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13

礼美ちゃんと一緒に寝た翌日、洗面所で顔を洗っていたらあとから滝川さんがやってきた。
「はよーっす」
「おはようございます」
まだちょぴっと人見知りな礼美ちゃんは俺の後ろに隠れるが、ちっちゃい声で挨拶はしている。この様子だとすぐに慣れるだろう。
取ってあげた水色のヘアバンドを棚に戻す。髪の毛とか着替えはリビングに行って典ちゃんか香奈さんに任せるつもりで、洗面所を滝川さんに明け渡した。
「どうぞ。応接間の様子はかわらず?」
「おお、なんも−−−」
すれ違いざまに尋ねると、肩を落として返事をした。
応接間に入らないようにと言われていたので、多分暗示実験したんだろう。
ただし暗示実験であることは知らされてないので、ふわっとしたニュアンスで聞いたつもりだった。が、なんだか怪しかっただろうか。
「な、あ、おい、おまえ」
「へ?」
「礼美お姉ちゃんとこいくね」
「はいよー」
礼美ちゃんは一人でいってしまい、俺はしどろもどろに引き留める滝川さんにこたえて立ち止まった。

「応接間に、何があるのか知ってるのか?」
「やだなあ、わかるわけないじゃないですかあ、何かがあるとしか知りませんよ」
笑い飛ばすと、きょとんとしてからため息を吐かれた。
勝手に意味深にとった滝川さんが悪いと思いまーす。
「それで、何があるんです?」
「はー……まあいいわ、結果は出てるし。昨日暗示実験ってやつをしてなあ」
「ふむふむ」
部屋に戻るように歩く滝川さんに並んだ。
ドアをがちゃっと開けて入ってくので、流れに乗って一緒に入る。旧校舎で実験室をつかってやっていたみたいにモニタやレコーダーにパソコン、カメラなどの機材がどっさり置かれていた。
俺が入って来ると、ナルと助手の人−−−多分この人がリンさんだろう−−−がこっちを一瞥した。
麻衣ちゃんも松崎さんもいない。まだ寝ているか、身支度を整えているか。
「おはよー」
どっちかだろうな、と思っていたらすぐに俺の後ろのドアが開いて松崎さんが入って来た。
名前なんだっけって感じで指をさしたまま固まってるので「松田です」と名乗った。
昨日はシャワー浴びて礼美ちゃんのところへいったから、挨拶する暇もなかったな。
「そうそう、松田先輩だわ。典子さんの親戚なんですって?」
先輩て。麻衣ちゃんが呼んでたからかな……まあいいや。
「そうです、典ちゃんたち兄妹とはイトコ同士。兄さんが海外出張で留守にするあいだ、家に泊まりにくることになったんですよ」
「それは何日前からですか?」
「えーと……今日で6日目かな。予定では明日の夜に帰るんだったけど、状況次第ではもうしばらく居させてもらいます」
ナルが会話に入って来たのでそっちに顔を向ける。
「6日間のあいだで、何か妙なことはありませんでしたか」
「うーん、恥ずかしながら昨日の朝まで……気づきませんでした」
「昨日の朝というと?」
「夜中のうちに礼美ちゃんの部屋のおもちゃが床一面に並べられてたらしく、怖くなった礼美ちゃんが俺の部屋に一人できたので一緒に寝たんです」
礼美ちゃんが悲鳴すらあげなかったのも驚きだ。さすがに悲鳴があれば気がつくしなあ。
今更ながら、典ちゃんや香奈さんが不安がっていたのも、うっすらわかっていながら深刻に捉えてなかったので、ちょっと恥ずかしくなって来たのだった。
「朝になって典ちゃんたちが慌てて礼美ちゃんを探してて……そこでようやく事態を知ったんです」
うつむきながら恥を忍ぶ。
「松田先輩に萎縮して、俺たちに反発ってのはなんでだろな」
滝川さんまでその呼び方なの……。と思いつつ、首をかしげた。
反発?ああそうか、確かに霊能者たちが大勢来てから事態が悪化した。
「でも後で聞いた話ですけど、俺が1日礼美ちゃんを連れ出してた時もいろいろあったらしいじゃないですか」
「たしか……浴槽の水を溢れさせられる、食器を隠され庭に捨てられる」
「あと植木鉢が割れる、そして部屋の家具が揺れる」
ナルの手にあるバインダーを覗き見してみると筆記体で書いてあった。昔取った杵柄というやつで一応読めるが、覗き込んだだけな風に見せて目をそらした。
「松田さんが帰って来たとたんに止まったようですが」
「うーん、人が来ればああいうのって止まるんじゃないですか?」
そんな、俺が何かをしたのかも、みたいなことは思わないでいただきたい。
霊に関して詳しいわけじゃないが、よほど凶悪だったり、目的があったりしない限りは、何かその場で変化があったりすると心霊現象はなりを潜めてしまうような、ささやかな印象がある。
「ほら、霊はシャイっていいません?」
「いうね」
どっかで聞いたことあるんだけど……と思いながら聞くと、ナルは小さく笑った。



