04.攻略対象:リン
当然のように部屋にやってくる姉。「……まだやんの?」
「当たり前でしょ!」
目当てのキャラクターなんていないくせに……と麻衣の意気込みに対して不満を抱いたが、結局逆らえずゲーム機の前にあるクッションに座る背中を眺めることになる。
ほら、と促された俺はヤだなあと思いながらも立ち上がらざるを得ない。
「今日はリン先生にするから」
「え、あのなんか怖い先生?」
「そ。でも実は一番難易度の低いキャラクターらしいんだよね……」
「ウッソだろ……」
一応下調べをして来たらしい麻衣の言葉に俺はびっくりする。
だって、ナルのルートで見かけた時は難関な匂いさえした。
半信半疑の俺たちはそうしてゲームをプレーする。まず新学期の出会いシーンではリン先生に会う場所に行くと部活動のことで手伝いをお願いされた。
最初から固定で部活に入っているだけあって、接点は多い方だ。今までは他のルートのイベントに費やしていたので部活に行く予定を入れなかったけど。
『リン先生、他の部員は?』
『集められませんでした』
主人公の所属する部活は写真部で、その顧問であるリン先生は今年赴任したばかり。春休みの部活動で一度顔を合わせてはいたが、新学期初日、部活動なしのこの日に部員をざっくり集める手配はできなかったみたいだ。一応連絡先を全員知っているとはいえ、大した用でもないんだろう。主人公が呼び出そうかと提案したら先生は断った。
「なんだ、案外控えめで丁寧……?」
「そういうタイプだったんだねえ、意外」
リン先生との会話と主人公のモノローグ中で、すぐにこの二人は大学生と小学生だったころに家庭教師と教え子であった関係が明らかになった。なるほど、だから好感度が元々高いというわけか。
『お姉さんはお元気ですか』
『あ、はい!麻衣は違う学校ですけど……リン先生のこと言ったら覚えてましたよ。よかったら今度会いに来てください』
『そうですね、機会があれば』
リン先生を最初から家に招くような会話になるのは、多分小さいころのことがあってだろう。
「おっと、麻衣ちゃん出るんじゃない?」
「だね〜。二人とも見てくれてたのかなあ」
部活の手伝いはすぐに終わって、その日は先生とあっさり別れた。
ここからの学校行事は慎重に選ぶとして、放課後の予定は部活動参加へ費やすことになる。
部活動に行くと百発百中でリン先生との会話になるし、威圧感はさほど感じない。しかもなんだか、主人公の方もリン先生にとても好意的というか懐っこい部分があった。
「主人公、もしかしてリン先生のこと大好きでは?」
「だよね?初恋の人だったのかな!?」
麻衣も横ではしゃいでいる。そんな設定あるか?とも思ったがでもよく考えてみると主人公は誰に対しても好意的だ。それに、相手のことが好きであることを前提にしないと恋愛として成立しないだろう。
それにしたって主人公のリン先生への態度は犬が尻尾振ってる感じが見え見えなんだけどな……。
全体的にリン先生の好感度上げは犬と飼い主が延々フリスビーして遊んでる感じだった。いやもちろん、甘いセリフも柔らかい雰囲気もあったんだが、主人公の人格かなこれ。
夏休みに入ると写真部の活動はめっきり減るので会う機会があまりない。とはいえイベント選択ができるのでリン先生と旅行に出かけるチャンスがあるのだ。
これは全ルート共通してるけど相手によっては中止になったりするし、行き先やシチュエーションが変わる。
リン先生の場合はなぜかうちの家族旅行にリン先生が誘われるというパターンであった。
ここで母と父と麻衣が、小さいころのエピソードを教えてくれる。
『この子ったら、リン先生に昔から懐いたいたものねえ』
『そうそう、自分だけの先生だってきかなくて』
『まあ、あたしは勉強しなくてラッキーだったけど?』
家族公認でベタ惚れだったのか……と遠い目をする。
自分の幼少期でもないのに、なんとなく想像ついてしまうのがヤだ。
子供の頃ってちょっと妙な独占欲があってな、強くなってしまったりな、隠せなくってな、あるんだよ。
『ちがうし、そもそも勉強を嫌がって麻衣が逃げ出したのが先!』
『そうだっけ?』
主人公は一応反論もあるらしく口をだした。麻衣ちゃんが麻衣っぽいとすれば、まあそう言うこともしそう。特に幼少期は。
『初対面の時は泣かれてしまいましたから……私のことが怖かったんでしょうね』
『あ〜だってリンさんおっきかったし……アハハ』
リン先生は苦笑交じりにそう言って、麻衣ちゃんは焦った顔をして取り繕うように笑った。
夜はバーベキューと花火をする。途中でリン先生と川辺を歩くことになると、BGMが少しだけおっとりした流れになり、夏の夜の音が静かに聞こえ始めた。
『久々にうちの家族にあってどうでした?』
『変わりないようで何よりです。二人は随分大きくなりましたが』
