟であるナルも出て来た。まあこっちは同じ学校なら一緒に登校してくるだろうし、朝から会うのも当然だった。
さて、新しいクラスとなった俺たちは委員会決めがあったり、部活への参加などがある。委員会は今年度で改めて決められるが部活は固定。
ここで攻略対象によって入るべき委員会があったりなかったりだが、ジーンの場合は特にない。呼び出しの少なさそうなのがいいなーっと、選んだ委員会は風紀委員だった。攻略対象の誰も、たぶん被ってないはず。
「お、初日おわりー」
「はーお疲れ様ー」
新学期初のイベントがここで終了した。夕日によってオレンジ色に照らされる無人の教室や、廊下。セリフ枠には『さて家に帰ろう』なんて独り言がつぶやかれていた。
ここからの日常は学校スケジュールに沿って一年間が進む。特にイベントのない日はバイトを入れてお金を稼いだり、街に行ってキャラクターに遭遇して会話の回数を重ねて親密度を上げたりと忙しい。
こうして俺がいそいそと男に話しかけにいってる中、麻衣はクッションですでにダメになっており、ゲーム内での暦は夏へうつろいだ。
ジーンとは時々放課後一緒に帰るのを誘って見たり、部活動をしていたところに会うイベントが発生したりする。その中でも終始優しくていいやつなので、好感度が上がってるかどうかはわからない。
『そういえば、ジーンってなんで書道部なんだっけ?あんまりイメージにないや』
俺はゲームの中でその問いかけを見て、ああと気づく。珍しく会話が始まった。
書道部のジーンがたまたま手を洗いに廊下に出ていたんだった。
『日本語を綺麗に書けるようになりたいから、かな』
『今でもノートは取れてるよ?去年は大変そうだったけどね』
ジーンと俺の会話が進んで行く。
高校に入るまでは海外で暮らしていたジーンは、去年から同じクラスで、俺が日本語の書き方を色々と世話していたみたいだ。
『その節はどうも。……むかし、一度日本に遊びに来ていたことがあったんだ』
優しい声が、もっと優しくなる。
『僕は一人の女の子に出会った。滞在期間中、誰にも内緒で二人で遊んでた。でもイギリスに帰る前の日───あの子に手紙を書こうとしたけど、うまく書けなくて』
『え、そうなの?』
『日本語は喋れたけど、文字は苦手で。頑張って書いたつもりだけど……読めなかっただろうなって後悔してる』
なるほどお、とその話を聞いてくうちに、それが主人公だったというパターンかと想像する。
ていうか口で言えばよかったんじゃない、と言いたいところだが、お別れのお手紙を書きたい気持ちはわかる。その後やりとりもしたかったのだろう。
『それは残念……。だから綺麗に書けるようになりたいんだ?』
『くだらない理由だけどね』
『そんなことないって。それに今は、十分綺麗な字してるよ』
話をし終えたところで、部活動終了の下校時刻の鐘がなり、それぞれ別れることになった。
そして夢みたいなのが始まる。光で白くなった背景と、かろうじて見える人影。周囲があまりにも眩しいからその子のことは見えない。
シルエット的にも会話的にも、幼いジーンなんだろう。
手を差し伸べてくるので、小さな手が重なる。二人の子供が現れて駆け回って行くシーン。
滅多に主人公が出ないけど、いやあ、麻衣ちゃんそっくりの後ろ姿だこと。
主人公はいつのまにか眠っていたらしく、朝自分の部屋で目を覚ましてようやく気づいた。
今のが夢であること、そして、ジーンみたいな幼い子供と遊んだかもしれない記憶を。
とはいえ、ジーンのいうような手紙をもらった覚えはない……。気になった主人公は麻衣ちゃんに尋ねた。
幼いころ、知らない男の子に手紙をもらった記憶はないか?と。
麻衣ちゃんも記憶はぼんやりしていたけど、もらった気がするけど失くしたかも……と答えたのである。
「麻衣ちゃ〜〜〜ん!」
「はゎ……ん、え?」
クッションでダメになっていた姉は俺が嘆き、頭をわしわしかき混ぜたことで目を覚ました。
「お前、お前……バカ!」
「ふぬっ、な、なんだとう〜?」
ゲーム内の双子の姉のバカさ加減もあったが、自分がやりたいって持って来たゲームを弟に任せて寝てる時点で現実の双子の姉も十分にバカ。
「……ジーンの推定初恋相手が麻衣ちゃんかも〜」
「え、えー!?あたし!?」
「お前じゃねーよ調子のんな」
これから双子の姉をどう見たらいいんだ……そして俺はジーンをどう見たらいいんだ……。
俺、ジーンのこと……好きになっちゃ……だめでは……??
