Oh my cat. 01
歩道を歩いているときに前を横切っていく猫の姿を目で追った。そのまま自然と身体が動いていた。
道路に飛び出して行くその猫を、追いかけるため俺自身も道路に踊り出る。
引き攣るような音が耳を劈く。それは車のブレーキ音だ。
右から迫ってくるのもお構いなしに、俺は猫に飛びつく。
手の中にふわりと毛深く、むにゃっと柔らかい感触を確かめた。
その時、衝撃音が体中に響いた。
「ぃ───おい、起きろ……」
誰かの声がして意識が浮上していく。
額のあたりを突かれる感触に目を開くと、視界いっぱいに広がる肉球……。ん?肉球……!?
ガバッと起き上がると、俺の胸の上に乗っていた猫が身軽にどく。
「やれやれ、やっと起きたか」
「!?!?!?」
周囲には誰もいないのに、声がした。
信じられないことに、猫の口がムニャムニャと動くので、猫がしゃべっているようにしか見えない。
「お前さんの考えている通りだぞ」
「え~~~~…………」
俺の考え事を見透かすように、猫がつんと顎を上げながら喋った。
あまりのことに顔を手で覆い、くしゃりと髪の毛をかき混ぜながら、なんとか気を持ち直して自分の行動を顧みる。
俺はさっき、猫を助けるために道路に飛び出し、走って来た車に撥ねられたはずだった。
そんな記憶と衝撃を思いだし、どっと冷や汗が沸き出す。
反射的に自分の身体をあちこち触り、周囲を見渡した。
『白』としか言いようのない、何もない空間が広がっている。
「おまえはわたしを助けようとして車に撥ねられて死んだのだ」
地面とも思えないそこに座ったままの俺の傍で、猫がそう言った。
状況はともかく、言葉を理解するのに時間はかからなかった。
猫曰く、「吾輩はネコである」と。……おん???脳裏に聖書看板が浮かんじゃったのは致し方なし。
なんでもお戯れに現代に来ていたのだが、ぴょんっと道路に飛び出したところ愚かな俺が後を追いかけてしまった、ヤレヤレとのこと。俺の善意よ。
人の生死などネコにとってはさほど重要な事ではないようだが、俺には決まった寿命があるからそれまでは死後の世界にもいけないのだとか。
難しい話がよくわからずボヘェとした顔でいたら、ネコパンチを受ける。……痛いような気持ちいような感触を噛みしめた。
「人間にとって××年は永いであろ?したがって、わたしが異世界におまえの魂を飛ばしてくれよう」
俺のあるはずの寿命の年数は聞き取れなかったが、その後の言葉もちょっとよくわからなくて聞き取れなかった……ということにして、「はい?」と聞き返す。
だがネコ様は二度も同じ言葉をお使いにならない。
「なに心配するな、肉体もつけてやるからな」
「他の生命を救おうとしたその心意気を買ってわたしからの加護もつけてやろ。よろこべ」
「寿命がきたらまた会うことになるだろ」
など怒涛の尊大な高説に頭がついて行かないまま、極めつけにぴょんっと飛んだネコ様が俺の頭をちいさなあんよでトツーンと突いた。死ぬかと思った……あ、いや、もう死んだんだっけ。
そうしてよくわからないまま目をさましたのは、ベッドの上だったってわけ。
事故も死も猫もネコも夢だったのでは、と思いながらも不思議と肉球の冷たい感触をおぼえている額を摩り、身体を起こす。
眠りにつく前の記憶がてんでないが、自分の部屋と変わりなく、カーテンから差し込む光からして今は朝なのだろう。
ふいに、ノックの音がしたので反射的に返事をする。
家族だろう───あれ、俺って家族がいたのか、いなかったのか、どちらだったっけ。
「おはよう……なんだ、起きてるじゃん」
「……お、おは、よう?」
起き抜けで声が出なかった、ということにして、ぎこちない挨拶を返す。
部屋に入って来たのはセーラー服を着た女の子だった。俺が起きているのを見て少し拗ねたようにそっぽを向いた。
「朝ご飯できてるんだから早くきて、って大家さんが」
「あ、うん?うん」
オオヤサン……?よくわからないままに頷くと、女の子は何か思うことがありそうにじろじろと俺を見つつも部屋を出て行った。
え、マジで誰?朝起こしに来る世話焼き女子高校生、俺とどんな関係───?
