05
次の日の放課後、俺は麻衣ちゃんのクラスへ行ったんだけど、すでに手伝いのために出て行ったとお友達に言われた。廊下ですれ違ってないから、結構早くにHRが終わったのかな。
残念、と思いながら肩をすくめる。
「旧校舎いくかあ」
「麻衣になにか用事だったんですか?」
「うーん、ちょっとね」
「───竜崎先輩、ですよね」
急に横から俺たちの間に入って来たお下げ髪の女の子は、俺の後ろに付き添ってたLだけを見ていた。今、俺たちがしゃべってたんだけど。
「あなたも旧校舎へ?」
「はい、行きますよ」
Lは特に表情も変えずに頷いた。
昨日の俺のぼんやりした発言を尊重するように、Lは校長先生への情報提供を一度取りやめた。なおかつ、俺とともにあの旧校舎に入ってみようとまでするんだから、……多分ものすごおく暇か、なんか気が向いたんかな。
私もこれから旧校舎へ行くところだったんです、一緒に行きませんか。
という妙なデートの誘いを受けたLは、一瞬こちらに視線をよこした。なんだこの子は、と言いたいのかもしれないし、彼女の心がすでに読めてるのかもしれない。うーん、俺はなんとなくしか察することはできないけど、Lも結構有名人になったんだなあ。
俺たちは女子生徒の黒田さんを伴って、旧校舎へ向かった。
停車してあるバンのそばには知っていた以上の人影が二つ。若い男女と見て取れる。
「どうする?」
「さあ」
校舎の角で立ち止まり、様子を覗き見ながらLに聞くとなげやりに答えられた。そうですね、完全に付き添いですもんね。黒田さんは俺たちに痺れを切らしたようで、一人輪の中へ入っていってしまった。
麻衣ちゃんは黒田さんに問われ、若干気乗りしない声で霊能者を紹介した。どうやら増えた二人は旧校舎を調べに来た巫女さんとお坊さんだそうだ。
黒田さんは旧校舎が悪い霊の巣窟だと訴えるが、巫女さんとお坊さんは見るからに肩を落とした。
巫女さんに自己顕示欲と言い切られ、黒田さんは体を硬直させる。
麻衣ちゃんが巫女さんの言い方に怒ってくれたが、修復は不可能。険悪な雰囲気の中、黒田さんは霊を憑けてやると吐いて、帰っていった。……誘った俺たちのことを見向きもせず。
まあ俺たちは俺たちで別行動で良いんだけどさ。
「あ、先輩!!」
「……やっほー」
角から顔を出していた俺は、黒田さんの背中を目で追う麻衣ちゃんに見つかった。出づれえ〜!
「今度はなんだぁ?」
今のやりとりで居心地の悪くなったお坊さんが、若干嫌そうな声をあげた。
俺はちょっと帰りたくなりつつも、Lと一緒に麻衣ちゃんの方へ近づいて行く。
「彼女、また来ますよ」
「え、どうして……?」
手伝いをどう切り出そうかと考えてた俺をよそに、Lは爆弾発言をおとした。麻衣ちゃんは驚き、巫女さんは眉をしかめる。あれだけキツく追い払ったのに、と言いたいんだろう。
「自己顕示欲が強い人間は自分のことを周囲に理解させようとします。先ほど腹を立てて霊を憑けると言っていたことから、特にあなたに何かしらの報復をしにくるのではないでしょうか」
「……!」
巫女さんは目をみはる。
俺はうーんと記憶を辿ってみた。ああ、来る来る。
「たとえば霊のしわざとみせかけて、脅かしたりな」
「………そういう人は場の空気を無視し、あるいはものごとを中断させるのも厭わない。彼女の本懐はここが悪霊の巣窟であること、退治ではない」
くるっと顔をこっちに向けて俺を見たL。
「だから…………───旧校舎の幽霊は探さないといけない」
「そうです」
通じるの早……と思いながら観念して頷いた。
「なんなんだ、おまえさんら」
お坊さんなんかはぽかーんとしている。
Lのプロファイリング能力ほんとナメてた。まあ、デスノートによる殺人事件の容疑者を割り出したほどだもんな。
「そういえば、あたしに何か用でした?」
「用というか様子を見にきただけ。教室に行ったらここだって言われてね。さっきの子も付いて来ちゃった」
「そうなんだ。でも、様子って」
