03
桜並木の道で、少し離れたところから歩いてくる少女の姿を見て足を止めた。セーラー服を着た、華奢で、いきいきとした足取りの、その佇まいには見覚えがない。ショートカットの明るい髪の毛、まろい瞳や輪郭。小ぶりな唇が、凝視している俺を見てすぼめられた。
足を止めた少女に一歩近づく。彼女はこてんと首をかしげた。
桜の花が二人の間にひらひら舞っている。俺の動きを待つ彼女は、俺と同じく俺に見覚えはないんだろう。そんな顔だ。
「新入生?」
ふっと笑って声をかけると、彼女ははっとする。
「あっはい」
「登校には少し早くない?」
「早く目覚めちゃったから……上級生の方ですか?」
うんと頷いて、一緒になって校門をくぐる。
少女に声をかけたのには特に理由はない。だって知らない人だから。でもなんでだか気になった。
今日は入学式があって、新入生の案内用のテントが校舎の脇にたてられている。そこで名前を言うと花をつけてもらって、案内用紙を渡されるんだ。
「新入生だよー」
「え?あ、ああ!なんだ松田先輩」
「先輩の妹?」
「そう」
テント内にいた先生や生徒たちは、俺がふらっと入ってきて一瞬驚いていたけど、隣に見かけない女の子を連れてたらすぐにわかってくれた。俺がてきとうに頷いたら、少女はえっと驚いてキョドキョドしていた。
「えーと、松田……ナニさん??」
生徒が一人、浮かせたペンで名簿をすうっとなぞりながらたずねる。
冗談だから松田を探さなくていいんだよ。
「谷山麻衣です」
「ナルホド……」
そんな名前だったわけか。
「妹って言わなかった?」
「違うみたい、あっ」
同級生が俺の頭を軽くたたいた。
「しかも今名前知った感じだったし」
「ウン、そこであった。初対面」
親指でくいっと校門の方をさすと、ほんのり軽蔑の眼差しを向けられた。
視線をそらし、お花を胸につけてもらってる麻衣ちゃんに、クラスを聞く。F組だそうだ。
「今度教室に遊びに行くよ」
「ありがとうございます……?」
なぜ急にこんなにフレンドリーなのか、わからないんだろう。
まあいいじゃないか。俺は笑顔を浮かべた。
「入学おめでとう、麻衣ちゃん。じゃあね」
「あ、はい、ありがとうございます!」
もう一度お礼を言う声を聞きながら、先に校舎に入った。
遅れてタクシーで登校してきたLが、どこで何を聞いたのか、座ってる俺を見下ろし、挨拶もせずにじろじろ観察しながら近くの席に座る。
「おはよお?」
「……そうやって一年生の女子に朝から声をかけたんですか」
一応挨拶のために笑顔を浮かべると、無表情でこてんと首をかしげられた。
やっぱり……っていうか誰に聞いたんだ。
「彼女、何もなさそうですけど」
「調べるの早……」
今日はお弁当じゃない日なので昼休みに購買へ行くところ、めずらしくLがついてきた。人の行き交う廊下でも、履きつぶした上靴の足音はよくわかる。
口ぶりからするに、半日もしない間に麻衣ちゃんの情報を入手したようだ。
どうせ入学してくる生徒の情報はあらかじめ持ってただろう。2年前よりも環境が整っているようでなによりです。
今更、警察でもないし事件でもないのにどうのこうのって言うつもりはなかった。
「目についたので声かけただけで……、気になる?」
「さすがに、女子高生に手は出さないでしょう」
「……」
信頼されてる、のか?これは。
白い目向けてきたくせに……と思ったけどLはなんだかんだフザけるからなあ。
俺は麻衣ちゃんに初めて会ったが、かといって全く知らないわけじゃない。麻衣ちゃんはライトくんみたいに、俺の知っている物語の登場人物だった。デスノートとは全く関係の無い話だけど。
どうLに説明するか悩み言葉を探している最中で、そばにいた気配がふいに消えた。フラフラするのはいつものことだけど、思い切り会話の最中だったし、俺に聞きたいことがあってついて来たわけじゃなかったのか。
「おすすめはコレです」
「あ、はあ……?美味しそう」
