I am.


DADDY - Red Eyes 21

(ナル視点)

目覚めて一番の景色がいつも泊まっているホテルの部屋だったら、きっと全部夢だと片づけていたかもしれない。昨日は現実味のない一日だった。
今、起き抜けの僕の目に映るのは、胸の上で無防備に寝息を立てる小さな雛鳥と、僕ごと温めるように羽を広げて寝そべる大きな金色の鳥の姿。───これが、ジーンと叔父であることは昨日目の当たりにした。

寝ころんだまま、尾の先に向かってグラデーションのように緋色に染まっている羽毛を目で辿る。
昨日空を飛んでいた時はまるで炎のように揺らめいていたが、今は白いシーツの上で雄大な流線を描いている。朝日を受けてより一層の輝きを放つその姿は、まさにこの世の者とは思えないほど───美しい、と表現すべきものだろう。
雛になったジーンをどかすために腕をあげようとすると、叔父の方が気づいて頭をもたげた。おもむろに羽を動かしながら、僕に顔を摺り寄せる。
橙色の嘴で僕のこめかみを優しく啄むのは、挨拶のキスと同じことなのだろう。
「起きる」
叔父は僕の声に反応して、僕の胸の上で大の字になっているジーンを嘴で転がした。するとジーンはシーツの上で寝返りをうてず足をばたつかせて助けを求める。
そんな鳥たちの身体を掻き分けでベッドから這い出た。叔父がまたしてもジーンを転がして落ち着かせたのが後目に見えた。
大きく嘴を開くジーンに対し、叔父の嘴もそこへ重ねられる。それはまるで給餌するような光景だが、実際生まれたての雛には同族が魔力を注いで成長を促すらしく、同じことだろう。ジーンは今、貪欲に魔力を喰らっている最中だ。

寝室を出て顔を洗ってからリビングへ行くと、叔父が人の姿でそこにいた。キッチンで朝食を用意しようとしており、ジーンはカウンターに置かれた籠の中で大人しくしている。
僕はカウンター越しに、脚の長い椅子に座りながら叔父に声をかけた。
「僕の分ならいらない」
元々朝食をそんなに食べないことを知っている叔父は、野菜の入ったスープが出してきた。
「お前は人間の身体だから、少しは食べないと」
この口ぶりからして、叔父は違うのだろう。
そういえば、不意打ちで見た時の冷蔵庫がほとんど空だったことを思い出した。
今までは僕たちや、養父母と席を共にするから食事をとっていただけなのかもしれない。
「人間の身体でなければ、食べなくても平気?」
「嗜好品って感じかな。生きるのに必要なのは魔力という燃料くらいで」
「便利な身体だ」
僕の半ば本気の感想に、叔父は小さく笑った。
今更自分が純粋な人間ではないと言われてもいまいち実感が沸かないし、生活を変えようと思ったことはないが、食事をしなくても生きていけるならば、是非そうしたい所だと。
聞けば、食事どころか睡眠もほとんど必要なく、身体も丈夫らしい。その時間を研究にあてられると考えると、彼の生態はこのうえなく魅力的だ。
そんな、僕の不純な思考は叔父にあっさりと見破られた。
「考えてることが手に取るようにわかるよ」


スープを飲み終えてから、今後のことを叔父に尋ねることにした。
ジーンをどうするのか、養父母へはどう報告するのかが一番の気掛かりだ。
さすがにこの状態でジーンが見つかったとはいえないだろう。僕の口から、ジーンはおそらく死んだということまで話してある。
「ユージンはまたぼくが育てる。ルエラとマーティンには死んだということにしたままでいいだろう」
そうだろうな、と僕は頷く。
ジーンを探し出した後、蘇ることも見越していたはずの叔父が、僕にジーンの死を証言させたのは意味があることだと思っていた。
例え恩があり、理解のある養父母であっても、まさか叔父と僕たちが人ならざる者の血を引いているとは明かせないだろう。この状態のジーンを見せるなど、もってのほかだ。
叔父にとってはジーンが一度死んだ時点で、人の世で暮らす選択肢をほとんど失くしたも同然だった。
蘇ればそれは立派な不死鳥に他ならないのだから、当然ともいえる。
「ナルは頃合いを見て、ジーンの捜索を諦めたふりするように」
「……」
ふと投げられた指示に、何かが喉を閊えた。返事もしない僕に、叔父はゆっくりと首を傾げる。
「いや?」
感情を問われて、返答に迷った。───サイコメトリの能力でジーンを探すのは途方もない労力だとわかっていた。実行に移すために、苦労した過去がある。それを"諦めた"と見切りをつけるタイミングが、自分の中ではよくわからない。
何か事実や事情が発覚したり、途方もない年月が経てば自然とそうなるのだろうが、例えば現時点であっさりと叔父のいう通りににするのは、自然ではない気がする。この程度の期間で諦めるのは、あまりに短絡的過ぎる。
頃合いを見て、という期間に具体的な指示はないから、暫くはジーンを探しているふりをしたままでいることにしよう。
「……いずれはそうする」
「うん」
感情をやり込めた僕に対し、叔父は小さく頷いた。
この時、いつの間にかジーンが籠から抜け出して、僕の手元に転がってきた。自然と手の中に納まる生き物を見つめる。
温かくて、小さな生き物らしい激しい鼓動が指先を通して伝わってきた。今この手の中に神秘があると思うと妙な高揚が沸き立つ。
昨日から体力が底をつきて眠るまでずっと叔父を質問責めにしたが、聞きたいことは尽きないものだ。
「叔父さん、ジーンはこれからどうやって育つ?」
「うーん、ある程度魔力が溜まると、一次成長がきて大きくなるかな。人の姿をとれるのもその頃だと思う」
「最初は雛の姿だけ?」
「そうだよ。お前たちは人間の子だったから赤ん坊から育ったけど───ああ、兄がお前たちを同族と見なさなかったのも、これが要因かもな」
思わず、え、と声を漏らして顔をあげた。
カウンター越しに、キッチンのシンクに手をつく叔父は、苦笑いを浮かべた。

