I am.


Oh my cat. 02

(麻衣視点)
あたしにとってはクラスメイト兼、隣人───のようなものだった。

天涯孤独の身空で東京の高校に進学することになって、初めて下宿に来た時、インターホンを鳴らして出迎えたのが彼。長い前髪で目元を隠していて、声がボソボソと小さく聞き取りづらい奴で、「ぁちゃんが───んで……ください」なんて言うもんだから「はい??」と聞き返したら無言で背を向けて建物の中に入ってっちゃった。
そしてあたしの来訪に気づいた先輩が出てきて改めて、食堂に通してくれて大家さんが来るまで話し相手になってくれた。
とゆーわけで、第一印象はかなり悪い。
そもそも、なんで下宿先に男がいるのって驚いた。でも彼は大家さんの孫で、中学の時両親がいっぺんに事故で死んじゃったって聞いて納得した。
少しだけあたしと似てるな、なんて親近感を覚えたりもしてさ。
……そんなあたしたちが、仲良くなることはなかった。
同じ高校に入る同級生だって聞いたから、入学式の日くらいは一緒に行ってくれるかなと期待してたというのに、一切そういうのもなく。ヤツはあたしのことを置いて家を出ていた。
そんなくん(そう呼ぶのは、大家さんと同じ苗字で紛らわしいから仕方なく……)はある日から急に変わった。
あれは、入学して二週間とかそのくらいだったと思う。
朝、いつまでも起きてこないからって大家さんにお願いされて仕方なく起こしに行ったら、既に起きていて、いつもは長い前髪に隠されている目がぱちりと合った。
最初は寝ぼけているのかなと思った。
でも食堂に来た時の様子も違った。いつもなら一挙手一投足が気だるげで、隣に誰かが居るのを出来る限り避けるように椅子を離して座るくせに、この時はそんなこともなかった。
極めつけは、大家さんによそってもらったご飯に、小さい声だけどお礼を言ったり、仏壇にお供えと挨拶しに行くように言われた時も素直に「うん」と頷いて席を立ったこと。
その後まさか、まさか、学校に一緒に行こうなんて言い出したのだ。

本人は、うっすら笑って心を入れ替えたと言うけれど、ほんとうに心が別人になったかのように違うの。
だってくんはあたしのこと、下の名前で呼んだことなんてなかった。

「なにやってんの?」
「お?」

今日も今日とて、くんは人当たりがよさそうな態度であたしの声に応じた。
放課後、校舎裏でしゃがんでる後姿を、ゴミ捨て帰りに見かけたのだ。
近づいていくとくんの足元には何かがいるみたい。
「猫?」
「なんかいたー」
骨ばった手は、輪郭が消えるくらい猫のフワフワなお腹に埋もれている。
野良猫だとしたら、こんな風に無防備になるなんて珍しい事だと思う。
「お前は猫なのか?それともネコ(かみ)様か?」
「猫と、ネ……?」
猫に問いかけているみたいだけど、何を言っているのかわからなかった。
「あったかいなあお前~」
「ここ、日当たりいいもんね」
喉をくくっと鳴らして笑うくんは、あたしの疑問には答えない。ま、いいか。
「麻衣は帰り行くとこあったんじゃないの」
「!!そうだった!」
指摘されて思い出す。一緒になって猫に触ってる場合じゃない。
すると、急に立ち上がった勢いに、猫が驚いたみたいでビクリと身体を起こして身構える。
「あっ、ご、ごめん驚かして!」
あたしは慌てて、猫にもくんにも謝った。
くんは気にした風でもなく立ち上がり、猫は走り去って行ってしまう。
「もう来てくれなくなっちゃうかなあ」
「また来るでしょ」
膝の裏を少し伸ばしているくんは、おっとり笑っていた。
最近本当に、よく笑うようになったなあ、とその横顔を見る。
長い前髪が風に靡いて、頬をくすぐっているみたい。普段は良く見えない目が、きゅうと閉じられたのが見えて、あたしはなんだか少しだけ恥ずかしくなって目を逸らした。

