Jupiter. 02
数日かけてラバンサラに入国し、ロスマリン姫のいると思われるメリフォント湖へと辿り着いた。三人で周辺を探して回ったけれど、姫がいると思しき建物はない。そもそも、学院長様は本当に詳しい事を何も教えてくれなかったのだ。
姫というからには王族だろうと思いきや、フェンネルから聞いた話によればラバンサラは領主も王と呼ぶ。つまり、領主の娘の可能性が高い。
とにかくそういう領地があるはずなのに、メリフォント湖はどこかの領地という訳でもないらしい。
学院が保護するなら、何か争いから逃れて隠れ住んでいるのかもしれないが、それならやっぱり建物があってしかるべきなのに。
「場所は間違いないんだ。日暮れ前にもう一回りしてみよう」
フェンネルの意見に、俺とヴィンセンスは同意した。
湖周辺の森の中をかなり歩き回ったけれど、再び周辺を見回す。ふと目についたのは木々の間を抜けて、ぽっかりと開けた場所だ。
雑草も生えず、冷たい土が広がる空間に、黒ずんだ大きな石が孤独に佇んでいる。───その光景が妙に、かなしい。
「あれ、なんだろう」
視線をそらすことが出来ないまま、俺は二人がいると信じて声をかける。
案の定足音は近づいてきて、人の気配が俺の両隣に立つ。それと同時に今度は俺が一歩足を踏み出した。
「───墓?」
言いながら石を見上げた。
「なんだろう、この周りだけ草一本生えていない」
「……」
二人もついてくる。ヴィンセンスは何か意味ありげな沈黙をおとし、それにフェンネルが気づいて問いかける。
だけどこの時ヴィンセンスは「あり得ない」と明言を避けた。
俺たちは結局日が暮れるまでロスマリン姫を見つけることができず、夜明けを待つために野宿の準備を始めた。
ヴィンセンスが言いかけた『あり得ない』の意味は、夕食後の会話で明らかになった。
小国オリスルートが建国されるより百年も昔、ラバンサラの小領地にロスマリンという姫がいた。あまりにも美しかったことから、当時のラバンサラ王に望まれて後宮に迎え入れられた。
───同じ名前の姫だな、うん。
その姫は後宮で、王の寵愛を欲しいままに贅を尽くし、王を諫める大臣や預言者を処刑し、国庫をも揺るがせた。そして次第に奇妙な行動をとるようになる。
集めた奴隷たちの中から一番美しいものを選んでは、外すことのできない醜い仮面を無理やりかぶせて楽しんだ。
───この中でエジキになるとしたら、まあ、あいつだな。俺とヴィンセンスは身を寄せ合ってフェンネルを見て己の身を案じた。閑話休題。
「それで結局そのマリーアントワネット様はどうしたわけ」
「ロスマリン姫だ」
「あ、そうそう」
マリーアントワネットは俺の前世の記憶にある偉人だ。エライ贅沢した王妃様だったというが、その実色々とあったとも言われており、まあここで語る必要はないだろう。
「姫はあまりの乱行にとうとう捕えられ、燃えさかる火に焼かれて最期を遂げた」
断頭台も恐ろしいが、火炙りだって恐ろしい。というか、死が恐ろしくないわけがなく、俺は軽口をたたいて尋ねた自分をちょっとだけ恥じた。
口を噤んでいる間にヴィンセンスは続ける。
「遺骨は人知れずどこかへ埋められたが、その場所には今に至るまで草木一本生えないという」
「───……」
「アリアン、300年も前の話だよ」
俺が怖がっているのかと思ったのか、フェンネルは慰めるようにそう付け加えた。
その晩も俺は不思議な夢を見た。
というか、目を覚ましたのかもしれない。薄明けの時刻に眠っていた場所で身体を起こすと、人影が傍に立った。透けるような薄さだったが、女性の様な気がする。
地面にまで到達する程の金の豊かな髪を持つ人で、顔がわからないのに美しいという事実が頭に刻み込まれる。───ロスマリン姫? 俺は、そう思い至った。
話を聞いたから、夢にまでみてしまったのだろうか。
彼女は足を踏み出したのか、金色の髪が地面を這って蠢いた。それは不思議なことに俺に向かって伸びてきた。
「え」
