06
次の日は松崎さんが除霊をするらしく、校長先生たちを連れて旧校舎の昇降口のところに集まった。Lも壁際でじっとしている。もう興味はないんだと思ってたけど、一応様子を見てみるくらいはするようだ。祈祷が終わってすぐに窓ガラスが割れて、校長先生が少し怪我をしたので一同騒然としたが、大したことはないからと言われ霊能者や生徒である俺たちは校舎に残った。
十中八九、悪霊の仕業ではなく土地のせいだろう。俺とLはこっそり顔を見合わせる。
教室で女性三人が睨み合ってるのをよそに、男性陣は話し合い、Lと俺は麻衣ちゃんと一緒になってカメラから送られてくる映像を流し続けている画面を見た。
「ナル」
麻衣ちゃんはうわごとのようにナルを呼ぶ。
昨日カメラを置いた部屋に違和感があったらしい。椅子が教室の真ん中まで動いているとか。
ナルもそのことに気づいて、全員にあの教室へ行ったかを尋ねる。しかし誰も行っていない。
記録した映像を元の状態にまで戻すと、ちょうど松崎さんが祈祷を終えてすぐの窓ガラスが割れた時刻になって、椅子がひとりでに動き始めた。
これも地盤沈下が原因だろうと、俺たちは口に出さずして意見を一致させてるんだが、霊能者たちは誰も気づかない。
ポルターガイストだと口々に言い始め、隣のLが半目になっていた。
「僕はポルターガイストにしては弱いと思うね」
ナルだけは、定義された項目に当てはまったとしても機械に反応がないことで否定的だった。
ところが麻衣ちゃんが、霊がいる可能性をひとつあげてしまう。それは黒田さんが霊に襲われたと証言したことだった。
黒田さんが得意げに襲われた話を披露する中、ナルは迷惑そうに麻衣ちゃんを見てた。そしてLは退屈そうにしてた。
襲われた時間帯は機械に故障でもあったのか何も映っていない。
霊能者曰く、心霊現象が起こると映像は残せないことが多いのだそうだ。……カメラをおく意味……。
くあ〜とあくびをしたLは、頭をかしかし掻いてる。
ちょいちょい出入り口の方を指さすとこくりと頷いた。帰りますの合図である。
教室の外に出てタクシーを手配して、中に戻るとみんなにちょっと見られた。
俺に集まる視線をよそに、Lがのそのそと出入り口のところにやってきた。
「すみませんが私はこれで」
あ、はい、というしかないだろう、みんな。そもそも、なんでいたのって話だ。
俺もこのまま帰っちゃおうと思ってたんだけど、すれ違いで真砂子ちゃんが廊下に出て行くのが妙に気になった。
「……ショックやったようですでんな」
廊下の奥へ行く後ろ姿を目で追う。逆方向にはLが歩いて行ってしまう。ブラウンさんは俺のいるドアの方を遠い目で見て、心配する声をあげた。
反射的に体が動いたのは、真砂子ちゃんの方だった。なんだっけ、俺は何かを忘れているような気がする。
だんだん足早になっていく。
「……、ぁ、……!」
ようやく追いついた先で彼女は、解体工事が中途半端になされて、風雨避けのために貼られた薄いベニヤ板のところに手をついたところだった。
俺の走って来た足音に顔を向けたが、彼女の背後でベニヤ板に亀裂が入る。
バランスを崩した体が倒れて行き、ヒビが穴となり、落ちていく。
「真砂子ちゃん!」
「!!」
細く小さな手をなんとか掴んだが、彼女に足場はなく、がくんと下に引っ張られる。床に這いつくばってる俺がなんとか掴んでる壁も、丈夫とは言えないだろう。誰か助けにきて〜と思いながら大声で人を呼ぶ。
「え〜る〜〜〜!」
真砂子ちゃんの下の地面には廃材が放置されている。ほんと、なんで工事の途中で投げ出すかなあ!!
