I am.


DADDY - Red Eyes 23

突然だか、魔族の話をしよう。
人には悪魔と混同されることもあるが、魔族が全て悪魔なのではなく、悪魔の役割を持つものが魔族にいるというのが実態だ。
ここでいう悪魔とは、人の心を支配して欲を引き出し溺れさせ、その魂を堕落の道へと誘い込む権能を持つ者たちにあたる。これらは、生まれながらに人を苛む役割を持っていて、非常に破綻した性格をしていると言っても良いだろう。
だがそれは、人には試練が与えられるべきだと、理によって定められているからであって、邪悪なものとして忌むことはない。少なくとも同じ魔族である俺にとっては。
マ、人にとっては悪魔は"悪"でいいんだけどさ。なにせ悪魔によって堕ちた魂は悪魔に喰われて真の永遠を失うのだから。

「───つまり、魔族にとって悪魔はほとんど同族にかわりない?」

俺が悪魔と魔族の話をしていたのを黙って聞いていたナルは、話の節目で首を傾げた。
今現在俺たちは二人だけで、失踪した原さんの荷物を確認しに来ている。他の面々は念のため周辺を探すという名目で、別行動をとらせた。
「言ってしまえば、そう。以前は不死鳥も悪魔と一緒くたに人に使役されていた歴史もあるくらいだ」
誰かが使っていただろうベッドに軽く腰掛けると、ナルも隣に座った。
その手には原さんの私物の櫛がある。そっと手をかざしてナルの指先もろとも挟み込んだ。
「生きている、大丈夫だ」
「そう」
俺が彼女の生存を告げればナルに安堵が滲んだ。かといって悠長にしている暇はないが、今のところ自衛出来ているらしい。
本当は麻衣から失踪が告げられてすぐに俺が救出に向かってもよかったのだけど、人が大勢いる状態で急に俺まで姿を消せば怪しまれると思いとどまった。そのことにナルも異論はない。
「話を戻すが、悪魔は人への試練となる役割があるが、不死鳥にも役割がある」
ナルは俺がどうして悪魔の話をしたかわかったように、小さく頷いた。
役割とは何かと、無言で俺の続く言葉を待つ。

「不死であること」

ナルから手を離して、炎を灯して見せる。これが燃え続けていることが、不死の象徴だ。
「不死であること、そのもの?」
俺の言葉を繰り返すナルに、小さく頷き肯定する。だけど多分俺が今ここにいる意味までは一歩届いていない。
「死に恐怖を持たず、生に執着を持たず。それが不死鳥に備わる本能で、誇りでもある」
自分の腹の奥底で、魔力が燃えているのを感じた。その熱が周囲にも溢れ出し、ナルは酩酊するように目の焦点を揺らした。
普通の人間であったなら気を失っていたかもしれないが、魔力のあるナルだからまだこの程度で済んだ。
「俺はね、美山鉦幸に罰を与えに来たんだよ」
そう囁いてから、魔力の放出を抑える。
ナルは少し力が抜けていたが、俺が手を引くと何とか立ち上がることができた。


ベースに戻ると、まどかと安原さんもそこにいた。聞けば撤収すると報せを受けて、片づけの手伝いに来たらしい。そしたら原さんが失踪した上、俺がいるというのだから驚いただろう。
安原さんは俺が平気で喋っていること、まどかは俺と初めて会うことで色々と積もる話はあったけれど、そんな場合じゃないので原さん救出作戦の会議が行われた。