「しんどい……プレー変わって」
「えー寝てて全然見てなかった」
主人公に感情移入しすぎた俺は、双子の姉に感情移入しすぎている姉にコントローラーを返したかったが受け取ってもらえず、なんか叶わぬ恋みたいな気持ちを抱きながらゲームをプレーする羽目になった。
「麻衣はいつになったら自分でゲームするのかな?」
「あ〜ん」
「あー」
横でおやつを開けて俺の口にポテチを入れてくる姉。
途中から起きてストーリーは何となく掴んだらしいが、俺とジーンの恋を見守りたいんだと抜かす。
「お、とうとう修学旅行だね。ジーンルートだとここがクライマックス!」
「えー喧嘩とかすんのかな?」
秋の終わりくらいになると、ジーンと同じ班で修学旅行にいける。これはもう新学期の朝にジーンのルートを選んで登校したら、同じ班員になれる。
修学旅行先は紅葉の綺麗な京都で、お寺だの神社だのめぐってキャラクターたちの絵がいくらか流れて行く。
ジーンとは最初から親しげだったけど、多分より一層親しくなってるのか話しかけられる機会がとても多い。あっち行こう、とか自由時間にばったりあってそれから会話したり、お土産を二人で買いあって交換したり。
そんな中、俺とジーンの前に現れたのは他校生のはずの麻衣ちゃんだった。
『あれ、!わ〜偶然だね!』
どうやら修学旅行の行き先も日にちも同じだったらしい。ゲーム内の俺は納得しつつも戸惑っている。
『の知り合い?』
『双子の姉の麻衣です、よろしくね』
簡単に自己紹介をする麻衣ちゃん。 『あれ……どこかで、あったことがあるような』
そして疑問を浮かべる麻衣ちゃんに、こちらの麻衣がえっと声をあげた。
ちなみに、なぜか主人公は、逃げ出す選択をとった。
「何でだよ聞いていけよ!!」
「そうだよ!なんで逃げるの!?」
きっと睨みつけられたが、待ってくれ俺じゃない。
ここまで頑張って好感度あげたのに、初恋の相手に再会したからって俺はフられるのか……いや違うだろ!
「きっと大丈夫、きっと……ジーンを信じよう……!」
「そ、そうだよね、今更急にあたしのこと思い出したってね!」
ここに謎の結束感が生まれる。
『逃げて来ちゃった……』
とか言ってトボトボ歩いてるうちに他の友達と合流、友達とわいわいしたのち、ジーンが戻って来てるのを確認した。
そしてその夜、旅館で就寝するところだったのをジーンに呼ばれて外へ出る。先生に見つからないようにと用心して二人になれるところへいく。
『今日、お姉さんと話していてわかったんだけど』
『うん』
『むかし、僕が会った子の話、したよね?あれ……君だったみたい』
「お?」
「お?」
麻衣と俺は思わず声を上げる。
『え、でも……手紙なんてもらった覚え、ないよ』
『うん。手紙を渡したのはお姉さん、でも僕がずっと遊んでいたのはお姉さんじゃなかった』
ジーンは語り出す。
『思い出したんだ───、遊んでいた子は双子だって言ってた。でも僕らは二人で遊ぶ秘密の友達だったから、間違えないでねって言って、色違いの帽子が目印だと教えてくれた』
『あ、……』
主人公も何かを思い出したようだった。
幼い頃は色違いの帽子を被って遊んでいたこと、双子の姉には秘密のお友達ができて嬉しかったこと。
『最後の日、君はいなくて、色違いの帽子の子を見つけたから手紙を渡すように頼んだんだ』
『そう、だったんだ……じゃあ、麻衣から手紙を受け取ってるはず……ってこと?』
『たぶん、ね。でもきっと読めたものじゃないから』
『ごめん……探してみるから……』
『いや、いいんだ。こうしてわかっただけでも嬉しいんだ───ずっと会いたかったよ』
