Jupiter. 01
───「この学院で、誰が一番男らしいかって?」
───「なんだそれは」
目の前で会話をされているのに、頭の中には違うことが起きていて、今自分のいる状況が酷く遠いところにあるように感じられた。
俺の通うシルヴァン学院の同輩たる下級生の制服を着た奴らが、芝生に思い思いに身体を投げ出して、この国を作った二人の王にちなんだ【森の王】を決めると話しているというのに。
『なあんだ、それなら俺がもらったな』『見かけで決めるより点数の方が公平だろ?』って、言いたいのに言えない。
渡された小さな紙には、項目と配点がかかれていて、その点数によって森の王が決まる。つまりこの学院で誰が一番男らしいかが決まるんだとか。
身体が小さくて、顔も可愛いと揶揄われることの多かった俺は、その実内面は誰より男らしいという自信があった。運動神経は良いし、剣技だって得意だ。それに性格だって、男兄弟の中で育った分負けん気は強くて。
でも、でも、なんだろう。頭の中で俺は考える。
それって単に子供っぽくて野生的なだけなんじゃないか……みたいな。他人に窘められても頑として認めなかった自分の悪い部分が急に腑に落ちて、精神がみるみるうちに変わろうとしている。
「──アン───、アリアン?」
ひょいと俺の顔を覗き込んでくるのは、蜂蜜色の髪に若葉色の瞳をした甘く美しい顔立ちの少年、いや青年だ。フェンネル……そうだ、フェンネル。
「おい、どうした押し黙って」
「こういう時静かなの珍しいじゃないか、アリアン」
「拾い食いでもしたのか?」
「馬鹿いえ、アリアンが拾い食いごときで大人しくなるタマか」
続いて濃紺の髪をしたヴィンセンスに、赤毛のアレク、金髪のトゥーイや黒髪のクルトも俺を囲んだ。育ちの関係で飯に凄い執着を持ってる俺への正しい評価ともいえるが、俺はそういうのも全てムキになって反抗してたっけ。
ぱちん、ぱちん、とヴィンセンスが長い指先でスナップする音に合わせて、瞬きをした。
「本当ににどうしたんだよ、気味が悪いな」
「し、失礼なやつだな」
ぽろっと零れた反抗に、やっと身体の金縛りみたいなものが解けた。
これは俺の本心から出る言葉だ。
でもヴィンセンスの遠慮のない物言いを、本当に批難したわけではない。この歳ごろの男たちにしては上品な揶揄だった。
「別になんでもないって……にしても、森の王ねえ?」
同輩たちと距離をとってから、芝生の上に落ちてた紙を拾い上げる。
もう一度項目と配点を見ながら、自分自身の点数を計算してみた。───まず【一、学科】は各科目は最高の1級なら50点、2級は40点と徐々に獲得できる数字が減っていくわけだけど、俺はたいして勉強ができなかった事を思い出して気が重くなった。
数学や歴史が3級とか4級で……、うわ、もっと勉強したほうがいいんじゃないか?
あ、【二、実技】においてはだいたい最高の50点をもらえる。
そして最後に【三、今まで付き合った女性は何人?】一人につき、50点が加算。なんか露骨だなあ。
俺は友達連中を振り返る。
近くにいたのはフェンネルとヴィンセンスだ。二人はにこっと笑った。ヴィンセンスは笑顔とも言えない笑顔だったが。
「二人は、何人いる?」
「……いや俺は……」
俺は自分のことを棚に上げて、ヴィンセンスの手元を覗き込もうと近づいた。しかしくしゃりと握りつぶすようにして隠される。
ヴィンセンスは真面目でカタブツだから、女の子と一緒にいて笑い合っている光景が全く思い浮かばない。
「───これはちょっと困った。一人だけいるにはいるが、はっきり言って彼女とは、あんまりいい思い出はない」
目をそらして口元に手を当てながら何かを思案するヴィンセンスに、フェンネルが勝手なナレーションを入れ始める。俺は噴き出しそうになるのを堪えて見守った。
「いっそすっきり0点と書いとこうか。でもそれで点が下がるのもシャクだし」
「さっきから勝手なナレーションをいれるなっっっ」
とうとうヴィンセンスはフェンネルに抗議の声を上げた。
「でも、そんな感じだったぜヴィンセンス。当たったろ?」
「うるさいっ! フェンネルはどうなんだよっ───さ、三人~~~!? おまえ、いつそんなに~~~」
「人数はよく覚えてないんだけど、自分から誘ったのは三人かな」
フェンネルのこの物言いや、顔つきからは非常に納得のいく人数だ。いや、むしろ少ないと言ってもいいけれど、覚えてない人数が存在するわけだから。
「……おいアリアン、お前やっぱりさっきからおかしいぞ、黙ってばっかりで」
「は? なんだよ」
「ちょっと待て、これ……アリアン嘘はいけないよ」
俺があまりに反応が薄いせいか、ヴィンセンスは怪訝そうにした。悪かったな、いつも野生児で。
加えてフェンネルまで、俺の手元を覗き込んだ後、こんなことを言い出す。というのも、付き合った女性の数を四人と書いたからだった。
プリティな顔に野生の猿が入ったような俺が、四人の女性と付き合ったはずがない!