そのワードにそわっと胸がくすぐったくなるが、ともかく俺は彼女の言うとおり朝ご飯を食べないといけないと思い立つ。
そこで部屋の中を見渡して目についたのが学ランだった。身の回りの記憶はないけど自分が少なくとも成人した大人だったとはなんとなく覚えてるんだが……。
ネコ様は異世界に俺を飛ばすと言っていたので、女の子が部屋に起こしに来たり、若返って高校生になっていても不思議ではない。……多分。
顔自体は十代の頃の俺って感じだったので、まあいいか……いいのか?もっと格好いい男にしてほしかったと思わないでもないが、自分以外の顔になるのも違和感強くて無理かな、と諦める。
部屋の外に出る廊下の先にいくつかの部屋があり、声がする方へと足を向ける。
顔をのぞかせるとそこは食堂みたいで、一人のおばあちゃん(多分この人が大家さんだろう)が朝食を並べており、他にはぱっと見で五~六人くらいの女の子たちが既に食卓についていた。
……お、おどろかないぞ、全員女の子でも。
「ちゃん、やっと起きたの」
なんとなしに空いてる席に座って、おばあちゃんがよそってくれたご飯を「あざます」と受け取る。
名前にちゃん付けされるのがくすぐったい。
「麻衣が起こしに行ったんだっけ」
「あたしが行ったときにはもう起きてはいたけどね」
「ねえ今日帰るの遅くなる~」
「バイト?頑張るねえ」
「しょうゆ次かして」
目まぐるしい朝のやり取りの中、唯一わかったのは俺を起こしに来た子が麻衣という名前であること。
ショートカットの活発そうな顔つきの子で、俺の話題が出たけど俺に話しかけるでもなく、隣の席の子としゃべりながら、みそ汁に口をつけている。
俺は黙々と朝食を咀嚼していくうちに、記憶が定まっていき、状況を理解していった。
ここは都内某私立高校と提携する下宿アパートらしく、俺はそこの一年生だ。
この下宿を切り盛りする大家の孫で、中学生の時からここに住んでいる。つまり飯よそってくれたのは祖母であった。
どうりでおばあちゃんは俺に親しげだし、こんな女の子だらけの家に俺がいるはずだ。
両親はというと、事故で二人同時に亡くなった。おばあちゃんが朝の挨拶してきなと言うので、のろのろと歩いてなんとなく仏壇に辿り着き、記憶にあるようないような顔をした二人の写真を前に形だけ手を合わせる。 そうしていると、階段を駆け下りてくる音がしてきて、「じゃあ行ってきまーす」と麻衣の声が聞こえた。
麻衣は俺を除いて、下宿にいる唯一の一年生で、つまり俺と同い年。俺はやや急いで部屋から顔を出した。
「まって、俺も行く」
麻衣はドアの前で靴を履いてるところ、えっと小さく声を漏らす。
俺はそう言ったきり鞄を取りに行ったが、玄関に戻った時に麻衣の姿はそこにない。
置いてかれたかと残念に思って外にでると、麻衣は居心地悪そうに塀に背中を預けて待っててくれた。
「おまたせ」
「……ん」
「ちゃん待って、帰りにお風呂洗剤買ってきてくれる?」
「あーいいよ。どんなのだっけ?」
「なんでもいいよ」
そしてさあ学校へ行こうとしたとき、おばあちゃんにちょっとだけ止められたが大した時間もかからずに終わる。
「遅刻じゃないよね?」
「へ、へーき。だけど、どうしたの?急に一緒に行くなんて」
「……へん?」
「変!大家さんの言うこと素直に聞いてるのも変!」
……今までの俺はもしかしたら思春期全開だったのかしら。
麻衣が朝起こしに来てくれたのは、たまたま偶然の、いわゆる俺向け初回イベント的なものだったりするのか。
「ぼく───今までの態度を悔い改めました」
胸に手を置き微笑むと、麻衣は引き攣った顔をしてのけぞった。
表情が素直で大変面白い。
麻衣と歩く道すがら、知識が定着していった為に思い出したクラス───麻衣と同じ教室に辿り着く。内心ほっとしていた。
わざわざ麻衣と一緒に来たのは、学校の場所や教室を思いだせるのかどうか不安だったから。もちろん、麻衣のことが知りたいという思いもあったわけだが。
「……じゃーね」