腹や腕、首や顔にその金糸が絡みついた。蜘蛛の巣に顔を突っ込んだみたいな不快感がぞぞっと湧き上がって、指でそれを乱暴に解こうとした。
途端、金色の毛先がぼっと発火する。炎は髪を通じて俺の身体にまで燃え移り、狼狽のあまり声はでない。───同時に女の本当に苦痛な悲鳴が聞こえる。
「お願い、私を火の淵から掬って!!」
頭に、嘆願が響いた。
「ロスマリン姫!」
本能的にそう呼んだが、いつの間にか火は消えて、周囲は明るい朝の森の景色が広がっていた。
なんだ、夢か……と、思いきや未だに金の髪が身体にまとわりついている。火は消えたし女の声はしないが、時間の問題だろう。
「お、おきろ、おきろ!!」
顔をべち、と叩いてみた。そして髪から逃れるように地面を這うが、どこまでもその金髪はついてくる。
ひっ叩いた頬がひりひりして、地面を擦った手に小石が食い込む。その感触は、夢じゃない事を俺に如実に知らせていた。
それに、金の髪はなんだか俺の髪とそっくりのようで、もちろんこんなに長くはないはずなのだが、頭をわし掴んだ後に辿ってみるとやっぱり繋がっているみたいで。
「ヴィンセンスー! フェンネルー!」
俺はすぐさま助けを求めるように二人の友人を叩き起こした。
客観的に見ると、今の俺は金髪のロングヘアーのどえらい美少女になっているようだ。単に髪が伸びただけでなく、身体もしっかり女体なのだ。
いくら俺が元々小柄だったとしても、骨格や肉付き、その他ごにょごにょは男のものだったはず。
そこで昨晩見た夢の話をすると、ヴィンセンスはロスマリン姫にとりつかれたんじゃないかと言い出す。
だけどフェンネルは、いくらとりつかれたからといって、身体がここまで変化するかと疑問を呈した。
「あ、ほくろが同じ場所にあるから、俺の身体っぽい!」
二の腕まで袖を捲って内側を見ると、ほくろがあった。夢で見たロスマリン姫が金髪だったから、今の自分の髪には半信半疑だったけれど、鏡を見たらやっぱり顔立ちも俺だし。
まあ、ロスマリン姫の顔は知らないが、絶世の美女と呼ばれた人と、所謂男子校で可愛いと言われている俺の区別くらいはつくわけで。
「意外と落ち着いてるな、アリアン」
「いや全然そうでもないけど」
おとといの晩は自分の前世を思い出し、昨日の晩は美女の霊に助けを求められてとりつかれるなんて、いくら俺が成長したってそんなすぐに受け入れられるもんかい。
フェンネルは多分元々の俺が感情豊か過ぎたせいで、そう言っているのだ。
「……ところで、あの人形はどうした?」
「!」
自分の精神構造を聞かれるより、この質問の方が俺を動揺させた。
だって、だって───。
「これは、……いったいなんだ、アリアン?」
見せたくないと言ったのに、ヴィンセンスに俺を押さえつけさせてまでフェンネルは俺の荷物を漁った。そしてフェンネルが作った俺の分身人形アリアン・ツーを白日の下にさらけ出す。小麦粉を付け足して、理想の肉体に作り直したやつを。
「こ、こうしておけばいつか俺もって……」
ぽぽっと頬に熱が灯る。男ならだれでもそう思って当然だ。
まあ二人は俺より全然体格がいいから気にしたことがないかもしれないが、俺の気持ちを理解しないことはないだろう。
ところがヴィンセンスは馬鹿馬鹿しいと言って頭を抱えた。なんだ、勝手に人の欲望を暴いて失望するとは、失礼なやつだな。
「でも見てくれ、これを」
フェンネルは俺の欲望はスルーして、人形の身体に食い込む髪を摘まんだ。
それはすぐにホロホロと崩れてしまうほど脆い、焦げた髪のように見えた。俺がフェンネルに渡した俺自身の髪は一本だったのに、何本も食い込んでいるという。
「空の人形があったおかげで、姫君の強烈な思念がアリアンの身体に入り込みやすくなったのは間違いないだろう」
フェンネルはその後、すまない、と謝る。こんなものを不用意に作った自分の責任だと。
髪を解いて人形を手順に従って処理すればいいのではないか、とヴィンセンスは言ったけれど霊体が憑依している以上素人が手を出しては悪化しかねないと言ってフェンネルは首を振った。
