12
どうやらこの家はちょくちょくおかしなことが起こるらしい。ドアが勝手に開いたり、しまったり。ものが動かされていたり。部屋が散らかされていたり。なくなったり。
壁を叩く音、何かが歩く音、……あげ出したらきりがないが、イタズラじみたことがたくさん。
従兄は普段仕事に行っていて家にいる時間が少ないし、実際に目の当たりにすることもほとんどないそうだ。
そこで海外出張に行くことになり、不安がる妻や妹たちのため、親戚の男の子一人連れて来たと。
もちろんそれだけじゃなく、霊能者に相談もしてあって今日にはこの家にやってくる。
だから一週間も俺の滞在日程とったのか。
まあ俺は悠々自適に暮らしていたし課題もほとんど終わりそうだから全く困っていないんだけど。
「あれ、その霊能者の人たちはどんな?」
「私は渋谷サイキックリサーチというオフィスを」
「私は巫女の松崎さんという方」
「私はお坊さんの……たしか滝川さんでしたかしら」
典ちゃんと香奈さんに続いて、この家にたまにくるお手伝いさんも頼んでいたらしい。余談だが俺は彼女を、たまに食材入れにくる配達員さんだと思ってた。聞けば料理のしたごしらえなんかもしてたそうだ。まあ客人扱いだったし知らなくてもしょうがないだろうけど。
それにしても、霊能者は居れば居るだけ良いってもんじゃないんだぞ……。いや今回の場合は良い組み合わせなの……か?
−−−うん?
なんで俺の親戚の家に、ゴーストハンターがくるの?
いとこは森下で間違いないはずだ。母の旧姓だし、典ちゃんたちいとこは母の兄の子供たちだ。小さい頃から遊んでいた記憶もある。まあそれが前の記憶か今の記憶か定かではなくなって来たんだけど。
でも前に、典ちゃんの結婚とか礼美ちゃんの高校受験合格のしらせを聞いた覚えがなくもない……はず。
俺の身内に違いはないと思っていた。今も別に違いはないはずなんだけど。
ゴーストハントがこうもナチュラルに混じり合ってくるとは思わなかった。
あ、そもそも自分の入学した学校の旧校舎が倒壊するのだって前はないのか。
……考えても納得するしかない。
それよりも大事なのは今この家に起こっていることだった。
礼美ちゃんに着替えをさせた後はとりあえずいつも通りご飯を食べた。
「今日、ちょっと調べものするから外に出て来ますね」
「え、あら……そう?東京までもどるの?」
「いえ、とりあえず駅の方で大丈夫かと」
食器をさげてくれる香奈さんは、俺の予定に少し残念そうな顔をした。
「礼美もいきたい」
「だめよ、礼美がいたら邪魔になっちゃうでしょう」
「邪魔しないもん」
邪魔には思わないけど行動力は落ちることは確かなので、礼美ちゃんには典ちゃんたちとお留守番していてほしい。
「お兄ちゃん」
「大丈夫だよ礼美ちゃん、今日は頼りになる人たちがいっぱいくるっていうしな」
出かける準備をしてすぐ玄関のところへいると、みんなが心細そうにお見送りに来た。典ちゃんの手をつないでいる礼美ちゃんの頭をひとなでしてから、保護者二人に笑いかける。
「夜には戻れると思うので」
「ええ。いってらっしゃい気をつけてね」
香奈さんには東京には戻らないと行ったけど、調べ物をしているうちに、訪ねたいところができたので電車に乗って移動した。気づけば随分遠くまで来ていた
今俺は、あの家の過去の所有者を調べている。
家主である従兄の名で問い合わせればそれなりの情報は出た。事情を話すとある程度話してくれる人もいた。
かつてあの家では子供が何度も死んでいた。
その死因は病死や事故などが多く原因不明の変死などはないことから、大したいわくとはなっていない。
それに幼い子供ならば、危険なものに飛び込んでしまう可能性は大いにあったわけで、『幼い子供ばかりが死んでいる』という事実はあまり気にならなくなってしまう。