救出方法は、壁を壊して突き進むこと───。

こうやって聞くとかなり原始的な方法に思えるが、物理的に閉ざされた家の中心部へ向かうには、そうするしかないのが現実だった。
俺の場合は身体を鳥、そして炎に変えることが出来るけれど、原さんを連れ戻すことまではできないので大人しくその道が作られるのを見守っている。ああでも、
「先に行って、除霊しておく?」
「……原さんは持ちそうにないか?」
「今のところは、あちらに動き出す気配がないから暫く大丈夫だと思うけど。彼女もそれなりに退ける力はあるみたいだし」
「ギリギリまでが行くのは待ってもらいたい、逐一見て───」
壁の薄い場所を探している面々を他所に、俺はナルと内緒話をしていた。
この光景は見慣れたものだろうが、人前で話をするようになった今は逆に目立つのか「なんの話してんのよ」と近くにいた松崎さんに問いかけられてしまった。内容までは聞こえていなかったらしい。
ナルは答える気がないのか、誤魔化し方を探しているのか口を閉ざす。いや、他に考えるべきことがあるからだろう。俺が代わりに要約して伝えた。
「原さんが心配だ、と」
「……そりゃあね」
松崎さんは自分がシャワーを浴びていて、麻衣と原さんを二人きりにした過去がある為にばつが悪そうに肩をすくめた。麻衣も俺たちの会話が聞こえたのか、傍で不安げに目を揺らす。
ナルは、原さんの命が危なかったら俺や自分の正体を構うことはないだろう。けれど、やはり慎重に見極めなければならない。

「やつを、おびき寄せてみるか?」

今度は、思いつきで何気なく口にしてみた。
松崎さんと麻衣はきょとんとした顔になり、ナルはばっとこちらを見る。そんなに変なこと、いったかしら。
「おびき寄せるって、どうやって?」
ここで一番冷静に問いかけてきたのは、さっきまで発言はないが傍で話を聞いていたまどかだ。
「簡単だ、ここで血を流せばいい」
「あら……それは」
「血ィ!?」
「な、なんで」
まどかの問いに答えた俺に対し、麻衣と松崎さんもそれぞれの反応をよこす。
もしかしたら、危ないとか物騒とかそういう感情になるのかも。召喚に贄の血を欲する魔物は多くいるし、美山は特に血を浴びて魔力を高めたようなものだから敏感に反応するだろう。特に不死鳥の生き血など、それこそ不死の薬ともいわれているのだから。
「駄目だ」
「でもやっぱり、先に除霊してしまった方が良いんじゃない? その方が作業するのに憂いがない」
「人前で除霊するのか?」
「うん、こればかりは仕方ない」
「随分賑やかだと思ったらどうした? 除霊するって?」
俺とナルが押し問答をしていると、今度は小休憩にやってきたぼーさんが加わった。横でハラハラしていた麻衣は彼に、血を流しておびき寄せるといった俺の提案を教える。
「そんなんでここに浦戸が来るかねえ? 攫った真砂子をおいて」
「ぼくの血は特殊なんだよ、魔物が好む」
「───
ナルは剣呑な顔つきになって会話を遮る。これは正体に関する発言への牽制ではなくて、俺に血を流すなと言いたいのだろう。
美山相手に心配されるほど弱くはないが、愛しい子に身を案じられると悪い気はしないもので。
「わかった、おびき寄せるのはやめよう」
コロッと意見を変えた。
いつのまにか全員が手を止めてしまっていたので、仕切り直しとばかりにリンから鶴嘴を半ば奪い取るようにして受け取る。
何か言いたげな面々はいたが、結局は壁に穴をあける作業が優先だと思ったようで、俺への追及はなかった。

