Loose.


02

新宿で通り魔事件が発生したとき、俺は少し嫌な予感がした。
「松田、どうした熱心にテレビなんて観て」
「———いや」
先輩に行くぞと促されながらも、俺は立ち竦む。
事務所にある小さなテレビでは今現在保育園に新宿の通り魔事件の犯人が立てこもっており、その様子が中継されている。
顔写真と、名前が放映された。
「おとはらだ、くろう……」
「なんだ?」
先輩も少し気になったのか観ている。
既にその場には警官隊が駆けつけているので、俺達は違う事件を追わなければならない。こんなのはいつものことだ。
俺が行きたがってると勘違いしたのか、先輩はちらりとこっちを見た。
「松田、気になるのは分かるが、俺達がやることは———」
『あっ、人質が出てきました。皆無事の様です!入れ替わるように警官隊が突入!』
犯人逮捕か?という早口なアナウンサーの声が、先輩の声を遮る。
「いきましょうか」
「———……、ああ」
犯人は死亡、という言葉に先輩の方が食い入るように観ていたので、今度は俺が先輩を促す。
我に返った先輩はリモコンの電源スイッチを押して、スーツを正した。

ライトくんに最後に会ったのは、半年程前だ。また遊びに来てくださいよと言われた通り俺はまた遊びに行った。もちろん、自分から上司に今度遊びに行っていっすか?なんて聞けるわけがないので、局長がまた誘ってくれたんだけど。
高校三年生になって、将来を本格的に視野に入れることになるから、俺に会うのもまた刺激になるだろうってことらしい。
いや、俺を刺激にしてどうするの?結局刑事だし。人生の先輩はお父さんであるべきでしょ。うん、まあ、ぺーぺー刑事の俺に相談したいことがあるっていうならまあ、分かるよ。
「松田さんはいくつくらいから刑事を目指していたんですか?」
「んー……いつだったろう。ライトくんよりは遅かったんじゃないかな」
俺はライトくんの質問に答えながら、ちらっと局長の方を見る。不純な動機でなったわけでもないが、確固たる意志でなったわけでもないので、披露するには大変ふさわしくない場だ。
「じゃあ、他には将来の夢とかあったんですか?」
粧裕ちゃんがゆるっとお話を変えてくれたのでこれ幸いとばかりに、学校の先生になりたかったことをこぼした。正直それも漠然としたものだったけど、子供の頃の話だし、刑事になる理由よりは優しいものだ。
「勉強教えるのとかが好きなんですか?」
「うん、そうかも」
「えー今度教えてくださいよ」
「アハハハ、優秀なお兄ちゃんがいるでしょう」
「僕の教え方に何か不満でもあるのか?粧裕」
「いえいえ、優秀で自慢の兄です、はい!」
と、こんな会話をしていて仲の良い兄妹だなあ、なんて思った覚えがある。
結局自分で話をそらしちゃったので、ライトくんのためにはならないお呼ばれだった。だからといって別に責められたりはしないんだけど。
とにかく、あんな風に平和な家庭だったのに、とうとうキラになってしまったのだろうか。
俺はちょっと信じられない。
ライトくんがキラなのだとは思いたくはなかった。

程なくして、キラの捜査本部は日本に置かれた。
このまま行くと、俺はLというレアな人にも会うことになるわけだ。会いたいような、無関係でいたいような。
ただ、ライトくんが本当にキラなのかを見定める機会はキラ捜査本部に居ないとやってこない。もしキラだった場合は、彼に虎視眈々と殺す機会をうかがわれるわけだけど……そうなったら、そうなっただなあ。もとより、俺はライトくんに名前も顔も知れているし仕方がない。Lと……その後の人達に委ねよう。
流れに身を任せるのは結構得意だ。今までもそうやって生きて、こんな風に刑事になったわけだし。
職選びは親戚に、正義の概念を確立するのは局長に、捜査中は先輩に、事件の真相は推理力のあるベテランに委ねる。———そんなもんだ。
だからといって、多くの先輩たちがキラ捜査本部から出て行こうとしたときはついて行こうとは思わなかった。俺が居るべきだと思ったわけでもなく、なんだかんだ俺は局長を慕っているつもりだし、あの人が居る限りはついて行こうと思ったのだ。