魔族全般にも言えることらしいが、不死鳥の一族は同胞に対する結束が顕著だという。仲間意識、家族愛と言えば聞こえがいいが、種族の繁栄や保存というものに関わっているそうだ。
本来の魔族の出生は混沌から始まる命とされていて、ほとんどの生体に生殖機能はない。だから新しい命の誕生は人や動物よりも稀少で、誰の意思も介在できない。
中でも不死鳥は本当の始まりが分からない生物であり、古来より循環する命を育て合いながら種族を継承させてきた。排他的な性格になるのも無理はないだろう。
だから僕やジーンが魔族の父と人間の母からいかにして生まれたか、それはただの魔族の誕生よりも厄介で、叔父の言葉を借りるならば"禁忌"に値することになる。
その結果、生まれた僕たちが一見するとただの人間だった───。魔力自体は有していたらしいけれど、人の赤ん坊として生まれた時点で遅かれ早かれ命が長続きしないと見放され、人と暮らしていた叔父の元へと押し付けられた。
言葉にするとそれは残酷にも聞こえるかもしれないが、事実は違う。

「叔父さんに預けられたのは幸運だったわけだ」
「え……?」

魔族としては弱く、人としては異常な僕を、守り育み、人の中で生きていけるように知識を与えたのは彼だ。
『人でなし』と、ずいぶんな事を言った経験もある。それは事実だったとして、本当の人ではない者たちと比べるといかに違うかを痛感する。
そもそも人だったとして、親戚だったとして、七年あまり子供二人と病人一人を養育した人にかけて良い言葉ではなかった。
報いになるかはわからないが、せめて誠実な感謝は捧げたい。

「育ててくれて、ありがとう」

そんな思いから礼を告げれば叔父の緋色の瞳は驚きに見開かれた。それから目じりをほんのりと赤く染めて笑う。喜んでくれているのは一目瞭然だったし、その後抱きしめられるのも当然だった。





東京のオフィスに顔を出したのは翌日。リンと麻衣が出勤してきているのはわかるが、ぼーさんやジョン、松崎さんと原さんまで揃っていた。
いつのまにか恒例のように行われる慰労会が、今日だったらしい。あまり騒がしいのは遠慮したいのだが、僕と叔父が調査の最後に突然帰ったことで、謎の顰蹙を買っていたようだ。
「急に帰ったって聞いてびっくりしたぞ」
「大丈夫やったですか?」
「いったいどんな緊急事態があったのよ」
「もう済んだのでお気遣いなく」
上から順に滝川さんとジョン、松崎さんが探るように声をかけて来るが、当たり障りない返答で躱す。
一部の者たちは僕に所長としての責任を果たさなかった、と言ってくるがあの時既に呪詛返しは終わり、麻衣からの報告も受けていたので解決自体はしていたとみていいだろう。
残るは撤収作業と依頼人への報告だけだったので、リンに任せて何ら問題は無いはずだ。彼らに批難される謂れはないが、おそらくそれをダシにして僕に理由を言い訳させようという魂胆だ。しつこい視線や声が絡んでくるのが面倒くさい。

「───ナル」

いっそ全てをはねのけようとしたその時、背後でドアが開く音がした。同時に僕を呼ぶ声がするので振り返る。
そこには、僕をここに送り届けて帰ったはずの叔父がいた。
手には紙袋を持っていて、そういえば叔父の部屋から借りるはずだった本をあれに入れたのだった、と思い出す。
「わすれもの」
「ああ」
短くやり取りをしただけだが、普段声を発しない叔父の一挙手一投足は皆の視線や関心を奪うにはもってこいだった。いや、そうでなくとも叔父は不思議と人の目を引くので、こういった注目は珍しいことではない。
「あ、おい、サンや」
人前で口を開きはしたものの、周囲に目をくれず帰ろうとしていた叔父は、ぼーさんに引き留められて足を止めた。
声をかけられて無視する程、本来の叔父は人当たりが悪くはない。
以前僕と交わした周囲と会話をすることを禁じる約束は、調査への同行が条件だったので今は無効であることも大きな要因だ。
ドアノブから手をはなした叔父は、身体ごとオフィスの中を振り返った。ソファに座っている面々を自然と見下ろす。
どこか気品のある優雅な物腰と、まさか応じるとは思っていなかったであろう驚きによって、ぼーさんのみならず周囲の者たちも圧倒されたようだ。仄かな緊張が走ったのが分かった。
「い、……慰労会やってんだけど、参加していかないか? 今回はちょいとばかし手を貸してくれたらしいじゃん?」
苦し紛れの様に声を出したぼーさんは、麻衣の方へ視線をやって同意を求めた。
「そ! そうそう、それに、これからも調査には来たりするんでしょ?」
会話を振られた麻衣は慌てて場を繋ぐ。特に自分が世話をされた自覚があるので、叔父に参加を促した。
確かに今回、叔父は麻衣に多少手を貸したかもしれない。それを理由にしたとして、叔父が積極的に人の輪に入るかはわからない。
何と答えるのかは気になり、僕もその場にとどまって様子を窺った。

「いや───もう調査には同行しないと思う」

結局、叔父の返答は僕の予想通りのものだった。

next.

大きい鳥と小さい鳥に埋もれるナルがかきたかった。
Dec. 2025

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