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夏休みだろ、うちに遊びにこいよ!というような誘いを受けて、俺はいま従兄の家に遊びに来ている。しかし肝心の従兄は、俺が泊まりに来た翌日、出張でスイスへ旅立った。
俺はどうやら家の留守を任されたらしい。
大きな一軒家には、彼の妹と奥さんと娘が住んでいる。若い女性と子供だけでは不安かと納得しかけるけど、海外出張はこれが初めてではないはずだ。俺や他の親戚がこんな風に呼ばれたこともない。
受験生だが塾にも行かず、しょっちゅう友達の家に入り浸っている様子の息子を、母は喜んで差し出したので、俺は詳しい事情はなにも聞かされていない。
従兄もなにも言わなかった。
「くんが来てから、なんか家の中が明るくなったわ」
「男の子がいるとやっぱり違うわね」
三日目の夕食の席で従兄の嫁、香奈さんに言われた。
隣で従姉の典ちゃんも頷いてる。
親戚の男の子が遊びに来たみたいなセリフ……いや、間違い無いんだけど……俺、そんなに賑やかか?わんぱく坊主じゃないぞ。もしかしてギスギスしてたんだろうかこの人たち。
「礼美の面倒も見てくれてありがとうね。課題の邪魔にはなってない?」
「いや全然平気だよ」
やることがないので、昼間はもっぱらリビングの一角で課題を片付けているけど、娘の礼美ちゃんがよく俺の様子を見にくるようになった。
隣に座ってノートを覗いてたり、少し離れたところのソファで人形の髪の毛を梳いていたり。
その時は遊ぶかって聞いたらううんって断られた。でもなんだかんだ、1日のほとんどを一緒に過ごしていたので、ちょっと人見知りしてただけだと思う。
礼美ちゃんは生まれた時に一度会ったことがあるくらいで、ほぼ初対面だったから。
「礼美、お兄ちゃんのお勉強邪魔しないもん」
「そうだね、今日はありがとう。明日は一緒に遊ぼうか」
「ほんと?」
「うん」
「遊ぶ!」
ふわっと笑った礼美ちゃんはたいそう可愛かったです。
香奈さんも典ちゃんもその様子を見て楽しそうにしていて、女三人ギスギス疑惑もすぐに消えた。
翌日俺は典ちゃんと香奈さんの許可も得て礼美ちゃんを連れ出した。
アスレチック公園で一緒に遊びまわり、ぼよんぼよん跳ねるトランポリンにどハマりして延々跳ねている。楽しいよね、トランポリンって。
地上に降り立つと、まともなジャンプができなくなってて変な飛び跳ね方を試していた。大丈夫だよ、時間が経てば治るから……。
礼美ちゃんは帰りのタクシーでは早々に寝ていたが、頃合いを見計らって一度起こし水分をとらせておくと、家に着く頃にはすっかり目を覚まして元気な顔でインターホンを押した。
「おねえちゃーん、おかあさー……」
バタバタと音がしたと思ったら、インターホンでやりとりすることなく、玄関のドアが開けられた。
なんだか焦ったような様子で香奈さんが顔を出す。
「ふたりとも、お帰りなさい」
けれど俺たちの顔を見て安心したように笑顔を浮かべた。
「なんかありました?」
「あ、いえちょっと……観葉植物の植木鉢を割ってしまって」
「そうなんだ。リビングの?」
「ええ。だからしばらくリビングには危ないから入らないでちょうだいね」
手伝おうかーと言いかけたけど、家の人のいうことだから頷いた。
礼美ちゃんもお利口さんに頷いて、一緒に手を洗いに行ってから部屋に招待してくれたのでお邪魔した。
まあ、おねむだったので途中で寝てしまったんだが。
その日の晩は持ち込んだノートパソコンを使って、相変わらずの追跡捜査をしていた。防犯カメラの映像を捜し集めてチェックする作業はそろそろ終わりを迎える。カメラの数はけして多く無かったが、ルートを考えると情報量はそれなりにあって、約三ヶ月も使ってしまった。夏休みの後半は、いっそのこと失踪現場周辺を歩き回って見た方が良いかもしれない。
深夜の1時を過ぎたところで、寝ようと決めてブラウザを閉じた。
ベッドに潜り込んで目をつむれば、その日も早くから起きていたせいですぐにまぶたが重くなる。
