I am.


Jupiter. 04

俺は七人兄弟の末っ子だ。つまり上に六人の兄貴がいる。その中でも三番目のシャノン兄さんのことしか実質兄と認めてはいない。他のはオンドリ・サギ・イノシシ・ヤマネコだ。
「動物園か!」
ヴィンセンスにはそうツッコミを入れられたが、本当にそうなのだ。育ち盛りの男がこんなにいる田舎の家には人間らしい秩序などないと言っても過言ではない。特に食事なんて自然界レベルに厳しい。
食欲によって理性をなくした動物たちが取り囲む食卓を、二歳頃にはもう一人で乗り切らなければならなかった。当然勢いや迫力、速さに勝てるわけもない。その時助けてくれたのがシャノン兄さんだ。
他の動物たちから守り、食事を与え、優しくしてくれた。だいすき。
そんな兄さんから手紙が来てほくほくしていた俺に、どこかふらついた足取りのフェンネルが近づいてきた。「アリアン」と、焦点の合わない視点で呼びかけて来る。
同性の俺でも圧倒される、美しい顔をぐっと近づけてきた。
うん、綺麗なんだけど普通に男だし、つか、なんかコワ……。

「向こうひと月分の僕のメインディッシュを譲って良い」
「え、なに、なんで?」

俺がいかにシャノン兄さんを愛しているか、そして何故ここまで食事に必死なのかをヴィンセンスに語っていたけれど、フェンネルはそういう生活があることに憐みでも感じたのだろうか。

「だから、僕の恋人になってくれないか」

続いた言葉に、きょとん、と呆けてしまった。
その間に後ろで、ざっと遠ざかろうとする足音がする。待ってヴィンセンス、俺を置いていかないで……。



フェンネルの家は性別問わず十七歳で結婚して、十八歳には子供を持つという鉄の掟があるそうだ。オリスルートの田舎の一般家庭にはわからないが、ラバンサラの名家ではそういうのが横行してんのかしら……と思ったがフェンネルの家系、サイプレス家のみに伝わるものらしい。
「僕もそのつもりで早くから女性と付き合うようにしてきたけど、さすがに結婚相手となると……」
「昔ならともかく、十七は早くないか? たしかもうすぐ十八だろう」
「そうだ、リミットが迫ってる」
俺は何となくヴィンセンスの後ろに位置取ったまま、二人のやりとりを聞く。
掟通りなら既に結婚しているフェンネルから、そういった報せがないことを心配したおばあさまが、明日学院に来ることになったそうだ。
ヴィンセンスはそのおばあさまの来訪に、妙な興奮か驚きの様なものを露わにしていて、俺は首を傾げる。
「ヴィンセンス、フェンネルのおばあさまのこと知ってんの?」
「知らないお前の方がどうかしてる」
「エヘ」
フェンネルのおばあさまは、学院創設以来、史上初めての女性の金枝の使者らしい。
しかも当時は学院に女子部はなく、おばあさまは男子生徒たちと肩を並べて勉強したのだ。
またその経緯だけではなく、現役使者時代に数々の功績を残した伝説でもある。ウン、まあ、俺が金枝の使者になりたいって思ったのって結構軽いミーハー根性で、最近の話題しか知らなかったから無理もなかろう。

さて、その伝説のおばあさまが来るまで一日であるなら、フェンネルが用意できる女性などたかが知れている───いや、さっきワンサカ女性から手紙が届いていたのだから、その束から目を瞑ってヒョイとえらんで、甘い手紙を書いたら飛んでくる女性はいるだろうに。
まあ、そう言った女性はフェンネルとの結婚を現実的に考えるわけだから、時間稼ぎに使われるとなれば傷をつけることになるのか。
だから事情をわかってやれる俺に白羽の矢が立ったというわけである。
「お前らしくないぜ、嘘をついて結論を先送りにするなんて───」
しかしフェンネルの行動については、ヴィンセンスが反対した。
だって、あとひと月で十八歳になり、子供を作らなければいけないというのなら、今おばあさまにかりそめの婚約者を見せたとして、何の意味もない。
そんなことがわからないフェンネルではないはずだ。

