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ほぼ丸一日眠っていなかったので、夕方まで寝てようと思った。何かあったら起こしてともいったので安心してベッドに埋まってたんだけど、起きたらとっぷり日が暮れていた……。おへやまっくら。
騒がしさに目を覚まし、今何時だろ……と思って体を動かそうとしていると大勢の足音がした。俺の部屋を通り過ぎていくので多分礼美ちゃんの部屋とかかな。
のそのそ起きていたんだけど、礼美ちゃんが何かを叫ぶような声がして、慌てて部屋を出る。典ちゃんの部屋にいるらしく、駆けつけると本棚が倒れる瞬間だった。
礼美ちゃんと典ちゃんは、運良く本棚の下敷きにならずに済んだが、あまりのことにその場は騒然としている。
何があったのか詳しくはわからないが、礼美ちゃんの身の安全を確保すべく抱っこする。
ぐすぐす泣いて俺の肩に顔を埋めていて、当事者であろうこの子に話は聞けそうにない。
「何があったんですか?」
「あ、あー……キッチンでちょっとボヤがな。その時窓の外に子供の影が見えたっていうから」
「ふうん、こども」
礼美ちゃんをちょっと揺らして抱き直す。
「礼美じゃ、ないもん」
「うんわかった。典ちゃん大丈夫?」
「ええ。礼美おどかしてごめんね」
俺が礼美ちゃんを見ている間にゆっくりしておいでと背中を押す。
今日も礼美ちゃんは俺の部屋で寝かすことになりそうだ。
典ちゃんと香奈さんに見てもらっている間にシャワーとご飯をすませて、礼美ちゃんをつれて寝室へ戻る。 階段をあがりきって廊下を歩いていると、ベースにした客室から滝川さんが出てきた。おてて繋いだ俺たちを見ると、彼は礼美ちゃんのために笑顔を作った。
「お、寝んのか。おやすみ」
「どうも。滝川さんもごゆっくり」
「おやすみなさい」
「ん。それにしても、先輩は寝れんのか?さっきまで寝てたろ?」
少し身を屈めながら声をひそめ、ちょっとからかうようにしてきた。
寝れるわけないだろうが、と思ったけど礼美ちゃんの手前それをいうわけにもいかない。
なあに??とこっちを見上げている礼美ちゃんの頭を撫でてから、滝川さんに嘘八百の笑顔を浮かべた。
「一緒に寝ますよ」
「あ、そ」
呆れたというか、拍子抜けしたような滝川さんとすれ違う。
礼美ちゃんと部屋に入って同じベッドに入ったが当然俺は眠たくなることもなく、かといって机にむかうのもなあと思いながら一晩中ただただ寝かしつけていた。
ちょっと色々あったせいか、礼美ちゃんもあまり寝つきが良くなくて、眠りにつくのはおそかった。
翌朝、礼美ちゃんを典ちゃんと香奈さんに引き渡して、ベースを訪ねた。
ドアを軽くノックすると中から女性の声がして、松崎さんだなあと思いながらドアノブに手をかけて力を込める。
案の定すっかりお化粧までして身支度を整えた松崎さんと、ナルと滝川さんがすでにいた。リンさんや麻衣ちゃんは席を外しているか、まだ夢の中のようだ。
「おはようございます」
「おはよーさん」
挨拶をするとナルは声には出さないまでも黙礼し、滝川さんはにこやかに、松崎さんは軽く返事をしたあとどうしたと首をかしげた。
「きのう、何があったのかちゃんと聞いておきたくて」
「ああ……」
そういえばと思い至るナルはあっさり報告してくれた。
松崎さんが除霊に失敗した、という滝川さんの補足と悪かったわねえ!という些細なやりとりを聞き流しつつ、ポルターガイストが礼美ちゃんの声に呼応していたという話にふむふむと頷く。
「松田さんたちが寝室に戻ったあと、礼美ちゃんの部屋においた機械が異常な数値をしめしました」
「どれどれ」
「温度は氷点下、これはそのときの映像」
机に手をついてデッキをいじるナルの隣に並ぶ。
