I am.


09.攻略対象:黒子

さぁ、がんばるぞ!あともうちょっと!!とやる気に満ち溢れた顔で部屋に現れた姉。
まって、まだ朝飯も食ってない。
「なに、え、早……」
「早起きできた!!」
「まだ新学期じゃないよー……」
起き上がった体をベッドに寝かせなおして姉を追い払おうと試みる。が、もちろん追い払われる姉ではない。
「朝ごはんはパンケーキです」
「起きます」
そう言われてしまってはすっかり起き上がるしかない。
ご丁寧に俺の分のカフェオレまで用意して、部屋に朝食を持ち込んだので仕方なく。仕方なくだ……。

パンケーキを食べながらお馴染みのオープニングを流し、麻衣ちゃんとのいつものやり取りを高速で進め、朝一番のターゲットを選ぶ。
「んーと、黒子テツヤくんっ!」
「はいはいっと」
残る二人のうちどっち?と聞いたところ麻衣のチョイスで黒子くんとやらになった。大人しそうな見た目で、登場した時も静かなテンションで、声も落ち着いた雰囲気だ。
『あの……ボクのかばん、踏んでます』
『へ?え、かばん?……わぁ!?』
天気がいいから屋上でお弁当を食べようとしていた主人公が、ベンチに座った途端に急に話しかけられてびっくりしていた。
『ごめんなさい!……って、え、いつから隣に?』
『ボクが先に座っていました』
会話からするにベンチに座った時に彼のカバンを踏んでいたし、その時はもうすでに隣に座っていたらしい。え、そんなことってある?どんだけ影薄いのか主人公がどんくさいのか。
『えええ?……それは、えと、ごめんなさい……』
『いえ、よく気づかれないこともありますから……いまからお弁当食べるんですよね、ボク、席を移動しますが』
『いやいや後から来たのはこっちだから!どきます!!』
『ふふ……先輩、ですよね。よければ、このまま隣同士でいかがでしょうか』
『ありがとう。2年の谷山です……1年生?』
『はい、ボクは1年の黒子テツヤといいます』
ゲーム画面じゃあ見えないが、名乗った後律儀に会釈などをしていそうな少年である。
『このベンチ……日当たりも良いし、庭園が見渡せるんです』
『え?ここ庭園だったんだ』
屋上は確かに庭園らしきところがあるのかもしれないけど、お世辞にも眺めながらご飯を食べたいと思うほどでもない。
『今はまだ……手入れが行き届いていませんが、今年から園芸部で徐々に綺麗にして行くところなんです』
『黒子くん園芸部なの?』
『はい。部員がほとんどいませんでしたので、好きにやらせてもらいます』

初対面のイベントが終わり、徐々に主人公と黒子くんは会話をするようになる。
システム上黒子くんがいる場所に会いに行ってるので、主人公は普通に彼を見つける。
そのせいか、ある日黒子くんがほんのり微笑んで『先輩はいつもボクを見つけてくれますね』と言った。なんかごめん。
たまたま昇降口で見かけて、声をかけた時の出来事だ。
『たしかに気配がないときあるけど、そんなに見つけにくいかな?』
『教室で席に座っている時の点呼でも気づかれないことがあります』
『ええ?でもそれは、先生が注意力散漫だよー』
あはは、と主人公は笑った。
『だって、席に座っている黒子くんを呼んでいて見つけられないなんてある?』
『それがあるんですよ』
『でも、今日だって黒子くんいるかなーって見回して昇降口の人混みの中で見つけたよ』
『……ボクを探してくれていたんですか?』
『うん、そうだよ』
『ありごうございます』
黒子くんはきょとんとしてから微笑んだ。
その後も主人公は当然黒子くんを見つけては交流を重ねる。

体育祭では1年生の借り物競走で黒子くんに指名されたし、 放課後は園芸部の土いじりに庭園作りを手伝ったり、なかなかに親密になって来たと思う。
とある日曜日は黒子くんがよく現れる私立図書館ではなく土手にいたので、なんだろうと思っていると子犬を拾ったみたいだった。
『わ、可愛い』
『まだ生後半年くらいでしょうか……』
『迷子かな……それとも』
『……捨てられていたようです』
黒と白の毛並みに、ふんわり太めの眉と、どこか既視感のある瞳。あ、これ黒子くんの目にそっくりなんだ……。
懐っこい犬なのか、黒子くんの顔にすりよっていて、黒子くんも笑みをこぼしながら甘受しているスチルが現れる。
「かわい……」
犬もだけど、いつも眠たげというかぼんやりというか、ちょっと虚無感のある目つきの黒子くんがふんわり笑っているからか、思わず呟いた。
麻衣も横で盛大に同意している。
『うちは……母が動物嫌いなんだよね……飼えないや』
『ボクの家で飼えないか、おばあちゃんに聞いて見ます』
二人の会話を聞きつつ、黒子くんの口から飛び出した人選に少し驚く。お母さんじゃなくておばあちゃんなところ。
『……ボク、両親がいなくて。おばあちゃんと二人暮らしなんです』
『そうなんだ……その、亡くなったの?』
『母は』
短く答えた黒子くんに、主人公はこれ以上なんと尋ねるんだろう。
『父と母は幼い頃に離婚してまして、それきりですね』
『そうなんだ』
ところが、尋ねる間も無く黒子くんは自分から話した。
『ボクは短い間とはいえ母と暮らせてよかった。それにきっと父と暮らしていたらこんな風に犬を飼おうだなんて思わなかったかもしれないし』
どういうお父さんだと思ったけど深く聞くこともできなかった。
結局黒子くんのおばあちゃんは犬を飼っても良いと言ったみたいで、今後黒子くんとは時折犬の散歩を一緒にすることになった。
ちなみに犬の名前は『2号』だという。

