I am.


Jupiter. 05


「素晴らしいわ!」

意外なことに、おばあさまは俺の手を取って感激した。
「美しく強くたくましい女こそ、我がサイプレス家の理想の嫁」
あ、そうなんだ……。それは先に聞いておきたかったな。
フェンネルも初耳らしい。
「よくぞ見つけてきました、フェンネル!」
おばあさまは俺の肩をそっと抱きよせながら、フェンネルににっこにこだ。
つまるところ俺は嫁として合格らしい。周囲にいた教授や学生たちも、雰囲気を感じ取って拍手をしている。
一部はおばあさまにとって懐かしい顔ぶれのようで、俺を未来の嫁として紹介し、祝福を願った。
それだけでは飽き足らず、善は急げとばかりに明日この学院で結婚式をしようとまで。

「「……」」

ちら、とフェンネルを見れば顔から美の威力を失っていた。具体的に言うと目が点になっている。
顔の前で手を振って風を送ってみるが、細い蜂蜜色の髪が煽られてふわふわ動くだけ。
「フェンネル? おうい、どうするの」
「うん……しあわせにするよ……」
一応耳が聞こえて、口がきけるみたいだが、何を考えているのだかわからない。というか、思考が止まってしまっているらしい。
「おいっ、しっかりしろー!」
俺はフェンネルの手を引いて場所を移した。おばあさまは懐かしい顔ぶれとの談笑中だったので、目を盗むのは簡単だった。
ていうか、ヴィンセンスはどこいったんだ、この一大事にっ。

「フェンネル、もう話してよ。結婚するんなら俺はもう無関係じゃない」

人気のない外廊下まできて、柱の陰にフェンネルを押し付けた。
鉄の掟だとか、おばあさまの結婚の圧力だとかの影に、何かが絶対にあるはずなんだ。
フェンネルは俺に凄まれて、やっと目と目が合うようになった。
「なんか、結婚に前向きじゃないか? アリアン……。引き受けた時も、やけに物分かりが良いと思っていたが、もしかして」
「ばか、冗談言ってる場合か」
調子を取り戻したと思ったら、調子に乗りすぎ。俺は窘めるように腕に拳を当てる。
「……フェンネルは、俺のうちあけた突拍子もない前世の記憶をすぐに受け止めてくれたよね。あれが、どれほど心強かったか、わかる?」
恋人になって欲しいと頼まれた時、フェンネル以外の人間だったらここまで真剣に考えてない。
なぜなら、フェンネルはそんなことで他人の手を借りないからだ。恋人の存在が必要な事態にすらならないはずだ。それくらいうまく立ち回れるし、人を頼る性格でもない、と俺は思っている。
例え都合よくロスマリン姫と俺という存在があったとしても、俺に頼ってきたということは少なからず本当に、どうしようもなく、誰かに助けてほしかったんだ。

「友だちのためなら、結婚くらいしたっていい」
「アリアン……」

若葉色の瞳が、影の中にいるというのに煌々とかがやいていた。
フェンネルがそっと俺に顔を寄せて来て、頬擦りしながら抱きしめる。恋だとか、愛なんかはまだ感じられないけれど、俺たちは過ごしてきた時間の中で交わした心の結びつきを、この時少しだけ強く濃く結び直した。

幼い子にするように、フェンネル背中をとんとん撫でてやる。
暫くするとその身体が離れて行こうとする兆しが感じられて、顔を上げた。
でもフェンネルはもう一度、俺に顔を寄せる。さっきの頬擦りとは違って、俺の顎をくいと引き寄せて。

───あ、

今から何をされるのかが分かって、身体があらゆるものに翻弄される。驚きと躊躇い、その後覚悟と受容、照れ臭さ。
吐息が微かに肌に触れて、俺の唇がフェンネルのそれと重なるすんでのところで、もにっと口を手に押さえられた。

「ん!?」

フェンネルがやっぱやーめたってしたのかと思ったら、目の前には驚きの表情を浮かべる本人の顔がある。じゃあ、この手は……?
視線が上に泳ぐも、後頭部が誰かにぶつかるので見えない。でも、見るまでもなくわかる。ヴィンセンスだ。
「───いくつかの、ラバンサラの魔術に関する文献を読んだ」
ヴィンセンスは後ろから俺を抱きすくめるような大勢のまま話し始める。