それは昨日の深夜、俺が礼美ちゃんを部屋に連れていったくらいの時刻だろう。静かな部屋は急激に温度が下がっていく。
「音声はその時届いていたけど、残念ながら記録されていない」
部屋のものが動いたりする様子はないが、温度計の数字だけは如実に雰囲気の変化を物語っていた。音が録れてないというなら、どんな音だったのか想像はできないが、まあ聞いたとしても怖いだけなのでいいや。
「霊がいるところは温度が低いっていってな。しかも氷点下にまでなるなんて人間技じゃない」
「ですね」
滝川さんが難しそうな顔をして一緒にモニタをねめつける。
「ま、最初のポルターガイストからしてそうだろうとは思ってたけどよー」
「ああ、あれ」
すぐにふっと息を吐いて表情を和らげた。
松崎さんも、昨日あった火事だって霊のしわざだろうし、と肩をすくめる。
「ずいぶん暴れん坊なんですね、ここにいる霊は」
「みたいね。あーやだやだ」
「おまえのせいじゃねーの?」
「はあ?何いってんのよ」
除霊に失敗したというのが気がかりなのか、滝川さんが口を尖らせてツッコミを入れ、松崎さんがきっとしてそっちに顔をやる。
ああ、なんか口喧嘩始まったぞ?
ちょっと丸くなったと思ってたんだけど。
ぱちぱち、と瞬きをしてからどうしよう……とナルの方を見やったらふいっと顔をそらされた。ああ、うん、関わりたくなさそう。
***
この家の過去の所有者を遡って見たところ、礼美と同年代の子供が次々と命を落とすことがわかった。
引っ越した後にも死亡している例もあり、もしもこの家の何かが原因で死んでいるのだとすれば、おそらくこの家を出ても意味がないということになる。
すでにこの家で起こっている事柄からして、霊が礼美に目をつけている可能性は高い。
小火騒ぎの後に麻衣が目撃した子供の影、それから礼美の声に呼応して激しくなるポルターガイスト、それらは松田が寄越した情報との関連性は強い。
つい先ほどまで、礼美の部屋は氷点下にまで温度が下がり、妙な物音がスピーカーを通して聞こえた。残念ながら記録されていないため聞き返すことはできないが。
部屋の温度の数値からして、ナルはようやく人間の仕業ではない、と口にした。
「どう思う?リン」
部下と二人になったベースでナルは問いかけた。
「正体はわかりませんが、何度かこの部屋にも出入りしている気配は感じます」
「そうか」
普段は機材の調整を行うが霊能者でもあるリンは口を開く。彼の片目は霊を見る素質がわずかにあって、感性や言葉を口にする慎重さにおいてもナルの信用できる人物だ。
「この家で子供が多く死んでいる情報は確かですか」
「ああ」
ナルは松田の持って来た情報を確かなものだと思っている。以前の旧校舎の調査ではもらった情報は全て正確なものだった。地盤沈下の結果も、ナルはあとで計測を行って確認している。
そして松田が森下家と親戚であることを考えても、嘘をつくメリットはないはずだ。
また、松田がナルに提出した書類には多くの連絡先が記載されており、その一つに物件を管理している会社のものもある。連絡すれば確認はとれるだろうが、それをする必要も今の所感じない。その程度には松田を人として信じているし、依頼人の身内として見ていた。
「この家の霊は、私には姿かたちまで捉えられないようです」
ナルはリンの申告に、小さなため息を吐く。
今いる人員と持ちうる能力を鑑みて、どうにも心もとなかった。
next.
旧校舎のとき、地盤沈下している可能性はあったけど、かといって急に持って来られた数値を見て信じてくれるんだろうか……とちょっとナルの性格を疑いましたので、実はあの後きっと一人で確認したんや……と思うことにしました。
今回の件は身内ということもあるので信じます。旧校舎の時の情報も確かだったとわかってるので、次回以降は無条件に信用してくれるはず。あれ、これ安原修の枠では。
Dec. 2017