03
黄瀬には心配しなくて良いって言って、綾子がかしてくれたタオルを持って、後日渋谷に向かった。下のカフェの名前は変わってたけど、上のテナントは変わり映え無くて、渋谷サイキックリサーチのドアはそのままだった。
これで、ナルたちが渋谷サイキックリサーチ関係ないとかだったら怖いなあ、いやそんな馬鹿な、と恐る恐るドアを開けたら、カランカランとドアの鈴が鳴る。
事務所は無人だったけど鍵を掛けないで出て行くわけもなく、資料室と思われるドアがそっと開けられた。うっひゃあ、リンさんもいるぅ!
「あのう、所長さんは」
「所長は今出ておりますが」
「じゃあお兄さんも」
「同じく」
「あー……」
「どういった御用で?」
ひぃ、無愛想な対応。若干ショックだけど、本当に最初に会ったときのリンさんより幾分かマシな気がする。
「この間調査中っぽいときに、そちらの人にタオルを借りまして」
「タオル?———あなたのお名前は」
「桃井です」
「……、さん」
リンさんに下の名前呼ばれたのって初めて……!喜んでる場合じゃないわけだが。
皆もなんか、俺のこと覚えてるみたいな感じだから、やっぱりリンさんもあるんだよね?なんか俺の名前聞いてちょっと驚いてたし。そういえば顔って違うの?俺的にさほど変わってないつもりでいたけど、桃色ヘアーが駄目?印象変わっちゃう?
「リンさん、あの、俺の事、覚えてる?」
可愛いくないレベルでもじもじしながら、ちらちらリンさんを見上げた。
だってぇ、リンさんもうちょっと優しかった気がするんだもん。
今日のリンさんはやっぱりそっけないから、自信ないしぃ。
「谷山さん?」
「うん」
「───お久しぶりです」
リンさんが微笑んだ瞬間、俺の心にぶわっと花弁が舞う。
思わずぶつかるような勢いで抱きついた。うおおおん。よかったよお、よかったよお。
俺が男だと知ってるからか、俺だからか、リンさんは後頭部を遠慮がちに撫でてくれた。
「すぐ、ナルたちを呼び戻しますので」
「え、いいよ、待ってるよ」
「お会いできるのを、ジーンもナルも心待ちにしてたんですよ」
「ははは」
リンさんが言うならそうな気もするけど……ナルもそうなのか?ありえないな。
まあ、とりあえず、電話までして呼び戻さなくて良い。メールでいいよメールで。
リンさんはちょっと渋ったけど、電話はしないでくれた。
暫くして、勢い良くドアが開いた。ジーンと、その後ろにナルがいる。
「おかえりぃ」
リンさんが淹れてくれたお茶を飲んで、今までの話をしながらのんびり待っていた俺は、二人にへらっと笑った。
「これ、タオル綾子に返しておかないとって思ってさ」
「ほら!やっぱりだったんだよ!」
タオルの入った手提げを掲げると、ジーンが興奮ぎみにナルの腕を掴んだ。
幽霊だったときは性格暗くて静かだったけど、生きてるとやっぱり年相応の明るさがあるねえ。
「あのときは、友達が居たし。まさか皆覚えてると思ってなくて」
ジーンは俺の隣に座って、ナルは向いのリンさんの隣にゆっくり腰掛けた。
「それで、今まで何をしてたんだ?」
「あー、皆って気がついたら時間が戻ってたんでしょ?俺はねえ、赤ん坊から生まれ直したんだよ」
麻衣ちゃんが居たことはリンさんから聞いてる。
生まれ変わったことに若干驚いてる皆だけど、色々不思議があるもんだ。解明できたら苦労しないよね。
それから、前みたいにバイトに誘われた。なんで?俺もう孤児じゃないから、そんなに困ってないよ?ジーンが居るから人手不足ではないだろうし。……ってことで、普通に断ったら、ナルめっちゃ不機嫌んんー!
