05
「ライトくんに告白されたそうですね」コーヒーを飲もうとした瞬間に竜崎さんが言う。
あぶねえ、このひと俺に噴き出させる気だったな……?
「な、なにを……」
局長とか他の捜査員いないよね!?とあたりを見回すが幸いなことに居ない。
「大丈夫です誰もいません、ワタリ以外」
「……というか見てたのってワタリさんですよね」
「私も見ていましたよ、見ますか?」
「結構です〜カメラ映りは気にしていませんので〜」
ずずずっとコーヒーを飲むと、竜崎さんはつまらなそうにリモコンをソファに投げた。
「とりあえず、おめでとうございます」
「後ほどケーキをお持ちしましょうか」
「べつにおめでとうございませんから!」
この二人の反応通り、俺はライトくんに昨日告白をされた。
大学帰りにホテルに寄る彼を、ロビーに迎えに行く係は基本俺なので、数分間二人で歩く。会話はわずかだけど、その日はエレベーターのドアがしまるなり、急にライトくんが俺の腕を掴んだ。え、殺されます?物理的に?と固まっていたら懇願するような顔で好きですと言われた。
「え?」
「あなたのことが好きです」
あ、二回も言わなくていいのに。えって聞き返したのは俺だけども。
聞こえてなかったわけじゃないのよ。
「えーと、本気?」
「冗談でこんな事言うと思います?」
冗談っていうか、悪知恵を働かせて言ってるかもなって思ってるよ!とは言えずに、首を振る。はよう、はよう降りる階についてくれ。
多分今後ミサミサとべったりすることになるから、カモフラか?俺はカモフラなのか?だからって男まで食指を伸ばすとは、どうした夜神月!
漫画でこんなのは無かった筈……。そんなに俺がチョロく見えたのかな。地味にショック。
「———気持ち悪いですよね、すみません」
口を噤んで目をぱちぱちさせていた俺をみて、ライトくんは傷ついた顔をした。
初めて会った時の事をやっぱり思い出してしまう。あの頃は絶対にキラじゃなくて、普通に優しい子だった。
純粋に懐いてくれてたような、そんな気もする。今となっては自信がなくて断定できないんだけど。
「気持ち悪いなんて思ってないよ」
「優しいんですね松井さん」
「そんなんじゃ……」
キラだ、いやキラじゃない、という思いが頭を巡ってる。
今俺の頭の中はある意味キラでいっぱいなのだ。
とりあえずその、好青年の傷ついた顔をやめて欲しい、俺の精神がゴリゴリ削られて行く。
「今は何も、考えられない……から、ごめん」
エレベーターを下りながら呟いた。ライトくんはこれで話を終わりにするつもりだったのか、振り向いた顔は目を丸めて驚く表情だった。
「———わかっています。でもそれ、期待しても良いってことですよね……?」
「へ?」
綺麗に微笑むと、ライトくんは俺に自分の唇を押し付けた。
柔らかいそれが静かに離れていくのを茫然と見守っていた俺は危うくエレベーターのドアに挟まれそうになり、ライトくんに腕を引かれて事なきを得た。
なんでもやるぞ、この男!
戦慄しながら、何食わぬ顔で部屋に顔を出すライトくんの背中に続いて部屋に入る。幸いなことに皆がライトくんの方を注視しているので、俺の表情が薄いことなど誰も口にして指摘はしなかった。まあ、竜崎さんは後からこうして穿り返してるんだけど。
とにかく、どうしてこうなったのか俺にも分からない。
「付き合うんですか?」
「付き合ってほしい?」
「おすすめはしません」
それにしてもあれ見られてたと思うと結構はずかしいなあ。そう思いながら手で顔を覆って、隙間から声を漏らす。竜崎さんは細い声を出してる俺を配慮する言葉は一切出さない。この人も大概だよな。まあべつに、良いですけど!気にかけていただかなくたって!