「学院長様ならきっと、どうにかできるよ」
俺は二人の話し合いに口を挟んだ。
知識も経験も俺よりうんと豊富二人だけれど、どうにもならない時はもっと上を頼れば良いのだ。
「だが、俺達には使者の仕事が」
「きっと、学院長様がお迎えに行けと言ったのはこの姫君で合ってると思う」
「え?」
ヴィンセンスとフェンネルは一瞬呆けて俺を見た。
───お迎えは、他人を受け入れる柔らかい心がなければできない。
学院長様はそう仰っていたっけ。あれは姫君の状態を知っていての言葉ではないかと思う。
「もし俺の中に姫君が入ったなら、俺は受け入れたい。あの人の夢の中での叫び声がまだ頭の中にこびりついてるよ……姫はずっと、火の中から動けないんだ。だからこのまま学院にお連れしよう」
魂をお救いするのは学院長様がきっと───。そんな他力本願もあるにはあったが、それでもこの身に受けた以上は多少の思い入れだってあって。
ヴィンセンスとフェンネルに言い聞かせるように俺は学院へ帰る判断を勧めた。
そして二人は俺に同意し、来た道を戻ることにした。相変わらずヴィンセンスは俺の単純行動に苦言を呈したし、フェンネルはそれを仲裁したし、俺の食欲は相変わらず旺盛だしで、どえらい美女が俺に憑依しているなんて露ほども感じない数日間だった。
だが、三日ほどが経ったある日のこと、俺は食事の準備をする為に焚いた火に叫び声を上げていた。
二人に何度も呼びかけられ、暴れる身体を抑えられながらも、俺の身体は言うことを聞かず泣き叫ぶ。
ロスマリン姫の強い感情が、急激に俺の身体も自我も奪ってしまった。
───皆が私を焼きに来る
───熱い! 熱い!
───私、こんなところになんか来たくなかった 好きな人がいたのに
頭の中だけなのか、それとも俺の身体が勝手に口走っているのか、声が聞こえる。
それからまるで自分のことのように感じる悔しさ、恐怖、後悔、悲しさが濁流のように押し寄せて来る。自分という枠組みを保っていられないほどのそれは、前世の記憶のように俺の中に馴染んでしまうのではないかとさえ思えた。
しかし、ヴィンセンスが火を消してくれたおかげか、一瞬ロスマリン姫の感情が緩み、気を強く持つことで強張っていた身体を少しずつ自分の意思で緩めていく。
抱きかかえていてくれたフェンネルの身体も、消えた火の匂いも、自分の呼吸も、ちゃんと感じられる。
ただ、手が火傷したみたいに痺れるように痛いのだけは、感じたくなかった。
俺の混乱が収まった後、ヴィンセンスは人形を処分しに行くと息巻いていた。それをフェンネルが止める。俺は身体が疲労に苛まれ、熱を持ってしまっていたおかげで横になっているので一緒になって阻むことはできないが、なんとか声を出せるほどには回復してきた。
「ヴィンセンス、俺ならもう大丈夫だから」
「じゃあこの手はなんだよ、アリアン! 火に触れてもいないのにこの火傷は!」
女の子になっているから、ヴィンセンスの手が大きく感じられるなあ。
疲れてるせいか、ぼんやりとしたままヴィンセンスに掴まれた手を眺める。
さっきは油断していたというか、何も考えていなかった。でも今は自分をこれ以上見失わないために気持ちをしっかり持つことで、ロスマリン姫が出てくるのを抑えられている。
「姫が火に焼かれたのは何だかんだ言ったって自業自得だろう!? どうしてそんな奴の為にお前がこんな───」
俺はヴィンセンスの言葉を止めようと手を伸ばした。そして彼の胸にある銀の小枝のブローチに触れる。これは使者の証だ。国同士の問題を解き、争いを未然に防ぎ、和平を望む職に殉ずる者の証。
「俺達は誰が悪いとか、悪くないとか、簡単に言っちゃ駄目なんじゃないかな」
「───っ」
ヴィンセンスは押し黙った。
俺たちが何を目指すものなのかを、振り返って考えなければならない。そして、踏ん張ると決めた。
next.
美少女爆誕おめでと!
Dec. 2025