ジーンは思いっきりしょんぼりして「一緒に調査したかったな」って言うし。俺をどうしたいの!
「でも、調査の為に学校休めないよ」
「事務員としてで良い」
「うーん」
「お願い、!」
ジーンまで頼んで来るなんて!なんだよ、事務の手そんなに足りないもんなのか?嘘つけぇ!俺暇だったぞ!
「そんなに俺と一緒に居たいの〜?」
「うん!」
お、おう、良いお返事です、ジーンさん。
ジーンの熱烈なお願いに折れて、結局バイトには同意した。
ただし前とは違って保護者の同意が必要だから、書類一式をナルに渡されることになった。
うちの両親は基本のほほんとしているので、俺が決めたことならとバイトに同意してくれた。
書類をナルに提出すると、満足そうに頷かれ、ジーンが隣で「やった!」喜んだ。この人、いつの間に俺への好感度マックスになったんですか?会う事が少なかったし、あのときは霊だったからそんな感じはしなかったんだよなあ。
「僕仕事説明するね!」
「え、あーうん」
ジーンが俺の手を取って引っ張る。経験済みではあるけど、久しぶりだし、変わってる事もあるから、説明してもらった方が良いよね。うん。
懐っこいタイプってのは知ってたけど、ここまで懐っこいと思わなかったから若干驚いてるけど、生きていることが嬉しいんだろうなーと思って微笑ましくジーンがはしゃいでる様を眺めた。
所長室と資料室の他に書斎という名のジーンの部屋が出来ていて、俺は基本的にそこで書類整理を手伝うらしい。え、これ俺の手必要なの……?まあいいや。それから他には受付業務があるから俺は応接スペースの端っこに待機してればいいのかな。前はそうしてたし、と思ってたんだけど待機は奥でいいらしい。お客さんが来たらベルが鳴るからって。ええええ、それでいいのかよ。
「あ、じゃあ早速一つ仕事を頼もうかな」
「ん?」
前回以上に簡単な仕事内容にちょっと呆れてたら、ジーンがようやく手を放して言った。
「の淹れてくれたお茶が飲みたい」
「あはは、そっか。うんうん、わかった」
にっこり笑ったジーンを見て、言ってる意味を少し時間をかけて理解した。ジーンは俺と一緒に仕事したこと無かったもんな。
書斎を出て給湯室に向かうと、ジーンがついて来て俺がお茶の準備をしている様子を観察してる。覚えたいのかな?
「ジーンの好みは?」
「ん?が淹れてくれたものならなんでも」
うっわ、すごいデレ来た。これがデフォルトなの?だとしたら有罪。
甘めが好きとか、嫌いとか、ぬるめが良いとかあっついのが好きとか、あるじゃん。それくらい教えてよ。
とりあえず双子だからっていう理由で、ナルに淹れるのと同じストレートティーを用意すると、「ナルのだ」と気づかれた。
しょうがないじゃん、一番覚えてるんだから。
「久しぶりに淹れたから、ちょっと違うかもしれないけど……」
ナルのストレートティーは別に特別な事はしない無糖のストレートティーだから、違うも何も無いか?飲んでないからよくわかんない。ジーンはじぃっとそのティーカップを見てる。なんだ、不満か?
「甘いの好きならミルクとか砂糖とか入れるけど」
「は?」
「俺は砂糖ちょっといれるだけー」
「じゃあそうして」
今まで若干不満そうにしてたけど、機嫌が直ったのかにこっと笑った。なに?ナルとお揃い嫌なの?