麻衣はソワソワ居心地悪そうに別れを告げ、こっちを見ていた女の子たちのグループに明るく笑いながら入って行く。
対して俺は自分の席に座って一息ついたところで、近くの席だった男から話しかけられた。えーと……平野だ。
「はよー。珍しくね、谷山とあんなに絡むなんてさ」
「おは。……谷山……?あー」
麻衣の苗字って谷山なんだな、と平野との会話で理解すると同時に"思い出す"。
「───谷山……麻衣?」
だがその納得が、新たな謎を生み出した。
俺が思わず口にしたそれに、平野は「ん」と頷いていて、どうやら間違いなく谷山麻衣という名前であるようだ。
谷山麻衣と言えば、俺の知っているホラー系乙女ゲーム『ゴースト♡ハント』のヒロインの名前だったのだ。
ゴースト♡ハントは、主人公の麻衣がある日、学校の旧校舎に心霊現象の調査に来ていた美少年、ナルと出会うところから始まる。
とあるハプニングを経て麻衣はナルの手伝いをすることになり、正式なアルバイトとして雇われ、舞い込む調査の中でホラー体験をしながら恋をはぐくむ……☆みたいな話である。
麻衣を取り巻く人間はナル、助手のリン、霊能者のぼーさんとジョン、真砂子と綾子、後に出てくる安原少年、そして謎の人物通称ユメタロウ。これは最終章でナルの死んだ双子の兄ジーンだと分かるわけだが、───事情は割愛する。
乙女ゲームなので攻略キャラクターは男だけど、ホラーとミステリーのクオリティーが高くて、恋愛ルートに進まずプレイする消費者は多く、俺もその口だった。滅茶苦茶面白かった。
ネコ様も中々に粋なことをする、けれど───俺の中に微かにあった、複数の女の子とドキドキ共同生活☆の期待は消え失せた。
*
その日、俺は麻衣と共に女子グループの怪談に参加することになっていた。
もしかしてやっぱり、俺にはハーレムを築く素質が……?と淡い夢を抱いたけれど、単純に麻衣が一人男がいた方が安心感があるというので巻き込まれただけだった。
とはいえ、物語導入のシーンに参加できるのは楽しみだな、と思って風呂用洗剤の買い出しをそっちのけで応じている。
俺は怪談の持ちネタがないということから参加せず、四人の話とカウントを聞いていたが、やはりここに五番目の声が投じられた。
「───ご」
あの涼し気な声をリアルで聞けたことに、俺は内心で大興奮しているけれど、部屋の皆は俺を疑って顰蹙の声が上がる。
「っ、やだくん紛らわしい」
「や、俺じゃないけど」
「……え?」
俺がいることで大騒ぎにならなかったのは正直申し訳ないなと思っていたが、俺じゃないと知るや否や一拍遅れて悲鳴は響いた。予定通りの展開になったのと、濡れ衣が晴れたことでほっと一安心。
やがて、騒ぎを長引かせないためか電気をつけたナルがその姿を現す。さっきまで泣き叫んでいた女の子たちはころっと態度を変えた。
麻衣は警戒態勢だったが、まだ恋する乙女じゃなくて野生動物だから仕方ないのだ。
俺も麻衣と同様に一歩離れた所で『渋谷』と名乗る男と色めき立つ女子高校生たちの会話を眺めるだけにとどめる。
ハーレムするならやっぱりこのくらいの顔や佇まいじゃないとダメなんだな、そして女の子たちもこのくらいキャアキャアいうもんなんだな、とよそ事を考えていた間に、麻衣が帰るって宣言していた。
「え~麻衣ったらノリ悪い」
「気にしないでくださいね、渋谷先輩」
「……もう夜遅いし、これ以上残るのは親御さんが心配するんじゃないかな」
ブーイングを食らう麻衣を庇うつもりで言葉を発したら、彼女たちもさすがに俺の言うことが分かったらしく肩をすくめる。ナルもまさか未成年を遅くまで残すことはない為、俺が言うまでもなかったが。
結局怪談に混ぜて欲しいと言ったナルの望みは、明日改めて叶えられることになり、俺たちのクラスを伝えてその日は別れた。
そして俺と麻衣はすっかり風呂洗剤を買っていくのを忘れて、おばあちゃんにガッカリされたのであった。
次の日の朝はまたしても麻衣と一緒に登校することにした。
今日は向こうから誘ってくれたのでラッキーだ。
