Fingers crossed.


01

(ジーン視点)
死んだ筈の僕は虚ろな意識でナル達を見ている。ふいに意識がはっきりとすると、きまって調査中だった。コンタクトがとりやすいの夢に現れると、彼はいつも一瞬だけ困った顔をしてから笑う。
は、いつか自分が死んだとき、僕を迎えに来ると言った。そのときから僕は出口を求めるのはやめた。は多分、最終手段として言ってくれていたのかもしれないけど、あの言葉が嬉しくて、希望を持ってしまった。死んだ僕が、希望を持つなんておかしな話だけど。その希望を胸に抱いて、が来てくれるまで僕はずっと此処で待ち続けるだろう。
早く来なくていい、けれど、きっと僕の所へ来て欲しい。

そんなが、死んでしまった。

僕が言えた事ではないけど、まだ来るのは早い。彼が死ぬなんて悲しい、けれど、なんて嬉しいことなのだろう。やっと、僕は君と同じ世界に立てるのだろうか。
眩い霊体となった彼が、暗闇にたゆたう僕を照らして、手を取るだろう。夢の中ではない、本当のこちら側の世界で、僕は君に触れることが出来る。
そう思っていたけど、がやって来る兆しは一向にない。

「ジーン、おい、ジーン」
愛想の無い声が、僕を呼ぶ。
が僕を迎えに来て、起こしてくれている声ではないのは確かだ。
「ん、?」
意識が段々暗闇の中から浮かんで行き、クリアになった。信じられないくらい気分が良い。
がばりと起き上がると、懐かしい自分の部屋と、幼さの残る顔をした双子の弟の姿がそこにある。
僕の部屋は相変わらず少し散らかっていて、生きていたころのまま。というか、今僕は生きている。
「ナル!?」
「早く起きろ。今日発つんだろう」
「え?あ、」
部屋のカレンダーを見たら、僕が日本に行く予定の日だった。
そのまま僕は死ぬんだ。
悪い夢を見ているのだろうか。
くしゃりと髪を掻き混ぜる。
「どうした」
「い、いきたくない」
もう一度死ぬなんてまっぴらごめんだ。
「———そうか」
一瞬目を見張ってから、ナルは無表情に頷いた。
連絡しておけ、なんて言って、部屋を出て行ってしまう。やっぱりこれは夢なんだろうか。





ナルが急に日本の心霊現象に興味が沸いたという理由で、SPR日本支部設立を申し立てたのは、年が明けて直ぐのころだ。いつのまにか日本支部のメンバーに僕とリンは追加されていて、三人で日本の渋谷へ向かった。
以前は僕の身体を探すためだったけれど、今回はとりあえず二年と決めてやって来たため、部屋を借りた。

桜が咲いたころ、渋谷サイキックリサーチに高校の旧校舎を調査して欲しいと依頼がやってきた。
もうすぐに会えるに違いない。
次の日の午後には学校へ向かった。
実際に目にした訳ではないから確証はないけど、の通う学校だ。旧校舎は外から見た感じでは特に違和感もなく、霊の気配もない。やっぱり、地盤沈下なのかもしれない。
夕方になって、僕とナルは本校舎に行き見回った。地下階にいくと視聴覚室に通りかかって、耳を澄ませてみると声がした。ナルと僕は気づかれないように、そっとドアを開ける。中では怪談話がされていて、ペンライトが光っていた。すぐに話し終えたのでペンライトは消え、少女達の声がゆっくりと数を数え出す。
「いち」
「にぃ」
「さん」
「し……」
「———ご」
隣に居たナルが、ぽつりと呟いた。途端に、少女達が悲鳴を上げ、怖がって騒ぎ始めてしまったので、電気を付けた。
僕たちの姿をみとめた少女達は、ほっとしたように落ち着いて、話しかけて来た。僕はこの頃の意識が凄くおぼろげだけど、ここでに初めて会う筈だ。でも、らしき人物の姿は見当たらない。
しきりに話しかけて来る少女達に当たり障り無く応じながら、一人だけ素っ気ない子が居た。
「麻衣ったら!気にしないでくださいね、センパイ。あっ用事ってなんですか?あたしたちも手伝いまーす」
「「……麻衣?」」
ナルと僕は問い返した。
そして二人で顔を見合わせる。まさか、ナルにも何か覚えがあるのだろうか。
麻衣と呼ばれた当の本人は、きょとんと首を傾げている。彼女は、ではない。
「君、名前は?」
ナルは猫を被りながら、尋ねる。彼女は「谷山……麻衣です、けど」と訝しみながらも答えた。
「男の兄弟とかいる?」
「へ?いません」
本当に訳が分からないといった顔をした谷山さん。
僕たちは「人違いだったみたいだ、ごめん」と言い訳をして、帰っていく少女たちを見送った。

「ジーン」
「ナル」
暫く無言でいたけど、同じタイミングで名を呼びあった。
「記憶があるのか?」
「うん、ナルも?」
「———ああ」
僕とナルの記憶は合致した。谷山という人物を知っていること。僕が死ぬ筈だったこと、これからの事件のこと。
ナルが日本に来たのは、自分の知っている事実との確認のような物だった。それから多分、を探しに来たんだと思う。

次の日からナルとリンと僕で調査を開始した。
「リン、何か無かったか」
「一人女子生徒が旧校舎に入り込んできましたが、好奇心で覗きにきただけのようでした」
「———何も起こらなかった?」
小さく呟いたナルに、僕も少し考えた。女子生徒が僕らの想像する麻衣───だったとしたら、リンは彼女ないし彼を庇って怪我をしていた筈だった。ではないから、違うのだろうか。
「さすがに、痛い思いはしたくありませんでしたので」
ナルの呟きが聞こえたのか、リンは答えた。でもその答えは不自然で、怒った様子は無く苦笑している。
まさか、ナルだけじゃなくて、リンも記憶があるのかもしれない。
僕たち二人はじっとリンを見つめた。
「女子生徒に念のためお名前を伺いました。谷山麻衣さんだそうですが、兄弟はいらっしゃらないし、昨日同様の質問を二人にされたとおっしゃいましたので」
「なるほどな」
「リンも覚えてたんだね」
とりあえず、ナルと僕だけならともかく、三人して記憶があるのだから、同じ夢を見たというのは考え難い。時間を遡った説があるが、どうにも信じ難いので、記憶の共有くらいしか出来そうにない。
皆、が亡くなったと報せを受けてから、僕が日本へ発つ予定日まで遡っていた。



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逆行でジーン生存です。麻衣ちゃんは今回限りで後は出てきません。
黒バスキャラも若干でます。
July 2015

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