そのままくんは、あたしと一緒に教室に戻ると歩き出した。
話題ははじめ猫の話だったんだけど、次第にナルから数日前にかかって来た電話のこと、そして今日あたしが初出勤の予定であることに移ろう。
「ねえ、本当にくん、ナルのところでバイトしないの?」
旧校舎の調査を終えたナルが撤収した日の午後、旧校舎は倒壊した。
その数日後、不思議な体験を反芻してぼうっとしていたあたしに、学校を通じてナルから電話がかかって来たのだ。それであたしとくんは、ナルに渋谷サイキックリサーチのアルバイトに誘われたんだけど───あたしは応じて、くんは断った。
「だって俺、心霊現象とかに立ち向かえる気がしないし」
「それはあたしだってそうだけど……」
「いやあ麻衣はほら、生命力強そうだし、霊が逃げてくって」
「なんだとう?」
「それに俺、バイト先決めちゃったし」
「うそ!それ、初耳」
教室に入る直前にそんな話になったけど、そろそろ約束の時間に間に合わなくなるのであたしは「帰ったら教えて」と言ってくんと別れた。





(主人公視点)
旧校舎の調査が終わった後、麻衣はともかく俺までもがアルバイトに誘われたのは驚きだった。
確かに俺は彼らに接触して好感度を確認し、麻衣の恋路をサポートするのが使命だけれども。かといって、調査に参加するのは避けたいのだ。
いや、調査にも霊にも興味はある……けど、進んでいくにつれ危険度が増すし、死者も出る。罷り間違って俺が巻き込まれるなんてことがあったら、また違う世界に飛ばされかねない。

そもそも、ネコ(かみ)様からの加護が心許ないのだ……。
最近発覚したのだが、好感度が分かる以外に動物の、猫に懐かれやすいことと、猫の言葉が分かるというだけしか加護の実感がない。
試しに校舎裏に出没した猫に、手を伸ばしてみたら容易く身体をもちもちさせてくれて、「やめろぅ、やめろぅ」とまんざらでもなく喜んでるのが分かった。……可愛いが俺は犬派だ。
あと多分だけど、本筋と流れを変えると俺が巻き込まれる可能性がある、というのも懸念事項だ。
以前、真砂子が旧校舎の二階から落ちるのを阻止しようとしたら俺が落ちた。あれは事故のようにも見えたが、世界に干渉した罰のような気がした。だってネコ(かみ)の声が聞こえたもん。きっとそうニャんだ。

というわけで俺はナルのアルバイトの誘いは断った。
でも接触はしたい───と考えて、俺はあるところのバイトに応募して見事採用されたのである。

「こんにちは」

渋谷サイキックリサーチとすりガラスに印字されたドアを開けると、上部についてたベルがカランコロン、と上品な音を立てた。
くん!?どうしてここに」
中にいたのはナルと麻衣。
怪訝そうな顔をしていたナルをよそに、麻衣が驚きこっちに駆け寄ってくる。
「差し入れで~す。ここのすぐ下にあるカフェ、俺のバイト先なんだ」
「え!?」
俺の手にはテイクアウトしたコーヒーが入った紙袋が握られていた。
「麻衣からオフィスの場所と今日初出勤って聞いてたし、丁度いいから挨拶に来たんだ。俺のおごり、渋谷さんと麻衣とリンさんの分ね」
「……どうも。僕が誘った時には既に採用されていた、というわけか」
「そう~」
まあ断った理由それだけじゃないけど、と思いながらナルの追及から逃れる。
心象悪くするわけにもいかないしな。
「ご近所のよしみで、どうぞご贔屓にお願いします。俺がいる時に来てくれたら、割引クーポン使えるから───あ、リンさん」
ナルと麻衣にとりあえず営業かけていると、麻衣が大声を出したからか、それともたまたまか、別室に繋がるドアが開きリンも出てきた。
俺は紙袋を開けてひとつ、コーヒーを出してリンに近づく。
「リンさん俺下のカフェでバイトすることになってるから、これお近づきの印にどうぞ」
「???」
そっと手を取り、ほぼ押し付けるように渡した。
そのついでに好感度を確認すると、9%である。低いなぁ~~~、と思ってたら12%に上昇した。麻衣が来てることに気づいて上がったんか?こういうのって会えばちょっとずつ上がるモンだしな。
ひょっとしたら、俺がチェックするときに数値が更新されるのかもしれないし。
「あ、俺のシフトは、土曜午後、水金夜って感じだからよろしく」
本当はナルにも手渡ししたかったが、今わざわざ同じことをするのは不自然な気がして断念。とりあえずシフトだけ伝えてその場を辞した。