ラバンサラの王の血を引く子供たちは、十八歳で魔力に目覚める。結婚はそのために必要なのではないか、とヴィンセンスは問う。
かつてフェンネルが俺の人形を作って、ロスマリン姫が憑依する繋がりを作ったこともあって、魔術の才能は感じていたらしい。
「さすが未来の金枝の使者のだな。我が友人ながら目の付け所があまりにも正確だ」
フェンネルは不敵に笑った。
俺とヴィンセンスはその魔性っぽさに身体がこわばり、不思議と身を寄せ合う。そうでなくとも、俺はほぼ抱きすくめられた状態だ。口も塞がれたまま。
「ヴィンセンスの読みはいいとこついてるけど、少し違う」
そう言いながらフェンネルは俺の口を塞ぐヴィンセンスの手を、やんわりと解いてくれた。
鼻は開いていたとはいえ、なんだか息苦しいと思っていたので助かる。

改めて、フェンネルは俺たちに、サイプレス家の掟の理由を話した。
サイプレス家はヴィンセンスのいう通り魔術の才能が眠っている。それも、とりわけ危険と言われる黒魔術(ブラック・アート)の才能だ。
十八歳で魔力に目覚めるのは事実だが、子供を産むと、親が得るはずだった全ての力は、幼い子に引き継がれる。その子が十八になり魔力に目覚める時にはさらに次の子へ。そんなふうに、魔力を封じ込めてきたらしい。
「魔力が目覚めたら、どうなる?」
俺は純粋な疑問を呈した。
だけどフェンネルは、横に首を振る。
「正直分からないんだ。魔術にはかかわらないようにしてきたし」
「あ、待てよ? じゃあ子供を生むまでが必要なんだね?」
俺はてっきり、結婚したなら自然の摂理で子を考えるだけだと思っていた。
待ったをかけると、フェンネルは困ったように笑う。
「……嫌になったろう」
「───俺は、自分の人生なら賭けてもいい。けど、子供の人生まで勝手に賭けることはできないよ。人生において、親が子に出来る事なんてたかが知れてるんだ……。どうあがいても先に死ぬ」
言いながら俺は、酷く後悔していた。
だって、その生き方を選んできたサイプレス家の人たちが、そのことを知らないはずはない。それくらい黒魔術(ブラック・アート)は恐れられているということだろう。

「フェンネル……!」

俺が謝るよりも先に、鋭い声が空間を切り裂いた。
いつの間にかおばあさまが外廊下に駆け付けて来ていた。そして、俺たちが三人でどんな話をしていたかも、知られてしまった。おばあさまは震えながらフェンネルを強く叱責する。
「あなたは黒魔術(ブラック・アート)の本当の恐ろしさなど、何も知らないのです」
「確かにそうかもしれません。でも、ヴィンセンスが私に言ってくれました。嘘をついて結論を先送りにするなと」
おばあさまのあまりの剣幕に黙っていたヴィンセンスは、自分の名が出たことにぴくりと眉を動かした。
怖ろしい力を避けてただ引き継いでいくだけでは、一向に血が浄化されないとフェンネルは言う。
一族のしきたりは、フェンネルの人生に大きく影を落としていたことがよくわかる。
……やっぱり俺、酷いことを言ってしまったかな。
「それほど簡単なことなら、何百年もしきたりを守り続けはしません! 親たちが平気で子どもを封印の道具にしてきたとでも!? しきたりさえ守れば何も問題は起こらないのです!」
おばあさまの剣幕に俺はウッと後ずさる。部外者がナマいって申し訳ありませんでした。
ヴィンセンスは俺を慰めてくれるのか、それともただぶつかっただけなのか、俺の背後にぴたりとくっついている。でも今はそれだけが心の支えだった。

自分の立ち位置が分からなくなりかけていた俺だけど、ここへ更に学院長様が出てきたことによって、瞬時にフェンネルとヴィンセンスの後ろに逃げ込む。こればっかりは仕方ない。
しかし学院長様はおばあさまとフェンネルの仲裁に入り、フェンネル側に立ってくれているようだったのでその場で叱られることはなかった。

学院長様曰く、おばあさまはかつて、親の言う通りに結婚することを嫌がって当時のこの学院に逃げ込んできた過去があるらしい。
そうして魔力に目覚めてから十年もの間、使者のつとめを果たした。だけど、とうとう疲れ、普通に出会った人と結婚して子を生んだ。その時初めて安らぎを感じられたという。
反発する経験も、魔力に耐える経験も、親になる経験も全て積んだ彼女に俺などがえらそうに言うことはない。
言って良いのは当事者のフェンネルだけだ。
「私にもおばあさまのように自分を試す機会をください」
「僕たちからもお願いします」
「……お願いします」
ヴィンセンスと一緒にフェンネルを支えるというつもりで、おばあさまにお願いする。
学院長様に諭され自分の過去を見つめ直したおばあさまは、偉大な師と素晴らしい友人がついてるなら、と許してくれた。これにて、一件落着だ。