***



「ねえナル、先輩には暗示かけないの?」
「ああ」
調査にやって来た森下家は、海外出張に出ている依頼人、彼に代わって相談にやって来た妹の典子、依頼人の妻である香奈、娘の礼美の他に依頼人の従弟だという高校生の少年がいるらしい。
渋谷サイキックリサーチがその家に到着した時、従弟の少年は課題についての調べ物があるといって朝から出かけていた。そもそもその少年は、家主が家を留守にする間、心細いといけないからとやってきただけの一時的な客人で、彼に暗示実験をする必要はないとナルは考えていた。
相談にやってきた典子からも、あらかじめ彼がほとんど家に関わりのない部外者であることも聞いていた。それに、彼がきたことで現象がおさまったというならなおさら問題視する必要はないと思うのだ。
そしてそれが麻衣の学校の先輩、松田であったならなおさら。
「まあ、部屋に入らないように言っといたし、普段は住んでないんだろ?いいんじゃねーの」
「そっか。関係者全員がいいんだと思ってた」
「全員にかけられるならそれが一番確実な方法だが、わざわざ彼一人にかけ直す必要はない」
麻衣はおそらく、以前旧校舎の調査で暗示をかけた際にほとんど関わりのなかった学年主任にまでかけた為そう思っていたのだろう。
「前ももう一人の先輩が欠席してたしいいんじゃない」
綾子にとっては、負傷した竜崎の不在もあり関係者にこだわる必要性を感じていなかったようだ。麻衣はそれをきいて、もう一度そっかと頷いた。
「いい加減だなあおまえ」
「あたしが?よしてよ」
「おっとそうだったなあ。ってこたぁ、前はあの中に犯人がたまたまいたからラッキー?」
滝川と綾子はまるで粗を見つけたとばかりに眉を吊り上げ、笑みを浮かべてナルの方を見てくる。麻衣は大人気ない様子に顔をしかめたが、当の本人は素知らぬ顔で受け流す。
「誰がPKを持っている可能性が高いか、旧校舎に霊がいてほしい理由を一番持っているか……暗示をかける前からわかっていた」
「は」
「まだご理解いただけていないのなら、説明して差し上げましょうか?」
「犯人に目星をつけた理由はわかってるっての」
「あの調査の場合は『証明』したかっただけだ。他の皆は正直、かかっていようがいまいがどうでもよかった」
みんながげっという顔をした。
要はおまけで、引き立て役のようなものだった、と言われているようなものだ。
沈黙した霊能者たちは、興が醒めたようで各々用意された寝室へ向かうためにベースを出て行った。


翌朝、滝川と一緒になって、松田があまりにもさりげなくベースにやってきた。
ちょうど良いから何か知っていることがないか聞いてみようと思ったが、彼は驚くほど何も知らなかった。
典子からは彼に妙なことが起こるとは言い出せなかったと聞いていたが、彼は全くと言っていいほど何にも遭遇していない。

彼に何かあるとは思えないが、この家の『何か』が一週間ほど前にやって来た松田と、つい昨日やって来たナルたちをどう見ているのかわからない。
松田が来たことで一度怯んだ霊が、今度はナルたちが来ていよいよ腹を立てた可能性もなくはない。それに松田が来てからも、おさまったのはほんの束の間だけで、彼のいないところではいくらかの現象が起こっていたようだ。
ならば反発というのも理解できる。
彼が1日不在にしていた間の出来事も、普段のポルターガイストより激しいと言える。霊能者が来たからではないかもしれない。
今のところ、彼は余程運が良かったのかもしれない、と思うしかなかった。


朝食をとるといって一度出ていった松田は、数時間後にふたたび顔を出した。その時はみんな出払っていて、ベースにはナルとリンの二人だけだ。
「この家のことで、知っていることがあるなら全て話してください」
「話がはやあい」
部屋にやってくるなりそう言ったナルを見て、松田は手にした書類で口元を隠しながら笑った。
暗示実験に効果は現れず、人が原因ではないという結論に至った。土地に関してもあらかじめ資料を用意してもらって吟味したが、地盤沈下はなさそうだ。
ナルにとって日本という国でのフィールドワークは初めてだったので、前回の原因をあらかじめ潰しておく手法をとった。
大掛かりなポルターガイストからして、おそらく人間の仕業や自然現象である可能性は薄かったが、結果を見るまでは決められない。今、ようやくスタートラインに立てたというところだった。
しかし松田の姿を見てなんとなく、前回の情報を後出しにされた思い出が蘇る。
竜崎の情報収集能力や思考力は少し見聞きしただけで優れた頭脳の持ち主だと判断できたが、松田に関しては平凡な少年の姿形から垣間見える、妙に疑わしい謎の雰囲気をいまだ飲み下せずにいた。
「この家の所有者を遡ってみました」
目をそっと伏せて、指の力で立てた薄い紙を見下ろす。
その口から紡がれたのは過去のこの家を所有していた家族の情報だった。
この家は建てられてから何度か所有者が変わっている。
一軒家というだけあって、子供のいる家庭が多かった。
そして、幼い子供が何人も死んでいた。
「8歳……礼美ちゃんの年頃の子供が多い?」
「うん」
松田はナルの言葉に小さく頷き、そっと紙を差し出してくる。
そこには読み上げられたとおり、過去の所有者の情報が記載されていた。



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知識はそこそこだけど、調べることに関しては慣れていると思いまして。
心霊現象もしっかり詳しいわけじゃないけど、どういうものなのかは調べますよね。
Dec. 2017

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