でも、いつも余裕なフェンネルがまだ何か思い悩んでいるようだから、手を貸してあげなくちゃと思った。

「俺、なってもいいよ、恋人に」
「アリアン……!」
「でも、もろもろの説得は自分でやれよ。ロスマリン姫も、おばあさまも」

軽く胸を叩くと、フェンネルは小さく笑った。
これ以上の心の内を明かすには、もう少し時間がいるだろうから気長に待つことにしよう。



その日の夜中、俺たちは三人で待ち合わせてロスマリン姫の霊廟を訪ねた。
闇の中に青白く透ける姿は相変わらず美しくて可憐だ。
姫はフェンネルの恋人役をするのに力をかして欲しいと頼めば、俺達への恩義から応じてくれた。冗談めかして、失った青春を取り戻せるようだ、と笑ってもいた。
「ただ……気を付けてくださいね。身体に乗り移るのは危険な魔術。いつでも必ずうまくいくとは限りませんから」
ロスマリン姫は言いながら、俺の身体に溶け込んでいく。
憑依されるのは久しぶりのことだけど、なんとなく自分の体の中に異物があるというのは感じられた。前ほど境界線が無くなることをおそれてないのは、前世と今世を"含めて"自己がしっかり確立したからだろう。
「───それにしても、自分の肉体が女になるっていうのは、かなり不思議なことだよな」
両手を伸ばして手の細さや短さを見つめる。長く伸びた髪の毛もずるずると引き摺るし、声もいくらか高く華やかになったのを感じた。
「魔術っていうのはこんなにすごいの? ラバンサラの国では、誰でも練習すれば魔術が使える?」
月に翳した手は白く輝いている。それを目で追いながらフェンネルは答えた。
「魔術は血と才能で使うもの。誰でも使えるものではない」
その時夜風が吹いて、たっぷりとした金の髪を揺らした。一部が舞い上がって、森の匂いがしみ込みそう。
慣れない長髪に翻弄されているを俺を助けるように、フェンネルがその髪に手をかけた。そして俺の髪を梳きながら、故郷の貿易港の話をしてくれた。

船乗りたちは、魔法使いの女たちからハンカチや紐に結びこんだ『風を買う』らしい。
大海原で風が止んだ時、その結び目をほどくことで風が解き放たれる。そうやって船を進めるという。
おまじないとか、験を担ぐのと似ているが、その効力が実際にあったり、多くの人々が信じる心を持っていたりすることが、魔術国と言われる所以だろう。逆に魔術を忌み嫌う国カラマスルートは、その風を不吉な物だととらえる歌があるとヴィンセンスが教えてくれた。
自分たちの理解できない力を恐怖して、脅威に思うのは致し方ないことだけど。
金枝の使者になるということはそういう国の歴史や習慣、強みや弱点も理解しなければならないのだ。
だのに、この俺と来たら、いくら考えを振り絞っても、ちっともそういう知識が出てこない。それどころか猛烈な眠気が押し寄せて来るのだ。
「───ね、ねむいぃ」
フェンネルは苦笑いを浮かべて、ヴィンセンスはやれやれと首を振った。
頭を使うの嫌いすぎだろ、俺。



夜が明けて、俺は用意された服に着替えてから外に出た。寮で身を隠していたなんてバレたら大問題になるし、そもそもこうして衆目の下に顔を出しているのを学院長様に見つかったら大目玉だ。
「今日は学院長様が留守にしてらしてよかったな」
「でなきゃバレバレだもんな」
俺はじりじりと距離をとりながらも寄ってこようとする男たちを避けるため、ヴィンセンスと肩を並べながらヒソヒソ話す。
フェンネルは少し離れたところで、おばあさまの馬車がいつ駆け込んでくるかをそわそわと待っていた。
「それにしても、この服なに? もっとシンプルなデザインがよかったんだけど」
俺を恋人に仕立て上げておばあさまを説得するのはフェンネルの手腕にかかっているので、特に俺自身が身構える必要はないと思っていたが文句は一つ言いたい。

俺は身体にぴたりと沿うスタンドカラーのワンピースを着ていた。
胸元にはストライプの大きなリボンの飾り、ウエストはコルセットでキュッと締め上げられ、スカートの中にはパニエとひざ下まである窮屈なドロワーズを着こんでいるので身振り手振り、足踏みするだけで身体を何かに阻まれているような気がする。

