07
日曜日は昼過ぎにLのホテルに顔を出した。普段は休日に顔を出すことは滅多に無いんだけど、昨日事故に巻き込んでしまったので様子見だ。引きこもって情報収集する力はあるらしく、事件をみつけては解いて、甘ったるいおやつを食べている背中を俺はしばらく眺める。
たまに散らばった書類をまとめたり、ゴミを捨てたりはするけど基本的に手は出さない。やってほしいことがあれば言ってきたりするけど、今回はそれもなかった。
ふと、シャツの胸ポケットに入れてた携帯が震える。非通知からの着信だった。
「もしも、し?」
Lがいつも非通知で電話をかけてくるので、反射的に通話ボタンを押して耳にあてる。よく考えたらLではありえない、ここいにるんだから。
あれれっと首を傾げたけど電話口ですぐに、渋谷サイキックリサーチの渋谷ですと名乗られた。
「渋谷さん?どうして?」
『ご自宅に電話をしたら、出かけているとのことだったので。ご家族の方に聞きました』
「ああ」
ナルが俺の携帯の電話番号を知っていたのは納得したけど、教えた家族にはちょっと納得がいかない。明らかに同級生でも学校の関係者でもないだろう。あ、しれっと同級生のフリでもしたかな。まあいいや、結果的にナルだったわけだし。
『松田さんは中等部からの進学ではないようですが、黒田さんについて何かご存知ないですか?』
「うーん、特にないですね、みんなのところに行ったあの日が初対面だったし、その時も会話は全然」
『では、人となりについては知らない、と。───麻衣については?親しいようでしたが』
「麻衣ちゃんとはよく話しますけど、彼女とも入学式の日に会ったのであまり……あ、ちょっと待ってください」
俺は携帯電話の口の部分を抑えて距離を取る。Lは俺が電話しているのを見ていた。
「パソコン借りるよ」
Lの隣にあるスペアのノートパソコンを開いて同じソファに腰かける。
このパソコンはいくつか制限もあるが、Lの持つ情報にアクセスできるのだ。もはや俺がお仕事を手伝う用のものといってもいい。
Lが持ってる学校の生徒の情報をまとめてあるファイルを開いた。
「もしもし?麻衣ちゃんは結構苦労人ですね、14歳の時から天涯孤独で今は一人暮らしのようだ……学校の成績はクラスで真ん中よりちょっと下くらいかな、運動はそれなりに得意。評判は明るく素直で優しい子、ちょっとあわてんぼさんかな」
『───そうですか』
「ちなみに黒田さん」
『……はい?』
「両親祖母と同居の一人っ子、真面目そうだけど勉強はそんなに得意ってわけでもないらしいな……運動もそんなに。全体的に特筆したところは見られない、あー音楽の成績は良いね。小学生の時からピアノを習っていたらしい……中学の3年間は合唱祭でピアノの伴奏をやってるから−−−」
電話口の向こうから、戸惑いの混じる相槌が聞こえた。
「あれ?違う?」
『いえ。───ありがとうございます』
ナルはどこにそんな情報があるんだと言いたげな声だけど、深く突っ込まない。
麻衣ちゃんと仲が良いクラスメイト、それから黒田さんのことを知っている可能性が高い中等部で3年間同じクラスだった人の名前を挙げて電話を切ると、大きな目がまだこっちを見ていた。
「だめだった?」
「いえ…………ずいぶん肩入れするんですね」
いつも迂闊に情報をベラベラ漏らすわけではなく、相手がナルだから教えただけなので見逃してほしい。
Lはうつむき、電話中ぽちゃぽちゃと角砂糖を入れていたコーヒーをぐるぐる混ぜはじめる。それからゆっくり、口をつける。うおあ……むり……。
俺はおもむろにパソコンに視線をもどして、次のページを眺めた。
次の人の情報はそんなに密ではない。麻衣ちゃんと黒田さんだけ、出会って関わりはじめてから内容がより詳しくなったんだ。
ナルは明日できれば学校に来てほしいと言っていたけど、Lにはあえて言わなかった。どうせほとんど関わりがないんだ。しばらく立てそうにないと言えば諦めてくれるだろう。
……そろそろ解決か。