麻衣には後で、もっと早く教えてよと言われたけれど、なんとなくサプライズがしたかったのだ。



カフェの営業をかけてはみたものの、正直ナルとリンがカフェに来ることは期待はしていなかった。俺が定期的に麻衣をダシにして、差し入れに行ったり、迎えに行ったりすれば多少顔を合わせられるかなと思ってた程度である。
所謂『物語』は約二年の長さで、次の調査依頼が夏。ぼーさんやジョンと再会するまでには三ヶ月あるのだから、長い目で見たほうがいい。
そういうわけで、とりあえず顔見知りになり行動範囲が被りそうなポジションを狙ってカフェでのバイトを決めたというわけだ。

だが実際のところ、ナルは二週間後の金曜の夜、俺のバイトするカフェにやってきた。
わあ、意外。……と思いつつも、コーヒーが美味しい店だもんなと納得する。
麻衣から聞いてる話では、バイト中はお茶をいれさせられているそうだが、インスタントとか、できてドリップとかなのだろう。カフェでは一応飲む直前に豆を挽いて出すので一段階は上質なコーヒーを提供できるはずだ。
「いらっしゃいませ。空いてるので、どこでもお好きな席におかけください」
きた~うれし~!とはしゃいでツツきまわしそうになるのを堪えて、俺はナルににっこり挨拶をする。
ナルは何を言うでもなく頷き、視線をさまよわせてから店内を歩きだした。
それを俺は横目に見て、座った席を確認してから、水とコースターと、おしぼりを用意する。

「お冷とおしぼり、こちらがメニューになりまぁす。ご注文がおきまりになりましたら───」
「この間差し入れてくれたコーヒーと同じものを」
「……かしこまりました」
ナルは俺の渡したメニューを見ることなく、さらっと注文を言う。
次回以降のために一応豆と淹れ方を知っておいてほしいので、さりげなく説明はしておいた。
「メニューはおさげしてもよろしいですか」
「ああ」
「では失礼します」
俺は一礼してナルの席を後にする。
そしてオーダーをキッチンに流しにいくと、一緒のシフトに入っていた大学生の先輩が、えらい顔の良い客だったと感心していた。そうだろう、そうだろう。

ちなみにその日、帰るナルにレシートを渡そうとしたら不要と言われたのだが、俺は裏面に自分のメッセージアプリのIDを書いて渡しながらナルの手に触れた。
好感度は20%だった。……麻衣よ、着実に進んではいるからほんと、がんばれ。

後で思い返したらとんでもないナンパ野郎だったのでとても後悔したし、ナルから連絡は来ていない。





ある日のバイト帰り、路地裏の暗がりから、なにやら声が聞こえてきて足を踏み入れる。
このニャゴニャゴした声は確実に猫である。近づけば近づくほどに、猫の声の奥に俺が聞き取れる言葉が滲み始めた。
縄張り争いでもしているのか、一匹の猫がかなりキレてた。やだ、猫集会ならちょっと聞いてみたかったが、オラオラ喧嘩だったら別に関わりたくなかったかも……。
そう思って後ずさろうとしたところで、俺は相手の猫が「あう、あう」とビビり散かして言葉にもなってないのが可哀想すぎて足を止めた。
わざと足音を立てて駆けこんでいくと、脅していたほうの猫は警戒心が強くて、すぐに俺から距離をとって逃げて行った。
だが怯えていた猫はビクゥと震えた後、あろうことか俺を見上げてモジモジするではないか。───駄目だコイツ、野良猫として致命的である。
確かに俺は猫に懐かれやすいが、だからってこういう緊迫してる状態ではさすがに生存本能で逃げて行かんかい。

