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10

家に帰らないままLのホテルでずっと調べ物をしていた。
たまに雑事を頼まれて泊まることもあったけど、何日も続けるのは初めてだった。そもそも俺が調べたいといったことも初めてだけど。
親から一度携帯に連絡が入って、いつ帰ってくるのと聞かれた。あー……何日帰ってないっけ。間食したり仮眠したりシャワー浴びたりした記憶が何回かある。
わかんないと答えると数秒黙ったあと呆れられた。たまに連絡入れろと言われて電話が切れて、時計を見る。今は夕方の16時か。
未読メールが溜まっていて、開けて見たら母親だった。夕ご飯はうちで食べるのかっていう問いかけだ。毎日無視してたのでいい加減電話で聞こうとしたんだろう。
よくもまあこんなに無視してたもんだ……。
携帯を持ったまま、母親に謝るように両手を合わせた。

「何やってるんですか」
「拝んでる……」
「…………」
俺の奇行に、Lは聞くんじゃなかったなって顔をした。
「俺、どのくらいここにいたんだっけ」
「4日です」
きっと大変甘いんだろうコーヒーをずずっとすすりながら答えてくれた。
連絡もなしに4日もいたら、さすがに親も心配するか。
「今日は一旦家に帰ります」
「そうですね」
「それにそろそろ学校も行かないとだ」
いつの間にか随分凝り固まっていた首や肩を動かして、コキコキと音を鳴らした。
Lが入手した膨大な量の情報をチェックするためとはいえ、学校をおろそかにするのはいけない。行方不明者の捜索は、日を置けば置くほど発見が難しいというがすでに失踪して半年経とうとしているし……生きている見込みもない。いや、もちろん一刻も早く見つけたいんだけど。
焦りは禁物、と言い聞かせてそこかしこにある書類を避けてソファから立ち上がった。
すごい散らかってるけど、見たものと怪しいものとこれから見るもの……と分けてあるのでまだ片付けたくはない。
「学校にはなるべく行ってください」
「なに」
書類を一瞥して、シャワーを浴びようかと考えあぐねていた俺に、Lは面倒臭そうに口を開いた。
「松田さんが休むと私のせいにされるので」
すごく心外だ。俺が休んだからって自分も休むからだろう。
ここでも、−−−どうせ竜崎がなにかしたんだろう、松田まで来られないほどの……。という発想に至るクラスメイトや先生たちがいるのだろう。全てLの日頃の行いによるものだ。
まあ逆に、Lが学校に来ないのは俺がいないからだって、俺の方も先生に言われるんだけどなあ。
「じゃあ一緒に学校に行こう」
「…………」
同じ日から休んで同じ日に登校再開したら、もろにLの所為ととられかねない。そんなことを考えてるんだろう、Lは口をつぐんだ。
でも明日の朝俺は迎えにくるし、今調べている事件はジーンの行方のみ。多分Lはしぶしぶ登校するのだろう。
ふふっと笑いながら、嫌がらせをされる前にシャワールームに逃げ込んだ。


学校に行くと案の定クラスメイトに、呆れた視線をむけられた。
「受験生の自覚があるのかお前たちは……」
出席簿が頭の上にぱすんっと置かれて肩をすくめる。Lはそれを見て俺から少し距離をとった。自分だけ逃げやがって……。
「欠席理由は?」
「体調不良です」
俺とLは声を揃えた。そして俺は出席簿でもう一度はたかれた。
嘘だとバレバレだった。Lはいつものことだが、俺は基本的に無断欠席をしない。体調不良ならなおさら、親が連絡をする。
「二人してそっくり休んでおいてそんな言い分が通用するか」
「……」
しらーっとそっぽむいたら、視界の隅にいたLも同じようにそっぽむいたのが見えた。
「この人が具合悪そうだったので、付き添ってました」
「……本当か竜崎」
「…………嘘をついてるように見えますか」
「見える!」
思わず笑いそうになる口を押さえて顔を背けた。
先生わかってらっしゃる……。
胸を張ってウンと頷く先生は、一年生の時も俺たちの担任だったのだ。
Lに翻弄されてた頃がなつかしい。
「今度から欠席の連絡をするように」
ったく……と悪態をつきつつも、チャイムが鳴ったので先生は説教もそこそこに教室を出て行った。


