03.ロマンティックオータム
最終授業が終わったらHRをするために担任が教室にくるんだけど、それまでは休み時間同様に各々自由な時間を過ごす。隣のクラスに行くくらいならまだいいが購買まで走って軽食を買いにいく猛者もいる。HR中食い物の匂いをさせたやつは周囲のクラスメイトから恨まれる。そして啄ばまれる。今日の放課後は特に予定もないし、駅前の本屋寄ってきたいなーDVD借りたいなー、と机に頭をなすりつけてスマホを眺める。新作のレンタルが始まったって聞いた気がすんだよなあ。
ごろごろのびのびしてると、後ろの席の友達が手を伸ばして俺の制服をわしわし掴む。
「後輩来てるよ、後輩」
「ん、あー」
言われるがまま顔を上げ、自然と教室のドアのところに視線をやる。すると見慣れた後輩の姿がそこにある。
教えてくれた友達に手だけひらひら振って立ち上がると、後輩は俺の姿に気がついてじっと見つめた。
「どーした」
「今日、放課後暇っスか」
「ひ、暇っスけど」
気だるげな後輩、光は五年前に大阪から引っ越して来た俺の隣の家の住人でもある。初めて会った時は小学生で敬語じゃなかったんだけど、中学に入って以降一応敬語になった。まあ敬語って感じはあんまりしないんだけど。
「光、今日バイトは?」
「図書委員の当番なんで」
「えー。今日、光のバイト先行こうとしてた」
「なら一緒に行きます?」
「さっき図書委員の当番って言わなかったか」
「言うた」
どういうことや……と目を白黒させると、光は図書委員の当番を手伝えと宣う。
なんでだよ。宇宙を見るくらい遠くに視線を飛ばした。
「今日、オレのペア休みなんスわ」
だからって保健委員の先輩に頼むっておかしいと思います。遺憾の意を表明しようかと思ったけど、光のこういうわがままは嫌いじゃないのが本音でありまして。一緒にいてっていうお願いなわけで。
「俺あんまり仕事内容わからないけどいい?」
「そこは教えるんで。まあ大したもんちゃいますけど」
「じゃあいいよ、HR終わったら図書館行く」
光は、んっと口を結んで頷いた。心なし嬉しそうに見えるのは。五年の付き合いから生み出した俺の願望で幻覚かもしれないが、可愛く見えて来る不思議だ。
光と入れ違いに担任が来たことですぐにHRは開始され、ものの数分で解散となった。そういえば光は階も違うのにこっちの教室来ててHR遅れなかったのかな、大丈夫だろうか。まあそんな厳しくない先生だったはずだけど。
「あ、うちのクラス保健員って誰だっけ」
さよーなら、と挨拶をした途端みんなの雑談の音量も上がるが、その中でもやっぱり担任の声はよく通る。俺はほい、と手を上げた。
「谷山だったか。保健の先生が呼んでたぞ」
「え?委員会の集まりってことですか?」
「いや、え、んーそうじゃないかな?」
先生も曖昧な返事をしてくる。
多分名指しではなく、B組の保健委員をと言われたんだろう。だとしたら委員会かもしれない。
光にごめんねってメールを打って、保健室へ向かうことになった。
しかし保健室に顔を出して見ると、他の生徒が集められてる様子もない。
そういえば保健室って言ってなかったかも。じゃあどこに?職員室?備品室?
保健室の中にはさらに部屋があって、そこには薬とか脱脂綿とかタオルとかシーツとか、色々ストックされている。あと先生の荷物とかも。だからあんまり入らないんだけどそろーりとドアに手をかけて覗き見る姿勢を作る。
「谷山くん」
「わぅ!」
後ろからかかった声にびっくりしたら、俺の様子がツボに入ったみたいで保健の先生が顔を覆って笑っている。
ドロボーの気分で両手を上げて、備品室のドアを背に閉めた。まだ入ってないです。
「せ、せんせー脅かさないでくださいよ」
「いや普通に入って来たで?」
保険医の白石先生は笑いをくすくす程度に収めながら、ドアを指さす。たしかに、今保健室に普通に入って来たところだ。
保健室のドアは滑らかに開くので音が立ちにくいんだよな、教室と違ってさ。
「集合場所やっぱここでよかったんですか?」
「おん、悪いなあ呼び出して。用事なかったか?」
「あーまあ、平気?です」
白石先生は紙の束をどっさり抱えていて、テーブルに置いた。あ、これ保健だよりだ。インフルエンザの予防接種を促す内容が一目で目についた。もうそういう時期か。
「そうか?まあそんな時間かからんから、頼むわ」
「あい、って他の委員は?」
「たまたま見かけた先生に声かけたんで、来てくれたんは谷山くんだけやな」
「ほ、ほえーっ」
裏切り者〜!と頭をかかえる。誰がって、他に声をかけられた生徒だ。
俺の担任以外にも誰かに声かけてるよな。
「くそ~~~、何したらいーんですか?」
「悪い悪い……、仕事は簡単や。各学年クラスごと30枚ずつに分けてくれるか」
「わかりました」
3学年7クラスで21部、一人でやるのはめんどっちい作業だ。呼んだのもわかる。たまたま見かけた先生にだけ声かけるのもわかる。来なかったら来なかったで良い……。うん。
「オレも手伝うから。どっちがたくさんできるか競争しよか」
「えー、勝ったらご褒美ありますか?」
「自販機でジュース買うたる」
「わあい」
「そのかわり、谷山くんが負けたら何してもらおうかな」
「せっかく手伝いに来たのに!?」
白石先生はまた笑って、ウソウソ、と手を振った。
