03.攻略対象:ナル
やるぜ!と部屋にやってきた双子の姉、麻衣。その手にはおやつと飲み物が2人分準備されていた。
「え、俺のぶんのおやつはいいです……」
テレビゲームをするなら、俺は部屋を出ていようとしたのだがしっかり引きとめられてしまう。
まあ、でもやるんなら今度は見ててやろうかなーなんて思ったり思わなかったりで、大した抵抗もすることなくおやつを食べる間だけと心に決めて隣に座った。
そしてなぜかコントローラーを持たされていた。
「だって一度の名前で設定しちゃったでしょ、名前変えたらデータ新しくなっちゃう」
「え、そんなことある?いやでも、最悪俺の名前のまま自分でプレーしなよ」
「もう主人公視点でゲームできない」
「それは自業自得というか、もうやるきっかけから間違ってるからな……」
オープニング音楽も、朝の麻衣ちゃんにシーンもスキップしてとばす。麻衣ちゃんに感情移入する割に別にこのシーンはいいらしい。まあ代わり映えのないシーンだしな。
「次はナルにしよ!」
昨日俺の彼氏になってしまったジーンとの話でよく見かけた、ジーンの双子の弟であるオリヴァーことナル。クールでかなりの無愛想で、ジーンとは全くと言っていいほど性格が違う。
ナルは出会い頭に『…………』としか言わない……いや何も言ってない。クールな表情の絵がずっと動かない。そして主人公が『おはよ!』と話しかける事でようやく口を開く。それもおはようと返すのではなく、居たのかみたいなニュアンスで、『……ああ』というだけ。
「前途多難ですねーちゃん」
「なんだこいつ……」
途方にくれた俺以上に姉がイラついている。
『クラス表見た?ジーンも!』
一緒に登校してきて居たジーンにも話しかけると、やっぱりジーンは優しくクラスを教えてくれた。
『また同じクラスだよ!!B組』
『僕はA』
ナルのルート選んだはずなのにジーンとの話の方が多い。
「こいつ落とせるの?本当に?」
「このままジーンと楽しくクラスメイトする?」
「そうしよ……」
俺と麻衣は最初のこの対応についていけずに早々と諦めつつあった。
しかし、これが恋愛シミュレーションゲームの醍醐味だと聞く……。もはや初対面から好感度高い人なんてそうそう居ない。第一印象最悪スタートが多いんだ。これは恋愛シミュレーションゲームだけにとどまらず、少女漫画のでもそうらしいし。
……男子高校生には難しい学問です。
『一回くらいナルとも同じクラスになりたかったなあ、来年期待しよ』
『え〜!?僕は三年間と同じクラスがいい』
ジーンのルートであろうがなかろうが、ジーンは良いやつだった。知ってたけど。
「ジーンの優しさが身にしみる」
「……いい彼氏をもったね、」
「それは昨日までの俺……」
謎の郷愁にかられる。
淡い恋でした。なんてな。
はあ、なぜ俺が元彼の双子の弟を攻略せにゃならん。元彼でもないけど。
ため息を吐きながら、コントローラーを持ってぼんやりプレーしてると、気まぐれに麻衣がお菓子を口元に持ってくるのでもぐもぐする。
このルートは体育委員がいいらしくて、そこに入る。え、あの人体育委員はいるのか?そうは見えない。麻衣が横でえーと、と攻略サイトを見た結果を教えてくれる。
「体育祭で、ナルが具合悪くするみたいよ、それで助けるんだって」
「保健委員の仕事では?」
「それだと違う人のルートに触れるの」
「あそう……そういえば保険医が攻略対象に居たな」
もはや体育祭でのイベントのためだけに体育委員に入る俺。
保健委員会だと保険医ルートに触れるから、そっちの好感度上げイベントが発生するんだろう。
とはいえ、部活が固定されてて、部活の顧問ルートにも触れてるはずなんだが……。ジーンの時でもしれっと出てきたな……リン先生。
あんまり他の人と絡んで好感度上げると本命とのイベント発生しにくくなるって麻衣が言うから、前回は空き時間のスケジュールに部活を打ち込むの避けに避けたんだよね。
そして五月半ばの体育祭、もう運動する気すらないようで、ナルは制服のまま校舎の影で具合を悪くしていた。
『ナル?こんなところでどうした?』
『少し、貧血なだけだ。放っておいてくれ』
え、でも……と逡巡する主人公に、ナルは不愉快そうに顔を歪めた。ええ〜、ジーンはこういう顔しなかったなあ。
『元々なりやすい体質なんだ、大した事じゃない』
『立てないで真っ青な顔をしてるのは大した事です!』
そう言って主人公はナルをひっつかんで保健室へ連行した。