……!」

んにゃーとか細い声がしたと思ったら、その奥底で名前を呼ばれた。
「え……?」
猫は俺の足もとに駆け寄ってきて、しがみつく。
灰色の毛並みに、そんなに大きくない感じからしてまだ若い猫なんだろう。子猫って程小さくもないが。
「なんで、俺の名前」
「僕の言葉がわかる?ネコ(かみ)様が言ってたとおりだ……!」
思わず屈んで手を出すと、猫は俺の掌に頭を強く擦り付けてくる。
ネコ(かみ)様……え、お前ネコ(かみ)様にあったのか?」
「うん、そうだよ。僕は君と同じで、元は人間だったんだ」
「!!」
猫は、くあっと口を開けて教えてくれた。
元人間で、死んでしまったところまでは俺と同じだが、その後ぼんやりとした意識でこの世を見ていたところ、急に起こされてネコ(かみ)様にあったという。
ネコ(かみ)様は(たぶん)彼に、この世での役目を果たせと言ったらしい。それが何なのかは言わなかったが、役目を果たすにあたって猫の姿で現世に戻ってこられた、とのこと。───話を聞いてる限りでは、この世界の人間だったんだろう。
「俺の話はどのくらいネコ(かみ)様から聞いてた?」
「こことは別の世界で生きていた人で、本当はまだ寿命が残っていて、それを全うするために来たって」
ほぼ全部じゃねーか。俺は遠い目をした。
まああのネコ(かみ)様がプライバシー保ってくれるなんて思ってなかったけどね。
「それで、俺は何をしたらいいわけ?」
「いや、何をしてほしいというわけじゃないんだけど……僕も急に身体を与えられたからどうしたらいいのか」
「そうだな、急に野良猫に喧嘩吹っ掛けられてたしな」
「……怖かった」
「人間にしてくれればよかったのにね」
「僕は人としての寿命が尽きてるから、それは難しいらしい」
「なるほど、なんかその、俺……無神経なこと言った」
「そんなことないよ。君だって、辛いよね、元の世界とは違う場所で生きるなんて」
「あー……でもまあ、前の世界のこと、あんまり覚えてないんだよな」
この世界のことはゲームだったこと、そのゲームの内容は覚えているが、それ以外のことは曖昧だという不思議。それは彼に言うつもりはないけれど。


多分、この猫は俺を頼ってやってきたくせに、頼って良いのかわからないでいるらしい。
あと実は、さっきから話の節々からとある可能性を感じているのだが、どうにも確信が持てない。
俺が急にそんなことを聞いたら変だし、かといってこの猫も自分から言うとは思えないから───
「とりあえず、俺の猫になるか?お前」
「え」
ひょいっと猫を抱き上げ、尻の下を支えて腕に乗せる。
猫は目を真ん丸にして驚いて、しっぽをしびびっと震えさせた。不快や不機嫌にも見えるがこれは多分感情がついてってないやつだ。
暴れる様子はないので、鼻をちょんっと指で押す。───そしたら、猫の傍にハートが現れた。……55%───最初からこれ?高いな!?
いや、そんなことより。好感度が表示されるってことは攻略対象であり、麻衣にも過去接触しているってことで───やっぱりこいつ、ジーンだ。