心地よい洗剤の香りがするシーツにくるまって、ゆっくりゆっくり、意識が落ちていく。
ふと何か音を聞いたような気がして、意識が浮上した。ああ、寝るのに失敗した……という落胆があったが、何の音だったのかもわからず脳が探ろうと覚醒し始めていく。
やがて、足音だとわかる。おそらく子供で、礼美ちゃんだろう。
部屋のドアが開けられたので体を起こす。
「どうした?おトイレ?」
部屋の中に入らないまま、礼美ちゃんはふるふると首をふる。おトイレじゃないならなぜ……と思いつつベッドから出た。
礼美ちゃんはなにも言わずに、近づいて来た俺の服を握った。
さすがに部屋を間違えてるわけでもなさそうだ。
「部屋戻る?典ちゃん呼ぶ?香奈さん?……じゃあお兄ちゃんと寝る?」
まさか頷くとは思わなくてですねえ。
提案してしまって頷かれた以上……うん。
礼美ちゃんを部屋の中に入れて、ドアを閉めた。
先にベッドに入ってもらってから俺も続き、ころんと寝転がる。
「お昼寝しすぎたかな?」
枕を持参しなかったので腕を貸しつつ、つむじに向かって小さい声で話しかける。
でもなんか返事がない。眠れないのではなくて、怖い夢でもみたのかも。
話しかけて理由を聞くのはやめて、背中を少しトントンしてから苦しくないようにして寝かしつけた。
翌日、なんだか部屋の外が騒がしい様子だったので目を覚ます。
いつも早起きしてるだろう礼美ちゃんもまだめずらしく俺のベッドでうにゃうにゃしてて、状況を把握した。おそらく二人のどちらかが礼美ちゃんを起こしに部屋へ行ったら、礼美ちゃんがいなかったから、探しているわけだ。
「くんごめん、礼美が……あ」
「おねえちゃん?」
「礼美……」
軽くノックしたあと、典ちゃんが部屋に入って来た。
そして起き上がった俺と礼美ちゃんを見て、ほうっと息を吐いた。
「ごめん、もっと早く部屋に戻してやればよかったね」
「ううん、いいの、ここにいたなら」
廊下に顔を出して香奈さんに知らせた典ちゃん。
次いで香奈さんもパタパタと走って来て、俺の部屋を覗いて胸をなでおろす。まさかそんなに心配されているとは……。
「お騒がせしました。礼美ちゃんお部屋に戻って着替えておいで」
「や」
え、えー!
ベットから降りた礼美ちゃんの背中をぽんと押したら拒否された。
香奈さんと典ちゃんも困ったふうに顔を見合わせている。
俺はどうしたらいいんだ……途方に暮れた。
「あの、くんは気にしなくていいのよ」
「礼美ちゃんの部屋がちょっと、おかしなことになってて。それで戻りたくないんだと思う」
香奈さんが頬に手を当ててため息を漏らす。
無理もないわ、と付け加えて部屋の様子を思い浮かべるように顔を傾けた。
「なにかあったの?」
「……それがね」
典ちゃんに説明を求めると、おずおずと口を開いた。
礼美ちゃんの部屋にあるおもちゃが全てひっくり返って床に並べられているそうだ。
そりゃ壮観……。まさか夜中に起きた時にそうなってて、俺の部屋に逃げて来たの?だから枕も持ってこられなかったの??
そう思うと壮観どころじゃないし。大声だそ?
興味本位……ついでに礼美ちゃんの着替えを取りに行く典ちゃんの付き添いで、部屋に実際に行って見た。
「エッ?!……んわぁ〜」
「すごいでしょう?」
おもちゃくんたちがずら〜〜っとベッドの前に並べられている。
朝日の下で見ても地獄……。8歳の女の子になんというイタズラを……。
え、イタズラ??この家には礼美ちゃん以外に子供はいない。
「え、これ、なに?なんなの?」
「礼美がやったのではないとしたら……どうなんだろうって」
「そりゃ、うん……えー……」
典ちゃんと香奈さんは、もしかしたらこういうのが初めてではないんだろうか。
だから苦笑まじりに洋服を取りに来られたんだ。
この場合、礼美ちゃんが自分でやった可能性もなくはないんだけど……あの様子からして違うと思うんだよなあ。
next.
Lはしばらくでません。
森下家は親戚にしましたエヘヘ。礼美ちゃんの叔父になるネタもあったので、それの消化みたいな感じで。
Dec. 2017