「文句いうな。わざわざイーストカレッジの女子部まで半日かけて借りに行ったんだぞっ」
「えぇ? 目立たなかった?」
「………………目立った」

ヴィンセンスはその苦労から不満を漏らす俺を叱ろうとしたが、その威力はすぐにしぼんで肩を落とした。
「フェンネルの為を思えば……ね」
ぽん、と肩に手を置く。するとヴィンセンスはあっと顔をあげて遠くを見た。
学院の敷地に、馬車が乗り入れてくるところだ。フェンネルもたまらず俺たちの傍に戻って来て、出迎える準備をし始めた。

馬車から降りてきたのは、とても孫がいるようには見えないご婦人だった。
でも十八歳で子を産む家系であれば五十四歳ってことかな。
「ねえ、フェンネル。こちらの美しいお嬢さんは」
ぼーっと二人の挨拶を眺めていると、おばあさまは俺に気が付いた。
そりゃ男子部に女子部の制服を着た娘がいたら目を引くだろうて。
「アリ、アリ……アリエルと言いまして」
「アリアリアリエル? ちょっとくどいけど可愛い名前だわ。はじめまして」
「アリエルですおばーさま」
そう言えば名前決めてなかったな、と思ったが目の前でボケとツッコミの応酬が行われたので、これはこれで良い……と見守った。

「───おばあさま、実は彼女こそが」
お、出番か。
少し喉を整えたフェンネルが、俺の肩にそっと手を置くので寄り添う。
小首をかしげて、微笑みを浮かべた。
「私の選んだ女性なのです」
「まあ、まあ! あなたが? まあよかったこと!」
ヴィンセンスは嘘をつくのに気が咎めるのか、単純に腹芸が苦手なのか、おばあさまから見えないところでゲンナリした顔を隠しもしていない。
頑張るのはフェンネルの役目だが、俺たちはフェンネルの為にひと肌脱ぐとさっき誓ったじゃないか……! しっかりしろ。
「アリエル、そばにきて。よく顔を見せて」
感動して涙すら流しているおばあさまに呼ばれて、俺はフェンネルから離れて一歩彼女に近づく。そっと腰をかがめて俺の顔を覗き込んでくるとき、ふんわりと甘い匂いが香った。
「女子部の学生なのね。お料理やお裁縫は得意かしら」
「いいえ、苦手ですっ」
この人生では一度もやったことないし、前世でもそんなにだな。
「あ、あら、じゃあきっと、勉強の方が得意なのね。私もそうだったわ」
「勉強は、していると眠くなってしまいますっ! でも最近は少しずつ授業中に起きていられるようになりました!」
これは結構由々しき事態でもある。せっかく俺は自分の中で見識が広がり、熟す精神を手に入れたというのに、この身体は長時間、または頻繁に頭を使うと眠たくなる体質なのだ。───というわけで、急激に勉強熱心になれるというわけでもなかった。
「でも、運動は得意です、おばーさま!」
「正直すぎるぞアリア……アリエル! 少しはおばーさまに気に入られるように頭を使え!」
フェンネルは、お料理やお裁縫、勉強が出来ないと宣言した辺りでガクリと崩れ落ちていたし、ヴィンセンスは何とか俺の発言を止めようとしたが意に介さなかった。
「馬鹿だなあ、二人とも。俺がここで下手な嘘をついたところで、何の意味もない」
さっきフェンネルの為に、と誓ったのは嘘ではない。
これは俺なりの考えがあってのことだった。
「おばあさまがこんな俺が嫌だというなら、フェンネルが説得すべきだ。だって俺を恋人にと望んだのはフェンネルなんだから。───それとも、おしとやかな女のふりをしたまま結婚して、俺に一生嘘をつけと?」
俺の言葉をうけて、フェンネルとヴィンセンスは目を瞠る。
「アリエルのいうとおりね、頼もしいこと」
おばあさまは笑った。
柔らかな雰囲気の中に力強い輝きを放っていた。
そのまま近くにいた人から武器をかりて、手合わせまで挑んでくるのだからとんだ女傑である。

男女はどうしても力量差があるし、俺は学院の中でも剣術や棒術はかなり上の成績だ。絶対に怪我をさせないようにしなければ……と思っていたが今の俺は女の体。
長い髪や細っこい手足、ふらつく体幹ではとてもおばあさまに刃が立たず、地面に豪快に顔を突っ込んで転んだ。
なんかもー、これで不合格でるなら、それはそれでイイかな……。



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ありがとう、恋人回。ちょっとフェンネルと熱い友情かまします。
Dec. 2025

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