キラが俺達をあざ笑うかの様に、何か糸口を掴みかけたらそれを覆してみたり、おかしな殺し方をテストしていく。バスジャック事件が起きた一週間後には、秘密裏に日本に入国したFBI捜査官が死亡した。その報せが入ると、次々と刑事は捜査本部を出て行く。とうとう局長は、俺達に捜査を外れたい者は外れるようにと言う。ふるいにかけたといっても良い。
局長が会議に行って戻って来る夕方五時となると大分時間があったので、俺は退場する先輩達とともに部屋を出て、コーヒーを飲んだり携帯を弄ったり一服してから戻る事にした。
「あ、局長おかえんなさい」
部屋に戻ろうとドアに手をかけてるところで、廊下の向こうから歩いて来た局長と目が合う。少し目を見開かれたんだけど、あれれ?意外だった?若いんだから無謀ってことで、ある意味納得されるかと思ってたんだけどな。
頬を掻きながら局長の顔をうかがっていたら、やがて柔らかく微笑まれる。
「松田」
「ちょっと居眠りしちゃってて。よかったです間に合って」
喫煙室でぐうぐうと居眠りをしていたのは本当なので、足早に戻って来た俺は茶目っ気たっぷりに笑う。
一緒になってドアを開けると、四人の先輩刑事たちが前の方の席に集まって座っていた。
「松田?戻って来たのか」
「え?皆さんずっとここで待ってたんですか?退屈じゃないですか?」
「そういうやつだよ……お前は」
いや、どういうやつ?
局長だって、会議終わるまで待っててくれじゃなくて、戻って来る時に居てくれって言ってたわけだし。
やっぱり緊張感足りないかな。
命を捨てる覚悟を決めたって事で、先輩達と重たい雰囲気しょって、多分Lが見てるであろう会議室でどんよりしてなきゃいけなかった系?俺後でお前は緊張感が足りないので退出って言われる系?なんかやだ。
「私は強い正義感を持ったあなたたちこそ信じます」
ノーパソからLの声が聞こえて、俺はほっとした。あーよかった。松田さんはちょっと……って言われたらどうしようかと思った。
しかし俺がほっとしてる中、井出さんがおいお前話せよ〜って感じで相沢さんの腕をういういしたと思ったら、Lの事は信用してないって言いだす。えーまた何かもめんの?

結局井出さんはLとはやりたくないって決めてたみたいで、ホテルに向かう時には道を違えた。俺は上の人達が喧嘩してる様子をはわわと眺めているだけだったし、ホテルの一室でL、もとい竜崎さんと対面しても話してる事を理解するのでいっぱいいっぱいだった。うーん、さっそくついて行けるかわかんなくなりそうだぞ。
漫画が手元にあってゆっくり読み砕く時間があったとしても、あの漫画複雑すぎてわかんなかったしな。
「…………で、何か質問は?」
ちょいちょい竜崎さんの推理力に圧倒されて浮き足立つ皆を、竜崎さんは呆れた顔で見る。俺はまたもやうーんと腕を抱えて質問事項を考える。
どおしてそんなにあたまがよいの?という大変呆れられそうな質問しか浮かばなかった。
ので、局長が竜崎さんに負けず嫌いについて尋ねてるのを時間稼ぎにして、俺は質問などありませんという顔を作る。
その後俺達は一人ずつ竜崎さんと面接があったんだけど、不採用!なんて言われる事はなかった。
まあでもちょいちょい、黙ってじーっと見て来るから、そう言うときは多分俺がアホな事言ってたんだと思う。



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主人公の元々の職業は学校の先生という設定でしたが、刑事さんと迷ったので、刑事さんやってる主人公かけて楽しいです。
Aug. 2016

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