じゃあ、旧校舎もいよいよ倒れるな。
朝から校長室に呼び出された。「竜崎くんは」と校長先生直々に聞かれたけど肩をすくめて欠席だと答える。そばで聞いていたナルは俺の答えを聞いてちょっとだけため息をついた。
「竜崎がいないと成功しないことですか?」
「───問題ありません」
ナルは素知らぬ顔して答えた。
「それならよかったです」
視線を校長室に集められたメンツの方にやる。霊能者の面々、他には校長や教務主任などがいておそらく事件の依頼や除霊の場に携わった人たちだ。救急車で運ばれた真砂子ちゃんも来ていて、目が合うとぺこりと頭を下げられた。
「松田先輩も呼ばれたの?」
「ん。なんでか知らないけど」
何が始まるのかと首を傾げている麻衣ちゃんに、暗示をかけられることになるとわかっていながら知らん顔をした。
ナルは全員揃うなり、椅子に座るように指示をしてカーテンを閉める。薄暗い部屋に、置かれたライトの明かりがひとつだけ。声に誘われて眺めていると、ついつい指示を聞いてしまいそういなるけど頭のどこかで、暗示だとわかっているせいで身が入らない。
「結構です、ありがとうございました」
カーテンが開けられた窓から差し込む日の光に目がくらむ。
目をそらして思わず見てしまったのはナルの方。ぱちっと目があったあと、手元にある椅子に視線をやって、またナルの顔に戻す。そうしたらもう一度目があってしまった。……エヘっと笑っておくことにした。
***
旧校舎の実験室は椅子を置いて封鎖され、一晩誰も入れない状態となっていた。
翌朝封をやぶると、椅子は倒れていた。設置したカメラの映像を確認すると、ひとりでに動き今の状態に倒れる一連の様子がしっかり残されている。
地盤沈下が原因では説明しきれないポルターガイストが、今まさに証明された。
しかしこれもまた、ナルの思惑の中にあり、彼は満足げに頷いた。
驚く霊能者たちは除霊しなければと畳み掛けるが、暗示をかけたと答えると一同たじろぎ説明を求めた。
「ポルターガイストは人が犯人の場合がある」
「いたずらってこと?」
「バカ」
ナルは呆れたように麻衣の発言を一蹴した。霊能者はすぐに霊の仕業だと考えるが、かといって普通の人もまた短絡的なのだ。サイ能力が一般的ではないのだから、仕方がないことだが。
「一種の超能力だ。本人も無意識のうちにやっていることが多い」
ため息交じりに、わかりやすく答える。
多くの場合、無意識のうちに超能力を使う。ストレスに対して欲求を感じると発生しやすい。とくに、構ってほしいとか、あわれんでほしい場合だ。
解説しながら、ナルはここには居ない松田のことを思い出す。
霊を探さなければならないという言葉を聞いたのは竜崎の口からだが、もう松田のものとなっていた。
それは竜崎が彼に確認するように問い、松田が頷いたからだ。直前の会話も今になると腑に落ちる。
───『彼女』の本懐はこの旧校舎が悪霊の巣窟であること、と竜崎は推理していた。
その推理に足る何かを松田はすでにこぼしていて、だからこそ情報はすでに揃っていた。
旧校舎で続いた事件や事故の原因。
地盤沈下していること。
それらは霊を切望する少女の夢を、少しだけ叶えてやるために秘匿された。
なぜ彼は懇意にしている後輩ではなく、ほとんど話したことがない彼女を守ったのか、いや、守ったのかさえも定かではない為どういう意図があったのかはわからない。
しかしナルは、それを明らかにしようとも、邪魔しようとも思わなかった。
next.
黒田さんの情報は捏造です。
よくかんがえたら、松田も一応当事者?だから、電話がかかってこなかったかもしれない。
いやでもガラスが割れる場面にはいないんで……ありということで。
松のおうちそこそこいいところにしようかな、でもそしたら軽率に携帯番号教えないか……って諦めてたところで、そもそも昨今、学校側が生徒の連絡先を第三者に教えることの方がありえな……オッケーしまってこ〜!!(明後日の方向を向いて)ってなった。
Nov. 2017