俺だって知っていなければ不幸だとしか思わないだろう。
帰るのが思ったより遅くなった。
よその家に帰るのに21時を過ぎるってなんか悪いなあ……と思いながら家の敷地内に入ると車が停まっていた。見覚えのある黒いバンで、おそらくナルたちのものだろう。
なんか家の中が騒がしい気がして、控えめな力でインターホンを押した。弱々しく押そうが強く押そうがインターホンの音量は設定されているわけで、俺の心情など表してくれることもなく、伸びやかで上品な音を奏でた。今はとても無慈悲な響きに聞こえる。
「くん!」
「た、ただいまあ」
典ちゃんに出迎えられ、笑顔を浮かべるが若干ぎこちない自覚がある。
早く帰って来てほしそうな顔をされていたし、俺ももうちょっと早く帰るつもりがあったので、悪いなーと思って。
リビングのドアのところにいた礼美ちゃんがパジャマのまま、俺の足元まで駆け寄ってくる。
「遅くなってごめんねー、起きて待ってた?」
礼美ちゃんは人形のミニーを抱いたまま、それでも俺の服の裾を掴んではなさない。
何かあったんだろうなあ、とうっすら察する。
「さっき、礼美の部屋の家具が全部ナナメになってて。調べてもらってる間にリビングに行こうとしたら今度は逆さま……」
歩きながら典ちゃんの説明を聞くと、すぐにリビングが目に入る。
「すご……あ、コンバンハ〜」
リビングにいたのは今日来る予定の霊能者たち。ナルと麻衣ちゃんと滝川さんと松崎さんだ。
カーペットまで家具が乗ったまま裏返しになっている惨状を確かめていたみたいで、前かがみの態勢で俺に気づいて驚いた。
「松田先輩!?」
「麻衣ちゃんも来ると思ってた」
「一人イトコが来てるって言ってたの、松田先輩のことだったんだ」
典ちゃんからあらかじめ聞いてたのか、麻衣ちゃんは納得の声をあげる。
「くんの知り合い?」
「うん、この子は学校の後輩で、他の方々は以前学校に調査に来てくださってたから」
その節はどうも、とあれきり会っていなかった滝川さんや松崎さんに会釈する。
香奈さんや典ちゃんにも知り合いだと言っておかなかったので、俺と顔見知りなのは驚いただろう。
まあ過去の出会いはおいといて、今はこの場をどうにかしないといけない。
礼美ちゃんはもうおねむだし、俺はまだ風呂にも入ってないし。
「どこで寝よっか、さすがにナナメの部屋は使えないよね」
「礼美、今日はお姉ちゃんのとこで寝ようか」
「お兄ちゃんは?」
「んーお兄ちゃんでもいいけど、お風呂出て来るまで待ってられる?」
「うん」
眠たい目をごしごし擦って頷くので、シャワーだけで済ませた。
典ちゃんは俺が戻るまで礼美ちゃんに付き添っててくれている。数分で部屋に戻るととても申し訳なさそうに謝られた。なんのなんの、むしろこのために呼ばれたようなもんじゃないか。
***
家で起こる不思議な現象は、従弟のが来た日に一瞬なりを潜めた。礼美もそれを感じ取ってそばにいたのだろうけれど、それはつかの間の出来事だった。
二日もすると、が来る前のように妙な音がしたり、物が動かされたり、隠されたりしていた。
思わず慌ててを呼ぶこともあったが、駆けつけてくれた頃には何事もなかったような空間が広がっていて、ごまかすしかなかった。
を呼ぶことを決めたと同時に、専門家に頼ってみようという話になっていたので典子は東京へ向かった。
少し前に大学の友達と渋谷で買い物をした際に、サイキックリサーチの文字を見つけて声をあげた子がいた。そんなものがあるのか、と思ったのを覚えていたので意を決してドアを叩いてみたのだ。
中で出迎えてくれたのは典子よりも年下にみえる少女と少年だった。
思わず引き返そうか不安になったが、感じの良い部屋や明るい少女に悪い気はせず、おずおずと足を進める。柔らかいソファに案内されて、入れてもらったお茶に口をつけてほうっと一息つく。