そんな思いから、ヴィンセンスとフェンネルは懐疑的だった。見栄を張っているとか、夢と現実の区別がついていないんじゃないか、とか失礼な物言いのオンパレード。
そこでとうとう俺はキレようとして、フェンネルから紙を取り返した。だがその時、背後から俺の手にしていた紙が奪い取られる。
「ヴィ、」
ヴィンセンスめ、と思ったがヴィンセンスはフェンネルの横にいたので違う。
そう思った時には俺を見下ろす髭を蓄えた老人の顔が目に入った。彼はこの学院で最もエライ───
「学院長様!?」
学生の青春くらい見逃してくれよな……。
内心ではそう思うも、学院長様に呼び出された俺と、フェンネルとヴィンセンスは粛々と彼の後に付き従う。学院長室へと通されて、三人で並んで立った。
説教の始まりは、フェンネルが魔術国ラバンサラ、ヴィンセンスが大国カラマスルートの出身でこの小国オリスルートにある学院へは留学してきていることから。ちなみに俺はこのオリスルート出身だ。
そもそもオリスルートは勢力争いの絶えないラバンサラとカラマスルートの間を取り持つ為、二国の国境に約二百年前に建国された。
その和平の礎になったのが当時の二人の王なのだが、我がシルヴァン学院はその理念を受け継ぎ、二国のみならず様々な国の問題事を解決し、少しでも争いのない世の中にしようとする使者を輩出する学び舎なのだ。
卒業するときには、金色の樫の枝を模したブローチを贈られ『金枝の使者』と呼ばれる。その呼び名は、世界中から尊敬を集めるほどに有名で。───俺は、それが格好いいなと思って、この学院に入った。
学院長様は「その、世界中から尊敬を集める金枝の使者。いやしくもお前たちはそのタマゴではないのかな」と諭した。
自然と頭が下がり、謝罪の言葉が出てくる。
だけど学院長様は別にわかりきった説教の為に俺たちを呼び出したわけではないと、空気を切り替えた。───俺たちに、使者をつとめてもらいたいと。
内容はラバンサラのさる姫君、ロスマリン姫を学院にお連れすること。
正式な金枝の使者でもなければ、使者のアシスタントを務める最上級生でもなく、上級生でもなく、入りたての下級生である俺達がなぜ、と思う。
でも学院長様は他人を受け入れる心を持っている、と言って俺たちに銀の小枝のブローチを与えた。この証は、何の助けにもなりはせず、時には重みにすらなり、自分を戒める者でしかないと言いながら。
「───俺、オリスルートを出るの初めてだ。メリフォント湖はラバンサラにあるんだよね?」
「そうだよ、馬だと片道十日かな」
その日のうちに学院を出立することになり、道中でラバンサラ出身のフェンネルにだいたいの位置を尋ねる。
今俺たちは普通に馬に乗って移動しているが、このまま片道十日も旅するなんて、人生で一度もないことだ。電車とかせめて車などがないものか、と考えたところで一度思考が止まる。俺は今何を考えてたんだろう。
「ね、ロスマリン姫ってどんな人なのかな? 学院長様は何も教えてくれなかったし、ヴィンセンスなら地理や歴史に詳しいから知ってる? 教えて教えて」
気を取り直して俺は、今回の旅路についてをヴィンセンスに聞いた。
考えるっていうのはどうにも性に合わないんだった。やめようっと。
「……アリアン、学院長様は目立たないようにとおっしゃらなかったか」
「え?」
ヴィンセンスはどこか青白い顔をして、俺を睨みつけた。まあ、いつもの顔だけど。
しかしフェンネルが困ったように周囲を見るので、俺もつられて状況を見た。
行き交う人々が感心してこちらを見ているではないか。しかも、オリスルートの銀の小枝の使者たちが、ロスマリン姫を迎えに行くらしい、と話の内容を聞き取って感心している。
「……ありゃ」
ぺろ、と上唇を舐めた。
いやあ、多少"思慮"が深くなったところで、俺の口は良く回るし声がデカイのも調節が出来てなかった。