なにせこれから、麻衣はウワサの旧校舎を覗きに行き、ハプニングを経て調査の手伝いをすることになるわけで、見たくないわけがない。
───なんて思ってた俺だけど、実際その場にいたら暢気に見ていられるわけもなく。
一緒にカメラを覗き込み、声をかけられて驚き、麻衣が慌てて下駄箱に当たったのに巻き込まれ、咄嗟に守ろうと手を伸ばした結果、俺が抱きしめていたのは大きな大きな、カメラでした。
「───何だ今の音は?何があった」
「す、すみません、急に声をかけられたからびっくりして」
「言い訳は良い。リン、立てるか?……君は?」
大きな音を聞きつけてやってきたナルが、じろりとした目つきで麻衣を見たが、すぐに下駄箱に埋もれたリンや、カメラを抱えてしゃがみこんでる俺を見下ろす。
「あ、俺は平気……カメラ壊れてないかな……」
「……カメラはそこに置いておいてくれていい。あとで確かめるから」
そっけなく言い放ったナルの言葉通り、俺はカメラをそっと地面の平らなところに置く。
麻衣はオロオロしつつ俺に怪我がないかを確認し、その後ナルに言われるがままリンに手を貸そうとした、が───案の定拒否された。
「あなたの手は必要ではありません」
「っ……」
ひん……冷たい。自分が言われたわけでもないのに、麻衣と一緒に軽く傷つく。
やっぱ生身の人間にこれを言われたらキツいものがあるだろう。リンは麻衣じゃなくて俺だとしても同じことを言っただろうし───と、思っていたらリンの身体がナルのいる方とは反対によろめいて、反射的に俺が抱きとめる。
「大丈夫?あの、嫌かもしれないけど、今は我慢してください。悪化したら困るでしょ」
リンは少し息をつめたあと、俺の肩をぐっと掴んだ。
何気なくその手を掴み、肌が触れた途端───リンの顔の横に薄灰色のハートが見え、その下に3%という表記が見えた。
「……結構ですから」
「はぇ」
アホな声を上げた時、リンが俺を押し返した。
そのまま手が離れて行って、もうリンの顔の横におかしなハートは見えなくなる。
───こ、好感度だっ……!
あれはゴースト♡ハントで多用された、キャラクターとの好感度を示すハートだ……!!
3%ってひっっっくいな。あ、でもリンが今の段階で0%じゃない方が逆にすごいな???たしか0%スタートのはずだもん。……あれ、じゃあなんで3%に上がったんだ?この数分で。
「───お二人とも、親切で教えて差し上げますが、今チャイムが鳴りましたよ」
「やばっ、行こ!!」
茫然としている俺をよそに、ナルは麻衣に慇懃無礼な態度で遅刻を指摘した。
そして麻衣は怒っている場合じゃなくなって、旧校舎を走りだすので俺も追いかける。
下駄箱で慌ただしく靴を履き替える麻衣は「なんなのあいつ!」「やなやつ!」と不貞腐れているがいつか生まれる甘酸っぱさを思うと、ニッコリ……と眺めてしまう。
そんな俺の反応も気に召さないようで睨まれたけど、ニッコリ……と見つめ返せばそれ以上文句は出なかった。後になって思えばキモくて引かれたんだと思う。
放課後、さあ渋谷先輩との怪談だと色めき立つ乙女たちをよそに、麻衣は不機嫌がぶり返したようにむくれて荷物をまとめている。
参加しないのか、と問いかけてくる子たちには「しない!」ときっぱり断っていた。
だがそのキャッキャと話し込む空気に一人の女の子が反応する。それが黒田直子女史であり、今回のキーパーソンとなる少女で、いわゆるライバルキャラってやつだな。
「今、なんて?」
「だから、放課後怪談するの」
「怪談ですって!?───どうりで今朝学校に来たら頭痛がすると思ったのよっ!」
「は……なんて?」
麻衣から怪談というワードが出た途端に黒田さんが嘆く。
だがその時タイミング良く、ナルが教室のドアのところに顔を出し、麻衣を呼んだ。
黒田さんはそのナルに絡んでいき、怪談や心霊現象、旧校舎についての話をかなりの熱量で語った。だがナルはその他人の温度感をまるで無視して淡々と事実を突き詰め、黒田さんの旧校舎にいる霊の根拠を破綻させた。
「谷山さん、ちょっといいかな」
「え」
