01.トキメキスプリング
俺の名前は谷山、ごくごく普通の男子高校生。今日から二年生になる。春休みはバイトに明け暮れて、お給料がたっぷり入る予定になっているので、充実した気持ちでいっぱいだ。
二年生になるのに感慨はなく、連日続いたバイトのおかげでぐっすり眠っていた俺をアラームの音と共に起こしに来たのは双子の姉である麻衣だった。
部屋に入って来て布団にくるまった俺の肩をぐらぐら揺する。
「お〜い、起〜きろ〜!」
「なぁにぃ〜……」
アラームがなっていると言うことは起きる時間のはずだけど、なぜ麻衣にゆさゆさされてるんだろう。
もしかして、今鳴ってるのって何度目かのスヌーズ?と思い至って勢いよく飛び起きる。
「なんじ!?」
「お、やっと起きた。7時だよ」
「はあ?」
いつも起きる時間と変わらない。麻衣のにっこり笑顔にがっくり肩を落とす。
なんで俺は起こされたんだ。いや起きる時間だったし、良いんだけどさ。
「パンケーキでも焼けたってんならわかるけど」
「残念、お母さんがトースト焼いてま〜す。───それよりも、ジーンが来てるの!」
「え、なんで?」
ジーンというのは愛称でユージン・デイヴィスという俺のクラスメイトのことを指す。
この春クラスが変わるだろうから、元クラスメイトということになるか。
一見日本人に見えるイギリス人。ずっと向こうで暮らしてたところ高校生になる時に日本に引っ越して来たと聞く。
日本に来たてで色々と慣れないことも多く、たまたま最初に名簿順に座った俺がジーンの前だったので面倒を見ていたらそのまま普通に仲良くなったというわけだ。
リビングへ直行するとトーストの焼ける香りがまず俺を出迎え、その次にジーンの姿が目にはいる。麻衣に聞いてなかったら俺は寝ぼけてんのかなと目をごしごしして洗面所に行っただろうな。
「え、なんで?」
麻衣に聞いたが答えられなかった問いをもう一度する。今度は本人にだ。
「おはよう」
母さんと声を揃えてジーンは挨拶した。
ちょうどトースターがチンと音を立てたので、俺はジーンの隣の席に座るように促され、目の前にトーストを置かれる。
「せっかく麻衣に起こしに行ってもらったのに、着替えてからこなかったの?」
「だってー」
「ごめんねだらしない息子で」
「いえおかまいなく。なんだか新鮮だな」
ジーンが来てるなんて嘘だと思った、というか、いち早く確認に行こうと思ってパジャマのままリビングに来ちゃったのだ。まあそんなことなくても、朝ごはんはパジャマで食べてるけどな。
髪の毛ちょっと跳ねてる、と言いながらジーンは俺に手を伸ばし頭を撫でる。
楽しそうにしてるので好きにさせといて、とりあえず目の前のトーストにかじりついた。
「で、なんかあったっけ、今日」
「新学期だよ」
「んなことわかってらあ」
「が春休みだと思って寝坊しないか心配だったんでしょー」
すっかり制服姿の麻衣がからかうように言う。
「おまえ人の事言えんのか〜」
「あたしはこういう時だけは朝早いもんね!」
「そうだな、こういう時だけな」
ばばんっと胸を張った麻衣に呆れた息を吐く。
麻衣は普段、朝に弱いというよりそそっかしいので、いつもバタバタして学校へ出かける。反して俺は朝寝坊などほとんどしたことはない。ただ休みになると気が抜けるので落差が激しい。
新学期というだけではしゃいじゃう姉と、何日も続く春休みでボケてる俺。こういう日だけいつもと逆になるというわけだった。
「それにしたってジーン、何時に起きてきたんだよ……朝苦手って言ってなかった?」
「新学期だから……に会えると思ったら早く目が覚めてしまって」
「わあ麻衣にそっくり」
休みより毎日友達に会える学校が好き!勉強なければもっといいのに〜ってタイプの姉を一瞥するとエヘヘと笑っている。いやジーンは成績も良いので勉強を苦に思ってることもないだろうけど。
身支度を整えた後、ジーンと一緒に学校へ行くと校門の前でぽつんと佇む一人に気付く。風貌は俺の隣にいる人物と全く同じといっても過言ではない。ジーンの双子の弟でオリヴァーという。ちなみに愛称はナル。
「あれ、ナル?」
「おはよーナル」
ジーンと一緒に声をかけると、ナルははっとしてからむっすり口を結んだ。
物腰柔らかで笑顔の多いジーンと違って、ナルは表情をあまり変えないし刺々しい感じがする。