しかし俺は気が収まってないことがあり、馬車に乗って帰る前のおばあさまを引き留め、謝罪した。魔力を封じ込めるためのしきたりを、俺は拒絶したも当然だからだ。
おばあさまはとりわけ大変な思いをしたのだから、たかだか十五歳の小娘、しかも魔力を引き継ぐ身でもない者がただ口で嫌だといったところで、きれいごとに聞こえただろう。
しかし、おばあさまは俺の顔を覗き込み、春の陽だまりのように温かく、少女のような微笑みを浮かべた。
「まあ、どうして謝ることがありますか」
指先で俺の頬をつん、と突く。
「あなたはフェンネルの為に出来ることと、フェンネルの子のために出来ないことを選んだのよ。素晴らしい考えです」
「そうだよアリ、エル」
フェンネルもぎこちなく俺の偽名を呼びながら同意した。
「自分の人生を賭けるといってみせた君に、僕も背中を押してもらった」
「フェンネル……」
思わず縋りつきそうなほど優しい。
俺は二人の血族的に似通った微笑みに挟まれて、ほわほわと気持ちよくなっていた。
ところが、この一族は時々心臓に悪いことをしれっとするのもソックリみたいで。

「ああ、そうだわフェンネル。結婚だけは、しておいたらどうかしら?」
「!」
「だってこんないいお嬢さん、すぐに貰い手が見つかってしまってよ?」
「そう、ですね……?」
「な、何を言ってるんだ二人して……!?」
おばあさまの勢いに負けかけているフェンネルの身体をゆすった。ビクともしねえ。
「アリエルならば、魔力に耐えるあなたを心身ともに癒してくれるに違いありません。そうしていただけたら、どんなに心強いか」
「たしかに……」
「はわわわわ、ヴィンセンスー! ヴィンセンスー!」
ヴィンセンスを必死に呼ぶが、遠巻きにブンブンと首を振られた。
学院長様も、どう口を挟んだらよいかと考えておられる。
誰にも助けは借りられないのかっ。かくなるうえは、もうアリエルという人間をなかったことにするしか───ってわけで。

「いっけなーい、0時の鐘がなったので魔法が解けちゃう! これにて!!!」
俺はロスマリン姫の霊廟に向かって、猛ダッシュした。

今は0時でもないし鐘も鳴ってないし、この世にシンデレラの童話はない。あと魔法というと本当に魔法なので洒落にならないが、そんなことを気にしている暇はなかった。



はあ、はあ、ぜい、ぜい。
持ち前の運動神経でも息が上がるほどに身体を酷使して、霊廟に縋りつく。そんなことしなくてもロスマリン姫は頼めば身体から出てくれたと思うが、人に見られながら憑依が解けるのは避けた方が良いだろうから、これが正しいやり方だろう。
「大丈夫ですか、アリアン」
「は、はい……だいひょうう」
ろれつが回らないので、舌をかむ。
透き通った手が俺を労わるように撫でるが、当然身体に触れられている気配はしない。
「フェンネルと本当に結婚するのかと思っていましたよ」
「───実際、結婚ならできます。ただ関係を持続は出来ないでしょうね」
「どうして?」
暫く俺の姿でも、フェンネルやヴィンセンスの前に姿を現さない方が良いだろうと思って、このままロスマリン姫とのおしゃべりに興じることにする。
なお、彼女は俺の目を通して全て見ていたので、話の内容も俺とフェンネルが口づけまで交わすところだったのも筒抜けだ。まあ、恥じる事でもなければ、揶揄われることもないだろう。ヴィンセンスもみてたし。
「まず、ずっと女性で居続けるのは無理でしょ。最初はフェンネルには結婚の事実と、たまに周囲の目を欺く妻の存在が必要だと思ってましたから」
「その時だけ私に協力を?」
「そうなります。ただし、その交渉も最大限フェンネルの努力と、ロスマリン姫の意思に任せるつもりでした」
「私は構いませんよ。もしお二人が望むなら、ずっと女性で居続けることだって」
「俺とフェンネルのどちらか一方が死ぬまで? 駄目ですよ、そんなの」
「───あなたは自分の人生は簡単に賭けてしまえるのに、死んだ私の永い時間まで尊重してくれるのですね」
返事の代わりに、ふう、と深い息を吐く。
やっと自分の呼吸が落ち着いた気がした。



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ロスマリン姫による女体化でアリアンは妊娠は出来るのか、と思ったけどラバンサラの魔術のエグみからからして出来そうなんだよな。
Dec. 2025

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