「い、いいの?」
「いいよ、猫一匹くらいならばあちゃんも、寮生も許してくれるでしょ」
ビー玉みたいにつやつやした目が、俺を見つめる。
身体に沿うように抱き寄せて、前足が俺の肩に乗るようにした。そして背中をぽんぽん、と撫でてあやす。
途中寮生という言葉にひっかりを覚えたようだが、いわゆる"女子寮"であり祖母が大家であることを話すと一応の納得をもらえた。
「言うまでもないルールだけど、俺の部屋か共用スペース以外は入ったらダメね」
「うん、入らない」
「飯とトイレを用意するだろ、あとは───お前オスだよな、去勢手術も、って、アーッ」
元人間の猫を飼う上で必要な約束や計画の話をしていたが、突然腕の中から逃げられた。
「ニャァーーッ!」
言葉になってない叫び声をあげて、人気のない路地裏だったところから人の行き交う雑踏へと飛び出そうとしている。
「あぶな、」
「!?」
人に蹴られたり、車に轢かれるだろうと声をあげたところで、突然前に現れた人間の足が猫を目に止めてビク、と立ち止まる。
「助けて!リン!!」
ジーンは勢いよくその人の足に飛びつき、器用にその人間の身体に登って行った。
つーか助けてとはなんだ、助けてとは。しかもリンって───

「え、リンさん?」

ジーンがしがみついてるのは、リンだった。突然の猫、そして俺という存在に驚いて言葉を失っている。
「ご、ごめんなさい、別に虐めていたわけではなくてですね!?うちの子になるかって話をしてて」
俺はとにかく、ジーンを剥がそうと近づく。
「……そうですか、ではお返しします」
リンはやや困惑していたが、猫の胴体を掴んで離そうとした。
だが、ジーンが爪を立てているため、リンのスーツが一緒に引っ張られる。
俺は思わず「あ、こら、ジーン、爪!スーツが傷つく!」と言うと、二人(一人と一匹)は動きを止めた。
その隙をついてジーンの爪とスーツの間に指を滑り込ませて、引っ掛かりを解く。そして前脚がぱっと離れたところで、リンの手ごとジーンを掴んだ。
チラ、とリンの好感度を確認すると数字が12%→18%になるのが見える。なにもいうまい。

「巻き込んでしまってすみません、…………ジーン、お前が嫌なことはしないから、飛び出してなんて行かないで。車に轢かれでもしたら、どうするんだ……」
とりあえず誤魔化すようにリンに謝り、スーツの状態や猫の毛がついてないかを確かめつつ腕に抱いたジーンを安心させるべく撫でる。ジーンはわかってくれたらしく大人しくなった。
「……その猫」
「うん?」
「いえ、なんでもありません。私はこれで」
リンは何か聞きたそうにしていたが、何も言わずに去った。
例えジーンの名前に聞き覚えがあったとして、偶然としか思えない組み合わせだろうから聞いてくる理由はないだろう。
しかし猫を気にしていたから、もしかして……、
「リンさん猫飼いたかったのかな……ジーン、リンさんちの子になる?」
「ならないよ」
その瞬間しっぽがぴしゃんっと鞭のようにしなったので、これはおそらく猫の生態通り不快という感情を表したのだろう。
元知人に飼われるのは嫌だな、ウン。



「───どうしたの、その、……猫……?」

バイトから帰って来た麻衣は、出迎えた俺とジーンを見て目をまんまるにした。
主にジーンに目が釘付けである。
既に何人かの寮生を出迎えていて、皆挙って手を出してきてカンワイイと撫でているので麻衣もそうなることかと思ったが、一歩のけぞった。

「猫アレルギーとかある?」
「ないけど」
微妙に距離をとりながら靴を脱ぎ、下足箱に入れる麻衣の様子を観察する。
麻衣の視線は泳いでおり、俺を見たりジーンを見たり、宙を見て変な顔をしていたり。
「今日路地裏で野良猫に喧嘩売られてたところが可哀想で拾ったんだ」
「えぇ、そりゃ大変なところに遭遇したね……」
「ンーニャ!」
抗議の鳴き声が入ったが続ける。「それ言わなくてよくない?」だと。
「ばあちゃんは自分で世話して、寮生全員がOKならいいよって。あとは麻衣のお許しが出ればいいだけなんだよなあ、ジーン……麻衣にご挨拶」
「麻衣、お願いだ」
「ウッ……」
ジーンは俺の合図に従いルルッと鳴く。これで寮生はイチコロだったが、麻衣はいかに───。


