DADDY - Red Eyes 22
ナルはジーンが生まれ変わった後も、うちに来てはジーンがどう育つかを観察していた。本来俺の家に入り浸るのは養父母から禁じられていたはずだけど、リンには「ジーンを探しをしにいく」と言っているらしい。
そしたらリンはよほどのことがない限り行動制限はできない。俺もジーンを探すふりをするように言った手前、仕事をサボるなとも言えずに許容するしかなかった。
そんな中でナルに電話がかかってきたのは、とても珍しい出来事だった。
ある日の昼下がり、ジーンを肩に乗せたまま書類を読んでいたナルの電話が鳴り出す。ナルがスマホを見て怪訝そうにつぶやいた名前は「まどか」だった。
まどかとは、たしか双子にゴーストハントを伝授した師であり、今はフィールドワーク研究室のチーフだったはず。直接会ったことはないが、双子とマーティンを通して見聞きした人物だ。
ナルはウトウトしていたジーンを俺に渡してから通話を始めた。その間、俺は手の中に戻されたジーンを指先でくるくると撫でる。
雛は最初親の魔力しか受け入れないはずだが、気づけばジーンはナルの魔力も食むようになった。特別受容性が高いのか、ナルが近い生態だからなのかは不明だ。ここで更にほかの不死鳥の魔力を与えたら順応するのか、と思ったけどほかの不死鳥を呼ぶなんて面倒なことになりすぎるので、すぐに好奇心の火を消した。
なんにせよ、ジーンがナルの魔力に慣れておくのは良い事だ。
眠りながらも無意識に口を開けたジーンに魔力をやってると、ナルは何やら納得がいかない様子で電話を終えた。
話している内容はほとんど聞いていなかったが、本意ではない事を命じられたとみていいだろう。どうしたのかと声をかけると、ナルは不機嫌そうに口を開いた。
「帰ってくるように言われた」
「イギリスに?」
「いや、オフィスに。まどかは日本に来ているらしい」
ナルがジーンの遺体探しをしていると知っていながら、何かを強制するのは余程のことだ。そう思って理由を尋ねると、ナルは深いため息を吐きながらソファに深く沈む。
「詳細は聞いてないが、面倒な事を押し付けられそうな気がする」
「……ふうん」
なんとなく俺はジーンをその身体の上に置いてみた。
半分目を覚ましたジーンに身体をよじ登られているナルは、されるがまま。なんか、仕事に行きたくない草臥れた社会人みたいだ。
最近怠けすぎて、気が抜けたのかな。それとも、ジーンや俺の生態の方が興味関心が強いのかも。
「心配しなくても、ジーンは急激に変化したりしないよ」
「……そう?」
本業をおろそかにする憂いの原因はジーンだろうと指摘すれば、ナルははたりとこちらを見る。普通の鳥ならばすぐに大きくなるから、熱心にうちに通ってたのかもしれないと今更ながらに気が付いた。
「不死鳥の雛は数年かけて魔力を溜めて、ある時急に大きくなるんだ」
「数年」
今度は数年という言葉を噛み砕くように復唱して、何かを考える。
「───……研究室の維持だが、もう少し伸ばそうと思っている」
「へえ?」
「日本の心霊現象における条件にも興味がわいてきたし」
最初はジーンの捜索を名目に二年程とか聞いていたが、ナルはどうやら長期的にこちらにいることを考えてたようだ。
今この流れでその話題が出たということは、ジーンの成長についても考慮していると見ていいだろう。
「学校はどうする? 休学申請してるとはいえ、苦労した入ったんじゃなかった?」
「あの時は比較的暇で、興味があった専攻をとろうかと思っていただけだから」
「じゃあ辞めるの?」
「辞めてもいいと思ってる」
「ふうん、ナルがもう興味ないならそれでもいいけど」
いまのナルにとっての興味はさっき言った通り日本の心霊現象、そしてジーンと俺と自分自身の生態についてのようだ。
どちらも、日本に居ればデータ収集と研究が可能なので、渋谷サイキックリサーチを継続できるのであれば、ナルにとってこれほど都合の良い身の置き場所はない。それに大学はまた行きたくなったら行けばいい。というわけで俺はナルの選択を否定することはなかった。
「維持、できるといいな」
「ああ」
「まどかによろしく」
いよいよ帰らなければならなくなったナルを、ジーンと共に見送った。
その後、ナルはまどかに言われて急な依頼を受けることになったそうで、しばらく東京を離れるという連絡がきた。
ナルが来なくなって三日目。ジーンがいつもよりも長い時間眠っていることに気が付いた。成体にとって睡眠は暇つぶしのようなものだが、幼体は眠っているときに身体の魔力を増やすのでおかしなことではない。
ジーンの寝床にした籠を覗き込むと、ぴくぴくと身体を動かしていた。夢を見ているのかも───。そう思った俺は興味本位で夢に入り込む。
だいたいの見当はついていたけど、ジーンの意識はナルの調査の場に遊びに行っていたみたいだ。
「みつけた」
暗闇の中を辿って、ぽちょりと落ちてる雛を拾い上げる。
俺の手の中に納まったジーンは微かな鳴き声をあげて、何かを訴えた。自我はまだぼんやりしていて、前の生のこともおそらく理解はできていないだろうが、無意識にナルのことが気になっているらしい。
今はナルの周囲で何が起こっているのかを探ろうと思ったが、お誂え向きのように麻衣の意識が深層に下りて来るのがわかって、手繰り寄せた。
───ピチョン。と水が滴る音がした。
麻衣はどこか薄暗く、黴と鉄臭い浴室に居るようだった。
