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04

Lはのそりと立ち上がり、なんの脈絡なく口をひらく。
「あの旧校舎、そろそろ倒れますよ」
「あ、やっぱし」
麻衣ちゃんと出会った日にこぼした呟きをLは拾っていたらしい。
そろそろアレ倒れるなって……つい、ぼそっと。

いつのまにどうやったんだか知らないが、秘密裏に、勝手に、おそらく業者を導入して調べさせたようだ。
校舎の歪みは酷く、近いうちに倒壊する恐れがあるほどだった。
原因は地盤沈下だとこぼした。
つい数日前からLは興味のそそられる事件に首を突っ込んでいて、昨日の晩解決したばかりだ。そのため俺は朝からLのいるホテルにお迎えに行って一緒にタクシーに乗り込んだ。
だって一回学校来なくなると、お迎えなしには学校こないんだ。
学校までは車で15分くらいかかるので、事件の片手間に調べといたらしい旧校舎に関する資料を渡されて目を通す。むむん……、沈んでるってことはわかる。


学校に到着し、タクシーが去って行く音を背に校門を通り抜ける。いつもより遅くなっちゃったな。遅刻にはならないだろうけど。
昇降口のところで、違う方向から走って来た麻衣ちゃんと目があった。
「あれ?おはよう」
「ま、松田先輩〜竜崎先輩〜」
なんか泣きつくような声だった。うえーんって顔をしてる。
小さい声でおはようございます、と付け足された。
「どうしたどうした」
「寝坊ですか」
優しく尋ねると、麻衣ちゃんは寝坊じゃなくてむしろ元気に早起きしたのに、ついつい旧校舎の方が気になって覗きに行ったら、一悶着起こしてしまったことを嘆いた。
おおう……もう旧校舎入っちゃったのか。
「旧校舎にはもう近づかない方が良いですよ」
「はい!もう行きません!」
Lは涼しい顔で忠告した。言われた方は全然深刻にはとらえられてないけど、嫌なことがあったので近づくもんかって勢いで頷いてる。
ところがどっこい、麻衣ちゃんは今後おそらく旧校舎に行くことになるんだなあ。
「そもそもなんで旧校舎なんか見に?……誰も近づかないよなあそこ」
「危ないですからね」
「あ、それあたしも聞いた。祟りがあったり、幽霊がでたりするんですよね」
半壊してることや去年の事故のせいで、生徒たちはあの旧校舎に色々と怖い噂を付け足して敬遠してる。
麻衣ちゃんが言ってるのは、あくまで噂だ。
「…………幽霊?」
Lはふみゅっと顔をしかめて、俺を見た。事細かく調べた本人にとっては幽霊なんて初耳らしい。
「こどものたてる噂ですよ」
「…………」
ああって顔をした。まあ、高校生にありがちだもんな。
麻衣ちゃんがお友達に聞いて来た不幸の噂を、Lと俺はひとつひとつ訂正した。幽霊に関する、白い影が手招きをしているって噂は元ネタとなった事件がないので否定しようもないんだけど。
「なんでそんなに詳しく知ってるんですか?」
「去年あった事故でくんが怪我をしたので」
「この人が調べてくれた」
俺とLはお互いを指差して答える。麻衣ちゃんは俺の怪我やLの情報収集能力どちらにも驚いて目をまん丸にしたけど、チャイムが鳴ったので慌てて走って行った。
あ、よく考えたら俺たちも遅刻だ。


その日の放課後、通りすがりに校舎脇の植え込みのところで麻衣ちゃんと黒ずくめの少年を見つけた。おお〜と思って眺めると、隣にいたLも納得の声を上げる。
そして麻衣ちゃんも俺たちを見つけて、駆け寄って来た。
なんでだろう、後ろから少年も付いてくる。
「あなたが、旧校舎のことに詳しいという先輩ですか?」
Lは返事もなく少年、ナルの顔をまじまじと見た。こら、指咥えるのやめなさい。
麻衣ちゃんは慌てて、カメラを壊して怪我をさせてしまったのが旧校舎の調査に来ていた人たちで、責任とって手伝いをすることになったと説明した。
「…………災難でしたね」
「ハイ」
Lは平坦な声で麻衣ちゃんをねぎらった。
「旧校舎について何かご存知ありませんか」
「私は彼女にお話しした以上のことは知りません」
あげく、自分が調べた結果が結果なのでこれ以上の調査に興味もない。協力する必要性も感じない。───というわけで、帰る気満々だった。
もうタクシー呼んであるしな。
「そうですか。ご協力ありがとうございます」
ナルもあっさり引き下がった。
二人の会話中俺は黙ってたけど、麻衣ちゃんがじいっとじいっと見つめてきた……。多分助けを求めてた気がする。
可哀想だがそんな麻衣ちゃんは置いて帰った。