苦笑する麻衣ちゃん。そんなに心配することあるかなあと思ってるんだろう。
「きのう、心細そうな顔してたろ。今日はなにするのー、俺も手伝えることある?」
「わ、やったあ!ねえナルちゃんっ、松田先輩たちもいいよね!」
あたし何をすればいいのーって言ってナルの方をみた麻衣ちゃん。ナルは少し表情を強張らせ、聞き返す。
「今、なんていった?」
「へ?」
「おまえ、ナルって言わなかったか?」
「ご、ごめん、えとっ……」
「どこで聞いた?」
麻衣ちゃんとナルのやりとりをLはじっと見ていた。ほかのみんなはまだ何も気づかない。Lはオリヴァーという名前に行き当たっていそうだけど。
新たにエクソシストの少年が校長先生に案内されてやってきて、みんなで校舎に入って行くことになった。去り際に校長先生がなんで俺たち二人がいるのか不思議そうにしてたけど口出しはない。
「かえる?」
「そうですね、迎えを」
「ええ!?竜崎先輩帰っちゃうの?」
Lが退屈そうにしていたので校舎に入る前に尋ねると、あっさり帰る意思を示した。むしろ今まで付き合ってくれてたことの方が稀なのだ。残念そうにしてる麻衣ちゃんに、Lは予定があると嘘ついた。いや、嘘じゃないかもしれないが。
俺はその横でタクシーを手配していて、なんだかお坊さんと巫女さんに珍妙なものを見る目つきを向けられた。
「なに?」
電話を切ってから尋ねると、あ、いや、とどもられる。
「10分で着くって」
「はい。……さようなら」
「また明日」
Lと別れた俺の隣で、麻衣ちゃんとエクソシストの彼ジョン・ブラウンさんはほえーという顔で見送っていた。
「竜崎先輩、毎日タクシーで下校してるってホントだったんだ」
「ホント」
ブラウンさんが驚きの表情で、麻衣ちゃんと俺を交互に見た。
「それ全部松田先輩が手配してるっていうのも?」
「うん」
さすがに一人で登校して来るときはホテルのフロントに頼んでいるだろうけど。
麻衣ちゃんは絶句し、しばらく動けなくなっていた。
***
竜崎と松田が会話をしていた内容が、ナルの心にひっかかる。
霊能力があると自慢げに言った少女は自己顕示欲だと酷評され、不穏な言葉を残して去って行った。
ナルも彼女に霊能力があるとは思えない。 普通、あのような行動はとらないのだ。
そう考えるナルと同じようにして、竜崎が彼女の言動を見て推理した内容は見事的中した。
───彼女は、また来る。
自分の力を信じさせるために。自分を侮辱した巫女に報復をするために。
たとえば、松田の示唆したような───霊のしわざとみせかけて、脅かしたり───。
巫女を教室に閉じ込めるために使われたと思しき釘を手に、ナルは嘆息した。
『自己顕示欲の強い者は、平気で邪魔をしてくる』というのは本当らしい。
こちらは霊がいるのかいないのか、確かめたいだけなのに。
しかたなく原因の選択肢を"心霊現象"か"自然現象"などで良かったものに、"自己顕示欲の高い人間の仕業"の可能性も加えて調査することになった。
しかし、どうして誰も気にならないのだろう。まさに先ほど可能性を示唆されたばかりだというのに。
缶コーヒーを手に話し込む霊能者の面々を眺めるふりをして、松田を見る。ふと目があった。そしてナルの手にした釘を見て小さく笑った。
困ったように、謝るように、目配せをして来た。
彼だけはおそらく気づいている。
むしろはじめから、彼女がこんな行動をとると知っていたかのようだった。
next.
Lにとってはとても幽霊なんているとは思えない旧校舎で、松田が幽霊にこだわったのか不思議に思っていたところ、黒田さんの様子をみて理解。この時点で彼女の妄言(ひどい)を松田がなぜだか尊重?しようとしているところまでお察し……、そしてほとんどこの件には興味はなくなったという感じです。
基本的にLは今後もゴーストハントに興味はないけど、松田が関わってくので調べはするという……完全に付き合い。
やさしいりゅうざきさん。
Nov. 2017