「松田……!?」
俺の声を聞きつけたLは残念なことにすでに下にいた。俺の手も真砂子ちゃんの手も限界。ずるっと手が抜けて行く瞬間、すごく怖かった。
「きゃあぁあ!」
「……ッ!!」
Lはとっさに落ちて来た真砂子ちゃんを抱きとめた。が、もちろん一人の人間をきっちり抱きとめられる余裕がある高さではない。ちょっとしたクッションにしかならなかった。まあ、真砂子ちゃんが一人で落ちるよりは多分……ましなんだろうけど。
「松田の馬鹿……」
ほんとうにすんません。
呻くような声に頭を抱えた。
救急車を呼んだのは俺なので一台しか手配しなかった。落ちた真砂子ちゃんの分のみ。下敷きとなったLはタクシーでこのまま帰るそうだ。別に日本の病院にかかれないわけじゃないんだけど。
「おいおい、大丈夫なのかよ?」
「病院行かはったほうがええのんとちゃいますか」
「大丈夫です。軽い打ち身程度です」
滝川さんや、ブラウンさんが心配そうにしているがLは飄々としている。
「付き添いますね、今日は」
「ええ」
ナルに断って俺もLと一緒に帰ることにした。
ホテルに帰ってLの体を手当てする。大した医療知識はないが応急処置は知っている。L自身がそもそも自分の体のことをわかっているし、俺より知識が豊富なので手の届かない背中の手当てを手伝っただけで終わりだ。
「学校はしばらく休みましょ」
「松田さんは地盤沈下の件を渋谷さんに」
「はい」
「校長に報告せず霊能者を残したのは、彼女のためですか」
「ためになるんかね」
「…………」
答えてくれなかった。
Lには色々付き合わせちゃったし、あとはもうゆっくりしてもらおう。
***
ジョンの祈祷の最中に天井が落ちてくる事件が発生した。
映像や音声を記録して見ていたが、霊的現象らしき特徴は出ていない。だとすれば、自然の法則によって起こされた事態だというのが、はじき出される答えだった。そして今までも、そういう結果だったことは数知れず。
窓ガラスが割れた際、西側の教室の椅子が動いたことも加味すると、この校舎に何か問題があると考えるのが妥当だろうとナルは考えた。
全員を家に帰したあとに、ある計測をしようと準備をしようとしていた。
ふいに、ドアの外から軽く叩かれる音がする。
警備員や職員には話が通っており、夜にこのような訪ね方をしてくる者はいないはずだ。
その人はおそらく車内がよく見えないのだろう、窓に顔を近づけて、遠慮がちに中を覗き込んでいた。
「どうしました」
「みんなは?」
「帰しました」
車の外に出て来たナルを見てほっとしながら周囲を見渡すのは、竜崎に付き添って帰ったはずの松田だった。
麻衣と仲の良い先輩で、昨日はおそらく麻衣を心配して手伝いを申し出た。今日は一騒動あった所為で先に帰ったが、夜遅くまで麻衣がいるのかもしれないと、心配して戻って来たのだろう。
「そう、まあいいか。これ」
「何か−−−?」
カバンから書類の束を出し、ナルに渡す。反射的に受け取ったが、彼の顔と書類とで交互に視線を動かしたので内容がわからず問いかけようとした。
しかしすぐに、今からナルが調べようとしていたことの答えが書いてあるとわかって、書類に目を通す。
事故が起きたのはおそらく今日が初めてのはずだった。
校舎になんらかの障害があることや、なおかつ土地に問題があることなど今日1日で調べられるわけがない。ましてや、彼らは一度家に帰っている。
しかし、在学中の生徒だ。今まで旧校舎とともに過ごしてきた。
「───以前から知っていたんですか」
「調べたのは竜崎さん」
松田は肩をすくめた。
詳しく答える気がないのか、それとも知らないのか。
二人は同級生の友人というには違和感がある。下校時のタクシーの手配や、他にも身の回りの世話をなぜか松田が請け負っていると麻衣から聞いた。
旧校舎で過去あったことについて詳しく調べていた竜崎のことだから、その情報収集能力に驚くことはないが、今更松田を通した理由がいまいちわからない。
彼らは旧校舎は危ないと何度か口にしていたはずだ。
なぜ、進言しなかったのか。
この資料をナルではなく校長先生に渡していれば、心霊現象の調査どころでは……。
───旧校舎の幽霊は探さないといけない。
ナルは恨み言の一つをぶつけようとしたが、竜崎の言葉を思い出して口を噤んだ。
では、と軽く挨拶をして帰っていく松田の背中はすぐに暗闇に紛れて消えた。
竜崎の言葉が脳裏を反響する。
次第に声が松田のものにすりかわりはじめた。
next.
今回は松田なので、麻衣ちゃんを麻衣ちゃんと呼ぶのはヒロインちゃん的ニュアンスもあるけど年下の女の子だから。ということで真砂子も真砂子ちゃん。綾子は精神的には年下だけど成人女性だから。
黒田さんが黒田さんなのは最初は下の名前を知らなかった(覚えてなかった)からと、面と向かっての会話がなかったから。あと、ちょっと容疑者っぽいものとして見てた。
Nov. 2017