これ体育委員である意味はあんまりないような。ああでも、体育祭の進行のために動き回ってないとイベントとして関われないのかも。まあシステム上しょうがないか。
保険医はおそらく救護テントだし、貧血でしんどいなら保健室で寝かせておくのでいいだろうと、無人の保健室へナルを投げ入れる。いや実際投げ入れてないだろうけど。
『何かしてほしいことある?薬とかもってる?』
『別にない……静かにしていれば良くなる』
『そう』
ベッドに寝転がって気怠げにしているナルはまあ、たいそう美しいです。
ジーンとはまた違った表情だし、声は同じ質なんだと思うけど、どこか違う風にも聞こえて、ああ本当にそっくりな双子って感じ。
「この双子、そっくりだけど全然似てないな」
「あたしたちみたいだね」
「いやうちは男女だしどこも似てないから」
「ええ?似てるって言われるけどなあ」
相手が双子であることにしみじみしたせいか、自分たち双子の話になってきた。
いやいやうちは家族だから雰囲気似てるよねってだけだ。
『ジーンに報せておく?』
一方、ゲームでは主人公が尋ねる。
『なぜ?』
『え、家族だし……その、心配するんじゃないかなって』
『僕の体調不良はいつものことだし、いちいちジーンに言う必要はない。おまえも、さっさと戻ったらどうだ?』
『でも……ナルのことが心配だから、一人にしたくない』
『騒がなければ、ご勝手に』
ナルの態度にぷっつんしたのはやっぱり麻衣だった。
「なんっっなのこいつ!?せっかくが心配して優しくしてやってんのに!!」
「姉ちゃんどーどー。はいジュース」
「ふぬーっ、ふぅーっ」
鼻息荒くジュース飲んで、噴き出さないといいけど……と思いつつジュースを渡したら見事に噴いてしまって笑い転げた。
その後ジーンとの会話でナルの体が弱い事を聞く。あとはジーンに付き合って渋々日本に来たこととか。
ナルとジーンは基本話しかけると双子の片割れの情報をこぼし会う。ただ、頻繁に話しかけると好感度が上がって自分のことを話してくれる。だから片方のルートでは話しかける頻度を調節しなきゃいけないんだとか。
ナルは部活に入っていないから俺も合わせて部活にはほぼ参加せずの姿勢でなるべく放課後は帰宅するように予定を組んだ。
「リン先生に全然会ってない、ごめんなさい」
「あんまり会わないと、逆に会いに来るってさ。まあ好感度はぐっと上がるわけじゃないけどね」
「それはそれでおもろいな」
今日も今日とてナルの帰宅時間に馳せ参じる、写真部の幽霊部員。
『部活はいいのか?』
あまりに放課後誘うと、ナルも心配してくれるらしい。
まあ最初の方も素直に一緒に帰るなんて頷かないで、『他の友達はいいのか』とか『僕と帰って何が楽しいんだ?』とか答えづらいこと聞いて来た。その度に『ナルと一緒に帰りたいから』『ナルと一緒にいるのが楽しいんだよ』とか言うんだぜ。誘ってんだから分かれよ。
『部活?ああ、いいんだ。それよりナル……今日なんか顔色悪いか、ら……』
「ん?」
主人公のセリフに乱れが……と思いスキップすると、唐突に登場人物が追加される。
『部活は、いい、と。誰から言われたんですか?』
『わ、あ、リ……リン、せんせ……』
「うお、リン先生だ〜」
「噂をすれば!」
『今日は活動日で、部活の欠席については顧問へ放課後までに言う必要があるはずでしたが、私には届いていませんね』
『す、すみません。あの、これから部室は寄るつもりで、して……』
『……そうですか、では欠席理由は?』
『───僕が頼みました』
『え、』
リン先生おおきいな、え、声が低くてちょっと怖いのでは?と思っているとナルが口を開く。
『体調が優れないので帰宅に付き添ってもらえないかと僕が頼んだんです』
『親御さんは?』
『海外に住んでいます。同居している双子の兄は用事があり先に帰宅したので、連絡して落ち合う予定です』
『わかりました。あまり酷いようであれば保健室へ寄って先生に指示を仰ぐように。帰るなら無理をしない範囲で動く事。……あなたも、付き添うなら気をつけて帰りなさい。いいですね』
『は、はいっ!さようなら先生』
ナルが嘘言ってるのか本当なのかはわからないが、積極的に一緒に帰ってくれるのは初めてな気がする。
「やっとちょっと心開いて来たんじゃない?」
「かな〜」
麻衣もどうやら今回の言い方には文句なしのようでふふっと笑っている。
その後もフリーの時間は全てナルを見つけては絡んだ。夏休みなんて全く会えなくてなんでかと思ったら夏バテして入院してたんだとか。ようやく会えたと思って行ってみたら病院だった俺の気持ちわかる?