「松田先輩!竜崎先輩!」
放課後、昇降口へ行くために廊下を歩いていると、麻衣ちゃんに声をかけられた。
友達と一緒にいたところから駆け寄ってくる。
「こんにちは!ずっと休んでたって聞いてたんですけど、大丈夫でしたか?」
また明日って別れたきり学校に何日も来ていなかったことを思い出した。
「ああ、うん、すっかり」
言い訳をしても仕方がない、風邪ひいてたってことでいいや。
「竜崎先輩もずっと休みだっていうから、怪我ひどかったのかなって……」
「ご心配おかけしました」
隣にいたLは猫背をさらに丸めた。
「身体、へーき?痛いところとかありません?」
「なんともありません。原さんの具合はどうでしたか」
「ああ、真砂子も大事ないって。お礼とお詫び言いたがってたんだけど」
「いえ、あれは松田が悪いので」
「すいませんでしたあ」
麻衣ちゃんは俺たちのやりとりを見てあはっと笑い出した。
楽しそうね。
「あ、そういえばあたし、ナルの……渋谷サイキックリサーチで事務員のバイトすることになったんです」
「へえ、オフィスはどこにあるんですか?」
「内緒にしてくださいね、渋谷の道玄坂の……」
知ってるくせに白々しいなと思うのは俺だけかな。
Lと俺は廊下で揃って、少し屈んで耳を傾ける。
「なんで内緒?」
「あ、恵子たち……友達がナルのファンで」
少し離れたところで、まだ?とこっちの様子を伺っている三人の女子生徒を見やる。
たしかにそうか、遊びに行きたいって言われたら面倒かもしれない。
「俺たちが遊びに行きたいって言ったらどうする?」
「え!?」
「冗談」
ぎくっと体を硬直させた麻衣ちゃんに笑いかける。
「なんだ、びっくりした」
遠くで「まーいー、帰るねー」という声がして、俺たちの陰から慌てて顔を出した麻衣ちゃんは、お友達に「ばいばーい」と手を振って見送った。
「−−−旧校舎の件、すごかったらしいね、噂になってた」
「あ、あー」
幽霊の仕業だった、霊能者たちが何人も来て……協力して除霊するほどの、という話が生徒たちの間で飛び交っていた。
麻衣ちゃんは笑った顔のまま固まって、微妙な返事をした。
「怖くなかった?」
「う、うん!大丈夫です!」
本当に凶悪な霊がいたわけじゃないから、麻衣ちゃんは勢いよく頷いた。
でも聞いた話では下駄箱の下敷きになったわけだし、霊がいなかったと知っていたとしても、普通は心配するもんだ。
「あんまり危ないことはすんじゃないよ、バイトはがんばって」
「がんばります」
旧校舎の調査が始まって、物語の中に入ることを意識したし、解決したことで一旦区切りがついた気分だった。
Lとも別れるんじゃないかと思ったし、それを覚悟した。
でもLはまだそばにいて、そもそも物語の終わりを覚えてもいない。 どの世界でも、いつだって同じように明日がくる。
最初に生きていた頃も、二度目の人生だった時も、デスノートの世界にいると思い始めたときも、Lを喪っても、ライトくんと共に生きていても。今も。
「また明日ね」
「はい!また明日」
本当は始まりと終わりなんてなくて、生まれることと死ぬことがあるんだ。ここは現実の世界なんだから。
俺の中にある物語の記憶と比べてしまうのは、ただ俺が俺であることを見つめるためだけのことで、ただ、自分が一度死んでしまったことをどう捉えたらいいのか、いまだにわからないからだった。



next.

あれ、急にシリアスかなって思ったけど、もともと松田成り代わりはそれなりに真面目な話だったはず。たぶん。
旧校舎編……に含まれるのか微妙だけど、今までの話と比べると、ここまでくるのに一番時間がかかった……ような気がします。
Nov. 2017

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