あとは食い意地も身体に沁みついてて、食欲なんてもはや自我をも失わせるレベルである。ヴィンセンスにぎゃーぎゃー叱られれば、ぎゃーぎゃー言い返す反射神経も持ち合わせ、人気のない夜の森の中で三人しかいないのにぷんっと二人が顔を背ける状況の出来上がりだ。
ちなみに口をきかないと言った三分前の俺は、もう黙っていられず唯一喧嘩してないフェンネルに話題を振っていた。
「ねえフェンネル。ラバンサラは魔術国というけど、フェンネルも魔術を使えるの?」
フェンネルは、穏やかな表情を崩すことなく話し始めた。
「ラバンサラではね、魔術のことを技と言う。そうして予言や技を行えるものが王になれるんだ」
王というのは小さな領地の主もそう呼ばれるらしい。領民からは雨を降らせたり、病気を癒す力を期待される。自然の力を操りながら民草の為にその力を奮い、それが出来ない王は死すべし。とかなんとか。
「こわ」
「徹底してるな」
この話題には、喧嘩していたヴィンセンスも加わる。
元々俺に腹を立てていただけなので、フェンネルの話にヴィンセンスの不機嫌は適用されないのだった。
「昔の話だよ。今では引退するだけ、おだやかになった」
「王を人間扱いしてなかったってわけね。良くも悪くも」
俺の感想に二人は沈黙し、焚火で木が弾ける音だけが夜の森の中に響いた。
その後はまた俺が魔術の使い方を聞いたが、フェンネルがしたのは試しに俺の『現身』を作ってみること。
小麦粉と枝で作られて俺の頭髪を仕込まれた分身人形が、もし本当に俺の現身になっているのならフェンネルには魔術があるってことになるのだけど、試すのをヴィンセンスが身を切る勢いで止めた。だからフェンネルが本当に魔術が使えるかはわからなかった。
フェンネルは口ではそんなことは出来ないというし、ヴィンセンスがいい奴なのだと俺に見せつけるために悪者になったような雰囲気だった。
まあ、魔術が使えない者に対し、魔術を使えると言っても無用な感情を抱かれそうで、恐ろしくもあるだろう。変な事聞いちゃったな。
眠りという温かい暗やみの中に溶け込みながら、俺は自分の行動を反省した。
その晩俺は、夢を見ていた。
もう一人の自分の人生だ。こことは全く別の世界に住む、別の人間であるはずなのに、どういう訳だか俺自身だと思った。それに、夢ではなく事実の記憶だと思う。
日本という国で生きて死んだ二十代後半の男は、小国オリスルートの田舎で動物園みたいな男所帯で育った俺の前世である。
存在しない過去の交際相手の人数、生活に感じる不便、急に深まった思慮なんかは白昼夢みたいに訪れた自我が、やんわりと浸透していく余波を受けていたのだろう。
そして深く眠りについて、自分の意識だけになる今、前世の俺は、今世の俺に完全に溶け込んだ。自分だと思った時にそれはもう始まっていたし、どうあがいても切り離すことのできない、延長線上にある人生だと"実感"してしまった。
もう、ただのアリアンではない───。
なんて、そんなセンチメンタルになったのは前世の俺か、今世の俺か、どっちの心情なのだろう。朝起きたらさっぱり吹っ切れてたし、前世のことを思い出したところで俺はヴィンセンスに度々叱られては口げんかに応じたし、フェンネルには諭され甘やかされ騙され、掌の上で転がされていた。
next.
約三十年前の漫画です。どこに需要あるねん、と自問しながらも自分のSUKIを共有したい気持ちで書きました。
原作気になる方は、全四巻なのでお買い求め、履修しやすいと思います(宣伝)
当サイトの読者さんは原作読まなくても二次創作読む方が多い印象なので、今作は意識して原作での世界観、ストーリー展開は描写したつもりです。
おかげで長くなった為、最後まで書き切れていません。
Dec. 2025