ナルは微妙な雰囲気になった後、結局怪談もしないことになったのも残念の一言で受け流したと思えば麻衣を廊下に呼び出す。一瞬麻衣が助けを求めるように俺を振り返ったが、ひらひらと手を振って見送った。これ以上は俺がいたら野暮だろう。
「ねえくん、麻衣と渋谷先輩って知り合いなの?」
「や、どうかな。今朝会ったんだよね俺たち」
「え~?でもどうして麻衣だけ?」
「んー……わかんない。俺ももう帰ろっかな、ばいばい」
「あ、ばいばーい」
二人がいなくなった途端に俺は女の子たちに取り囲まれたけど、なんとも言えない内容だったので逃げるべく帰宅宣言をして教室を出た。
しかしそうなると、麻衣とナルが廊下で話をしているところに遭遇する。
「言っときますけど、あたしだって被害者なんですからね」
「リンは君たちがカメラを覗き込んでいるから声をかけたと言った」
「!だ、だったら、くんだってそうじゃない!」
「え」
そろ~りと横を通り抜けて帰ろうとした途端、麻衣が俺を見つけた。
ぐいーっと学ランの裾を引っ張られてナルの前に立たされる。
「彼には一応カメラを守ったという功績がある。……もしカメラを壊されていたら弁償してもらうところだったんだが?」
「……ち、ちなみにいくらくらい?」
麻衣は俺を盾にしつつ、ナルに問う。
ナルは本来ピーと消されてた金額をさらりと述べたが、俺には聞こえない、聞こえない。
後になってあのカメラには保険をかけていて、そこまでの損害は出ていないというのは知ってるけど、カメラを守った俺、エライ。
俺と麻衣は二人で、ほ……と息を吐いた。
───しかしまてよ?確か麻衣はこのカメラの弁償を迫られて仕事を手伝うんじゃなかったか、と考える。
「えーと、渋谷先輩」
「なに?」
これはいかん、と考えた俺はなんとか取り繕う言葉を探す。自分の尻は自分で拭わニャ。
「リンさんはしばらく動けないんですよね」
「ああ、一週間くらいは安静にする必要がある」
「リンさん以外に人はいるんですか?」
「いたらこの子に頼んでいると思うか?」
「それもそうか……───麻衣」
「ん?え!?」
俺はすぐに背を向けていた麻衣に方向転換して向き合う。
がしっと肩を掴み、言い聞かせるように言った。
「手伝ってあげなよ」
「えぇ!?どーしてよ!?」
「麻衣が全部悪いとは俺も思ってないけど、渋谷先輩が困ってるのを見捨てたら、麻衣はきっと後悔すると思う」
「……ぅ……わ、わかった、やります、やればいーんでしょ!」
「えらいえらい」
ふー、どうなる事かと思ったぜ。
俺がカメラを守ってしまったからには、ここはおせっかい焼いておかなければ麻衣はこの仕事に関わる機会を失くすかもしれない。
ナルは麻衣に言い負けることも多いし、あまりにも麻衣が拒否したら拗ねて一人で仕事をしてしまうなんてことも、今ならありえなくもないだろう。
で、俺は、旧校舎まで二人を送り届けたところで自分の仕事は終了したと判断する。
「じゃ、俺は帰るな」
「「!!」」
麻衣とナルはどちらも、俺も手伝うと思っていたのか驚いた顔をする。
ナルなんて最初から俺に手伝いを要請していなかったのに、そんなに驚くことかねえ。
「ちょ、ちょっとまってよ、くん帰るってどういうこと!」
「だって俺、今日こそ風呂用洗剤買ってきてって頼まれてるから」
「一緒に手伝ってくれるんじゃなかったの!?」
「じゃあ、麻衣は洗ってない風呂に入りたいか」
引き留めようとする麻衣に、俺は懇々と言い返す。
実のところ風呂洗剤はまだ使い切ってはいないのだが、麻衣は単純なので言葉に詰まった。
やだろう、やだろう。
「だからがんばってね…………色々と!」
うんうん、とわかった風に頷いた後、俺は麻衣に応援の言葉を残す。
このがんばってね、はナルにさっき触れたときに見えた好感度が7%だったことに起因していた。
ちなみにこの好感度、どうやら肌が触れた時だけ見えるらしい。
何故それが俺に見えてしまうのかというのはおそらく、ネコのみぞ知ること……っていうか言ってた"加護"だろう。心底要らんのだが。