「俺は局長とどんな顔をしてあったら……」
「さっきまで 普通に能天気な笑顔で会ってたじゃないですか」
「ねえ竜崎さんって俺の事嫌い!?」
「いえそんなことは」
すいっとそっぽを向いてしまった彼のシャツを引っ張るが、こっちを向いてくれない。紅茶を飲んでるので零したら危ないなって手を引っ込めたらようやくこっちを向いた。といっても、前を向いてるので隣に座ってる俺の方じゃない。
「それで、どうするんですか?」
「うん?……やけに気にするけどなんですか?とりあえずどうもしませんけど」
「いえ、何かをするつもりなら把握しておきたいですし、その上で私も捜査しますから」
「はあ、なるほど」
「お気づきでしょうが、ライトくんはここ数日色々な女性と頻繁に行動を共にしています」
「うん……だから、そもそもあの告白もキスも本気にしてない」
竜崎さんはぐりっと顔をこっちに向けた。
「キスされたんですか?」
「!?え、見てなかったの?」
「ちょうど死角でしたので……ふうん」
「あ〜余計な事言った〜」
「初めてですか?」
「……男とはね」
「へえ、私はありません」
別に聞きたくないしそんな話。なんでいきなりこんな恋愛トークしてんの。大元は男だしキラ容疑かかってるし、竜崎さんに経験があるっていうならまだのれたけど、ねえじゃん。
「まあ、竜崎さんは……良いんじゃないの、シュガーシュガーで」
そっと席をたって、竜崎さんとの会話を勝手に終了させた。どうせ用があるなら呼ぶだろう。
それから数日後、珍しく竜崎さんが皆の前で俺を名指しした。二人になったときにくだらない会話をしたり、外に居る時に電話をしてきたりするが、捜査中は俺個人に話すことはほとんどないのでおっと目を見開く。
「一緒に大学に行きませんか」
「はい?」
「入学式行きたがっていたじゃないですか」
「ああ、竜崎さんの晴れ姿が見てみたくて」
「見せてあげますよ、さあ行きましょう」
「え、ちょ、別に晴れの日じゃないじゃん……!」
ぐいぐいとひっぱっていくので、捜査員たちはあぜんとしている。
ワタリさんが止めないし、竜崎さんのすることにはちゃんと意味が……あったり無かったりなので無下にすることもできず、俺はしょうがなく一緒に車に乗った。
よく晴れた日の昼下がり、俺は東応大学のキャンパス内のベンチで、裸足で膝を立てて変な体勢で本を読んでる男の人とひなたぼっこをしている。
自分だけ暇つぶしの道具をもってくるなんてずるい。俺を連れて来たなら、俺の話し相手をするなり、せめて俺と同じようにバードウォッチングくらいしてくれたら良いと思う。
あはは、雀がいっぱいいるぞう。
「あっ夜神くん、こんにちは」
「こんにちは〜」
「……」
遠い目をしていた俺をよそに、竜崎さんは歩いていたライトくんを見つけて声をかけた。俺も竜崎さんの隣から顔を出して挨拶をすると、数秒程微妙な顔をしてから連れていた女の子をどこかへ行かせてしまった。
「いいんですか?彼女」
「綺麗な子だったねえ」
「そんな事より、人前に顔を出すのは怖いと言っていたのに大丈夫なのか?松井さんまでつれてきて」
「夜神くんがキラでなければ大丈夫だと気づきました……外で私がLだと知っている人は夜神くんだけですから。あと松井さんは東応大に行ってみたかったそうなのでつれてきました」
行ってみたいなんて言ってません。
「なので、もし私が近日殺されたら———夜神月がキラだと、夜神さんをはじめとする本部の者とほかのLに言っておきました」
「!!」
二人のやり取りは難しいのでまた雀さんを見ていたんだが、竜崎さんが学食でケーキを食べたいと俺の腕をひっぱったので、ん?と顔を上げて立ち上がる。
「なんだもー、我儘なんだから〜」
ため息まじりに歩き出すと、ライトくんもついて来てくれるようでほっとする。俺一人じゃこの人の相手面倒くさいもん。
next.
シュガーシュガーは正しい意味ではないんですが、砂糖が恋人っていうニュアンスで使ってます。
Aug. 2016