『まあ小学生だったころと比べたら……』
『今まではメールや電話で話を聞いていたくらいですから、新鮮ですね、こうして会えるようになるのは』
『そうですね、まさか先生がうちの学校のましてや写真部の顧問になるなんて思ってなかったし』
『運が良かったのだと思います───怖いくらいに』
『怖い?』
『ええ、あまりに希望していた通りなので、これから先運が回ってこなかったらどうしましょう』
ふざけたようでいて、意味深なやり取りに、俺と麻衣はコントローラーを手に固唾をのんで見守る。
『希望してたって……そんなにうちの学校っていいとこなんですか?』
『もう一度、あなたの先生になりたかったんですよ』
耳元で囁かれるような静けさがあった。でも実際にはテレビのスピーカーから聞こえてくるもんだから、しっかりはっきりと部屋に響いている。
あ、よかった、部屋のドア閉めていて。
とりあえず被害者は俺と麻衣だけ。
夏休みが開けて部活に積極的に参加していると、文化祭準備の話題を耳にするようになる。
何度目かの部活に行くと、リン先生がいなかった。たまにはこういうことにもなるんだなと思っていると、写真を貼る厚紙で指を切る羽目になるし、仕方なく絆創膏もらいに保健室へ行くという展開になった。
『痛そうやなあ、よう我慢した、えらいえらい』
『そんなに子供じゃないですし』
保険医の名前は『白石先生』と書かれている。あ、たしか攻略対象だ。
爽やかでハキハキした声、関西弁が加わるとちょっとセクシーな印象で、生徒に対しても優しく甘やかすようなことを言う。まあ保健の先生は優しい方がいいと思うけど。
『───すみません、っ失礼します』
絆創膏を貼ってもらってお礼を言ったところで、焦ったようなセリフが現れ、間も無く声が聞こえる。
『え、あ、リン先生』
『怪我をして出血をしていると、……聞いてきたんですが』
どうやらリン先生は部員から伝え聞いた主人公の容体を心配してきたみたいだった。
『厚紙で切れたから普通の紙よか血出てもうたんやな……せやけど大したことあらへんで、リン先生』
『そう、でしたか。すみません早とちりを』
『心配してくださってありがとうございます、リン先生』
白石先生からは仲睦まじい様子を笑って見送られ、二人は保健室を後にした。
『痛いですか?』
『いえそこまでは……心配性ですねえリン先生ったら。部員たちも慌ててなかったでしょ?』
『他の生徒の様子までは見れませんでした』
『めずらし、いつも冷静なのに』
『あなたは特別ですから』
『え……あ、はは。そっか、小さいころから知ってるから……でもそんな小さい子供じゃないですからね!』
『わかっていますよ』
なんとも言えないやり取りに、チャイムの音が鳴った。
モノローグでは、主人公がリン先生にとんでもなく子供扱いされていることを微妙に落ち込む内容が続く。
そしてどうやらこのイベントは文化祭前日の出来事らしく、そのまま文化祭イベントに繋がった。
『やっほー!きたよ〜』
『あ、麻衣。いらっしゃい……と、隣の人は?』
麻衣ちゃんが姉として文化祭にきてくれたが隣には見知らぬ女の人がいた。同級生って見た目でもなく、先生くらいの年齢で、ウェーブのかかった髪の毛の優しそうなお姉さんって感じ。
『あたしの学校の先生なの。この学校の先生に知り合いがいるらしくって、さっきそこであったんだ〜』
『こんにちは、谷山さんには直接教えてないんだけどね。森まどかです、よろしくお願いします』
二人の紹介を聞くに、どうやら森先生は写真部へ行きたいらしいのだ。麻衣ちゃんは主人公が写真部だったことと、主人公と待ち合わせをしていたことから森先生を引き止めた。
『ん?じゃあ写真部のリン先生とお知り合いですか?』
『そうなの。昔一緒に勉強してたのよ〜』
『え、そーなの?リンさんの知り合いだったんだ!』
麻衣ちゃんそこは気づいてもいいのでは?と思ったが突っ込んでもしょうがない。
『谷山さんもリンのこと知ってるのね』
『小さいころ家庭教師してもらってたんです!っていっても、あたしは逃げちゃってたけどね』
『あら、あなた達がそうだったの!?リンからたまに話聞いてたの、どんな子なんだろうなって』
一緒に勉強してたって、森先生入ってるけど、つまり大学が一緒だったとかかな。先輩後輩って感じはしないけど、元恋人とか?と考える。え、さすがに今の恋人じゃないだろうね。
『あの人今でこそ一応教員になれたけど大学時代なんてもっと怖かったでしょ?泣いてもしょうがないわよ。無愛想であんまり気もきかないしね、子供に怖がられた上に取り繕えないのよ。だから挽回できなくてね……家庭教師なんてどうして選んだのかしらって不思議で不思議で』
『リ……リン先生はすごく優しかったです、怖くないです。今だって、ちゃんと生徒のこと見てくれてるし、いい先生です!』