シュガースティックを開けて半分だけ入れて、匙でくるくる混ぜた後に渡すと、大変ご機嫌な様子で受け取った。
「あっ」
「熱いのはあたりまえだろーが」
飲んだらすぐに熱くて口を離したジーンから、ティーカップをさっととる。ナルは熱々でももうちょっとゆっくり飲むし、迂闊な真似はしないからなあ。
「ミルク足したらちょっとぬるくなるよ」
「ん、いれる」
口を抑えながら頷いたジーンに呆れつつ、少量のミルクを足して渡すと、今度は念入りにふうふうと冷ましてから飲んだ。
「おいし」
「そう。……ここで飲むの?」
「ううん、戻る。は飲まないの?」
「良いや」
ようやく落ち着いたジーンと、また奥に戻る。
ジーンは自分の普段使っているだろう席に座って、俺は壁際に置かれた椅子に腰掛けた。
「ずっと飲んでみたかったんだ」
大したもんじゃないけどな。
……でも、死んでしまったっていうのは、些細なもの全てが出来ないからなあ。ジーンの言葉の意味は一応分かるつもりだ。幽霊になってもどかしい思いをしたことはないけど、死ぬという感覚を味わったことはあるから。
「よかったね。これから、もっといろんな事ができる」
「うん」
「あと、して欲しいことある?」
「───に触りたい」
「おーいいよ、おいでおいで」
躊躇いがちに言ったお願いを、無下にすることはできない。っていうか、触るくらい全然良いし。
座ったまま手をぱっと広げたら、ジーンは俺の前までやってきた。
抱きついたり、手を繋いできたり、多分ジーンは生きていることを実感したかったんだろう。一度死んだのに、生き返ったようなものだから。この世にあった喜びを、また手にしてしまった戸惑いは大きい。
「」
首筋をジーンの髪がくすぐった。
暖かい息、鼓動、リアルな感触、全部ジーンが生きている証拠だ。
「大丈夫。ちゃんと、俺もジーンも生きてる」
「うん。……でも僕、折角だから、と一緒に生まれてきたかったな」
「は?」
もそもそと俺の肩口で喋るジーンに首を傾げる。耳がジーンの項にくっついた。
「そしたら、近くに、ずっと……って」
「どうしたの」
「だって、迎えに来て、くれなかった」
え、根に持たれてる!?
いや、確かにジーンを迎えに行ってやりたかったけど、俺の力じゃそんなの無理だったんだよね!ぶっちゃけね!わかってくれ!うんでも、無責任な事言っちゃったな。以後気をつけます。
「同じ学校に居なかったし」
「はい、ゴメンナサイ」
「知らない人と仲良くしてるし」
「うん?……うん」
え、それも駄目?ていうか、黄瀬はまだ普通の友達な方だよ?大輝の存在知ったらもっとへこむの?
とりあえず背中を撫でながらジーンの小言を聞く。ナルの嫌味に比べたら大変可愛いですね。
しかし、これを聞いて俺はどうしたらいいのか……。
「聞いてる?」
「はい、聞いてマス」
嘘、若干聞いてなかった。ジーンは正面に向き直って俺の顔をじっと見る。
「とりあえず……ジーンが思いのほか俺の事が大好きだということは分かった」
「うん」
……って肯定するし。照れる暇もねーや。
「迎えにいけなかったのも、出会うのが遅れたのも、まあしょうがない。これからは会えるし、したい事があったらしたらいい」
「ほんと?」
したい事に関して聞いてるのかな?多分。
「ジーンが不安なら、またこうして甘えたらいいよ。俺、触られるの好きだし───」
へらっと笑ってなんとか励まそうとしてたら、ほっぺにキスをされた。うん、まあちょっと吃驚したけど、外人だもんな。
反対のほっぺもちゅっと音を立ててキスされて。顔にすり寄られて、唇が俺の顔をすべる。
「ふ、はは、くすぐったい……」
さすがに照れくさいし、本当にくすぐったい。キスの雨が降って来るってこういう事を言うんだなあ。
next.
ナル的には手元に置いておかないとっていう謎の使命感があって、ジーンは一緒に調査がしたかったんです。お茶も入れて欲しかったし、他愛ない話をしたかったんです。触れたかったんです。
July 2015