顔がそっくりな双子だけど、その表情や態度から全く似てない双子と言われていた。
「……珍しく早起きして先に出たと思ったら、のところへ行ってたのか」
「うん、早く会いたくて」
二人の話を笑って聞き流しておく。
ナルは呆れたような、恨むような顔をジーンに向けつつ、俺を一瞥してすぐそっぽむいた。
そっけないけど、これがナルのデフォルトだと思う。他人にあまり興味がないんだよな。
でも話しかければ応じてくれるし、まるっきり無視されるというわけではないし、今だって門の前でジーンを待っていたり、俺たちと合流して歩きだしたりする。
「クラス表どこだっけ」
「たぶん、昇降口のところ」
周囲を見渡し、それらしきものを探すとナルは昇降口の前を指差した。
たしかに人でごった返していて、何かを囲っている。
「また同じクラスになれるといいね、」
「そうだねー、でも席順は前後とは限らないな」
「ええ?やだよ」
「俺に言われましても」
机に置かれたカゴにプリントが入ってるのだろう。二年生用と三年生用で場所が分かれてたけど規模が小さすぎて人混みがやばい。
全員で入り込むよりは一人で行ってとってきた方が良さそうだと思って、三人で顔を見合わせてじゃんけんした。
見事負けた俺はヒエーと戦慄きつつも、人混みに身を投じる。
まあ、プリントを取るだけなので人が沢山いるとはいえ、流れも早いし案外簡単に抜け出すことができた。
プリントを持って二人の元へ行くと、ややボサボサになった頭を直してくれたのが意外にもナルだった。
「ごくろうさん」
「ありがとうナル」
ジーンはクラス表を食い入るように見つめて、そしてすぐに顔を上げた。
「また同じクラスだよ!!B組」
「僕は?」
「残念、ナルはA組」
普通の学校で双子が同じクラスになることは基本的にないので、俺とジーンが同じクラスになったということは必然的に違うクラスになるとわかる。でも隣なら合同授業とか一緒かもな。
「一回くらいナルとも同じクラスになりたかったなあ、来年期待しよ」
「うん」
「え〜!?僕は三年間と同じクラスがいい」
ナルがさりげなく肯定してくれたのが嬉しいが、ジーンが甘えて俺の腕を引っ張るので気もそぞろになる。
「今年は修学旅行もあるね、同じ班になろ」
「はいはい」
ルンルンなジーンに腕を引かれつつ、クラス表をじっと見つめたままゆっくり歩くナルと昇降口へ入った。
初日は始業式とホームルームで解散になる。明日から三日間かけて課題テストがあるのでなかなか面倒だけど、バイト先のにいちゃんたちに熱心に教えてもらったから今年は無敵だもんね。
まだ春休みの気分が抜けきらない学生がほとんどなので、帰って眠りて〜とか遊びに行くぞ〜など意気込む声を聞き流しながらカバンに荷物を入れる。といっても筆記用具くらいか。
「」
「え、あ、ナル」
HRが終わって解放された教室に他クラス、ましてやこのクラスにいる一人とそっくりな人物が入って来ていても目立つことはなく、いつのまにか俺の机のところにいたナルに少しだけ驚いた。
「ジーン?そういや、いないね」
「あいつのことはいいんだ」
なんという言い草だ。と思いつつ兄弟なんてこんなもんだ。
「今日、一緒に帰ろう」
ははっと笑っていたところに、ナルがなんか言った。え、今一緒に帰ろうって言わなかったか。
「俺と?」
「それ以外誰いるんだ?」
ぽかーんとして聞き返すと、純粋に怪訝そうな顔をされる。だって、だってですね。
「あれ?ナルどうしたの?僕今日部活って言わなかったっけ」
「知ってる。だからと一緒に帰る」
「え〜!?」
どこに行ってたのか知らないが、ジーンは教室に戻って来て俺とナルの姿を見つける。どうやらジーンは初日から部活があるみたいで、ナルはそれを知っていたらしい。
続いた返答にえっと驚いたのはジーンだけではなく俺もだ。一緒に帰ることが決定しているじゃないか。いや、断る理由もないけどさ、今まで二人で一緒に帰るなんてしたことなかった。
「なにそれずるい、じゃあ僕も帰る」
「今日は新入生勧誘するんじゃないのか?部員数少なくて危ないって言ってなかったっけ」
「そうだけど……」
「勝手に朝の家に押しかけたくせに、どこがずるいんだ?」
そうだそうだ、とウンウンしそうになって首をかしげる。どういう意味かな?
