02
「カップルで歩いてると水が降って来る公園があるんだって!行ってみねーっスか?」「行ってみねーっス」
笑顔の黄瀬に対して、笑顔で答えた。
あからさまにガーンとして「ええ!そんなぁ!桃っちぃ!」と俺にしがみついて来るデカい男は、中学時代のクラスメイトで、人気なんだかはよくわかんないけど(本人曰く大人気)モデルの黄瀬。その公園はロケに使われる良い感じのスポットだったけど、ここ最近男女の組み合わせで居ると水が降ってくるらしい。なんだよ、デジャヴュだよ、怖いわ。
「一人で行け」
「それじゃあ意味ないじゃん!」
「かぶりたいの!?ていうかそもそもカップルじゃないし」
「桃っちと俺ならいける」
「俺もう女装やめたから!」
「それはほら、こっちで準備するから!」
「なんでお前そんなにノリ気なの!?」
——と、そんなこんなで、黄瀬に付き合わされた俺は、およそ半年ぶりに女装した。
その日一日デートしてくれたら何でも奢るって言われたからじゃない。断じてない。
ランチとクレープを既に奢らせてるなんて、そんな馬鹿な話ある訳ないだろ!
「は〜やっぱ桃っちって素質あるよね」
「はい?」
わざわざ地毛と同じピンクのウィッグをかぶり、黄瀬の姉の服を着せられ、メイクまでされた俺は、まだまだ女装がいけるらしい。身長は170になったんだけど、黄瀬の背が高いから俺はそんなにでかく見えない。ただの高身長の男女だ。
でも、素質ってなんの素質?女装の素質?いや、まあそれは知ってます。現に今素質があるからやってるわけですが。
「いや、モデルの素質っス。顔も整ってるし、スタイルも良いと思うんスよね」
「身長足りなくない?」
「えー?女子にしては結構高い方でしょ?」
「キセクン?オレオトコ」
「だから〜女装してモデルやればいいんスよ!」
ぶっ飛ばした〜い。
俺の女装は趣味じゃないっつーの!!
女装モデルってなんだよ!需要あるのかよ!あったとしても一部だろうし、それで俺が人気者になってどうすんの!
「あ、ここっスよ、公園」
「ふーん」
通りかかった公園で、黄瀬が足を止めて、にっこり笑って手を差し出して来た。
「え、おまえ……現実の女の子が信用出来なくなったからって男友達に女装させて手を繋いでデートするとか痛すぎてヤバい……」
「信用できなくなってねーっス!」
あ、一応世の中全ての女がクソって思ってる病気は治ったんだね。ん?前からそうでもなかった?俺からしてみたらそう見えたんですぅ。
今日のはただの好奇心らしいけど、お前なんだかんだ俺と遊ぶの好きだから楽しんでるだろ。まともな友達俺以外いないもんな。
「危ない扉開かないでくれよな、黄瀬」
「ちょ、失礼っス!」
わざと真顔でそう告げて、黄瀬の手を握った。
一方黄瀬は悪態をついたけど、すぐににっこり笑って俺の手を握り返した。嬉しがってんじゃねーよ馬鹿。お友達と手ぇ繋いでルンルンってお前幼稚園児かよ。
「結構人いるね」
「へー」
黄瀬はきょろきょろ公園の中を見まわしてて、俺は何か飲み物でも買わせっかな、と遠くにある自販機を眺めてる。
「ねえねえ、すごい美男美女カップル見付けたんスけど」
「なにそれ、俺たちのこと?」
顔を寄せて来て、ひそひそ話をされたから黄瀬の指差す方をちらっと見た。あんまり失礼にならない程度にな。
「桃っち歪みねえ」とか言われながら、件のカップルを目にとめた。ひぇえええええぇぇあの冷徹な美貌の持ち主はかつての俺の上司ではあるまいか!?なぜここに居る!!!!隣に居るのは真砂子だろ!え?あれ?なんでぇ!?
「女の子の方、テレビで観た事あるっス」
「マジ?あんの?」
「心霊関係のやつ。桃っち観てない?」
「ニュースかバスケかバラエティしか観ない」
「へー」
とりあえず顔をそらして、明後日の方向に視線を逃した。そしてまたさりげなーくあたりを見まわしてみる。えっえっ、ぼーさんと綾子とジョンと、もう一人のナル!?じゃあジーン?えええ?
「帰りてぇ」
「早っ、まだここにきて五分も経ってないのに!」
そっくりさんにしては関係図が前と同じすぎだろ。俺って前と同じ世界に生まれてたのかな?じゃあ同じ事が起こってるのかな?じゃあ噂はホントで、水被るんじゃん……。
待てよ?本当にカップルに水かけて来るんだろ?こういう時悪運が強いのって俺じゃね?
「黄瀬、逃げよう」
「え?は?」
手をぐっと引っ張って、公園の出口の方を目指したら、黄瀬が驚く。一方で、ナル達の方が騒がしくなったからちょっと振り向いたら、真砂子が俺の方を指差していた。え?これ、来る感じ?