どうやら俺は乙女ゲームにおける、ヒロインへの好感度を教えてくれるキャラクターみたいなヤツってことなのだ。
異世界に来て、加護があるとはいえこんなもんか。と、がっかりしたが、あのネコ様のズレた感性を思えばそうだろうなと納得してしまった。
*
ゴースト♡ハント~旧校舎でのデアイ編~の開幕を見送った翌日、俺は麻衣に引っ張られて旧校舎に連れてこられた。こんなはずではなかったのに。
紹介されたぼーさんとジョンなんかは今後とも調査を共にする、うってつけの戦力だというのに、俺って必要なんだろか。しかしキャラクターの好感度を探れる距離にいるのは必要か、と言い聞かせる。
ちなみに荷物の受け渡しとかで触れたジョンは35%で、その数字が高いのか低いのかよくわからなくて悩んだ。いや、ナルとリンに比べれば高いけど、あんなにニコニコ笑顔で接してるのに半分以下なのかという落胆があったりして。でもこれはあくまでMAXに対する割り合いなんだろう。……そして上限に達したとして、絶対に結ばれるわけでもない。
とりあえず俺からのコメントは、もっと時間が必要だな!である。とはいえ麻衣に聞かれてないのに急に好感度の話も出来ないので、それを伝える機会はない。どういうシステムなんだろう。
以降の俺は、ただひたすらにキャラクターたちの肌に触れる機会を探るという、中々に変態的な目標を持ちながら調査の手伝いをこなした。
ちなみに意外とナルにはもう一度触れる機会があったので確認したところ10%にはなっていた。
頑張れ麻衣!まだ始まったばかりだ。
「───ショックやったようですでんな」
「だろうな」
真砂子が部屋を出て行った後、ジョンが誰もいなくなったドアのところを見ながら、ぽつりとつぶやきナルが同意する。黒田さんの襲われた発言から、録画した映像を確認する流れになっていたのだが、彼女が襲われた瞬間が映像に残っておらず、それを霊障だと判断した多くは真砂子の霊はいないと言う発現を誤りだと判じた。
その空気を感じた真砂子は、もう一度校舎内を見てくるといって出て行ったのである。
霊能力者は結局感覚で物を言うので、それが外れてしまった途端、信用を失う。どこか聞き覚えのある話を耳にしながら俺は反射的に立ちあがった。
「くん?」
麻衣や近くにいたナルは俺の唐突な動きを不審そうに見たが、俺は足早に実験室の出入り口に向かう。
「おーい?」
ぼーさんが軽く俺の肩に触れたが、それも軽く避けてしまったほどだ。
せっかくぼーさんの肌に触れる機会だったのに、勿体無い。───が、そんな余裕はない。
俺は廊下を走り、真砂子の姿を確認した途端に声を張り上げた。
「そこ、触っちゃだめだ!!」
驚いた真砂子が、びくりと身体を揺らした。
丁度壁に背を預けようとしていたところだが、足をもぞもぞと動かしてよろめく。
「あぶね」
「───きゃっ」
真砂子の所に辿り着き、手を掴んで引き寄せ安堵したのも束の間、真砂子は俺の肩に頭をぶつけた後、俺を突き飛ばすようにして逃げた。
よろめいて壁に背中と手を突いたのは、俺だ。
さっき真砂子が寄りかかろうとして俺が止めた、ベニヤ板みたいな薄い素材のもので簡易的に塞がれた壁である。
俺の身体を支えるどころか、俺の身体もろ共後ろに倒れていくのが不思議とゆっくりした時間経過で感じられた。
ニャーーーッ
脳裏で猫の鳴き声みたいなのを聞きながら、俺は落下した。
なんか、ネコ様からのメッセージ性を感じる……ネコ託ってやつ?理解はできないけど。
落下場所には廃材が積まれており、女の子が落ちたら大変だったのではないかと思う。……まあ男の子が落ちても痛いが。
暫く動く気になれなくて、俺が落ちたことに気が付いた面々が下りてきて顔を覗き込みに来るまでぼうっとしていた。
「大丈夫か!?」
「意識はあるわね?」
「頭とか打ってはりませんか!?」
ぼーさん、綾子、ジョンの心配そうな顔のその先を見る。つまり遠い目、というやつだ。青空と白い雲がある。
「……ぁ、……れ」
「!どっか痛みますか」
