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09

俺はLに、キラの事件がどう終息したのかは話してない。
後継者候補を育てる孤児院があったし、そこに自分の死を報せていた。ニアやメロの存在も、二人がキラを追うこともわかっていただろう。
俺が死んでないと言ったこととか、話している様子で多分、キラを捕らえたと判断しているはず。
Lが死んでから色々あった。……長かった。だから話し尽くせないし、どう切り出しらいいのかもわからない。Lも何一つ聞いて来ない。ただ、この世でもう一度キラがうまれて、死神があらわれるのなら、次は負けない。そういう話ならしたけど。

「キラの持つノートを手にした時、そのノートに憑く死神があらわれた」
だから今初めて、自分から過去の話をした。

Lは一瞬だけ目を見開く。膝の上に乗せていた手に力がこもったように見えたけど、すぐにいつも通りのゆったりした形に戻る。
「ほんとうにりんごが好きみたいで。あげるといつも食べてた」
場の空気が固まったことも思い出して、つい笑いがこぼれた。
別に何か核心をついたことなんてなくて、それなのにみんなが怖い顔をしてたっけ。
俺はあの時、Lのことを思い出してたんだよなあ。
「でもりんごしか食べないわけじゃないらしい」
いや、食事を必要としないから、りんごくらいしか食べようと思わないだけで、あの言葉はあってたのか。
人差し指であごをつついて、んーと考えながらLを見る。
あ、俺ってば一体何の話をしてるんだ。
何が言いたいかっていうと……うん、いつだったっけな。死神が言っていたことを伝えたかったんだ。
「死んだら、『無』にいきつくんだって」
「…………無」
「天国も地獄もない、死は平等で……何もない」
今この世界に死神という存在は観測されておらず、あれではなく俺の口から語られている時点で、死後の世界もくそもねえ……というのはひとつの思想でしかない。
それに、Lも俺も、一度は死んでいる。
死神の言うことが正しいのなら、俺たちは無になっていないから死んでいないのだけど。

「それなら、霊もいないんじゃないかなって思うけど、まずここには死神がいない」
「…………そうですね」
俺の話の内容がとりとめのないことだったので、Lはおやつを食べ始めていた。
いや真面目な話をしていてもLは食べる。むしろ頭を使うために糖分を摂取しているので、聞いていないわけじゃない。
「前は霊とか死後とか考えてなかったけど、俺はこの世に霊はいると思う、んです、よ……ネ?」
バカにされそう……と思いながら恐る恐るLを見る。
呆れた顔かな、いや、いつもの顔か。
聞くなよと言いたげに、でも言わないまま、べろっとスプーンを舐めた。
Lはもともと死神とか霊とか、そういうのの存在を認めてなかったもんな。
でも死神はあちらに実在してしまった。
「…………今度は霊の存在を認めろと?」
「いやべつに…………ノートも死神もないって判断したじゃん……」
もにゃっとした顔をされて、両手をあげる。認めろって言ってないし。
「……でも俺は霊がいるのか確かめたいからここにいる」
そしたら死神がいないと、少しは信じられそうだからだ。


Lは意外と、俺の『何となく』の考えと『現状維持』の姿勢を見逃してくれる。それが例えば、明らかに間違っていることだったり、危険だと判断すれば指示を出すこともあるんだけど。
何も聞かずにそうですかと頷くのは大抵、俺が言いたくないことをはぐらかしている時だ。
隠し事をできてるんだかできてないんだか。
いやさすがに、俺が通常知り得ないことを知っているっていうのは……うっすらバレていたとして、漫画や小説の物語のことだっていうのは想像がつかないだろう。死神とか幽霊よりも突飛……突飛だよな?どっちだろう。

とにかく俺がなんとなく現状維持するってことは納得してくれたんだろう。
かといってLに一緒に残れというつもりはなかった。でも霊能者たち、麻衣ちゃん、そしてナルの詳細なデータを与えられて目を通した俺は、妙な焦燥感に駆られた。
「……まさか同じホテルにいるとはな」
苦笑まじりにこぼすと、Lはああと納得の声をあげた。
ナルはイギリス国籍の人であって家もそちらにあるので、日本滞在中はホテルに宿泊している。そしてそのホテルがLのいる此処だったのだ。
このホテルを選んだのはLだし、ナルと出会うよりももっと前のことだ。つまりLの棲むホテルに後からナルと、彼の助手らしいリンという男がやってきた。同じフロアではないし、俺たちは学校が終わったらホテルの部屋に直行しているので今まで会うことはなかった。
「私も驚きました」
「でも、オフィスにはまあまあ近いし、それなりのホテルだし丁度いいのか」
「そうですね」
研究の一環として日本に滞在しているのなら、資金も出るのだろう。
滞在理由の一番は双子の兄ユージン・デイヴィスの捜索だとわかるけれど。
肘をついた腿が上半身の重みで少し痛んだ。
ゆっくり体を起こして体勢を変える。


