03
本部を空にするとまずいからって竜崎さんが言うので、一番下っ端な俺が手をあげて戻ると宣言した。どうせ5分もかからないし、難しい事いっぱい言われたのでちょっと落ち着きたい。外は雪が降っていた。俺は、捜査本部へ戻る道すがら、傘をさしながらぼんやりと前を見ている。
その先には、ライトくんに似た人影が誰かと向き合って立っていた。
ぴたりと足をとめざるを得なくなる。今まさに自分の名前が書かれてしまったみたいに、胸が痛い。
彼は、何かを書いている。肘を上げて、首をくっと動かし、時計を見るような仕草。
もう遅いと思った。傘を持つ手がガクガク震えそうになって、かじかむ手の甲を握る。
ライトくんと向き合っていた女性は、驚愕の表情を浮かべるとこちらに背を向けてしまう。ライトくんはその女性に携帯を掲げてみせているが、女性は振り向く事はなかった。
忘れてた、というか、そんなの記憶してるわけがない。
俺は、話の大筋しか知らないんだ。
「ライトくん!」
俺は悔しくて、けれどそれを見せるわけにはいかなくて、離れた所から呼びかける。びくっと携帯を持った手が不自然な程驚いた。その動揺だけが俺の救いだった。俺と同じくらい、心臓が跳ねたと思っていいよね。
「ま、つださん」
「こんなところで奇遇だね。———いや、ここら辺なら珍しくないか」
「そう、ですね」
俺はほっとして笑顔を浮かべながら歩み寄る。
目を丸めていたライトくんの方が余程、表情に出てると思う。まあ犯行現場だもんなあ。
「どうしたの、さっきの人。ナンパ?携帯なんか出しちゃって」
「いやだな、違いますよ。道を尋ねられたから教えていたんですよ」
「ふうん」
俺は黒髪が風にあおられて遠ざかって行くのを見送るしかなかった。
道を尋ねられた時に携帯を出すのはおかしなことではないから深く追及はできそうにない。道を調べるためとか、行き先に電話をかけてあげるとか、頭のいい彼なら理由を瞬時につくれるだろう。
逆に俺が訝しんでいたら、殺される理由になりかねないので保身の為にもやめた。
もう少し早く声を掛けてあげられなくてごめんねという気持ちで、死に行く人の背をもう一度探した。もう、雑踏に紛れ込んで分からなくなってしまっていた。
「はあ……さむいね」
「そうですね。雪も降ってるし。そういえば、あけましておめでとうございます松田さん」
「あけましておめでとう」
傘を持つ手はやっぱり寒い。
ほがらかに会話するライトくんも怖いが、自分もちょっと怖かった。
いや、まてよ、あれは偶然かもしれない。だってライトくんの笑顔は前となんも変わんない。
もちろん俺は彼の機微が分かる程仲良くないし、人間観察には長けてないけど。
「今年受験なんだよね、たいへん?」
「いえ、ぜんぜん」
「さすがだなあ……まあ、体調管理には気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
がんばれってのはなんか違う気がしたので、てきとうな言葉をかけて別れた。
数日後、ホテルで情報整理をしていた俺を竜崎さんが呼ぶ。
「松田さん、携帯の電源入れていいですよ、いや入れてください」
「え?あ、はい……あ」
俺単体に話を振ることが珍しくてちょっと驚いたけど、電源を入れるなり電話がかかってきたあげく、勝手にとられたので納得する。俺の情報さらっと漏らしたなあ。まあ、いいんだけど。
どうやら電話の相手はレイ・ペンバーの婚約者関係の人だったっぽい。俺は竜崎さんの丸まった背中を見ながら、ちょっとだけ目を丸める。
思い出した、あの女の人だ。この間、ライトくんが会ってた人。
顔はあんまり覚えてないけど、長い黒髪は覚えてる。写真を見ればこの人だったような気がする、程度の記憶力なんだけど。
レイ・ペンバーが犯人の姿を見ているかも知れないことと、南空ナオミが何かを掴む可能性と消息不明となった事を繋ぎ合わせ、夜神家と北村家に盗聴器とカメラを付けることが決定された。
俺は粧裕ちゃんにも奥さんにも会った事があるし、現にここに局長がいるわけで、監視からは外れたいと言うつもりだった。けれど竜崎さんは配慮として局長と竜崎さんのみの監視体勢をとるといってくれたのでほっとした。
監視ではキラの証拠となるものは掴めず終わったと言うけど、俺からしてみればやっぱりキラじゃない可能性もあるってことだ。まさか本当にキラなわけないだろ、なんて思ってる自分が馬鹿に思えるけど、そうじゃなきゃやってけない。
———という、俺の感情のコントロールは、世界を股にかける探偵さんには大バレだったようで、ある日呼び出しを受けた。
南空ナオミさんの名前が出た時、夜神家の監視が始まる前、監視後、俺の様子はやっぱりちょっとだけおかしかったらしい。
「監視前後のことは、ライトくんや粧裕ちゃんと顔見知りだたからです」
「南空ナオミの件ではどうですか?」
「……どうかしてました?」
「一瞬無表情になりました。松田さんは基本的にころころ表情が変わるので、動揺すると逆に落ち着くんでしょうね」
「うえぇ」
「取り繕うのは大丈夫な様ですが、驚くと真顔になるタイプでしょうか」
「え〜そうかな〜」
俺は頬のマッサージを行う。
怒ってる時とか不機嫌なときとか、あと時々マジで何も考えてないときもそうらしい。
「レイ・ペンバーがキラを見ているかもしれないと言ったときは当然驚いていました。しかし、南空ナオミの存在を知ったときはそれ以上に動揺していたようでした……なぜでしょう?———あなたはナオミに会っているのでは?」
疑われてはいないんだろうけど、俺はたじたじしながら言葉を探す。
今ここには竜崎さんとワタリさんしか居ないので、局長に気を使うこともない。
実のところ気を使って話せなかったわけじゃなく、俺自身が確証ないからなだけだけど。
「ここに、初めて来た日。本部に戻る途中」
もごもごしてから話し始めると、竜崎さんは表情も変えずにずっと俺を観察する。
あーなんか居心地悪い。まあ、観察されて居心地良いわけがないか。
「ライトくんに会ったんですけど……その時女の人と話してて、その人はすぐに背を向けてどこかへ行ってしまいました。長い黒髪の女性で、顔はよく覚えてないんだけど、写真を見たらそうだったような気がするって思えて」
「……そうですか」
ライトくんの名前を出して良いものか、考えたけど結局竜崎さんがライトくんを疑うのにそう時間はかからない気がした。というか、もう疑ってるんじゃないかとは思ってる。
もしライトくんがキラで、南空ナオミさんが会っていたのなら捜査本部の入り口にまで来て、本部の人に会いたいと口にするはずだ。偶然そこにライトくんが居合わせた可能性も大きい。あの時ライトくんは荷物を届けた後だったようだし。
だからつまり、探せば監視カメラに彼女とライトくんがいた光景は映ってるだろう。
自分の中でそう結論づけたし、竜崎さんに話した事でスッキリした。
next.
例のごとく、主人公はそんなに詳しく原作を知りません。
Aug. 2016