星空の下で微笑んだジーンはそれはそれは美しかった。
「おめでとう」
「ありがとう」
この時点で俺と麻衣は仕事を終えた気になっていた。
「家に帰ったら手紙探して欲しい……せめて捨ててないで欲しい」
「でも麻衣ちゃん失くしたって言わなかったっけ」
「え、うそ、ごめん」
「ほんと」
うっかり感情移入しすぎているがこれはシミュレーションゲームである。
そろそろうちは夕ご飯の時間だ。母さんに呼ばれる前に終わらせたい。
イベント後の日常はまた驚くほど早く済まされる。いや学校行事と季節のイベントはあったし、ジーンはいたな。相変わらず仲良し。
そして来たるエンディング───終業式の日、ジーンと会える場所である昇降口へいく。
『今帰るところ?』
『あ、ジーンよかった、見つけられて。……昨日さ、部屋の掃除してたら見つけたんだ、手紙』
『えっ……と、そっか……その、忘れてくれると嬉しいんだけど』
『ごめん、なんて書いてあるかやっぱり読めなくて』
『ああそれなら、良かった』
ほっとしたようなジーンが笑う。
手紙今までどこにいたんだ、誰が持ってたんだ、と思ったがまあアイテム入手には条件がいるのが当たり前である。
『ジーンが急に現れなくなっちゃった時はさあ、結構寂しかったんだよね。って今更そんなことを思い出したよ』
『そう……ごめん、言うに言えなかった』
『でも本当に今こうして会えて、お互いが覚えてるなんてすごいことだなって』
『うん……よかった。君と昔出会えたのも、入学して一番に僕の友達になってくれたのも、君が君だからだったんだな』
『それは、単なる偶然だよ』
『僕達は日々色んな人に出会ってる。それって本当は特別だけど、特別じゃないことだ。それを幸せなものに変えてくれるのはお互いの気持ち次第だと思う。───君が君だったから、僕は君を好きになったんだよ』
『たしかに……一緒に遊ぶのも、ノートを見せるのも、相手が誰だろうと関係なくやっていただろうけど、ジーンじゃないと……こんなに好きにならない』
『嬉しい。でもあんまり、これからは他の子に親切にして欲しくないな僕は』
優しくて柔らかい声色が笑みをこぼす。
そうして画面が昇降口の背景とジーンの姿だったシーンから変わって、白く光りBGMがかわる。
ああこれで告白成功ってことになるのか───と思っていた俺は、思わずコントローラーを落っことす。
下足箱を背にして、両肩を掴まれた主人公の唇にはジーンの唇が柔らかく合わせられていて、お互いに恥ずかしそうに目をつむっている。
そう、キスシーンのスチルが現れた。
「え、キ……キキキ……!?!?……ジーンとが!!!」
「……俺じゃないって」
姉の、双子の弟のキスシーンを見てしまった羞恥心には全くよりそえないが、姉と一緒に女の子向け恋愛シミュレーションゲームをして最後のキスシーンを眺める恥ずかしさは込み上げてくる。
こらえて静かに終了ボタンを押すと、母さんが晩ご飯だよと呼んでくれたので俺と麻衣は手を取り立ち上がった。
「今日の晩御飯なんだろ、ご馳走にしてもらえば良かった」
「え、なんで」
「に彼氏ができた日だから」
「できてねーよ」
リビングに入ってからその話をされなくて本当によかったな、と思いました。
くん心の春休み日記より抜粋。
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ジーンは美しい字を書きそうだけどへたっぴだった頃があるとかわいいなと思っています。まあ日本語書きなれてないので当たり前なんですが。
Sep 2020