夏休みが明けて、日々の会話には穏やかな空気と優しさが溢れていた。
花を育てるのとか、図書館で静かに過ごすのとか、2号と散歩をするのとか、そういうことが少しずつ心を満たしていくようだった。
それでいて、二人の仲も育まれていくみたい。
『今度、球根を植えようと思うんです』
『へえ、めずらしいね』
度々園芸部の活動に自主参加をしている写真部員は、すっかり園芸部に馴染んでいる気がする。
『はい、普段なら苗を買ってきて植えてしまうんですが、……じっくり育てたいなと思って』
『そっかー』
先輩も、一緒に植えてみませんか?』
『するする。でも、大丈夫かな、難しくない?』
『そうでもないですよ、ただ実際に植える前に一度土を調整しなければならないので……もう少し待っていてほしいのですが』
『土の調整か……普通に植えるんじゃないんだね』
『はい。腐葉土を混ぜたり、植える2週間以上前から石灰をなじませたりします』
繰り広げられる園芸トークに、俺と麻衣はうへえとベロを出す。
『それに、この花の球根は気温がすっかり下がってからでないとダメになってしまいますから』
『全然簡単に聞こえないな……?』
『やっぱり面倒でしょうか。先輩に手間をかけさせたいわけではないので……植える時に付き合ってくれるだけでも』
『ううん、そうじゃなくて……少しでも間違えて花が咲かなかったら寂しいし、勿体無いからさ』
『それでしたら大丈夫ですよ、ボクも一緒にやりますし、少しくらい間違えていても意外と花は咲きますから』
『ほんと?』
『ええ。とりあえず植える日が決まったらまた連絡していいですか?』
『もちろん……って、土作りするって言ってたよね?その時も声かけてよ。バイトが入ってなきゃ手伝うから』
『いいんですか?』
『だって、たくさん手をかけた方が花が咲いた時嬉しいし、ね』
『ありがとうございます』
黒子くんは少し笑って、弾んだ声をこぼした。
一人でいそいそと屋上を立派な庭園に造り変えて行くところを見るに、よっぽど土いじりが好きらしい。
いつだったか、土いじりをしている時のスチルで、黒子くんの背景は綺麗な草花が彩っていた。初めて会った時はいくらか荒れていて、ほとんど手の入っていない場所だったというから黒子くんの手腕なんだろう。
『すっかり綺麗な庭になったよね、ここ』
『はい。とてもやりがいがありました』
『でも全然人こないなあ、黒子くんにしか会ったことないや』
『ボクもここで、先輩にしか会ったことがありません』
『せっかく黒子くんがこんなに綺麗にしてくれたのに、もったいない』
主人公がそういうと、黒子くんは少しだけだんまりした。
立ち姿のままセリフ枠には『……』が続く。
『花にとってはもったいないかもしれませんが、ボクは少し、嬉しいと思います』
『え?』
『独占欲と、優越感でしょうか』
『───意外。っあ、もしかして、ここにくるの、邪魔だった?』
『まさか。先輩は特別ですよ、そうじゃなければ、頼み事もしませんし』
俺は主人公と同様に、黒子くんの口ぶりを意外だなーと感じた。
影の薄さがコンプレックスなようでいて、実のところそんなに気にしていない節があったし。一人でいることも、大して苦じゃないみたいだった。
諦めきっているというわけでもなく、それが自分であるとすっかり腑に落ちているような落ち着きがあった。
そのせいか大人びていて、何事にもさほど頓着していないように見える。
自分が手をかけて育てた庭を、自分だけで慈しみ、特に誰も必要としていないところが、こっちからしてみると寂しく思えた。
いや、まあ主人公はその箱庭に特別出入りを許されている───ということになるのか。
そんなぼんやりとした認識のまま、暦は冬へと移ろいで行く。

いつのまにか2号にもすっかり懐かれてるし、花は植えたし、クリスマスには黒子家のおばあちゃんを交えて鍋パするというイベントをこなした。
おばあちゃんのもちきんちゃくが美味しい、というささやかな情報を、さも攻略キーワードのように連呼する麻衣を放置する。
あまりにうるさいのでこちらではとっくのとうに食べ終わったパンケーキの皿を麻衣に片付けさせることにした。