結果、無事許可を得られた。
にしても渋々みたいな、胡乱な顔つきだったが、なぜだろう。

「麻衣とは一度会っているんだ、だから驚いたんだと思う」

ジーンは部屋に入ったあと俺の疑問に答えた。おそらく旧校舎でのジーンとの遭遇が猫だったのだろう。夢で見た猫(恐らく喋った)が目の前に現れたのだから心中お察しする。
まあ同じ顔をした別の表情を浮かべる人間でも、中々混乱するだろうが───あれ、これってかなり原作の流れを変えているのでは?と思ったがジーンが猫の姿をしてるのはネコ(かみ)様の思し召しなので俺に咎はないよな。
「ところで、ジーンって僕の名前?」
ジーンを抱っこしたままなんとなく背中を撫で続けていると、突然の追及が俺を襲う。
しまったァ、慌てて呼んだからそのまま呼び続けていたァ。
「何となくそうだと思って」
「……は、僕のことを知ってるの……?」
「どうだろう。違う名前が良かったら付け直そうか?ジジ、カーヤ、にゃんこ先生、おすすめはユメタロウ」
「えぇ??……最初の、ジーンが良い」
「そっか」
誤魔化しに乗ってくれたのは、おそらくジーンが俺に自分のことを話せないからだろう。おおかた俺を巻き込まないようにとか考えているのかもしれないが、まだ出会ったばかりなので仕方がない。
それでもジーンが自分でそう呼んで良いと言ったのであれば、きっといずれ知る日は来るだろう。お互いのことを。





(リン視点)
東京都郊外にある森下邸にやってきた初日、荷物を運びこむ際になにか違和感がある気がしていた。
視界に動く何かがあったような、しかし目を向けてみると何もない。視線を感じたようだがやはり何もない。霊かもしれないが、計測をするかどうかをもう少し考え───「キャア、何!?」───ようとして、聞こえた悲鳴に身構えた。

バンから荷物を下ろしていた谷山さんの声だった。
ナルも私もその声に反応してバンの中を覗き込もうとしたが、影が飛び出してきて一目散に走り抜けて行ってしまった。
「……猫?」
ナルはその後姿を見て、怪訝そうにつぶやく。
確かに、今飛び出して行ったのは猫だった。しかも、どこか見覚えのある色合い。

「ジーンだ……絶対ジーンだった!!!」
「なんだって?」

谷山さんは「どうしよう!!」と混乱している。
ナルは偶然『ナル』を言い当てられた経験があるため、谷山さんの口にする『ジーン』という響きに警戒した。
「ウチで飼ってる猫なの!ジーンっていうんだけど……勝手についてきちゃったのかも、……こんなことありえる!?」
「……さっきのを見てありえないとは言えないな……とにかくさっさと捕まえてこい」
「谷山さんの飼い猫?」
二人の会話に耳を疑って、思わず口を挟んだ。
私の記憶が確かで、あの猫がジーンという名前であるなら尚更、谷山さんの猫だということがわからなくて。
「なんだリン?」
さんの猫ではないのですか」
「え、どうして知ってるの?うちに来た事あるわけ、ないよね……?」
「二人は同じ家に住んでいる……?」
さんと谷山さんはその苗字からして赤の他人であることは明らか。しかしなぜ家で飼っている猫が同じなのかと思っていたところ、谷山さんはさんの祖母が営む学生寮に住んでいる為、飼い猫と言ったのだった。
それを聞いて、何をそんなに気にしていたのかと戸惑う。
谷山さんとさんが同じ家に住んでいようと、どうでも良いはずなのに。

「話が解決したならさっさと猫を探しに行け」

ナルが改めて谷山さんを叱り飛ばした後、私は何事もなかったように荷物を運び入れることに専念した。
ナルの視線はやや痛かったが、彼もまた多くを言葉にしない性質であるため、私に言及してくることはなかった。