……って思ってたら、びしゃぁ!っと水がぶっかかりました。
「うわっ」
「ええっ!?」
借り物の服とウィッグなんですけどぉ!あ、いや良いか。黄瀬のだし。メイクは水に強いのだし。
びしょ濡れになった俺たちを見て、ぼーさんたちが駆け寄って来た。ふえええん、来るなよう!
「大丈夫?あなたたち」
「あ、どうもっス」
綾子がタオルを持って来てたらしくて、俺たちに二つ渡してくれた。あらら、準備が良いねえ。
まあ、水降って来るのを調べに来たなら、持って来ててもおかしくないか。俺たちは持って来なかったがな。
「今、どうなってたんスかね」
「何も無いところから、急に水が降ってきはりました」
黄瀬に対してジョンが困惑気味に答えた。
俺はウィッグの上からタオルをふわっと被って、乱さないように優しく水分をとる作業に徹する。
目撃者としての意見みたいなのを交換してたところで、なんだか真砂子が地べたに座り込んでいるのが見えた。あ、これ憑かれた?ナルとジーンが真砂子の様子を見ている。
俺も目に入っちゃったから歩み寄ってみたら、ジーンが「憑かれてる」ってナルに報告していた。
「あのー、大丈、ぶ」
「い〜い〜き〜み〜だ〜わ〜〜〜」
「え?」
真砂子が俺の腕をがしっと掴んで笑った。あまりの勢いに、二回目と言えど顔が引きつる。
黄瀬もろとも変な心霊現象に巻き込まれてしまった。
そして寒い。黄瀬のコートふんだくろうにも、奴も若干濡れてるので無理だ。くそ。俺よりは濡れてないな。くそ。
タオルを肩に巻いて暖をとっているうちに、ジーンが真砂子を諭して、成仏させていた。めでたしめでたし。
「すっげ〜、幽霊ってマジでいるんスね」
「……しゃむい……」
忘れられてた可哀相な俺たちは、寒さに震えながらもその光景を見守っていた。
黄瀬がのんきにリアクションし、俺がぷるぷる震えて存在を主張したら、ようやく皆があっと言いながらこっちを見た。生者にも気を使ってぇ!!
「あちゃーオレより桃っちのが濡れてる」
「さっきの話聞いてたけど、あれなら男にぶっかけるよねえ?なんで?なんで?」
俺が男だって見抜いたとか?いや、見抜いてたら俺たち二人にかけないか。
「おいおい、彼氏。もっと彼女のこと心配してやれって」
「全くだわ」
ぼーさんが黄瀬を軽く窘めたので、俺も同意しながら黄瀬のケツを蹴る。
まあ、彼女じゃないんだけどな!
「ぎゃ!ちょっと桃っち酷いっス!」
「酷いのはどっちだ!水かかるかもって思ってて誘ったのは誰!」
「やだあなた達、肝試し感覚でここに来たの?やめときなさいよ」
俺たちのやり取りを聞いて、綾子は呆れた顔を見せた。なんだか俺の知ってる綾子より優しいというか、丸くなった感じがする。
まあいいや、とにかく風邪を引く前に帰らないとな。
「残念だったなあ、ナルちゃん。前はが水をかけられてたが……今回は通行人か」
「居ないものは仕方が無い」
「せやですね」
帰ろうぜと言おうとした所で、ナルとぼーさんとジョンがぽそぽそ喋ってた。黄瀬にも聞こえたみたいで、きょとんとしてる。
「桃っち前もかけられたの?ってか知り合いっスか?」
「え?」
名前が出て来た事で吃驚してる俺と、黄瀬の純粋な問いかけに驚いた皆がぽかんとする。
お前今の会話聞いたら普通にただ同じ名前の人だけって思うよね、馬鹿なの?当たりですけどね!?
「さんと、おっしゃいますの?」
「桃井くんっス。あ、ちなみに彼女じゃなくて、男友達で今女装中なんスよ。今回はカップルのフリをしてただけ」
黄瀬が良い感じにバラして行く。
ふえええ俺ついて行けないよおお。
「!!!」
感極まったジーンにがばっと抱きしめられて、身体がよろめく。その拍子に濡れた服が肌にくっついて冷たい。
「おいジーン、まだ本人と決まった訳じゃないだろう」
ジーンは俺をぎゅうぎゅう抱きしめてて、ナルはジーンを引っ張ってて、黄瀬は慌てて俺を支える。というか黄瀬も俺の背中に抱きついているようなもんだ。
それから、なんとかジーンが離れたと思ったら、突然のハグですっかり警戒しちゃった黄瀬が俺を連れて逃げてしまった。
うん、冷静に考えて、あれだけの接触だったら俺と関わりがあるなんて思わないもんね。
next.
他の人達も記憶ありにしました。旧校舎の前で皆再会して、麻衣はいないしジーンがいるしってことで皆もあれれってなって気づくんですね。きっとスピーディーに解決したでしょうとも。素敵。
綾子とか真砂子は主人公の死と不在のダブルパンチで時々涙目。ジョンもぼーさんもしょんぼり。
July 2015