記録によると、今から約5ヶ月ほど前、ユージン・デイヴィスは日本に入国している。
滞在予定日を過ぎても、出国がない。間も無く彼の父親マーティン・デイヴィスの名義でイギリスから捜索願が出された。
それから2ヶ月が過ぎた後ナルは日本にオフィスを構えた。
海外ということもあって手続きが面倒で、やりとりや受理に時間がかかっているけど、それにしたってナルがオフィスを構えるのが早いし、大げさな気がする。
すぐに決断して日本に来ることを決めたんだろう。───理由はおおかた説明がつくんだけど。
「ユージンはおそらく死んでいます」
「…………うん」
調書を眺めてるのがLにもわかったんだろう。
ナルが人探しに特筆した能力を持っていることを踏まえ、そしてデイヴィス家の家庭環境や性格、日本へやってきた理由などを加味してあっさりと導き出される答え。
そういえばそうだったな、と思いながら警察に提出されたユージンの顔写真を眺める。ナルと瓜二つの、けれど似ても似つかない、柔らかい笑みを浮かべた写真。
あどけなさを残した人畜無害そうな少年だ。
腕がゆっくりと降りていく。足の上に投げ出して、目を瞑り息を吐いた。
そこで、頭を整理して思い出す。この物語はそうだった、と。

ナルは双子の兄のユージン−−−ジーンを探しに日本へやって来る。
ジーンは麻衣ちゃんの夢に現れ、調査の助言をする。やがて、遺体を見つける。
それから……なんだったっけな。ジーンを殺した容疑者を見つける話ではないことは確かだ。それが俺にとって慣れた、もっともな結末なんだけど。
「探しますか」
「へ?」
「…………」
突然の問いかけに、意味がわからないままぽかんと顔をあげた。
だれを?と首を傾げながら聞いたつもりだったけど声は出ていなかった。
ジーンか、ジーンを隠した者か。
いや、どちらも見つけるのが、俺の尊敬する『正しさ』だ。
俺の記憶を頼りに遺体を見つけられるか……?と考えたが現実はそうもいかない。
「───探します」
あやふやな記憶に頼るわけにはいかなかった。一応、元刑事だもの。


探すと宣言したあとは早かった。もちろん、ジーンを見つけるのが……ではない。捜査開始するのが早いだけ。
行方不明者の捜索ってのは大変だ。今の俺は単なる男子高校生で、一人でやらなきゃいけない……いやLがいるので二人か。手がかりを得ることや、頭脳としては大変役にたつのでむしろ百人力でもあるけど……。
そういうわけで情報はあるにはある。チェックが大変なんだ。
失踪したと思われる日の予定やわかる限りの足取りは警察が調べてあった。Lがそういうのを入手するのは造作もないことだ。どうやってるんだろうな、考えたくないけど。

ジーンは研究───いや、仕事か───の名目で日本に来ており、人と会う約束をいくつかしていた。単純な観光よりは、目撃者も確認されやすい。少なくとも会う約束をしていた人たちには話を聞いてあった。
彼が失踪したのは人と会った後。入手した街の監視カメラに姿も見つけられた。宿泊先に戻るなり、時間を潰すなりするだろうが足取りは不明。
よって、俺はLが入手した膨大な量の監視カメラをチェックするお仕事が始まったわけである。
カメラがあるからと言って必ず映っているわけではない。一本道じゃない。ましてや途中でなんらかの交通手段を使ったともとれる。多くの不確定要素を抱えたままカメラを見るのは本当にしんどい。……が、刑事の仕事は結構コツコツ、ちまちま。実際に歩き回ることだってあるんだから、空調の効いたホテルの部屋で柔らかいソファに座ってじっと映像を見続けて、地図と照らし合わせて丁寧にチェックを入れていくことは肉体的に楽なはず。───いや、でも目は疲れた。



next.

真面目にジーンを探すとしたらどうするのか、考えてみたくて。
カメラの映像を入手したとしても足りないだろうから……松がこつこつ探すんです。ナルとは逆方向?から。
捜索願はお父さんが出したかなーとか捏造です。ジーンの場合だとどの程度積極的に探してくれるんでしょうね。未成年で家出とかじゃなさそうだけど……。
同じホテルに宿泊してるのは、いずれ書けたらいいなって思います。
Nov. 2017

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