さんの飼い猫であるジーンは結局いつまでも見つからず、谷山さんはさんに電話で連絡をしていた。
『朝からいねーとおもったら……あいつ』
「ごめん、あたしの不注意だ」
『麻衣は悪くないよ、飼い主である俺の責任……ってことで。近くに渋谷さんいる?』
「うん、いるよ」
日が暮れる前、ベースで電話をしている谷山さんの横には私もナルも、偶然調査に居合わせた滝川さんと松崎さんも同席していた。
ほとんど電話の内容が聞こえてくるので、ナルは名前が出たことで首を傾げる。
「なにか?」
『渋谷さんごめぇん。俺もそっちに行きたいんだけど依頼人の方に一声かけておいてもらえるかな』
「ああ、それなら問題ない。住所は送っておく」
『え、あ、ウン??あ~きた、マジか。ははは』
谷山さんのスマートフォンをとったあと、さんと会話を始めたナルは自身のスマートフォンを操作しだした。
電話口の声からして、ナルがさんにメッセージを入れたらしいことはわかる。
『───前に渡した連絡先、登録しておいてくれてたんだ?』
さんは少し笑った後、柔らかな声で言う。
ナルと連絡先を交換する機会があったことは疑問だが、その口ぶりからして事実らしい。さんがナルにそれをする意味はわからないが───また、思考が乱されるような気がして振り切った。





(主人公視点)
ジーンが脱走した。バイトの休憩時間に麻衣から『どうしよう!!!』と電話がかかって来たことによって判明。
見間違いじゃない?と言ってあげられる状況でもなかった。

夏休み初日から麻衣が調査の為数日留守にすると聞いていたけれど、あいつやりやがったな……。麻衣が出た後いないなと思っていたけど、俺も朝からバイトに行かないといけなくて、よく探さなかったのだ。
ジーンはちょっと危なっかしいけど、普通の猫とは違うのでそんなに心配しなくても大丈夫だろう。いや、かなり心配ではあるけども……。
とりあえず飼い主の責任として、バイトが終わった後にナルが送ってくれた住所へと向かう。


森下家に着いたのは夜19時だった。住人である香奈さんと典子さん、そして礼美ちゃんをナルに紹介してもらい、彼女たちが「猫ちゃん心配ね」と同情してくれたので滞在の許可は出た。
麻衣と同じように仕事を手伝うという条件はあるが、この際しかたない……ジーンも多分、すぐには帰りたがらないだろうし。

「うちのジーン知りませんか」

ベースに顔を出すと、ぼーさんと綾子がきょとん、とした顔で俺を見た。
そして「残念ながら」「からっきし」と返す。わかっていたことだ……。
「好奇心旺盛な猫だのう」
「うちの猫、霊感あるから」
「猫ってそうなのかしらねえ」
ワハハ……と冗談めかして布石を打っておく。いつか使うことになるかもしれんし。
「くだらない話をしている暇があったら、猫を探しながら温度を測りにでも行ってきてくれ」
案の定ナルには一蹴された。



さて、ジーンは調査中俺の前には姿を現さなかった。俺の前に『は』な。
つまり麻衣の前には姿を現したようで、仮眠に行ったはずの麻衣がバタバタと騒ぎ出したので何事かと思えば「ジーンいた!!!」とのこと。
「ネコシャベッタ」とは言わない当たりわりと冷静である。
多分、麻衣の前に現れるいつものアレで、ジーンは何らかのヒントを麻衣に与えているはずだ。礼美ちゃんのことを警告してるんじゃなかったかな、と。
俺は一応、探さないのも変なので家中ジーンを探して歩き回ってみることにした。