恐る恐るその部屋を見回し、シャワーカーテンに目を止める。細く小さな手が、黒ずんだそれに手をかけ、横に引いた。その勢いにのってむわりと空気が舞い上がってくるようだった。
腥くてどこか温かい、反射的に吐き出したくなるような臭いに拒否感を抱く。───これは、同調している麻衣の感覚だ。
目線はバスタブの中身に移った。そこには大量の、泥の様な血が溜めこまれていた。こぷりと音がした後、底からぬうと浮かび上がってきたのは老人のような顔。
ひ、と引き攣るような声がした後、麻衣は反射的に意識を切った。生理的な嫌悪感とか、危機感などが働いたのだろう。
現実でも目を覚ましており、同室にいるらしい松崎さんや原さんに不思議そうにされている。
「……なんだ? あれ」
俺はジーンに問う。
まだ言葉を話せないから返事はなかったが、俺はしばらくナルの持つペンダントを辿って何が起きているのかを探ることにした。
すると出るわ出るわ、おびただしい霊の数々。主にこの屋敷で殺された人間の恐怖の記憶が霊体になったものだったが、その殺され方はある規則性を持っている。皆、首を切られて死んでいるのだ。
パターン化した連続殺人か独特の刑法が施行されているのかと思い更に調べると、やはり前者だった。この家にかつて住んだ主が執念でもって人を殺している。
殺すというか、本人にとっては生き血の搾取が目的であり自覚のない殺意と言ったところか。当然生かしておいても損しかないので、殺すことまでがセットなのだろうけれど。
……まったく、生きている時から外道だったようだが、死んで更に人の理を踏み出す存在になりかけてやがる。───俺もナルと一緒に行くべきだった。
思い立ったが吉日。なんてわけにはいかなくて、俺がナルたちのいる屋敷に辿り着くまでに一日を要した。なぜならあの場所に正規の手段で行く手配が必要だったからだ。
なんとか人脈を駆使して依頼人に話を通すことに成功。現場には代理人がおり、大橋という人が俺を出迎える手はずとなった。
そしてやってきた邸で、聞いていたとおり大橋さんが俺を出迎えた。だが、先ほどとある転機が訪れたことによって、霊能者たちは依頼を辞退して次々と帰ってしまったらしい。───とある転機、とはなんだろう。
最初は言葉を濁した大橋さんだったが、現状俺も関係者という括りに入ると判断して遺体が発見されたことを告げた。それも、到底人の入れる場所ではない壁に閉ざされた部屋の中でだ。
おそらく霊能者は人知を超えた力の片鱗を感じて、逃げ帰ったのだろう。正しい判断である。
「あれ、帰るところだった?」
大橋さんと別れてからナルの気配を辿って部屋のドアを開けると、閑散とした風景が広がっていた。機材の片づけが始まっており、人数もみたところ少ない。女性三人が不在だ。
「───もう帰るところだ」
ナルをはじめとするそこにいた面々、リン、ぼーさん、ジョンは俺の突然の登場に驚いたようだが、その中でもナルはやはり納得するのが早く、俺の問いかけに答えた。
「他の霊能者たちも、ほとんど帰ったらしいね」
「聞いたのか」
「大橋さんから」
「は何をしに───……まさか、除霊に?」
話しているうちにナルは俺がここにいる理由に思い至って、首を傾げる。同時に、除霊という言葉を聞いたぼーさんとジョンが驚きのあまり詰め寄って来た。
「ここにいる奴のことが分かんのか?」
「除霊、できるんですか?」
肯定するように頷けば二人は顔を見合わせたあと、ナルを見る。
「ナルちゃんが呼んだのか?」
「僕たちの仕事じゃないと言ったはずだが?」
ぼーさんはナルの返答にだよなあ、と納得して首を傾げた。
彼らは炎による浄化、または家の解体という手段で解決できるだろうと依頼人に伝えるつもりだったらしい。
元よりここには本来の依頼ではなく、まどかからの『オリヴァー・デイヴィスの偽物の調査』という依頼を受けていたというのも大きい。
つまりナルは、無駄な労力を使いたくなかったわけだ。
その気持ちは理解できるが、今回俺がここにいるのは俺なりの理由があってのことで、ナルの事情を考慮する気はない。
今までの調査への動向と条件が違うので、ナルがやれといわなくても、やる。
「ここにいるのはただモンじゃないぜ。どうやって除霊するんだ? サンはよ」
ぼーさんは純粋な興味半分、挑発半分といった感じで投げかけて来た。
それなりの霊能者たちが揃って辞退した除霊を、突然やってきた俺が出来ると言い張れば、気になるのも当然といえば当然。
ましてや、今まで口をきくこともなかった謎の相手だ。
俺は自分の能力を積極的に披露するつもりはないが、ナルとジーンを人の世に送り出した時点である程度の力を開示するのは許容範囲内だと思っている。
例えばデイヴィス夫妻やリンには、俺がナルのPK能力やジーンの霊視能力について鍛えたことは知られており、専門的な知識を持ち、ある程度の能力があることは暗黙の了解と言っても良い。
その為ぼーさん達にだって、俺に何ができるのかを教えたってよかった。その程度で、俺が魔族であることや不死鳥であることは知られたりしない。
「それは───」
口を開こうとしたその時、ナルが一瞬俺を止めようとしたのが分かった。
だけど実際に俺が口を止めたのはナルのためではなく、勢いよく部屋に駆け込んできた人たちの勢いに呑まれてだった。
麻衣と松崎さんは俺の存在など目もくれず、真っ青な顔をして原さんが失踪したことを告げた。
next.
雛ぴっぴのジーンを書くのがたのしい。
Dec. 2025