主人公は反射的になのか、森先生に言い返した。
悪口というほどではなく、からかうような口調ではあったが。
『あら、教え子さんの前でごめんなさいね私ったら。そうねリンはいいところもたくさんあって、あなたがそういってくれて本当に嬉しい。私もリンも』
『いえ、すみません、なんかムキになっちゃって……つい』
『ったら……本当にリンさんのことが大好きだよね、あたしに先生って呼ばせないくらい』
『え?』
森先生は笑って、でも申し訳なさそうにして、急に言い返した主人公に嫌な顔をしなかった。
そして麻衣ちゃんの驚きの発言に主人公も見ていた俺たちも固まる。そういえば、麻衣ちゃんはリンさんって呼んでたなあ。
小さい子供の独占欲だな、と知ってはいたけど腑に落ちる。親はいいけど特に双子の姉と一緒に家庭教師を受けるのが嫌だったのかな。そして麻衣ちゃんは逃げ回ってたわけだし、リン先生の教え子なのは自分だけみたいな気持ちがあったのかもしれない。
『リンが先生になったのもわかるわ、ありがとね、リンの可愛い教え子さん』
写真部に案内するもリン先生はいなくて、森先生は主人公にそう言って別れた。校内を回って探してみるんだそうだ。
文化祭が終わると修学旅行、その後はクリスマスと新年、バレンタインと行事がある。ところがその中でリン先生は修学旅行では会えない。同級生のナルとジーンとのルートに入ってないし好感度もないのでストーリーもなく、修学旅行はあっさりと流れていった。
他の季節のイベントは和やかにけれど確実にリン先生と過ごすことができる。他のルートでもそうだが、好感度関係なく当たり障りない会話って感じがしてしまうのが寂しいところだ。会うことで好感度は上がってるんだろうけど。
そして最終イベントの終業式、リン先生に会うために部室へ向かう選択ができる。
カーテンを閉め切っていて、少しだけ薄暗い。写真が大量に貯蔵されているのでも本棚の圧迫感がある。
『あ、リンせんせーい』
『どうしました?今日は部活もないのに』
『先生に会いにきただけですよ』
主人公はこれから本当の告白するの?というくらいノーテンキに話し始めた。
さすが最初からワンコみたいに好き好きしてただけあるかもしれない。
『……まどかの言っていた通りですね』
『まどかって……森先生?そういえば文化祭で……あの後会えたんですね。言っていた通りって……?』
『教師になんて向いてないと思っていたけど、可愛い教え子がいるようだから頑張るように……と』
『リン先生は教師向いてなくなんかないですよ?』
『いえ、私自身も教師に向いてるとは思っていないんですよ。───可愛い教え子がいるので、頑張ろうと思っていますが』
『そ、それは……』
『家庭教師のバイトは恩師に誘われて受けましたが、どの子供も私とは相性が悪く……ほとんどの子供が泣いてしまったり逃げてしまいました。泣かなかったのはあなただけです。───それに泣くどころか、私を先生と慕った。だからあなたは、私の一番可愛い教え子なんですよ』
主人公は驚いて言葉にもならないようだ。
『教師になったのはあなたに先生と呼ばれるのが嬉しかったから……ですが、どうやらそれだけでは足りないと感じます。なので、私はいつか教師ではいられなくなりそうです。幻滅しましたか?』
『幻滅なんてしません。リン先生のこと……昔から独り占めしたかったんです。子供っぽいでしょう?でももうそんなに子供じゃないから、今はみんなの先生になっても平気って思える。なのに、やっぱりリン先生の一番になりたい……子供じゃないから』
『それでもあなたはまだ、教え子ですから』
『うん……だから、もう少し大人になるまで待ってて』
『待ちます……ですが、今日くらいは許してください』
セリフが終わると、物音がして画面が変わった。
主人公はリン先生に抱き上げられている。リン先生の耳の近くの髪の毛を、手でくしゃりと乱していた。腰と太ももを支えられているのだろう、ぴったりと身体が密着している。背の高いリン先生が上を向いて誘うように唇を開き、主人公は恥ずかしげに目を細めて、そこを食むような触れ方でキスしていた。
「リンさん……まさか小学生の頃から……?」
「……そんな……まさか……」
麻衣はそんな不穏なことを言う。
でも実は当初の口ぶりからもそう思えて来て、俺はなぜか、すごい恥ずかしくなってきたのだった。
くん心の春休み日記より抜粋。
next. >>(竜崎)
しょうがないゲームなのでしょうがないんだけど告白シーンがダダダダーっと終わってしまうのが勿体無いというかなんというか……。
麻衣は麻衣ちゃんに感情移入すごいので、リンさんはリンさんとよぶ。
主人公も必死で俺じゃないからって言いながら、主人公視点で考えてるのでたまに照れてるし、不安になってるし、呼び方は一緒。
Sep 2020