きょろきょろさがすと、Lは唐突に菓子パンの並ぶ窓口で誰かに話しかけていた。ひょいっと覗き込むと、わけがわからんという顔をした麻衣ちゃんがいた。
「なにやってんの」
「あ、今朝の……松田先輩?」
「一年生は午前だけじゃなかった?」
名前にうんうんと頷いてから首をかしげる。Lは俺と麻衣ちゃんをよそに、おすすめした菓子パンを買い占めようとしていた。お前が買うんかい。
「午後はないんですけど、友達とちょっと残ろうと思って」
「くん払っておいてください」
「はいはい」
へ〜と頷いていた俺の視界の端で、Lはしれっとパンを抱えて会計を指差す。
おごらされたことは全くないが、財布を持ち歩かない男のために立て替えさせられるのはいつものことで、麻衣ちゃんがぎょっとしている顔を、一瞬どうしたんだろって思ってしまった。
「おひとつどうぞ」
「え!?わ、いーですいーです」
「お近づきの印に……それと、今朝は松田がご迷惑を」
「迷惑だなんてとんでもない。…………ありがたくいただきます」
財布をポッケにしまいながら、Lと麻衣ちゃんのやりとりを見る。
お近づきの印ということで笑顔で受け取った麻衣ちゃんに、Lも俺も小さく笑って見せた。近づいて行く気満々である……。
***
麻衣は知り合ったばかりのクラスメイトとおしゃべりをするために軽食を買いに来ていた。二人ほどついて来てくれていたが、人混みの中に入るために別行動をとった。
もらった菓子パンを手に、上級生の男子生徒二人と別れたのは、購買部の出入り口のところだ。
「ちょっとちょっと、麻衣」
「ほえ?」
銘々に好きなものを買った二人のクラスメイトは、一息ついた麻衣の制服を引っ張った。
「さっきのひと、知り合い?」
「先輩だよね?うち中学にいなかったと思う……麻衣と同中だったの?」
一緒にいたミチルと顔を見合わせて、恵子ははしゃいだように声を弾ませた。
「あー今朝ちょっと知り合って……パンまでもらっちゃった」
「え〜いいなあ!」
単純にパンをもらったことではなく、上級生の男子に恵んでもらったことで、友人たちは麻衣に羨望の眼差しを向ける。
名前や知り合った経緯を聞かれながら教室に戻ると、買い物にはついてこなかったクラスメイトも加わった。
「竜崎先輩と松田先輩、私知ってる」
「え!」
祐梨は人差し指を顎に当てて、得意げに笑う。
恵子とミチルだけではなく、麻衣も驚いた。
「祐梨なんで知ってるの?あの二人、内進だったっけ?」
恵子もミチルも中等部から進学したが、二人の上級生に覚えはなく、祐梨だけが知っていることが不思議だった。
「部活の先輩に高等部の話聞いてたんだ。面白い人たちがいるって」
「あの二人、話題にあがるほど目立つの?」
ミチルがそうは見えなかったけど、とこぼし首をかしげる。
麻衣は実際、二人の妙なやりとりを見ていたので、なんとなく想像がついた。
「竜崎先輩、すっごい頭いいらしいよ。で、ちょっと変わってるんだよね」
いわく、大量に甘いものを摂取したり、授業中も休み時間も関わりなく自由にパソコンを開いて操作し始めたり、毎日タクシーで登校してきたり。
「う、うわあ」
「松田先輩はそのお供っていうか……世話係?みたいな」
たしかにパンを大量に購入する際に会計をさせていたな、と真新しい記憶を辿る。えっと声をあげかけた麻衣に対し、松田はきょとんとしていた。慣れたことだったのだろう。
「そんな人にパンもらったの、麻衣ってば」
「なにかしたの?」
「さあ……あたしにも、さっぱり」
変わっていると噂の竜崎にパンをもらったのはたしかだが、その世話を請け負っている一見まともな松田が唐突に麻衣に目をつけたことは誰にも理解ができなかった。
next.
すんごく有名人じゃないけど、話題のネタになる程には変な人っていう二人でした。
おもにLが変なんだけど、それを補う松田の存在がより変であることを助長させているという。
呼び方を徹底はしてないので、しれっと素の呼び方をさしこみます。たのしい。
Oct. 2017