年が明けて初詣にいって、新学期が始まってすぐ。主人公はいつも通りに空いた日の放課後、屋上の庭園へいった。
黒子くんの姿はまだなく、かわりに赤い髪色の下級生とであった。彼は最後の一人の攻略対象である、赤司征十郎くんだ。
『テツヤは?』
『え?……ああ、まだ、きてないみたいだけど』
『そのようだね』
えらそげ……。ま、いいけど。
2人は同級生だし面識があるんだろうな。というか、この屋上で初めて黒子くん以外に会うんだが、もしや何らかのイベントなんだろうかと身構える。
思わずたじろいでしまいそうな眼差し。背筋をピンとさせる艶のある声。キャラクター設定にはたしか、理事長の息子だと書いてあった気がする。ぶっとんだ天才の裏ではスゴそうな生徒会長とか、秀才で腹黒で勝気な副会長とはまた違ったベクトルですごい人。
『会うのはまた今度にしよう───ここは、綺麗な場所だね』
『ありがとう』
『……なぜ、君がお礼を?』
『え、あ、なんでだろう……アハハ』
冷たそうだなと思ったけれど、トゲトゲしいとかはなくて、静かな声が屋上庭園を褒めた。主人公が反射的にお礼をいうと、ほんの少し驚いたみたいだったけど、よくわかってない主人公を見て小さく笑ってその場を去って行った。ちょっと怖い人かと思ってたけど、そこまでではないな。
『さっき、黒子くんにお客さんが来てたよ』
『え?それって……もしかして、赤司くんでしょうか』
『そうそう、仲いいんだね』
『……』
ほどなくしてやってきた黒子くんに主人公が告げるとすぐに名前が割れる。主人公の認識に赤司くんという存在がどれほどあるのかわからないが、何となく名前は知ってるんだろう。目立つ生徒であるのは公式設定だったはず。
『彼はボクの双子の兄弟です』
俺は思わずえっと声をこぼす。すっかり戻って来てお茶のおかわりを飲んでいた麻衣は思わず吹き出しそうになった。
たしかに父親は存命で離婚したきりと聞いていたけど、まさか理事長とは思わないし兄弟が別に暮らしてるとは思わないじゃん。
この学校以外にも色々と事業をしている家らしく、親の離婚とともに双子は引き離された模様。互いに幼い頃に一緒に過ごした記憶は少しだけあって、今でも時折会っては話をするようなんだけど、主人公が能天気に仲良しじゃんって言えるような間柄ではなさそうだ。
『父には年明けてすぐ挨拶に行ったんですが……彼、征十郎くんは多忙のため会えなかったんです。だから、ここに来たのかもしれませんね』
『黒子くんがいつも屋上にいること、知ってたんだね』
『───ここは以前、母が手入れしていたんです。今よりももっと広くて、生徒の立ち入りも頻繁で……ボクたちは時々学校に連れて来てもらって、母と一緒にお茶をしました』
『そうだったんだ。綺麗だって、褒めていたよ』
『……それは良かったです』
黒子くんが目を細めて笑った。
なんかちょっと報われた気がして俺の目が潤んだ。麻衣はふぐぅっと唸った。

そういえば、二人で一緒に植えて育てた花はどうなるんだろうな、と思っているといつのまにか春休みを目前にしていて、最後の登校日がやってきてしまった。
もれなくその日は告白をする相手を選択するわけなんだが、黒子くんを選べば、早朝6時に屋上に来てくれないかと呼び出されてることになっていて、主人公はそれに従う形で屋上へいった。
『わ、ほとんど全部花が咲いてる……!』
主人公が圧倒されたように感動した。
『ここは母や兄弟との思い出のある庭でもあるのですが、一番の思い出は先輩と一緒にいられたことなんです。正直、一人ではここまでじっくり庭の手入れをできるか不安でしたが、……先輩がよくここに来てくれるから、もっとこの場所を大事にすることができました。ありがとうございます』
『お礼をいうのはこっちのほうだよ……この場所で黒子くんに出会えてよかった、黒子くんを見つけることができてよかった……綺麗な景色も、思い出も、こんなに暖かい気持ちになれるのも、全部黒子くんのおかげ。君を、好きになれてよかった……』
『ボクも先輩のことが好きです。ボクを見つけてくれたのも、あなたでよかった。この庭にくるのはどんな生徒でもなくて、あなただけが良い……これからも、ボクを見ていてください』
静かな声が少し震えて、それでいて消えていくみたいだった。
二人は花々に囲まれて座っていて、互いに地面についた手を重ねて、唇を優し触れ合わせ、朝焼けの光を遮りひとつの影を作っていた。


「おめでとう……結婚……」
「してない……」
キスシーンはやっぱり、なんというか見られたくなさがある。いや俺じゃないんだが。
姉の反応が毎回妙なせいで余計にそう思うのかもしれない。
早く春休み、終わんねーかな……。



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黒子っち影薄感をゲームで書くのは至難の技だと言うことを実感しました。だって見つけちゃうもん。これが乙女ゲームです。(デカ文字)
Sep 2020

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