日本語間違ってる気がする。
「えーと?」
二人を交互に見たけど、ジーンはどうしても部活に出なければならないし、ナルはさっさと帰りたいし、俺も学校に残る用はない。
朝ジーンと一緒に登校したから……って引き合いに出されるのがよくわかんないが、深く考えるのはよそう。
「今日はじゃあ、ナルと帰るから」
「ああ」
「えっ」
ナルの腕に手を通して絡めると、応えるように手が回って来た。
置いてくジーンはかわいそうだが、さっさと別れるに限る。
「家まで送るね」
「そんなことまで頼んでない」
「あれ?」
ジーンが一緒に帰れない代わりに、ちゃんと務めは果たすぞっと意気込んで見せたが、どうやらナルはお気に召さないようだ。そこまでしてもらうほどか弱くはないらしい。噓を吐け、保健室ベッドの常連客め。
廊下を出たので腕をするりと解こうとしたが、ナルは離れて行く瞬間に俺の袖を指で摘んだ。くんっと重みがかかるが別にどうということはない。
「の家は?」
「へ」
「どこにあるんだ」
「ああ、なに、遊びに来る?」
「いいのか?」
「うん、いいよー」
ジーンは一度うちに遊びに来たことがあったので今日家に来られたが、ナルはもちろんないし、軽い気持ちで誘ってみると意外と良い食いつき。まあ面白いもん何もないけど、強いていうならうちの双子の姉は面白い生き物かもしれない……。
「谷山さん」
と、そんなことを考えていたところで呼び止められた。
低く落ち着いたよく通る声。振り向いた時に、ナルの手が離れる。
「あ、リン先生!」
「先生?」
ナルは隣で不思議そうな声を出す。見たことがない先生だからだろう。
「顧問の先生なんだ。───なんかありました?」
「少し、部のことで相談が」
「あ、はい。ナル先に……」
「待ってる」
「え、なんか悪いねえ」
「いえ先に帰ってもらった方がいいでしょう。どのくらいかかるかわかりませんから」
俺の所属する写真部の顧問であるリン先生は、言いにくそうに口元を手でそっと抑えて目を伏せた。
先生に近づくにつれ、背の高さのせいか見上げなければいけなくなる。まあ見上げるのは慣れてるんだけど。
ナルは少し付いて来ていたけど、次第に動きがなくなり立ち止まった。
「そうなんですか?ごめんまた明日」
「……わかった」
「すみません」
部活のこととなれば仕方がない。残念だけど今度遊ぼう、ジーンも含めて。
そう思ってナルにゆるく手を振って別れた。
写真部が活動するのに借りているコンピュータ教室に行くと、誰も部員がいなかった。あれれ。
「他の部員は?」
「集められませんでした」
俺はたまたま見つけられた第一村人ならぬ第一部員であったのか。
「部員にメール回して集めましょうか?」
「いえ、少し聞きたいことがあるだけですから」
実はリン先生は今年赴任して来た先生で、まだ部活について詳しくはない。春休みのうちに学校へ来て部員と顔を合わせたけど、休暇中に頻繁に集まるわけもなくほとんど活動もできていないのだ。というわけで、リン先生が部員に聞きたいことがあるというのも頷けた。
そういうわけでお力になれればとついて来たわけだが、大した時間もかからず相談事はおわった。
「なんだ、もうおわり?」
「待ち人がいては捗らないと思ったので」
ナルを先に帰さなくても良かったじゃないか、と思うくらいで拍子抜けしている俺に、リン先生は苦笑する。
そりゃ、早くナルんとこ戻ろうと思ったかもしれないけど、だからって手抜きしないっつーの。
わかりやすく膨れた顔をしたからか、リン先生は俺の顔を覗き込んで、ふっと笑う。
「一人で帰るのが嫌だったらここにいますか?」
「ちがいますう、帰りますう」
「残念。お気をつけて」
俺をさびしんぼの小学生だと思ってるのか、リン先生のお誘いは甘く柔らかい響きを孕んでいた。
気に食わないのは違うところだし、別にそこまで怒ってないので、大股でずかずか歩いて家路についた。
next.
相手キャラ属性:優しいクラスメイト、病弱、敬語。
主人公が持ってるヒロイン属性:懐っこい。
ナルがおとなしいしリンさんは日本嫌いじゃないし、昔主人公の家庭教師をしていたという設定があるにはある。 まいちゃんは違う学校。
Aug 2019