「───あ、地盤沈下の話してない」
「谷山さんには危ないとお教えしましたけど」
車に乗り込んでからそういえばと気づいた。麻衣ちゃんに正確に教えたのは旧校舎で過去にあった事件の原因だけで、地盤沈下の話はしていない。今しも倒れるという危険性もだ。
「多分あの子たち、中に入るでしょう」
どうする、と見やった。
Lは窓ガラスの方を見ながらだまりこんだ。親指でぐにっと唇を押してるのが反射して見える。
「では校長に調査の結果を伝えましょう」
「えー」
たしかにそれが一番手っ取り早い。ん?もしかして、最初からそのつもりでナルや麻衣ちゃんに言わなかったのかな。
校長にさえいえば、おそらくこれから続々とやってくるであろう霊能者たちに頼んでる場合じゃないってなるし。もう一度工事にふみきらせるくらい、Lならやれそう。
しかしなんというか、調査を潰して良いのか?という思いも俺にはあった。
微妙な声をあげて賛成しかねるもんだから、Lはどうしたのだと尋ねてくる。
「よく、わからないんですけど……旧校舎の幽霊は、探さないといけない」
「…………幽霊……」
ホテルのエントランスまで来て、タクシーが停車した。


***


麻衣は渋谷という得体の知れない少年に弱みを握られ、仕事を手伝わされる羽目になった。元はと言えば怪我をさせたりカメラを壊した原因となるのは自分だったが、だからといってゴーストハンターとかいう聞いたことない職業を手伝うなんて不本意でもあった。
怪談をする程度に怖い話は好きだが、それこそ幽霊を信じている節もあり、調査をするのが怖くもある。
旧校舎について何か知らないかと言われて、昨日ミチルから聞いた話をとりあえず話すことにする。
録音されると妙な気分にもなるけれど、おおむね間違いなく言えたと思う。
「───なるほど」
話し終えた後に録音終了のスイッチが押される音がして、ほっと肩の力を抜いた。
「でもこれ、『こどもの噂』だって」
「だろうな」
目の前の少年は皮肉っぽく笑った。
幽霊というワードに聞き覚えがないらしい竜崎と、なんてことない声色で噂話だと片付けた松田を見てから、麻衣はなんとなく怖さが薄れている。
今朝されたばかりの、仲の良い先輩の話のほうが、色濃く説得力を持って頭に残っていた。
「……旧校舎が使われてた時に亡くなった人が多かったけど、どれも事故とか事件で原因がはっきりしてて。何年も前の旧校舎の取り壊し事故は屋根が落ちたけど死人は出てないって」
ミチルいわく作業員が死んだとのことだったが、竜崎は涼しい顔で否定していたのを思い出す。
「子供の死体は誘拐、犯人は逮捕されてて……自殺した学校の先生はノイローゼで遺書があったんだって」
ファイルを開いて書類をめくっていた手は止まり、まじまじと顔を見つめられた。録音させたほうがよかったのだろうか、と話すのをやめたけど彼はトラックの暴走については?と続きを促した。
「瓦礫をつんだトラックが暴走したんだよね、その時体育の授業中だったから生徒が怪我したって。……運転手がお酒飲んでて酩酊状態だったって聞いたよ」
「───新聞、読んでたのか?」
記事を切り取った紙を渡されて受け取る。
死亡した2名の生徒のみ、顔写真が載せられていた。松田の顔写真は当然そこにはなく、載っていたら麻衣は彼と出会えなかっただろう。
胸がしめつけられて苦しくなった。
もしかしたら今年出会えていたかもしれない、亡くなった二人の生徒へも想いが募る。
「僕が下調べしてきた内容とほぼ変わりない。なぜそんなに詳しいんだ?」
「今朝……あのあと三年生の先輩に会って聞いたの。この事故で怪我したらしくて。だから旧校舎について調べたって言ってた」
「へえ。その人に会えないかな」
「あ」
麻衣はそんな話をしながらちょうど通りかかった松田と竜崎の二人をみつける。二人ともすでに麻衣を見つけたそぶりで、こっちを見ていた。
入学して間もないが、彼らは会うたびに麻衣に何かしら声をかけてくれる良き先輩であった。だからこそ麻衣は駆け寄っていこうとする。後ろから咎められる声がしたが「あの先輩だよ」というとそれ以上文句を言われることはなかった。


結局松田も竜崎も、麻衣に話した以上の内容は知らないそうだ。
幽霊の目撃についても、こどもの噂と言ったとおり、ゴーストハンターを生業とする彼とは畑が違う。
竜崎は簡潔に質問に答え、ではと踵を返した。松田は麻衣の方を見たが、肩をすくめて悪びれてから、竜崎の後を追いかけていく。
「帰っちゃったよ、いいの?」
「別に。きみが話してくれた以上のことを知らないみたいだし」
「う……だけどぉ」
このなんか信用できない男と一緒に、よく分からない調査を手伝わされるのか。そう思うと、二人のせめてどちらかが、残ってほしかった。


next.

松は仕事中は敬語だけどLと二人になると普通に口きいちゃうっていうのがルーズの方だったんですけど、こっちでは逆に普段はタメ口なのに時々敬語がこぼれます。
あと、ふたりは基本的に登校は別、放課後は一緒に帰る(ホテルまで)。
Lが事件に首突っ込んでる時は学校に来ない→放課後は一人でホテルに訪ねる(結局ほぼ毎日様子見てる)。
解決したと聞いたら次の日だけは朝迎えに行く……というルーティンです。
Nov. 2017

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