なんとなく安心したが、それでも家で起こる妙なことを語るのには勇気がいった。
専門家なのか、果たしてわからないが、冷静そうに見える渋谷と名乗った少年は、いとこが一人泊まりに来て現象が落ち着いたことを語ると、当たり前のことのようにうけとめた。
霊的現象だと断定しなかったが、仮にそうだったとして、霊は部外者の存在を嫌うらしい。
兄の不在で心細かったという理由だが、呼んだことで一時的にでも場をしのげたのならよかったと思う。そして彼に被害が行かないだろうとほっとしたのだ。
調査員は数日後に家に来てくれることになった。
もちろん彼らが来ても家の状況は一瞬落ち着くかもしれないが、しばらく様子を見てくれるというからお願いした。
彼らが来るまでに、典子も香奈もすっかりを信頼するようになっていた。
なにせ、のいる部屋では妙なことが起こらないのだ。
礼美と1日出かけていた日は、食器がごっそり消えて庭に打ち捨てられてあったし、浴室の水道が開けられていて、浴槽から水があふれていた。極め付けに夕方、急に植木鉢が割られ、あまりのことに驚き二人は悲鳴をあげた。地震のようにリビングの物がゆらゆらと揺れ、二人は身を寄せ合って怯えていたところインターホンが鳴り響く。その瞬間、何もかも、はたりと動きが止まった。が帰って来たのだ。
その時の……他人の存在が有効的なのだ、と確信した。
翌日事情を聞いたは典子を責めることはなく、それでも用があるからと申し訳なさそうにして家を出ていった。
不安だったが彼は高校三年生で、課題もある。
前日は礼美と1日遊んでもらったのだから仕方がないことだった。
それにその日には霊能者たちが来ることになっていた。
−−−部外者を嫌うといっていたもの。
そう言い聞かせて、客人たちを招き入れた。予想していたよりも来客の数が多く、機材の量もあり典子は少しだけ驚いたが信用して部屋に案内する。
いろいろと設置を終えた後に部屋から出て来た助手だという少女、麻衣をお茶に誘ってみるとにこにこ笑ってついて来てくれた。
の時のように、礼美が懐いてくれたら不安も和らぐのではないかと思った。
しかし礼美はがいなくなってからはまた部屋にこもるようになってしまって、一度は麻衣に挨拶したにもかかわらずおやつを食べないと言い出すのだ。
朝はあれほど、部屋に戻りたがらなかったというのに。
「ごめんなさいね、麻衣ちゃん。礼美ったら少し人見知りしてるのかも」
部屋を出て二人でお茶をすることになった典子は麻衣に謝る。
にこやかに挨拶した直後のことだったので、どう取り繕えばいいのかわからないが麻衣は気分を害した様子もなく、笑って許してくれた。
「……そういえば、くんの時も最初はだめだったかしら」
「え?」
「従弟が一人泊まりに来てくれてるんだけど、彼の時も最初はちょっと離れていたのよ」
「ああ、そういえば言ってましたよね。そうかもしれませんね、慣れてくれるまで待ってみます」
「ありがとう」
典子は気の良い麻衣にほっとして笑った。
「その従弟さんは今どちらへ?」
「ああ、学校の課題で調べたいことがあるからって駅前の方……多分図書館とかに行ってるんだと思うの」
「へえ〜」
「今はすごく懐いているのよ、今日も朝起こしに行ったら部屋にいなくて探し回ったのに、彼のベッドで寝ていて」
麻衣はそのエピソードを微笑ましげに聞いていた。
礼美のおもちゃが床に並べられていたのも、もしかしたらに構ってもらうために自分でしたのかもしれない。だからがいない今、自分の部屋にいるのだろうか。
それはそれで困るのだが、そうだったならばどんなに良いだろうと思うのだった。
next.
主人公をようじょにするのも楽しいが、ようじょと主人公の組み合わせも、すきなんだなあ。
Dec. 2017