さん、猫はおまへんでした」
手分けして一緒に探してくれた、途中参加のジョンがしょんぼりした顔で俺の元にかけよってくる。なんだか悪いなと思ってぽんっと肩を叩いた。
「ま、そのうち出てくると思うから」
「せやけど、ご飯とか食べてはるんでしょうか」
「むしろ腹空かせてくれた方が、エサで呼び出せるんだけどねえ」
「ああ、そうですね」
実のところジーンは普通の猫じゃないので食事は不要なのだが、家で猫を飼うにあたってトイレや餌の準備がないのは怪しすぎるので、一応猫飼いグッズを時々買っている。(ちなみに餌は時折入れ替えないと駄目になるので、小分けにして持ち歩き、野良猫にあげて消費するのだ。)
本当に猫を飼うよりは安上がりなので、そこまで出費も痛くない。ネコ(ねこ)様へのお賽銭だと思ってる。
「それにしても、調査は大変みたいだね」
「っえ、あ……そう、なんですやろか」
正直ジーンの行方より、調査の進捗が気になる俺は、もう一つ探りを入れなければいけない事柄がある。もちろん好感度の件だ。服を着ている肩や腕、髪が生えてる頭とかに触れても加護が適用されないようで、中々確認が難しいのである。やっぱ肌じゃないとダメみたいだ。ジーンも毛皮はだめで鼻ならイケたんだけど。
なので、ジョン相手ならなんとか誤魔化せるだろうか……と、さりげなく指を掴んで話しかけてみた。
現れたハートはややピンク色に染まってぶるぶる震えて……数字が35→40%へと移り変わる。
あまりにオサワリを続けてたら変なので、それを確認するだけしてすぐに手を離した。
「そうなんですやろかって、ウフフ」
「あ、あはは」
自分の手を口元に持ってきて、笑ってみる。
この確認方法、やれるにはやれるが、何度もやれるものではなさそうだな。ジョンは今のなにカナ、気のせい……カナ?と目を白黒させていた。
許せ、もうやりません。
腕を、磨かねば───。




ちなみにジーンは調査が終わって帰る時になって、俺が庭に向かって「置いて帰るよォ!」と呼びかけたら出てきた。
「え……?」
「なに?滝川さん」
「滅茶苦茶あっさり出てきたじゃん」
ンルルッと鳴いて俺の足もとに来たジーンを抱き上げていると、ぼーさんがちょっと手をだしてくる。ジーンは「や」って身体を捩っているけれど、これはちょっとした罰なのでぼーさんに撫でさせちゃる。
「さすがに置いて帰られたくはなかったんだな~」
どさくさに紛れてぼーさんの手に触れるべく、生贄だ、ジーン。
そうやって確認したところ、ぼーさんの好感度は25%である。ジョンといいぼーさんといい、多分普段から絡む機会が多くないから、回を重ねるごとに5%ずつ上がっていくという仕組みなのかも。あとはイベント次第かな。ぼーさんは今度の調査が依頼人と近いし、ジョンからは教会の依頼を受けるから、その辺で親密度は上がりそうだけれども───とにかく、頑張れ、麻衣。


「さて。とりあえず会えてよかった、けど、ジーン?」

少し低い声を出して、腕の中でごろんとしていたジーンを見下ろす。
目を真ん丸にして固まってるので、俺の怒りはわかっているらしい。
「お前はもっと、"俺の猫"という自覚をもて」
顎の下を人差し指でつついて持ち上げて、言い聞かせた。
「次こんなことをしたら、お尻叩きだからな」
「───んにゃぅ」
返事なのか思わず出た声なのかはわからないが、ジーンが鳴いた。
いつしかシーンと皆も静まり返ってこっちを見ていたので、猫に対してマジで言い聞かせてる……と引かれたのかもしれん。




end.



続きました。ジーンは安定のネコチャンです。安原修まではいけませんでした。
私はナルとジーンをネコチャンにするのが好きすぎる。
今回は人との好感度よりはジーン優先だったような……。今後どうなるかは相変わらず決めていないのですが、いっそのこと境遇が似ているし、ジーン落ちもあり得るなと思えてきました。ちなみにジーンは俺の猫♡発言にメロってる。
主人公はお気づきではないが、ちゃんと麻衣ちゃんとのラブコメは始まってた。真砂子ちゃんは今回お休み(森下邸で抱き留めているかも)です。
Nov. 2024

PAGE TOP