俺たちは枚数を数えるために黙々とプリント仕分けをこなした。何度か話しかけようかまよったけど、互いに枚数を数えるタイミングだったので口をつぐむ。
途中で印刷されてない白紙の束がもそっと出て来たり、違う印刷物が混じってるなどハプニングはあったが、1時間もかからず仕分けは終わった。
ちなみに白石先生は途中で印刷かけにいったにも関わらず俺よりも多く数えていたので、競争は俺の負けになった。
「……さては、サボっとったな?」
「あは、いや、勝負はフェアに行こうかと思いまして〜」
白石先生が席を外した時、光からのどこいる何時に終わる、などという束縛系彼氏みたいなメールに返事をしてた。
ちなみにこれが終わったら図書館来てって言われてる。
まさか光一人でやってるのかなあ。俺に頼むくらいだから、誰にでも手伝える仕事だろうし、司書さんもいるっちゃあいるんだよな、大丈夫だよな。
「人と約束してて……だから連絡をですね」
「そうなん?すまんかったなあ」
先生から目をそらしていると、スマホがみゅーみゅーバイブする。
多分光からのメールだろうなとスマホを取り出そうとした途端にすぽっと手から抜けた。
「はい、没収」
「アーーーー!なんで!?」
「校内で携帯電話の使用は禁止やろ、目の前で出されたら没収するわ」
「禁止してんの授業中でしょ!今放課後じゃないですかあ~!」
「ハハハ、そんな細かい規則あったっけ」
なんやねん、と思ってたところでするっとスマホを取りあげられた。いじめっ子のようにスマホを高い高いしてる白石先輩は成長途中の俺と比べたらうんと背が高い。
これは完全に遊ばれている。
「えーと規則は、一週間没収の後反省文提出……やったな」
「やだー見逃してください。死んじゃう」
「大袈裟やなあ」
いざ取られると思うと、何にもできなくなるなと思い至る。だって友達も家族もバイト先も全部ここに連絡先が入ってるし、取られたら自分からも連絡できなくなる。最悪家族は家の電話、バイト先は調べれば出てくるけど。
暇つぶしも時間の確認も調べ物も簡単にできなくなるのは不便だ。
「これがないと誰とも話せなくなるんか」
「まあ家帰って学校来てバイトしてりゃ問題ないすけどね」
先生は何か含みを持つような色でしみじみと呟いた。
でも結局遠くにいる場合の連絡手段がないだけなので、学校来て家帰ってバイト行ってりゃ顔を見て話をするわけだ。
だからと言って絶対没収されたくないけどな。
「あんま先生の前で出したらあかんで」
「気をつけまーす」
先生は笑いながらスマホを俺の胸のポケットに優しく滑り込ませた。
保健だよりを各学年でまとめて職員室の机に持ってって、帰り道で先生が結局ご褒美をくれるというので飲み物を買ってもらって、ようやく図書館にたどり着いた。
「おそい」
「ごめんて……他誰もつかまえらんなかった?」
うん、なんだかううん、なんだかわからない返事をしながらため息をつく光。
カウンターの中に入り込み、隣の席に腰掛けながら飲み物の蓋を開けた。
基本的に図書館内は飲食禁止だが、カウンターの中で飲み物を飲むことだけは暗黙の了解というか、本を汚さなければよしということで許されていた。
「なにしとったんスか」
「え、保健だよりの仕分け」
かったる~と笑うと、かったるそ~という顔が返ってきた。
「光と途中メールしてたじゃん、スマホ没収されそうになった」
「?」
光に飲み物を傾けて渡すと、受け取って口をつけながら怪訝そうな顔をした。
「まあ冗談で、すぐ返って来たけど」
「へえ」
蓋を閉めて返って来た飲み物をカバンの中に入れる。
来るのが遅くなってしまったので、図書館はほとんど閉館状態にまでなっていて、あとはもう戸締りをして帰るだけだった。
DVD借りたいし、光もそのつもりみたいで俺の話に相槌を打ちながら本の貸し出し利用手続きのシステムを終了させた。
いらっしゃいませ〜の挨拶とともに見知った顔の人たちが俺たちの姿を見て笑みを濃くする。
光はバイト店員だし、俺はよくくる常連客だ。
「財前くんちょうどいい、シフトのことで相談があったんだー」
「なんスか」
「店内見てる〜」
光は店長に声をかけられて俺に背を向けて手を振る。
新作の棚と目当てのものがありそうな棚をぶらぶら眺めていくつか手に取っていると、光はすぐに合流した。
「それブルーレイちゃいますか」
「光ので観せて」
「…………何本?」
「3」
俺の手にしていたDVDをちらりと見たあと、まじまじと眺めなおす。
ブルーレイって書いてあるのは店員的にすぐ目に付くだろうし、時々間違えて借りてく人もいるから確認必須だろう。
ちなみに俺の家はブルーレイ観られないけど光の部屋にあるゲーム機なら観られる。
カードみたいにDVDを三枚見せてにこにこすると、光はため息を吐きつつもそこまで嫌じゃなさそうだった。DVDの趣味自体は違うんだけど、色々観るの好きだから俺のも付き合ってくれるんだよな。
「今夜は寝かさねーぜ」
「先に寝る人が何言っとんねん」
next.
相手キャラ属性:彼氏力高そうな年下幼馴染とヤンデレのケがある保険医。
主人公が持ってるヒロイン属性:流されやすい。
既出の作品と似たエピソードなのは乙女ゲーの総集編っぽくするための仕様ですけど、ぶっちゃけ私がワンパターンだからかもしれない。(完全に否定できない)
Aug 2019