それから、どのくらい時間が経っただろう。二回程、壁の向こうの部屋へと進んだはずだ。体感では空気が淀み、温度もいくらか下がった。ナルは寒くないかしら、と様子を見るが甘えてくる様子はない。
松崎さんは疲労や不安からぼーさんと口喧嘩を始め、まどかにとりなされ、ナルとリンはずっと無口だ。ジョンと安原さんは周囲を和ませようと笑顔を作ろうとしているが、無理が見える。
「───ちょっと寝ときなさいよ。ついでに真砂子が無事かどうか見てきて」
「え?……う、うん、がんばる」
ふいに、松崎さんと麻衣の会話が聞こえた。
近づいて行くと麻衣が何か決意したように拳を握っているところだ。
「麻衣」
座っていた目の前に立って声をかけると、彼女は俺を見上げた。暗がりでもその瞳はなにかエネルギーの様なもので明るく輝いている。
その光に誘われるようにしゃがみ、ジャケットの内側に入れていたものを取り出して、麻衣の手の中に握らせた。ふわっとしてすべすべの手触りのそれは、俺の懐でぬくぬく眠っていた雛鳥だ。
「え、え……っと~?」
見えているのかいないのか、困惑した彼女は手と俺の顔を交互に見る。
ペンダントを渡した時もそうだが、俺はいつも彼女を困惑させてばかりいるような気がした。
「ここにいる雛が、案内役くらいはしてくれるだろう」
「ひ、ひな……?」
あ、この調子だと見えていないな。おそらく眠りにつけば見られることだろう。
そう思って人差し指で麻衣の額をツンとつついて、鼻筋に向かって下ろす。
麻衣の目蓋はたちまち閉ざされ、意識を失い傾いた頭は隣にいた松崎さんの肩へ落ち着いた。
「!? あ、あんた……」
真横で起きた出来事に言葉が出てこないのか、息を詰めながら追及しようとする松崎さんに俺は静かにするよう人差し指を立てた。麻衣が起きてしまう、と言いたげに。
身勝手な俺にむっとした彼女だったが、結局は麻衣の身に危険があるわけではないと判断して、眠りを妨げないよう口を噤んだ。


しばらくして、壁の穴が開いたころに麻衣は目を覚ました。
曰く、本当に眠ったら手の中に雛の姿が見え、原さんのところまで道しるべになったそうだ。そして目を覚ましたら見えなくなったという麻衣は、一応手の形を固めたままだが、そこにはもう雛の姿はない。
おそらく、原さんのところについてるのだろう。魔力はまだ弱っちいが、俺の護りが働くので好都合だ。ナルには目と目だけで会話を済ませた。

やっとのことで美山鉦幸が生前住んでいた母屋の前に来た時には、既に時刻は夜中になっていた。
そのせいか美山の力は徐々に活性化してきているようで、母屋の中に入ると空気が重く濁る。俺をおびやかす程ではないが、人間たちは居心地が悪そうにしていた。
とはいえ、彼らは曲がりなりにも霊能者で、人より強い力を持っている者が大半だ。後は多分気合とかアドレナリン。臆することなく足を進めたし、麻衣なんて駆け出して行ってしまった。
たしかに麻衣は"夢"を通してこの屋敷や原さんと会っていたから、居場所がわかるのかもしれないが、それにしたって無謀ではないだろうか。
「一人で行くなんて、あの馬鹿」
ナルが横で呟いて足早に彼女を追うので、俺もつられて駆け出した。

濃い血の匂いのする部屋に辿り着くと、ナルが先に麻衣と原さんを見つけて駆け寄った。俺と同様に追いかけてきたリンや松崎さんも加わり、血に滑って転んでしまった麻衣や緊張で凝り固まって上手く動けない原さんを助け起こす。

「全員、すぐに部屋から出るんだ」

張りのある、ナルの声が部屋に響く。
視線は一瞬だけ俺に向けられたので、それまで待てということだろう。
言葉もなく頷き、周囲に自分の魔力を部屋の中いっぱいに広げた。美山は押さえつけられ、人は見えない力によって廊下に押し出されていく。
さんもはやく、」
「麻衣、下がれ」
部屋の中心部に佇む俺を見た麻衣が、再び中に入ってこようとするのをナルが引き止める。それを確認してから俺は手を振りかざす。
「───これより"代行者"が審判を行う」
宣誓を合図に、充満していた魔力は燃料となり緋色に燃え上がり始めた。部屋の中は隅々まで炎が広がる。俺の姿もその中に呑みこまれるが、当然この炎で焼け死ぬほど間抜けではない。

審判はその魂の是非を問う、審議のことだ。この場合、美山の生死に沙汰が下される。
俺の炎で燃すこと自体は火刑ではない。この炎が天命によって肉体を燃した後に魂の行く末を決める。ここで不死を許された者のみが、灰から新しい身体になって生まれ変わるのだ。
もっとも───死を恐れ、生に執着した者が、不死になれるはずはないけれど。


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悪魔(魔族)も神の下、人に試練を与えるために存在しているという認識が好きです。
Dec. 2025

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