「え、ナルってそんなに体弱いの?不治の病とかいわない?」
「わかんない!わかんない!調べていい!?」
「こわい……やめて、俺、受け止められない……ナルが話してくれるのまつ……」
「うん、そうしよう……」
コントローラーを投げる勢いで放り出して麻衣とタイムを取る。攻略ページを見るか見ないか審議した結果もう最後までみないということになった。
『ああ、か……ジーンにでも聞いたのか?』
『うん……』
これが現実だったら電話したり、ジーンにすぐ聞いたりとかできるんだろうけどゲームなのでしょうがない。夏休みも終わりかけだっつーのに。
『本当は新学期には退院するつもりだったんだけど』
『そんなに、悪いの?』
『さあ』
病院の向こうは新緑なのでまだ大丈夫……などと馬鹿みたいなことを考える。葉っぱは余命じゃない。
『元々、こういう体質なんだ……夏は体温調節が難しい。特に日本の夏は苦手だな……去年はこの季節イギリスに帰ってたんだ』
『そうだったんだ』
『すまない……夏休みに会えなくて』
ナルと夏休み遊ぼうって確か、約束してた。
それを聞くと、今年は一緒に遊ぶからイギリスに帰らなかったみたいじゃないか。
『ナル、辛い時は辛いって言ってくれないとわからないから言ってほしい』
『うん』
『理由がわかった方が嬉しいな。元気になった時に教えてくれたらまた誘うし』
『めげないな、お前は』
パジャマ姿のナルがかすかに笑った。
新学期、体調のすぐれないナルはしばらくお休みになった。
その間特にすることもないのでアルバイトに明け暮れ、気づけば秋。涼しくなったころ、ナルは学校に帰って来た。
修学旅行は無事に一緒に行けたし、二人きりでお参りも行けた。その他諸々学校行事もイベントも顔を合わせた。
体調不良になるのは本当に夏の間が頻繁らしく、秋冬は比較的一緒に過ごすことができたと思う。
好感度のおかげかもしれないけど、その辺はよくわからん。
そして数多のイベントを超えてやってきた終業式……行きべきところを選択すると、自分の教室だった。
すっかりクラスメイトは消えて、無人の教室に一人になると、ナルがやってきた。
『あれ、ナル?珍しいねうちのクラスにくるなんて』
『ああ……一緒に帰ろうと思って』
『え、ジーンなら部活あるって』
『なぜ僕がわざわざジーンを迎えに来るんだ……お前以外いないだろう』
このやりとり中、俺と麻衣は主人公鈍感すぎねえかと野次を飛ばした。
ナルが初めてお前を迎えに来たんだぞ、喜び、察し、愛の告白をするべきだ、と。
俺たちはすっかりナルのツンとした態度に慣れてきていた。
『うれしいな、迎えに来てくれるなんて』
『いつも、おまえは誰でもなく、僕を選んでくれたから。僕もちゃんと選んだだけだ』
『だってナルがよかったから───ナルが好きだから』
『……うん』
当初の麻衣であったら、お前もちゃんと好きって言え!!と暴言を吐くだろうに、この時ばかりはナルの情緒をわかっていたので、小さく歓声をあげた───のち、キスシーンのスチルで固まった。
机に少し寄りかかるようにして座ってる主人公と、そこに手をついて覆いかぶさるようにするナル。ゆっくり唇が合わせられるところなのか、合わさったあとなのか、上唇だけがぶつかっていて、二人ともほんのり口が開いていて、細められた目でも互いを見ていた。
「ご、ごめん!またあたし見ちゃった!!!」
「謝んないでくれる!?俺がしたみたいだろ」
なぜキスシーンの相手を弟に当てはめるんだこの姉……と頭を抱えた。
くん心の春休み日記より抜粋。
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ゲームに慣れていないのでアホほど感情移入してわいわいしてます。
だんだん慣れてきます。
Sep 2020