俺が何かを言おうとしているのを、ジョンが耳を近づけて聞き取ろうとしてくれたが、口からまろび出たのは「あの雲、ネコの形してる……」だった。
「……強く頭を打ってるようだな」
一瞬静まり返った後にしたナルの声は、どこか呆れていた。
救急車に乗る時、真砂子が俺の手を握ってほろほろ泣いていた。
一体何があったとナルが俺に聞こうとするのを、真砂子は涙ながらに「あたくしが突き飛ばしてしまったんですっ」と訴える。それはなんか語弊があるだろ。
「原さんが脆い壁によりかかろうとしてるのが見えて、止めようとした俺が乱暴に抱き寄せたの、驚かせちゃった」
真砂子に何かをしようとしたわけじゃない、と弁明したかったのもあるし、霊の仕業とかではないと伝えたくてナルに話すと、そうかと納得する返事はあった。
「本当にごめんなさい。あたくしを助けようとしてくださった人に、なんてことを」
「泣かないで、原さんが落ちなくてよかった」
「……っ」
手に触れていると、どうやら女の子の好感度も見えるらしく、真砂子の数字は60%だった。……麻衣って意外と真砂子からの好感度が高いんだ。ナルのルートでは恋敵みたいな感じになるのに。
まあでも、女の子同士だから好意的……ってこと?よくわからないなあ。
*
一晩入院し、土日を挟んで月曜日に学校に復帰したところ、朝から校長室に呼ばれた。
そこで暗示実験の対象になったので、興味津々で参加する。
実験の意図を知ってしまっているが、それはそうとして受けてみたい、という全く非協力的な態度で臨んだ。
多分、椅子を意識はしていたので暗示にかかったフリは出来ているんじゃないかな、と思う。
そしてその日の放課後に麻衣が旧校舎へ行くのに付き添い、ジョンと共に椅子の設置を手伝ってから解散し、翌朝はやっぱり麻衣に付き添って実験結果を覗きに行った。
俺の知ってる通りになるのを見守る一方、俺はついにぼーさんに触れることに成功し、その好感度が20%だと知った。低いなと思ったが、ぼーさんってそういえばナルやリンの次に難易度が高いのを思い出す。
「あたし我慢してあげてもいいわよ、年下でも」
あ、出た。
滝川さんの好感度はさておき、俺はいつの間にか例のシーンが始まってることに気づいて綾子の声に反応してそちらを見た。
「せっかくですが───残念です、僕は鏡を見慣れているもので」
綾子の口説きに対してナルのにべもない返答。ナルのあだ名の由来がナルシストだと、皆の認識に強く埋め込むにはこのシーンは必要不可欠だろう。
それにしたって俺は疑問なのだが、
「他の年下はなしなのかな」
ぽそっと呟いた俺に、今まで大笑いしてたぼーさんの笑い声が止んだ。
何気なく隣にいた麻衣に聞こえる程度で問いかけたつもりだったが、完全に皆に聞こえていた雰囲気である。
「お、おい、お前それどういう意味で言ってる?」
「え~……と」
信じられない、といった顔つきの滝川さん、そして麻衣、あと真砂子。───のみならず、ジョンやナル、リンまでまじまじと俺の顔を見てくる始末である。そしたらやっぱり綾子もこっちを見て笑っていた。
だって、俺は綾子推しだったんだ……!そして俺は今綾子より年下なんだ!気になるだろーが。
「別にどうこうなりたいわけじゃないけど、俺でも我慢してくれるのかな、って思って」
「ふうん?そうねえ」
「───やめとけ!?!?!?悪いことはいわねーから、コイツはやめとけ!!」
「ちょっと!!あんたがあたしの何を知ってるのよ!!」
next.
神様的存在のバックアップがついた異世界トリップかきたかった。転生前に神様と会う展開、加護付けられる展開など。
ビジュアルNEKO-CHANなのは私の好みです。
乙女ゲーム、ゴースト♡ハントというタイトルがヒドくてごめんね、私は乙女ゲームのタイトルはヘンな方が良いと思ってる。
ゆくゆくはALLキャラ総愛されな感じになりますがネタなのでとりあえずここまで。続きは書きかけ、未定です。(→続き書きました 追記)
せっかくサイトお誕生日なので何か更新したいなーと思い公開しました。
Aug. 2024